第8話 猫に絆されました
私はフロレントはあまり猫の生態について詳しくはないのではないかと思った。
「小動物をとっているのかもしれません」
フロレントは驚いた顔を上げて私を見た。
「猫って小動物を食べるの?」
「ええ、ネズミとかカエルとか。あと虫も食べますよ」
フロレントはさらに目を大きくした。
「ですから、その餌では物足りないと思います。この子はもう仔猫じゃないんで」
「そ、そうなんだ……」
フロレントは猫へ視線を戻して頭を撫でた。
「何も知らなくてごめんな」
「いつもは昼休みに餌を上げていたのですか?」
私は猫に本当にすまなそうに謝るフロレントのことが可哀想になってしまった。
「うん。ミルクとパンを持ってきていたんだ」
「そうでしたのね。本当はミルクも良くないんですよ」
フロレントはガバリと顔を上げた。少しだけ青くなっている。
「ああ、まだ数日みたいなんで、大丈夫ですよ」
私はしばらく逡巡した。
「あの、明日、私がランチから見繕ってきましょうか?」
フロレントのためではない。猫のためだ。
林の中なので何かしらの食べ物はあると思っているが、少し痩せているなとは先程受け止めた時に感じたのだ。ツヤツヤな毛並みはフロレントに好かれるための強制力みたいなものかもしれない。
「いいのかい?」
「ええ」
私は控えめに笑った。全開の笑顔はこれ以上は危ない。
「君が嫌でなかったら、それに僕も同行させてもらえないか? ずっと君に頼むわけにはいかないし、僕もいろいろと知りたいし」
私は納得し頷く。
「わかりましたわ」
「それと、一応、保健室へ行ってほしい。手の甲に傷が。女の子なのにごめんね」
「ああ、これくらいなら、実家にいれば当たり前でしたので気にしませんよ」
「でも、僕が気になるし。本当は連れて行きたいけど。君、嫌がりそうだろう?」
私が馬に蹴られそうになったのにダンティルが連れて行くというのをを断ったことを言っているのだろう。
「わかりましたわ。学園へ戻り保健室へ行って参りますわ。
では、明日」
私は笑顔にはならないが、一応、無表情ではないギリギリの顔を心がけてペコリと頭を下げ、学園への道へと戻った。
〰️ 〰️ 〰️
翌朝、保健室へと再び来た。
夜のうちに化膿していないか見せに来いと、昨日、保健師に言われたからだ。
保健師はまだ来ていないが、鍵は開いていたので保健室へ入って椅子に座っていた。
しばらくして、保健室のドアが開いた。振り向くと、保健師ではなくクラスメートの女子生徒であった。
「あ、アンナリセル様」
あちらは私を知っていたようで、驚いて私の名前を呟いた。それから慌てて付け足す。
「お名前を呼んでしまってごめんなさいね。わたくし、ゲルダリーナ・ケルステン、クラスメートですのよ」
ほんのりと微笑をたたえて自己紹介してくれた。ゲルダリーナ・ケルステン侯爵令嬢。確かフロレントの婚約者だ。いわゆる悪役令嬢候補者である。
『それにしては可愛らしい方だな。悪役令嬢ってみんな可愛らしいか美しいか。いわゆるチート入っているよね』
すぐにはわからなかったが確かに画面で見た気がしてきた。
ダークブラウンの髪を多めのハーフアップにして襟足の後れ毛は少なめ。サイドをキレイに上げているので、クリクリの薄緑の瞳がさらに大きく見える。
私は画面以外での既視感を覚えた。
が、思い出せない。
「アンナリセル・コヨベールです。お知りいただいていて嬉しいですわ」
「ベティーネ様と懇意になさっていらっしゃいましたでしょう。わたくしは、昨日、ベティーネ様とランチをいたしましたの。ベティーネ様がアンナリセル様をとても楽しい方だと褒めていらっしゃいましたので」
『ふふふ』と笑いながら説明してくれるゲルダリーナ様のお言葉に、私が頬を染めてしまった。ベティーネ様に褒めていただけたなんて嬉し過ぎる。
ゲルダリーナ様がドアを閉めて室内の奥へといらした。周りを見回してここにいるのは私だけであると確認したようだ。
「それで、お怪我をなさってお待ちいただいているのはアンナリセル様でしたの?」
ゲルダリーナ様が私の横に立った。
「え? あ、保健師様に朝に来るようにと言われておりましたので来たのですが、保健師様はまだいらしてなくて」
「そうでしたのね。保健師様はご用ができてしまい、わたくしが代わりに頼まれましたの。見せていただいてもよろしくて?」
「はい」
私は慇懃に包帯の巻かれた手をゲルダリーナ様に見せた。ゲルダリーナ様が慣れた様子で包帯をとっていく。
「手慣れていますね」
私は手元を見たまま呟いた。
「そうですね。教会のお手伝いを何度かしておりますので」
ゲルダリーナ様はフロレントの婚約者として教会のボランティアに参加しお手伝いしているのだと話してくれた。教会はお金がなく医者にかかれない人たちが治療に行くこともある。
「化膿はしておりませんわね。大丈夫ですわ。それにしても何でお怪我をなされましたの?」
大きな傷はないが小さな引っ掻き傷という特殊な状態に、ゲルダリーナ様は首を傾げた。
「猫を拾いまして戯れていただけです。痛みもないです。でも、心配だからって保健師様に言われて」
私は大袈裟だった包帯を自分の恥辱のように感じて言い訳をつのった。
「まあ! 猫ちゃんですのぉ」
ゲルダリーナ様が包帯の話でない方に興味を示し、目をしばたかせキラキラさせた。私はその様子にフッと笑顔になる。
「ゲルダリーナ様も猫が好きなのですか?」
「えっ! あ、いえ、その……。
愛でるのは好きですの。でも……触れたことはございませんの」
あからさまながっかりに私の方が驚いた。
「なぜです?」
「危険だって、家の者たちに言われておりまして。お庭にいる猫を見ることしかできませんの。
あの毛並み……触ってみたいのですけど……」
ご令嬢にはよくある話だ。確かに私の手に引っ掻き傷はあるわけで、怪我をしませんとは言えない。
「怪我をするかもしれないのは本当です」
私は自分の手の甲を擦った。
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