第11話 良い案が出ました
自分と同じような悩みがあっただろう憧れの先輩の助けになっていたのは、自分の婚約者だった。それを知らずにいたのだ。ショックはあるに違いない。
「イルザニナ嬢はとても器用で美しい組紐を作れる方なのだ。彼女のカバンについていた組紐を見て俺から声をかけた」
「これですわ」
イルザニナ嬢が出したのは本当に美しく編み込まれたもので、前世の日本でいうストラップやキーホルダーのように使っているようだ。そして、色は赤が主体であった。エリアウスの髪の色だ。
エリアウスはそれを見てさらに驚いていた。
「普段は身につけておくものに付けておりますのよ。チレナド様が参考になるかもしれないから持って来てほしいとおっしゃるのでお持ちしましたの」
「俺も……」
小さな声でエリアウスが呟いた。
「ふふふ。ええ、エリアウス様とお揃いですわ。わたくしの秘密でしたのに恥ずかしいわ」
イルザニナ様がポッと頬を染めた。それは、独占欲というものを表しているようで、恥ずかしいと言えばそれも一理ある。
「お、俺も、その……。俺もカバンに付けてるから……み、緑のものを……」
エリアウスが赤くなって俯いた。緑色はイルザニナ様の髪の色だ。
私と兄は目を合わせて唖然とした後、吹き出した。エリアウスとイルザニナ様はお互いにチラチラ見ながら顔を赤くしていた。
気を取り直して四人でランチを楽しんだ。武術派の男性二人の食事量はものすごく、私は兄の食事量を知ってはいたがそれでも呆れていた。
イルザニナ様はエリアウスの食べる姿を嬉しそうに見ている。姉さん女房の余裕を感じた。
食事を終え、男性二人が食器を片付けてくれて、お茶も持ってきてくれた。私はその間、イルザニナ様の惚気を聞いていた。とても微笑ましくて、こちらが恥ずかしくなる。だけど、幸せそうな話はいいねぇ。
男性二人が座ると木剣の持ち手の話になった。どうやら組紐を幅のあるように編み、その端同士を編み上げブーツのように締めていくそうだ。持ち手より少しだけ短く編むことが大事らしい。
「少しくらい短すぎても、この編み上げ部分に指が引っかかるから、何の問題もないんだ」
「まさか、そのように使われていたことは先程まで知りませんでしたの」
「説明しなかった俺が悪かったね」
兄は頭をかいて謝った。それはそうだ!
イルザニナ様が使い方を知っていたらエリアウスにプレゼントしたに決まっている。
「あのぉ、エリアウス様……」
イルザニナ様がエリアウスの方に体を向け可愛らしく上目遣いで見つめる。
エリアウスはイルザニナ様を見ただけで顔を赤くした。
「わたくしからそれをプレゼントさせてくださいますか?」
おねだりがそれではエリアウス陥落間違いなしっ! エリアウスから煙が出そうだった。ブンブンと頭を上下にさせていた。
「イルザニナ嬢。編み上がったら教えてくれ。最初は締め方を俺が教えた方がいいだろうから」
「わかりましたわ。紐を見つけにお店へ行きたいので、週末を越えてしまいますけど。
エリアウス様。よろしいかしら?」
「な、なら、その買い物も付き添おう! お、俺専用の木剣になるのだ。木剣も購入しなくてはならないしな」
エリアウスの声が裏返った。イルザニナ様のお顔がパアッと明るくなる。
『そうですか。他の人に触らせる気なしですか。呆れますが、微笑ましいですねぇ』
私のジト目など気にする様子もなく、二人の世界だった。
「はいっ。よろしくお願いしますわ」
イルザニナ様は快く返事をした。それから、兄がお茶を一口飲んで話題を振る。
「まあ、エリアウス君の木剣はそれでいいとして、リセルの心配は鍛錬場の木剣だろう?」
「そうですね。あれではいつか誰かが怪我をしますよ」
「いや、すでに年に何度かは事故が起きてるよ。俺もこれを作ってもらったのは、つい一月前だからね」
兄が自分の木剣を上げ、柄の部分をコンコンと指で示した。
「そうでしたのね。
イルザニナ様。これってそんなに難しいですか?」
見た目だけでは理解できないので聞いてみた。
「そうですわねぇ。チレナド様はこだわりがおありだったご様子でしたので、ご要望にお答えしましたが、簡単に編める物でいいのならできる方が多いと思いますわよ」
イルザニナ様は、先程の兄の『妹は女性的手習いが壊滅的』という言葉を受けて遠慮気味に答えていた。
私は暫し思案した。
「器用な子なら、十二歳前後でもできますか?」
「ええ、もちろん。わたくしは十歳からやっておりますし」
さすがに十歳でできたイルザニナ様にはびっくりしたが、幼い子にもできることはいいことだ。
「それなら孤児院に仕事依頼をしましょう。紐の買い付けもこちらでやり、手間賃を払う方式でしたらすぐにでもできそうですよね?」
「まあ! 素敵なお考えだわ。わたくし、見本をすぐに作りますわね。王都の孤児院でしたら、ベティーネ様にお願いすればよろしいと思いますわ」
ベティーネ様は、恐らく公爵家として王都の孤児院を支えているのだろう。
「それなら俺から学園長様に話を通しておこう」
兄は武術大会で優勝するくらいなので、そういう話を学園長様にできるそうだ。
「おお! 仕事依頼として役に立てるのなら、父上にも相談してみよう」
エリアウスも乗り気になった。学園だけでなく、王国騎士団の分も手間賃が入るとなれば孤児院も助かるに違いない。
「イルザニナ嬢。すまないが、見本をもう一つ作ってくれないか? 我が領でもやってみたいんだ」
「わかりましたわ。見本用の紐なら持っておりますので明後日にはお渡しできますわ」
兄の図々しいお願いにもイルザニナ様は笑顔で頷いてくれた。
「それは助かるな。父上母上への手紙を書いておこう」
私と兄は笑顔で頷きあった。それを見ていたはずのエリアウスは私の本物の笑顔に顔を赤らめることはなかった。
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