第7話 本の解説をしました

 私は胸を張り鼻を上げるようにしてマジラウルの目を見た。


「マジラウル様。本日のランチ、お受けいたしますわ。ランチの席にてこの本の素晴らしさを教えて差し上げます!

カルラッテ様。わたくしにご協力くださいませ。二人でマジラウル様にわからせて差し上げましょう!」


 目を見開いたカルラッテ様はすぐに本気スマイルになった。


「それはいいですわね。マジラウル様とランチができるなどなんと僥倖でございましょう。わたくしがランチ代金を持ちますわ。うふふ」


「なっ! 女性に料金を持たせられるかっ! では二人とも昼休みにここでまたっ!」


 マジラウルは踵を返して席へと戻った。私とカルラッテ様はクスクスと笑った。


「カルラッテ様。実はその続編、図書室にありましたのよ」


 カルラッテ様は大きく目を見開いた。今日一番に淑女の仮面を脱いだようだ。


「まあまあまあ!!」


「わたくし、昨日から借りておりますの。返却の際にはカルラッテ様にお声掛けいたしますね」


「まあまあまあ! よろしくお願いいたしますわっ!」


 カルラッテ様は左手に本を持ち直し、右手で私を抱きしめた。


〰️ 


 ランチはそれはそれは楽しい時間だった。私とカルラッテ様でこの本について話が盛り上がり、マジラウルは私とカルラッテ様を交互に見ながらただただ聞いていた。


 そして、昼休みが終わる時には、


「まあ、少し読んでみよう」


 マジラウルはカルラッテ様の本を手にした。


「マジラウル様のオススメのご本も教えてくださいませ」


 カルラッテ様は空かさずそう言うと、マジラウルは天井を見て逡巡した。その逡巡にカルラッテ様は不安そうな顔をしている。


「明日の昼休み、ランチを終えたら図書室へ来るといい」


 マジラウルは立ち去った。きっと、あの逡巡は本を頭に浮かべていたのだろう。

 カルラッテ様はとても嬉しそうだった。


〰️ 〰️ 〰️


 カルラッテ様とのランチの楽しさと、寮の自室に置いてきた本を読みたさで興奮していた私は大切なことを失念していた。


 放課後は通ってはいけない学園と寮を結ぶ近道を利用してしまったのだ。

 学園の規則的に通ってはいけないわけではない。イベント的に通ってはいけないのだ。


 私はウキウキと普通のご令嬢は使わないだろう木々の生い茂る近道を急いでいた。すると、木の上から何かが私の胸に落ちてきた。私はそれを取り損ねて落としそうになって慌てる。


「わっ! わっ! わっ!」


 なんとか無事にキャッチしたものの、落ちてきたそれは生き物で、それも落ちまいと暴れたため私の手は少しだけ引っ掻き傷ができた。


「ニャー」


 私の胸に収まっていたのは猫であった。ダークブラウンの毛並みはツヤツヤで、薄緑の目はクリクリしていて、『ニャー』というときに目を細められた顔のなんと愛くるしいこと。もう仔猫と呼べるほど小さくはないが若猫だ。


 私は思わず破顔した。私は前世無類の猫好きだった。現世はあまりに田舎で、猫は飼っていないが庭にいつも数匹いたし、動物は大好きであるのだ。


「よぉしよぉし。もう大丈夫だよぉ。おまえは学園の子なのかい? キレイな子だねぇ」


 ゆっくりと何度も撫でてやると猫もリラックスしてきたようで目を細めて喉をゴロゴロと言わせながら甘えてきた。


「ふふふ、人懐っこいのね。みんなに可愛がられている証拠だわ」


「き、君……」


 猫を撫でていたら前方からいきなり声をかけられた。木の傍らには皿を持ったフロレント・リュデルク教皇子息がいた。頬を染めて照れくさそうに、空いている手で頭をかいていた。


『はあ。またやられた……』


 私はまたしても不覚に満面の笑顔を見せてしまったのだった。だって、猫を撫でたのは2週間ぶりだったのだもん! 私は悪くない悪くない。


「あ、あの。わたくし、アンナリセル・コヨベールと申しますの」


 ここは学園内なのでどちらから名乗っても問題ない。だが、社交術として名乗りもせずに立ち去ることはできない。


「あ、あ、ごめんね。僕はフロレント・リュデルクだよ。君とはクラスメートだ。だから、君のことは多少知っている」


「そうでしたか。まだクラスに不慣れなもので申し訳ありません」


 私は敢えてダンティルのことは言わずこちらはあまり知らないという体をとった。


「いや、気にしないで。ところで、その子は君の子なの?」


「は? いや、違いますよ。

て、え? 学園って猫飼っていいんですか?」


 私は思わず目をキラキラさせて聞いてしまった。落ち着いてきたはずのフロレントがまた頬を染めた。私は心の中で自分に大きくため息をついた。


「そうだよね。そんなわけないね。

個人的に飼うことはできないよ。君の飼い猫ではないね。

なら、僕が餌をやってもいいだろうか?」


 フロレントが持っている皿はこの猫の餌のようだ。


「はい。もちろんですわ」


 私は猫をそっと下に置いた。猫をが私から離れないので、フロレントが私の近くまで来てしゃがみこんだ。


「昼休みに来れなくてごめんね。お腹空いたろう。お食べ」


 お皿をゆっくりと置くと、猫は少しだけ警戒してからお皿のミルクを舐めだした。中には小さなパンも入っているようだ。

 フロレントはジッと猫を見ている。そのピンク掛かった目はとても嬉しそうで、猫に癒やされているのがよくわかった。


「いつから餌をあげておりますの?」


 私は猫への興味からこの場を離れられなかった。


「入学式の二日前くらいかな。警護の意味も込めて学園内を探索していたんだ。その時に見つけた」


「そうでしたのね」


「コイツ、あまりウロウロしないみたいで、この小さな林でしか見かけないんだよ。でも、この林ってどう見ても餌がないだろう」


 私はキョロキョロした。でも、林なのだ。向こうには小さな池もある。何もいないことはないだろう。

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