4話、美味しいものを食べたいっ!(後編)
「りっ君、何これ?」
幽海ちゃんから質問が飛んできた。見たこともないのかもしれない。
一体いつ頃の幽霊なのだろうと疑問が湧いたが、今はどうでもいいことだ。
「チョコレートを溶かしたんだ。ボウルとかがないから器を使ったんだけど」
「……手で掴んで食べるの?」
幽霊なのに青褪めた顔で、泡沫が結んでは消えるチョコを指しながら尋ねる。
「違う違う」
俺はさっき購入した『いきものビスケット』――生き物の形をしたビスケットだ――の箱をぱりぱり開ける。中から適当にビスケットを取り出した。犬型だった。
……。
何となく、ビスケットと幽海ちゃんを交互に見る。
「……な、何かな?」
「いや、何でもない」
子犬みたいな子だよな、という言葉は舌先で留めておく。うっかり出さないようにしなくては。
「これはな、こうするんだ」
チョコレートの海の中にビスケットを少し沈めた。掬い出すと、とろり、と冷め切らないチョコがビスケットを伝って垂れる。
そう――チョコレートフォンデュだ。
「ほら、幽海ちゃん、口を開けて」
「……あー」
小さく可愛らしい口を開ける。
その口にビスケットを近づけると、ぱくっと齧ってくれた。……小動物にえさをあげている気分だった。また危うく舌先から出て行くところだった。
そんな幽海ちゃんは、もくもくさくさく音を響かせ。
ぴたっ、と動きを止めた。
それから、目を輝かせて再び咀嚼を続け、喉を鳴らす。
幽海ちゃんは、俺の方に向いて。
「美味しいっ!!」
大声で言ってくれた。
よかった、喜んでくれたようだ。
すると『いきものビスケット』の箱をちらりと見て、俺の方を向く。言いたいことは分かっている。さあ、言え。言うんだ幽海ちゃん。
「わ、私も、やっていい?」
「どうぞどうぞ」
待ってましたとばかりに、ビスケットの箱を差し出す。
幽海ちゃんはビスケットを取り出して、恐る恐るチョコの海に浸す。
とろり、とチョコを滴らせながら、一口でぱくり。
さくさく、さくさく。
ごくり。
「……も、もう1枚」
「幾らでも」
気のすむまで楽しんでほしいところだ。
その後、余程楽しくて美味しいのか10枚立て続けにチョコレートフォンデュをしていた。口端にビスケットのくずを付けながら、頬を綻ばせている。
ふと、幽海ちゃんの視線がマシュマロに向く。
「……りっ君」
「これか? マシュマロって言ってな、これもつけると美味し――」
「やるっ!」
両手を差し出す幽海ちゃん。
その手にマシュマロを乗せると、早速それを摘んでチョコにつける。
ぱくり、と口に入れる。
ふにふにと柔らかく、ほんのりとした甘み。そこにほろ苦いチョコレートがまとわりついて、より甘みが引き立つ。柔らかさを堪能していると口の中で溶けていって、気付けば2つ目に――という悪魔の様な食べ物だ。
案の定その美味しさの魔法にかかったらしく、「んーっ!」と頬に手を当てながら言う。
「美味しいっ! これも美味しいよ!」
「まだいくつかあるからな」
幽海ちゃんは2つ目のマシュマロに手を伸ばす。
袋を開けてチョコレートにつける。後は口に運ぶだけ。
「……」
と、そこで何故か動きが止まった。
「……幽海ちゃん?」
呼びかけても返答がない。
数秒そのまま固まったかと思うと。
マシュマロを、差し出してきた。
「はい、りっ君」
……本当に、この子は。
「じゃ、頂きますか」
笑顔の幽海ちゃんにマシュマロを食べさせてもらった。予想通りにめちゃくちゃ美味しかった。
「やっぱ、美味しいな」
「だよねだよねっ!」
白い歯を見せて、本当に嬉しそうに笑う。
中々献身癖は抜けそうにないだろうけど、それでも癒されているのなら良いかな、などと思ってみる。
もうここまで可愛らしい反応を沢山見せてくれたり、お菓子を分けてくれたりしていると、十分に癒されている気もしていて、癒されるために癒そうなんてビジネスライクな考えは割と霧散していた。
そう、十分だ。
現実から逃避するには、十分すぎる。
伊達に『癒しの幽霊』と呼ばれていないな、とさえ勝手に思った。
~~(m-_-)m~~(m-_-)m~~(m-_-)m
「美味しかった~!」
しっかりチョコフォンデュを満喫し、満足気に言う幽海ちゃん。一方の俺もすっかり片付けまで終えていた。
さて。
……流石にそろそろアルバイトを全うしないとな。雇い主に殺される。
「幽海ちゃん、悪い。俺アルバイト中だからさ。そろそろ見回りにも行かないと」
「あ、ごめんごめん」
そんな風に謝ろうとしていると、幽海ちゃんが「あ」と思いついたように言う。
「ねえ、りっ君!」
「何だ?」
「私も一緒について行っていい? もっといろいろお話したいの!」
「勿論」
このまま余韻に浸ってくれてても良いのだが、断る理由も無いので、俺は幽海ちゃんの提案を受け入れた。
ということで、日々社畜を癒す幽霊――幽海ちゃんと会社見回りにいくことになるのであった。こんな経験、流石に誰もできないだろう。
今日のアルバイトは、あと3時間半。
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