第12話 兄が必死でした
「コホン」と兄がわざとらしい咳払いを一つした。
「と、ところでな、エリアウス君……」
兄が珍しく歯切れが悪い。
「はい?」
一人で顔を赤くしている兄に、私だけでなく二人も不思議そうな顔をしていた。
「こうして君と話ができたことは縁だと思うのだ。どうか、君の姉上様と会わせてもらえないだろうかっ!」
兄はテーブルに身を乗り出して懇願した。
「え? あ? で、でも、姉上は女性騎士になってしまいましたし……」
「知っているっ!」
「婚姻の意思はないと言っておりましたし……」
「っ! っ! 知っているっ!」
「俺より強い女ですし……」
「わかっているっ!」
「姉上は女性的手習いが壊滅的ですよ」
「それは、問題ないっ! こいつなど、剣も扱えないのに女性的手習いが壊滅的だ。それでもちゃんと生きている」
私はジト目で兄を睨んだ。なぜそこで私をディスるのだ?!
「紹介さえしてもらえれば、後は俺の力次第だ。もし、フラレても、君を恨むことはない。だからっ! 頼むっ!」
兄は、もう一度エリアウスに頭を下げた。
「エリアウス様のお姉様は、去年、学園をご卒業なさいましたの。武術大会では準決勝でチレナド様に敗れましたのよ」
イルザニナ様が私に教えてくださった。兄に好きな人がいるなんて知らなかった。
エリアウスがイルザニナ様に視線で伺いを立てると、イルザニナ様が頷いてくれた。
「わかりました。姉上はイルザとのお茶会を楽しみにしているのです。その席にお呼びしましょう」
「それはいいですわね。日時が決まりましたらご連絡いたしますわ」
兄の目には涙が溜まっていた。まだ早い。ご本人には何も伝わっていないのだから。
私は、明後日の方を向いて、小さくため息をついた。
〰️ 〰️ 〰️
こうして、たった一週間で攻略対象者とばっちり出会ってしまったが、その方々の婚約者様たちと懇意になることに成功し、ウキウキな学生生活になるのではないかと期待した。
ランチは、いつの間にかベティーネ様とカルラッテ様とゲルダリーナ様と一緒にとるようになっていた。イルザニナ様は食堂で会うと手を振ってくれる。
カルラッテ様は食事が済むと図書室へ行かれることが多いし、ゲルダリーナ様は毎日ペロへご飯をあげにに行かれる。
なので、食事後のお茶は大抵ベティーネ様としている。
「ふふふ、アンナリセル様は『愛の恵み手』と言われておりますのよ」
ベティーネ様にそう言われた時にはびっくりしたが、エリアウスとイルザニナ様も時々ランチをしているようなのでそういうことなのだろう。
「ベティーネ様はここにいてよろしいのですか?」
「ふふふ、そろそろいらっしゃる頃ですわ」
ベティーネ様の視線を追うと、ダンティルがこちらへ笑顔で向かって来ていた。
私達に許可を伺うことなくベティーネ様の隣に座る。自分の分のお茶は手にしてくるので特に何も言わない。三日に一度はこうして三人でお茶をしているのだ。
「お時間ができましたの?」
ベティーネ様は優しくお聞きになる。
「ああ、鍛練にでも行こうと思ったら、エリアウスに消えられた」
エリアウスはイルザニナ様とお食事の後はどこかで二人でお茶をしているらしい。
マジラウルが図書室へ行かない時はカルラッテ様がここにいる。
フロレントがペロの餌やりに行けない時もあるそうだ。
そうして、側近の誰かといることが多いダンティルであるが、みんなが婚約者に会いに行ってしまったときにこうして私達のテーブルへやってくる。
全くお呼びでないのだが私の気持ちなど関係ないし、ベティーネ様が嬉しそうなのでいいのだ。
最近、ベティーネ様の淑女仮面でも感情が読めるようになってきた。ベティーネ様が私にそれだけお心を許してくださっているのだと思うと嬉しい限りだ。
いつものように三人で取り留めもない話をしてランチタイムは過ぎていく。
〰️ 〰️
だ私には攻略対象者はお呼びでないにも関わらず、好感度アップのイベントは高確率で起こった。
だがイベントは起きてしまうので、その後のお誘いを断るとか、婚約者様を巻き込んでお礼を受け取るとか、感動的なシーンを冷たい視線で乗り越えるとか。
とにかく、イベントは起きても好感度は上げない努力をした。
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こうして、一年生を無事? に修了できた。
兄は卒業式の一週間前にエリアウスのお姉様ロジビータ様にプロポーズした。卒業パーティーではロジビータ様をエスコートしてダンスをしており、お父様お母様も泣いて喜んでいた。私はもしロジビータ様がいらしてくれなかった時のダンス相手として参加させられていたのだった。壁際から見ていたが二人はとても幸せそうに笑っていて私も幸せな気持ちになる。
そして、即決即行動の二人は卒業パーティーの翌日には婚姻届を出した。
婚約期間一週間……。
ロジビータ様のご両親ギーゼルト侯爵夫妻がよく許したものだと思ったが、エリアウス曰く「婚姻する気になった姉の気持ちが変化しないうちにさせてしまいたい」そうだ。
式は年始の王城パーティーの後に行われるという。
子供ができるまでは王都に住み、ロジビータお義姉様は女性騎士を続ける予定で、兄もそれまでは鍛えると言って王国騎士団に入団した。
イルザニナ様もご卒業だ。エリアウスとのダンスは女子生徒たちが目をキラキラさせて見ていた。
そうそう、イルザニナ様がエリアウスの父上たるギーゼルト団長に組紐の柄当―持ち手の部分に当てる布や紐―を送ったところ、木剣ではなく、鉄剣に使い、その使い心地が大変よかったそうで、騎士団の鉄剣用まで孤児院に仕事依頼をしたそうだ。剣も鍛錬で使えば古くなるし、紐もいつか切れるので、なかなかの頻度で仕事依頼をできるらしい。
ベティーネ様がとても喜んでいらした。
また、騎士団では、恋人から組紐の柄当を贈られることが流行りというか、当たり前になり、何色も使った柄当の剣を持っているか、単色の柄当を持っているかで、騎士たちの恋人関係がわかりやすくなり、カップルも増えたと、兄から聞いた。
ちなみに、私以上に『女性的手習いが壊滅的』だったロジビータお義姉様は『イルザニナは義妹になるのよ。義妹の手作りなら問題ないわ』と、兄とロジビータお義姉様の柄当は、イルザニナ様に作ってもらっているそうだ。
兄には『ロジビータは、自分で作らなくても、俺が既婚者であるとまわりに知らしめたいらしい。カワイイだろう』と惚気られた。
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