2話、最初のおねがい!

「あー! 笑わないって言ったのにー!」

「笑わないとは約束したけど、うん、あの、ほっこりした」

「もー!」

 真っ白な頬を餅のように膨らませる幽霊ちゃん。怒っている姿も可愛い、というのはこういうことを言うんだな……二次元だけの存在だと思っていたが、実際こうして出会ってみると、中々どうして腑に落ちる。

 出会った存在は、人間ではなく幽霊なのだけれど。

 でも、「私も癒されたい」という一言で何となく、全てを察した。察さざるを得なかった。


 ――深夜を頑張る社員を励ます幽霊。確かにそれは社員の活力になるには違いない。

 しかし、それはあくまでもでしかない。

 幽霊側の視点に立ってみれば、誰も幽霊ちゃんを癒してくれる人はいないのだ。ずっと幽霊ちゃんの方が奉仕するしかない。「疲れた」と声を上げることもできないだろう。

 得てして、求められる側とはそういう存在だ。物語の正義のヒーローが泣き言を吐いてはいけない。泣き言を吐けば、小石を投げつけられて終わりなのだ。

 そんな折に来た、箱庭商事のホワイトな会社になろうぜ計画。この幽霊ちゃんにとっては願ったり叶ったりなイベントに違いない。何せ、誰にはばかることもなく思い切り羽を伸ばせるのだから。助けを求める人が、いなくなったのだから。

 それで幽霊ちゃんは、冷蔵庫にある『桜見だいふく』をこっそりくすね、舌鼓を打ってうっとりするつもりだったのだろう。無銭飲食をしようとも、幽霊には民法も刑法も適用できやしないからな。

 そんな誰もいない筈のところへ俺が来たのだから、そりゃあビックリもするし、帰るよう必死に言うのも頷ける。


 ……と、まあ。ただの推測でしかないけれど、そんなに間違ってはいないだろう。

 さっき、嘘を吐いて正解だったわけだ。

 ……。

 畜生。ただの嫌な奴だな、俺。

「なんか、ごめんな」

 とりあえず謝っておいた。

「え、えっと、いや、そんな……」

 両方、しどろもどろ。

 どうしよう。なんか微妙な雰囲気になってしまった。こういう雰囲気は苦手だし、元に戻さないとな。

 ええと。

「まあ、取り敢えず、俺は君の邪魔はしないからさ。ゆっくりその『桜見だいふく』食べているといいよ。美味いぜそれ。知っているかもしれないけど」

「……うん」

「じゃあ、俺は粛々と仕事を続けるから、な?」

 癒されたいのは山々だが、一旦距離を取ることにした。仕方ない、暫くお預けだ。

 別に癒されなかったからと言って、現実に向き合うわけではないけれど。

 ……っ、ああ。やめだやめ。

 全てを忘れるべく仕事に戻ろうと、懐中電灯を握り直して右向け右。歩き出そうとしたその時。

「あ、あのっ!」

 呼び止められた。

 幽霊ちゃんの方に向き直ると、『桜見だいふく』を差し出すようにしながら言った。


「良かったらこれ! 1個あげるからさ、一緒に食べないっ!?」


 ……まったく。

 『癒されたい』なんて言っていたのに、こんな誰かも分からない俺にも優しくあろうとするなんて。本末転倒にも程がある。

 多分、元からこういう子なんだろうな。誰かに尽くしたい、嬉しくなって欲しい――という健気な子なんだ。癖というのは中々抜けない。

 だからこそ、邪険に扱うのは良くない。しかし『桜見だいふく』はご存じの通り、2個しか入っていない。その内1個を渡すことがどれ程の犠牲であるか、分からない俺ではない。どうしたものか――。

 ……まあ、取り敢えず。

「いや、俺はいいよ」断ってはおこう。『桜見だいふく』のシェアは、あまりにも代償が重すぎる。「気持ちだけ受け取っておく。ありがとうな」

「……っ、そ、そうですか」

 しゅんとする幽霊ちゃん。予想通りの反応だった。誰かの役に立ちたい、尽くしたいという思いが強ければこうなるに違いないとは思った。

 でも、こんな状態のままにするわけにはいかない。

 だから今、幽霊ちゃんに言うべきはこのくらいだろう。

「それよりさ、今度からは俺の方が何か色々持っていくことにするよ」

「……え?」

 目をまん丸にして驚く幽霊ちゃん。こんなことを言われたことがないからだろう。ある意味純粋で素直な反応だった。俺はそんな幽霊ちゃんに、止めを刺す。

「だって君、癒されたいんだろ?」

「……ぅ」

 少したじろぐ幽霊ちゃん。でもその後、小さく頷いた。素直で良かった。

 同時に、素直で欲しくなかったとも思う。

 俺のこの提案は、信頼を勝ち取って後々自分が癒されるための布石でしかないのだから。俺だったら間違いなく布石の『石』を握ってタコ殴りにしているぞそんな奴。

 それでも残念なことに、俺の口はよく回った。でも、言ったからにはやってやろうじゃないか。その約束を破る程人間は終わっていない。

「だからさ、明日は何か持ってきてあげるよ。今まで頑張って尽くしてきたんだろ? 羽を伸ばして休みたいんだろ? だったら、今度は君が尽くされる番だぜ」

「……いい、の?」

 幽霊ちゃんは、恐る恐る尋ねて来る。

 これには俺が、自信をもって答えなきゃならない。何を腹の中に孕んでいても。

「良いに決まってんだろ? 今からここは君の我儘が通じる世界だ! 喜べっ! たとえ世間が許さなくても、俺が許可してやる!」

「……なに、それ」

 ぷっ、と吹き出して、幽霊ちゃんはコロコロと笑ってくれた。

 うん、やっぱり可愛い子だ。余程皆に愛されている理由が分かった気がする。それでいて優しかったら、そりゃ求められる一方になるよなあ……。

「だったらね」

 幽霊ちゃんが突如、ずずいっと俺の方に近づきながら――って本当に近い!

 色んな意味でなんか心臓をバクバク言わせつつ、幽霊ちゃんの最初のおねだりを聞くことにした。

「あの……ね」

「あ、ああ」


「美味しいもの、食べてみたいな……っ!」


 そのくらい。

「お安い御用だ。何なら、用意できるもので今やってみようか」

「本当っ!?」

 ぱあっと明るい笑顔をぶつける幽霊ちゃん。

 俺も笑みを浮かべて啖呵を切った。

 さてさてさあて。


 ……手持ちには何もないけど、どうしたもんかね。

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