第4章 出会い

 私は中学に上がってからも漫然と剣道を続けていた。

 その内では相も変わらず得体の知れない衝動が暴れており、水の中に垂らした墨汁のようにモヤモヤが広がる一方だった。思春期はそういうものだ、と言う人もいたが、とてもそうは思えなかった。

 そんな時、いよいよ出会うことになる。それは運命と言っても良かった。たった一つ水面に投じられた石によって、瞬く間に波紋が広がっていったのだから。

 ある日、兄の机の上にカセットテープが2本無造作に置かれていた。青盤赤盤といわれているベストアルバムをカセットテープに録音したものだ。その頃の私は流行歌くらいなら知っていたが、洋楽となると全くの門外漢だった。英語がわかるわけでもないのに嵌るとはとても思えなかったが、そのカセットをラジカセにセットした。するとスピーカーから溢れ出した豊潤な旋律に胸を撃ち抜かれたようだった。気づけば食い入るように最後まで聴き続けていた。もう一度最初から流し、再び聴き惚れる。

 私はビートルズの奏でる旋律に未だかつてない感動を覚えていた。例え歌詞の意味が分からなくても、その歌には心にしみ入る何かがあった。

 これだ!と思った。私はようやく抱え続けていたモヤモヤを晴らしてくれるものに出会たように感じた。それは紛れもなく、私の抱え自由を欲する衝動に指向性を与えてくれるものだった。

 翌日、ビートルズに詳しい友達に会うや否やビートルズについて教えて欲しいと頼んだ。

 彼は喜んでたくさんのことを語ってくれた。一緒にカセットを聴いたり、武道館ライブを観たりして大いに盛り上がった。

 しばらくの間、私の頭の中はビートルズで埋め尽くされていた。そうして、私は遂に一つの夢を抱くに至った。 

 「俺、バンドを作ってメジャーデビュー目指す!プロのアーティストになるんだ!」

 私にビートルズについて色々教えてくれた友人は、流石にその夢には付いてきてくれなかったが、応援してくれた。その時、私は確かに果てしなく広がる大海原へと漕ぎ出したのだ。

 ビートルズの中ではジョンが大好きだったが、ギターを弾いている友達がたくさんいた為、ベースを選んだ。それからは勉強も剣道もおろそかにして一心不乱に練習をした。

 やはり初めはまるで上手く弾けず、何度も挫けそうになったが、胸の奥から湧き上がる強い想いをよすがに頑張り続けた。そうしている内に少しづつ弾けるようになっていき、少し前の自分よりも成長していることを実感すると、言葉にもし難い喜びがあった。

 私は、ベースの練習と並行してバンドメンバー探しも行った。知り合いの伝手を辿って、何とかバンドに興味がある友達を二人集めることができた。

 さすがに小学生時代からやっているような者を見つけることは叶わなかったが、贅沢を言うわけにもいかない。ギターとドラムがいれば3Pバンドとしてやっていけるので、問題は無かった。

 いよいよバンドという形が整ってからは一層練習に熱が入った。メンバーの中で一日中演奏していることもあった。なかなか上手く弾けずにぶつかり合うこともあったが、毎日が楽しくて仕方なかった。

 結局、そのバンドでの演奏を披露する場はないまま中学を卒業した。進学は別々となり、私達は自然と解散することを選んだ。それでも、その頃の夢中になって朝から晩まで練習していたような日々はキラキラと輝いており、私にとっては今でも色褪せない思い出の一つだ。

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