第2話 牛頭
怪2
寝室を出た俺とアリシアは、台所のある部屋へと移動した。台所とはいえ、四角いブロック積みされた釜戸に焚火、その上に吊るされた鍋やフライパンなどの調理器具が置いてあるくらいだ。壁は泥で造られているのだろうか、茶色く渋い色に染まっている。その近くに木のテーブルと椅子4脚があり、すでにアリシアの母と弟が座っていた。
「おはよう! ママ、ノーゼン!」
「あら? アリシア、起きたのね。カイリは無事のようね、よかったわ」
「姉ちゃん、おはよう。今日も元気だね……」
なんと暗い家族。母親は目にくまが出来てやつれているし、弟に至っては生気が失われている。アリシアの明るい笑顔が余計に眩しく感じるな。この二人は今にもその光で消えてしまいそうだ。俺は椅子が4脚あることに気づき、辺りを見回してみた。
「もう一人は?」
「あ…うん。パパは今、奥の部屋で寝込んでいるの。ここ数カ月はずっとこうで……、みんな元気を失くしているわ」
「そうか」
この状況から推察すると『この家は何かに憑かれている』と考えるのが自然だ。普通なら父親が病気で働けなくなり、家族が鬱になっていると世間からは思われているだろう。だが陰陽師である俺に言わせれば、これは力の強い何者かに障っている。要は禁忌を犯しているのだ。
「ご飯作るわね、座って待っていて頂戴」
「……」
母親は無理やり身体を動かせるかのように立ち上がり、料理の支度へと取り掛かった。弟は下を俯きじっとテーブルの木の木目を見つめている。そこに何か面白い模様でもあるのか、弟くんよ?
「さ、さあ座って、カイリ。ママの料理は絶品なんだから!」
「うむ」
俺はテーブルを見つめる弟くんの横に座り、アリシアにありとあらゆることを聞いた。アリシア曰く、前任カイリは愚図でのろまでドジだけど心優しい少年であること、数日前は前任カイリがここへおよばれされて、食事の後、外で散歩をしていたら家畜の牛に突進されて死にかけたこと、父親の病気と母の鬱と弟くんへのイジメと何かとこの家族が不幸続きであることなどなど。
「さあ出来たわよ、召し上がれ」
「……」
「いっただきまーす! カイリも食べよ? シチューは好きでしょ?」
「頂きます」
今日の献立は、固いパン、野菜と羊肉のシチュー、木の実。固いパンはさっき食べたな。シチューは野菜は美味いが肉はまずい、獣臭くて現代っ子だった俺には少々きつい。木の実は、正直これが一番うまい。何の果実かは知らんが、赤い粒でブルーベリーみたいな味。俺は好き嫌いがない食生活だったので、全部おいしく頂いた。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「そう」
母親は何の感情もなくただ言葉に反応したという感じだった。
さてと……さっきから部屋の隅に佇んでいる『牛の頭』について聞いてみようか。
「アリシア、あそこの牛はどういうことだ?」
「え? 牛? そんなのいないわよ。家畜なら外にいるけど」
はい、決定。あいつが犯人です。俺は元凶を見つけ、すぐさま懐からお札を出そうとした。
「そうか。俺は死んだんだったな」
俺はお札の代わりを探してみた。家の中には使えそうなものは何もない。外へ出てみる。屋根は茅葺、家畜の餌は藁……これは使えそうだな。
「アリシア、家畜の餌はどこから仕入れているんだ?」
「裏の畑の周りにたくさん生えているけど? どうしたの急に?」
「ああ、急に頭飾りが作りたくなったんだ。手伝ってくれないか?」
「頭飾り……別にいいけど」
アリシアの顔が赤くなっている。風邪か? それにしては嬉しそうに案内してくれている。俺とアリシアは裏の畑へと行き、家畜の餌である『すすき』を手に入れた。
「これ、どうするの?」
「こうしてこうして輪っかに編んでいくんだ」
俺は手早く直径30センチメートルほどのすすきの輪っかを作った。アリシアも俺の真似をして同じものを作った。しかし、どこか不満げだ。俺の方が整っているのが気に入らないのだろうか。アリシアはキョロキョロと見回して、青やら黄色やら紫やらの雑草の花を輪っかに差し込んでいった。
「こっちの方が可愛いでしょ?」
「そうだな……まあ問題ないだろう」
アリシアの猫耳が動いている。どうやら嬉しい時に耳が動くらしい。俺たちはさっそく家へ戻り、先ほどの『牛の頭』の前に立った。
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