第25話 贈り物
それは毛糸で編んだ可愛い帽子だった。
ふちに『M』と黄色い文字が編み込まれている。
「これ、タカナシさんが作ってくれたの?」
「ええ。気にいっていただけましたか?」
「とっても!」
私はタカナシさんに抱きついた。タカナシさんは照れくさそうだった。
「かぶってみせてはいただけませんか?」
「うん!どうかな?」
私はベンチから立ち上がると踊り子みたいにくるりと回る。
「とってもお似合いですよ」
すると、タカナシさんんは急にかしこまった口調になった。
「少し早いですが、お嬢様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう!大切にするね」
一瞬だけ、頭に疑問がよぎった。
あれ、タカナシさん、なんで私の誕生日を知っているんだろう?
その時、ようやく電車がやってきた。乗り込んで車内アナウンスを聞いて、なぜ電車が定刻通りに来なかったかがわかった。
花火大会のために臨時ダイヤで運行していたのだ。
私とタカナシさんはそれを知り、顔を見合わせて笑った。
実を言うと、せっかく花火大会の会場に連れて行ってもらったのに、肝心の花火のことを私はあまり覚えていない。
けれど、私にはたくさんの素敵な思い出ができた。
屋台がいっぱい出ていて、生まれて初めて食べ歩きというものをした。
花火が上がるまで時間があったので、砂浜に降りて貝殻を集めたり、タカナシさんと木の枝で棒倒しをしたりした。
雑踏の中を歩く時、「はぐれるといけませんから」とタカナシさんは手を繋いでくれた。
打ちあがる花火を見て「きれいだね」「ええ、きれいですね」という無意味な会話を何十回と繰り返した。
それらは全て私の大切な思い出だ。
心の奥底にしっかりとしまいこんである。
たとえ、私からどれだけ大切なものが奪われたとしても、それだけは奪われないように。
心の奥底にしっかりとしまいこんである。
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