第14話 連行されました

 まあ、後は地味でアホくさいイジメはちょくちょくあった。


 廊下で押されて転んだ。床はフカフカの絨毯なので痛くも痒くもなかった。すれ違いざまだったので、「ごめんなさい」と言ってすぐに離れたため誰かよくわからなかった。


 そうそう、食堂で押されて前にいた子爵令息の制服を汚してしまったこともあった。混雑していたので犯人は不明だ。


 トイレのドアが開かなくなって閉じ込められた。授業にいない私を心配した二年Aクラスが全員で探してくれたこともあった。


 寮の部屋の前に腐った果物が置かれていたが、泣く泣く片付けてくれたのは、寮の掃除メイドさんだ。匂いが強烈だったから、あれの掃除は泣く。

 部屋の前にあった見知らぬプレゼントは、もちろん開けずに寮監様に提出。確認のためプレゼントを開けた衛兵が顔を顰めてすぐに閉じてしまったので、中身はわからぬまま焼却処分にされた。


 と、いうわけで、あまり実害は感じていない。だって、その度に友達が助けてくれたり、声をかけてくれるのだ。嬉しさの方が何倍もたくさん貰えていた。


〰️ 〰️ 


 こうして、なかなかの二年生生活も終わり三年生となった。


 痺れを切らしたようでとうとう、犯人たちが顔を出した。


 ある日の朝、私はゲルダリーナ様とご一緒でない時に、腕を掴まれ校舎裏へ連行された。五人ほどのご令嬢だ。


「貴女。ご自分のお立場をわかっていらっしゃるの? ベティーネ様の邪魔をなさるのはもうお止めなさいっ!」


 私の腕を掴んでいたご令嬢に突き飛ばされ転んだ。


『昨夜の雨を見込んだのなら褒めてあげたいくらいの被害だわ』


 私は泥だらけになってしまった制服の心配をした。私が反応しないことに苛立った五人は口々に私を罵った。


 曰く売女。曰く媚売り。曰く娼婦。曰く男勝り。曰く可愛げない。曰くセンスがない。などなど、まあ、彼女たちのボキャブラリーの続く限りの悪口を言われた。


「おいっ!」


 そこに颯爽と現れたのは、ダンティルだった。五人のご令嬢が三歩下がる。

 ダンティルは飛び石の上を踵を鳴らして私の側に来ると、膝が汚れることも気にせず私を助け起こした。


「貴女たち。何をなさっていたの?」


 静かだが険のある声にご令嬢たちがビクリとする。声の方へ振り向けば、ベティーネ様が護衛である男子生徒を連れてこちらへ歩いてきた。


「わ、わたくしたちは……ダンティル殿下とベティーネ様とのご関係をお守りするようにと、家から申しつかっておりますっ!」


 ご令嬢の一人が肩を震わせながら、ベティーネ様と目を合わせないようにしながら、それでも言い訳を口にした。後ろの二人が頷いた。


「そう………。で、貴女たちは?」


 頷いていない二人にベティーネ様が問う。


「わたくしたちは、エリアウス様とイルザニナ様のご関係をお守りするようにと、家の者から言われております」


 いつの間にかダンティルの後ろにいたエリアウスが眉を寄せた。

 気がつけば何人もの傍観者も周りにいた。


 ダンティルが私を後ろから私の両肩下を両手で支えて歩き、ベティーネ様へと私を託した。そして、彼女たちへと振り向いた。


「そうか。そなたたちは……そなたたちの家は、私のことが信用できぬようだな」


 ダンティルの意外な言葉に皆が絶句する。


「ち、違いますっ! その人がウロチョロすることがっ!」


「黙れ」


 静かな命令が威厳を感じさせた。


「アンナリセル嬢が……いや……どんな女性であっても、だ。

女性たちが私にどんな思いがあろうと、そのようなものは私には関係ないのだ」


 ダンティルがこちらに振り向く。ベティーネ様の護衛男子生徒が私の腕を引き寄せ、私とベティーネ様とに距離ができた。


 ダンティルがベティーネ様に跪く。


「ベティーネ。お前が照れ屋なのはよく知っている。だからこそ控えていた。しかし、それがこのような誤解を生むのなら私はもう我慢しない。

ベティ。お前だけを愛している」


 ダンティルがベティーネ様の手を取りキスを落とした。傍観者から黄色い声が飛ぶ。

 ベティーネ様は真っ赤になって硬直していた。


 ベティーネ様が照れ屋であることは、私は何度もダンティルに相談されていた。ダンティルは常々ベティーネ様ともっとイチャイチャしたいと思っている。

 昼休みのお茶も私が離れようとするのを止めるのはベティーネ様だ。ベティーネ様はダンティルと二人になると、ドキドキしてしまって話ができないというのだ。ダンティルには私から率直にそれを伝えた。

 最近では、昼のお茶の際には私はエリアウスと話をするようにして、ダンティルにはベティーネ様と二人のような雰囲気にするようにと頑張ってもらっていた。


 なので、エリアウスとの関係を心配されるのはなんとなくわかる。……かもしれない。


「俺もそのように思われるのは心外だ。俺はイルザニナ一筋だと表現しているつもりだったけどな」


 そう言って、エリアウスは三編みにされている伸ばした後ろ髪を前に持ってきた。三編みには緑のリボンが編み込まれ赤の髪と絡み合っている。……私から見たら……重い。

 さらに、エリアウスは腰の木剣を抜き柄が見えるように刃の方を持つと、木剣でポンポンと自分の肩を叩く。柄当はこれまた緑と赤でキレイに模様化された組紐であった。これまた……私から見たら……重い。

 緑は言わずと知れたイルザニナ様の髪の色である。私の色、黄色や藍色はどこにも存在しない。


「これ以上のアピールについて、イルザニナに相談することにしよう。その際、君たちの名前を出させていただくよ」


 エリアウスがニヤリと意地悪く笑った。二人の女子生徒は目を俯かせてカタカタと震えている。


 ダンティルはすでに立ち上がり、ベティーネ様の肩を抱いていた。ベティーネ様を優しく見ている。頬を染めたベティーネ様はダンティルをチラリと見ると、とろけそうな目をしたダンティルとバッチリ目が合い、さらに真っ赤になって俯いた。

 ベティーネ様の照れゲージが振り切り直前ではないかと心配だ。

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