第10章 人生最高の日!のはずが••

 心に余裕が出来ていた私は新しく一人の女性と付き合うようになった。

 私が働く工場に派遣社員として来ており、世間話をする内に親しくなっていったのだ。

歳は九歳下だった。将来の不安が減ったこともあってか、私と彼女は問題なく付き合いを重ねていき、自然と同棲するようになった。

 話し合った結果、彼女は派遣会社を退職して家事をしてもらうことになった。掃除に洗濯に料理と彼女に任せられるようになったことで、私は仕事に専念することができ、日々の疲れは随分と減って楽になった。何より帰宅して出迎えてくれる相手がいるということが嬉しかった。質素な暮らしではあったが、二人分の生活費程度なら給料で十分賄えた。

 そうして一年が過ぎた頃、彼女は妊娠した。

 貯金があまりないこともあって、まだ結婚を考えてはいなかったが、そうなるとしない理由もないので、私達は籍を入れた。

 お互いいい歳だったこともあり、どちらの親も祝福してくれた。その時までは順風満帆の未来が広がっていると思い込んでいた。

 しかし程なくして妻となった彼女は、耳を疑う発言をするようになる。

 「子供を産みたくない」

 私は子供が出来たことを純粋に喜んでいたが、妻はそうではなかった。滑らかに回っていたはずの歯車に突然、砂礫が紛れ込んだような思いだった。初めは冗談だと思ったが、何度聞いても答えは変わらなかった。それは紛れもない彼女の本心だったのだ。

 彼女の家族も説得を手伝ってくれ、子供を産むことには納得してくれた。しかし、またもや驚きの言葉を口にする。

 「子供が小学校に上がる頃には家を出たい。自分の時間がない生活なんて耐えられない。一人で生きて行きたい。」

 そんな身勝手な要望、とても呑むわけにはいかなかった。子供にとって母親は大切な存在で、それがいなくなることなんて許されない。どれほどのショックを受けるだろうか。私としても一人で育てていくことなど考えられなかった。

 結局、私はその話は後回しにすることにした。

 子供が産まれた後なら彼女も考えを変えるだろう。きっと愛おしくなるに違いない。今すぐにとは言わなくても数年の内に、子育てしやすい穏やかな場所の中古の一軒家を購入しても良い。彼女専用の部屋でいつでも一人になれるようにしょう。

 そんな風に考えたのだ。

 きっと大丈夫だ。私は胸中をよぎる不安を掻き消すように日々を過ごし、いよいよ妻は出産の日を迎えた。元気な男の子だった。

 その姿を見た瞬間、私は未だかつてない幸福感で満たされた。しかし、その時も妻の顔は冷めた表情で喜びを感じさせてはくれなかった。

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