第3話 宙へと吐き出される想い
ベッドに転がり、真っ暗な天井を見つめて、私は
ねぇ、文哉。
私はね、カレーに福神漬けもラッキョウもいらないの。
焼きそばに紅ショウガも桜エビもいらない。
煮物に青みがのっていなくても全然平気だし、焼き魚に大根おろしもいらないんだよ。
それでも、私はそれを用意する。無いとあなたが悲しむから。
でもねそのひと手間は、決して簡単ではないのよ。
ねぇ、文哉。
服ってね、勝手に綺麗にはならないのよ。
洗濯機が勝手にやってくれるって思ってる?
あなたのシャツの黄ばみはね、簡単には落ちないのよ?
私はね、洗濯の下洗いもアイロンがけも本当は大嫌いなの。
結婚するまでしたこともなかった。
それでも「俺にはできないからよろしくね」って、あなたが任せてくれたから、頑張って覚えたのよ。
喜んでくれるあなたの為に、私は大嫌いな家事をするの。
あなたが自室で自由を謳歌する間にも、私は掃除に追われているの。
それでも、気が向いた時にしか部屋から出てこないあなたのタイミングに合わせて、私はこの身体を差し出さなくてはいけないの?
本当は私、ベタベタするのは好きじゃない。だけど、あなたが欲しがるから、私はされるがままあなたに抱かれている。
反応が悪いってあなたは怒るけれど、私にとってそれは快感とは程遠くて。
拒めばあなたが傷つくから、私は傷つきながらあなたに抱かれるているだけ。
あなたが家を空けている間にも、私はこの家で名もなき家事をしているわ。
別に咎めるつもりはないの。あなたが外へ出ていく趣味を持っている事を
心から尊敬しているから。応援しているから。
そうしてあなたを支える事は私自身が望んだこと。それは私の幸せだから。
それであなたがその心を満たして帰ってきてくれるのなら、私はそれで構わない。
でも、そうしてまた、家でも私を求めるあなたは、贅沢だとも思うのよ。
「
もう、諦めたらいいのに・・・。
あなたは理由もなく私の身体を求めるのに、私の言葉には理由を求めて、明確な答えを出せない私を否定するのね。
私があなたを「好き」である理由を、事細かく聞き出そうとする。
私の言葉にあなたが傷つくことは本望ではないわ。でも、私も同じくらい傷ついている。それを知ってほしいと思うことは、そんなにいけない事なのかしら?
私だって、あなたから逃げ出したいって思うことがあるのよ。
もうダメだって何度も思った。
でもね、それでも一緒にいたいって思うからここにいる。
それの何が不満なの?
私は、劇的な物なんて要らないの。
ただ、平凡な毎日をあなたと過ごしていたいだけよ。
大切な理由なんて、一緒にいる理由なんて、ただひとつ。
私があなたを失いたくないから。あなたを愛しているから。ただそれだけだわ。
伝わらない私の愛情を否定されながら、私はあなたの望む言葉を吐いてこの身を捧げればいいのかしら?
あなたにとって、私はいつまでも出来の悪い子で、あなたに感謝と尊敬の念を浴びさせて、心地よくさせていればいいのかしら?
そうしたら、あなたはまた私を愛してくれるの?
だけど、そうしたら私は壊れてしまう。
そうしたらきっと、私はあなたを好きではいられなくなってしまう。
あなたを愛さなければよかった。
そうしたら、私はあなたをこの呪縛から解放してあげられるのに。
苦しいともがくあなたを、どうすることも出来ずに、
「そのままでいいから居てほしい」
なんて、そんな言葉で縛り続けている。
私が壊れるのを拒むから、あなたが壊れてしまうかもしれないというのにね。
ねぇ、文哉。
私は、もっとちゃんと喧嘩したかった。
だって私たちは他人同士。3人兄弟の長女だった私と、一人っ子で溺愛されてきたあなた。
全く違うからこそ惹かれあって、同じ道を歩む事にしたんじゃない。
だから、価値観が違う事なんて、当たり前で、すり合わせは必要で。
きっと馬鹿みたいにくだらないことも、本当に譲れない大切なことも、一つ一つ考え方が違って、それを見つけるたびに喧嘩して、通じ合って、絆を深めて、いつか二人にとってこの場所が、当たり前に心地いい場所になるように、あなたとなら出来るって信じてた。
だけど、文哉は違う。
あなたが求めるのはいつだって「自分が居心地よい場所」だけ。
それは、私には提供出来ないものだった。
もう疲れたの。
出来ないことを求められ続けることに。
だから、最後に、私があなたに伝えられるたった一つの事だけを置いて、私はあなたとさよならをすることにするわ。
あなたは、あなたが思うより大したことない人間だって。私があなたに教えてあげる。
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