第6話 お手伝いをさせられました
昼休みに図書室へ行くと、手伝いは私だけだった。こんな理不尽な命令があるのかとびっくりした。各クラス一人くらいいるものだと思っていたのだ。
「この返却本を元に戻してください。ここに番号があるのでわかりますよね」
遠慮のない司書の命令に渋々頷いて手伝いを始めた。室内をキョロキョロ見回し、マジラウルがいないことを確認する。
そうやって仕事をしていると、頭の上から四冊ほどの本がバサバサと落ちてきた。流石に四冊を避けることはできず、一冊の本の綴じられている方の角が脳天に直撃した。持っていた本を放り出し頭を抱えて蹲る。痛い……。
「ごめんっ!」
反対側の本棚の方から走ってきたのは、紺髪のマジラウルだった。あまりの痛さに淑女も吹っ飛び恨めしげに上目遣いでマジラウルを睨んだ。漆黒の瞳が困ったというように垂れた。
「ごめん。本を戻す時に力を入れすぎたようだ」
つまり、向こうの本を押しすぎてこちらの本が落ちたらしい。私は頭を抱えて再び下を向いた。と、マジラウルが落とした本が目に入る。私はそれをガバリと拾い上げスクっと立ち上がった。
「こ、これっ! 私が探してた幻の本っ!」
私は思わず満面の笑顔で顔を上げてしまった。これは仕方ないのだ。
私は小さい頃から大好きな本がある。大人気な本で、手に入れるのも大変だった。それに続編があると知ったのは二年ほど前だ。だが、探しても探しても見つからない。そんなに人気なのかと思いきや、初巻ほど人気が出ず本の数が少ないそうだ。
もちろん、学園の図書室は探すつもりであった。しかし、まさか三日目でこのような仕事を回されるなど想像もしていない。
学園の図書室に読みたかった本があったことは嬉しいが、不覚にも私の本物の笑顔をマジラウルに見せてしまった。
案の定、目の前のマジラウルは顔を赤らめて手で口を覆い視線を彷徨わせている。
「あなたは……」
『はぁ、やらかした……』
「え?」
私の呟きが少し聞こえたらしくマジラウルが反応した。
「えっと、クラスメートですよね? わたくしはアンナリセル・コヨベールですわ」
「あ、ああ。私はマジラウル・ノーザエムだ。君は昨日殿下とランチをした方だね?」
隣のテーブルにいたのにその確認が必要なのか? 昨日は『私達は見てません』風だったのかもしれない。
「はい。そうです。ベティーネ様に大変よくしていただいております」
マジラウルは『殿下と』と言うが、私はわざとベティーネ様を強調する。私にとって、本当にオマケはダンティルの方なのだし。
「そうか。とにかく、本を落としてしまって悪かったね。頭は大丈夫かい?」
私は本が見つかった嬉しさですっかり痛さを忘れていた。
「大丈夫です」
笑顔でなく真顔で、さらに俯き加減で答えた。これ以上、好感度を上げるわけにはいかない。本をギュッと抱きしめた。
「そうか。本の片付けは私がするよ。それは借りるのかい?」
私が俯いているので、マジラウルの表情はわからない。でも、優しく聞いてくれている気がする。
私はコクリと頷いた。
マジラウルが私が落とした分の本を広い手渡してくれた。
「司書の手伝いは大変だろうけど頑張って」
私は再びコクリと頷いてカウンターへと向かった。
〰️
そして、翌日の朝、今日こそ目ぼしい女子生徒に声をかけてランチ友達になるのだと気合いを入れていた。
しかし、不本意な声掛けによってそれは阻止された。
「アンナリセル嬢。昨日は申し訳なかったね。お詫びに今日のランチをごちそうさせてもらえないか?」
マジラウルからの誘いだった。私は淑女を総動員させてなんとか嫌な顔をせずに済ませた。
「お気にしていただくようなことではありませんわ。偶然にも、求めていた本を見つけることもできましたし」
私は平然と言った。ここで笑顔は厳禁だ。雰囲気が悪くなろうと構わない。
「どうなさいましたの?」
そこに声をかけてきたのは、マジラウルの婚約者であるカルラッテ・ヒュンボルト侯爵令嬢様だった。優しそうに垂れたヘーゼル色の瞳、紫の艷やかなストレートの髪は前髪を多くしてあり、可愛らしいお顔にぴったりだ。
「ああ、カルラッテ。昨日、アンナリセル嬢に少し怪我をさせてしまってね。そのお詫びにランチにお誘いしていたんだ」
昨日と打って変わって冷たい言い方のマジラウルに私は内心唖然とした。しかし、カルラッテ様は何も気にすることなく対応した。本心はわらない。完璧な淑女スマイルだ。
「そうでしたの。
アンナリセル様。お怪我は大丈夫ですの?」
本当に心配されているような気がする。笑顔から眉の寄せての心配顔。これが演技なら怖い。
「はい。大丈夫ですわ。ですから、マジラウル様にはご遠慮させていただいておりましたの」
私は本音なので本気スマイルで返した。ほんの少し、カルラッテ様の目が動いた。
あれ? 私の本気スマイルって女性にも効果あり?
私はカルラッテ様を観察し、そして、カルラッテ様の手元にあるものに驚嘆した。
「カルラッテ様! そのご本はっ!」
ついつい声が大きくなってしまったのは赦してほしい。だって、その本は私の大好きな本だった。そう、昨日見つけた本の初巻だ。
「これですか? これはわたくしの宝物ですのよ。ふふふ」
カルラッテ様が本気スマイルだ。
わかるっ! わかりますよ、そのお気持ち!
「カルラッテ様。その本の続編があることはご存知ですか?」
私の目はランランと輝いているだろう。カルラッテ様は仰け反るかと思いきや前のめりになった。
「ええ、知っておりますわ。方方に手を尽くしたのですが、未だ見つけられず読めておりませんけど」
カルラッテ様はあからさまに肩を落とされた。前のめりのままだ。カルラッテ様のいい匂いがした。
「またその児童書か……」
マジラウルが鼻で笑った。それが私の導火線に火をつけた。
「はあ? 何をおっしゃっているんですぅ?」
私は淑女の仮面を脱ぎ捨ててしまった。
私の豹変にお二人は驚いていたが、私にとってそれどころではない。私の大好きな本を真っ向から否定されたのだ。
「マジラウル様。その言いようは、もちろんお読みになってからおっしゃっているのですよね?」
高圧的な私の言葉にマジラウルは仰け反った。
「い、いや、読んでいないが……」
「はあ? それで批判ですか? なんと狭量なっ!」
「なんだとっ!」
さすがに言い過ぎたかもしれないがもう引くに引けない。
私はここぞとばかりに胸を張った。
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