第2話 告白

さん。今日もお願いしますね!」

「おー、ツグミ。宜しく!」


 私は今、ツグミという名前でオンラインゲームにログインしている。

 仲間と協力して、巨大なモンスターを倒すという協力型のオンラインゲーム。

 初心者の私のキャラ育成を手伝ってくれている【ぶんちゃん】は文哉だ。

 そして彼はツグミが私である事を知らないでいる。


 きっかけは本当に偶然だった。

 昔から、インドア派でゲームが好きだった私は、過去に同じタイトルのオフラインゲームに夢中になっていた時期があったのだが、そんなゲームを、当時一緒にゲームに遊んでいた友人が始めたという話を聞いて、一緒にやろうという話になり登録したのだ。

 初めはその友人と楽しんでいたのだが、文哉の部屋に洗濯物を置きに行った時、同タイトルのゲーム画面と、文哉のHNを見てしまった。


 その時私は、何を思ったのかすぐさま部屋に戻りPCを立ち上げた。

 そして文哉ぶんちゃんを探し出し、話しかけることに成功した。


「はじめまして。初心者なのでよかったら教えてください。」


 私がゲームに夢中だったのは、文哉と出会うより前の事。当然、文哉とはゲームの話などしたこともない。私がゲームをしている姿など、想像もつかない事だろう。

 もしゲーム仮想世界で仲良くなれたなら、私には理解できない文哉の内面に、理想に少しでも近づけるかもしれないと、私は淡い期待をしていたかもしれない。


「もちろんいいですよ! なんでも聞いてください。」

「ありがとうございます。」


 ゲームの世界では文哉は優しかった。

 不思議なことに、ネット上の文字の会話なら、文哉といくらでも上手く話す事が出来た。

 強力な武器を作るための素材を一緒に集めてくれたり、モンスターの倒し方を、ああでもない、こうでもないと考察しあっていると、まるで恋人同士だった頃の事を思い出す。

 いつだって、こうやって私を引っ張りあげてくれた文哉。

 くだらないことをただ話す時間が何より大切で、ただ一緒に居るだけで馬鹿みたいに幸せだった。

 私は、やっぱり文哉が大好きだった。


 音声チャットの誘いが来た時は、流石に少しドキドキしたけれど、バレたらそれはそれでいいと思い了承した。ゲームという同じ趣味を通じて、もしかしたら夫婦の再建が叶うかもしれないと、どこかで期待する思いもあったのかもしれない。

 だけど、そんな心配も必要なくて、文哉は音声で会話するようになっても、私には全く気付かず「かわいい声だね」なんて言ってくれた。

 初めから疑う余地がなければ、そんなものなのかもしれない。

 

 私たちは、ツグミとぶんちゃんという仮面をかぶり、普段なら言えない軽口を言い合ったり、私生活を少しだけ捻じ曲げて相談しあったりして、仲を深めていった。

 文哉は、ツグミとゲームの約束をしている日はとても機嫌がよかった。



 ***




「俺、やっぱりツグミが好きだな。なぁ、俺たちリアルで付き合わない?」

「会ったこともないのに?」

「会わなくたってわかるよ。ツグミが俺の運命の相手だって。」

「またそんなこと言って。」


 最近、文哉はやたらと私を口説くようになった。

 オンラインゲームで相手を口説くなど普通なら迷惑行為でしかないし、通報ものだけれど、中の人を知っているから、適当に流しつつ、相手をしていた。

 まさか本気だとは思わなかったが、その先に文哉が何を求めているのかも興味があったのだ。


「俺は結構本気だよ?」

「確かにぶんちゃんさんとはすっごく気が合うとは思うけど・・・でも、リアル奥さんいるんでしょ。」


 いつもなら、「またまたー」で終わるところを、この日はついに「本気だ」と続けてきた文哉に、私の事を聞いてみた。


「いいんだよ。丁度別れようと思ってるとこだし。」

「え!? 何で?」

「あいつとは会話ができないんだよ。頭悪くてさ。俺が一からかみ砕いて話してやらねぇと話が通じない。つーか、それでも通じてないかも。」

「えー。そうなんだ。」

「しかも、何か言うとすぐ逆切れしてきてさ「私はこうなの。変えられないの!」って、ガキかよってな。結局いつも俺が折れてやってさ・・・疲れんだよ。辛い。あいつの顔見ると吐き気するくらい辛い。」

「それはもう・・・末期だね。」

「そう。だから、あいつとは最低限しか会話しない事にしてる。俺の心を守るために。けど、何かと話しかけてくんだよな。構ってちゃんかよって感じでさ。鬱陶しいったらないよ・・・」


『そうか、私の家族としての最低限の挨拶は、文哉にとっては構ってちゃんのそれだったんだね。

 私にとったら、あからさまに具合の悪そうな顔で、「俺はもうだめだ」みたいなオーラを全身に振りまいて、黙りこくっているあなたの方が、ずっと構ってちゃんに見えてたよ。』


「あいつと居たって虚しいだけなんだよ。人の気持ち分からないしさ。だからと言って家事とかもてんで駄目。何度言っても焼きそばに桜エビ入れ忘れるし、Yシャツはクリーニングに出そうとか言いだすんだぜ? アイロンかけりゃいいのに、そんなことに金使うかよな。部屋は汚いし、俺が家事とか手伝ってやってもなんかもの言いたげだしさ」

「・・・。」

「その点、ツグミとは一緒に苦楽を共にしてきて、相性いいなって思うし、仕事はホテルの調理スタッフって言ってたじゃん。料理とかめっちゃ上手いだろ? 俺のサポートにだっていつも感謝してくれてさぁ。最高の女だよお前は。あーあ、何で俺。あんなのと結婚しちゃったんだろう。結婚してから運命の相手と出会うなんて、本当にあるんだな。」


『この人は、いったい何を言っているんだろう・・・?』


 やっぱり私には文哉の言いたいことがまるで理解できないようだ。

 音声チャットで聞こえる声が、嫁の声だとすら気づかないくせに、たかだがゲームで一緒に遊んだだけで、何でも分かったつもりの男の言葉を、本当に理解しなければならないのだろうか?


『私は、あなたの向かいの部屋からログインしている、ですけど?』


 こみ上げてきた苛立ちを、ゆっくりとかみ砕いて整える。


「だからさ、あいつと別れたら、付き合おうよ。リアルで会って。・・・ツグミ? 聞いてる?」

「・・・・・・・・・うん。まぁ、機会があったら、まずはお友達から、かな。」

「っしゃぁ! 俺、ツグミのこと大切にするから!」


 すっかり運命とやらに酔いしれている文哉は、多分私の話など半分も聞いていない。

 顔も名前もその言葉全てが嘘で塗り固められた赤の他人への告白に成功したと思い込み、一人舞い上がっているようだった。

 その様子に、私の中で何かがサーっと引いていくのを感じた。

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