第5話 ランチをしてみました

 午前中の授業が修了した。

 ランチは食堂室でするのだが、今朝のゴタゴタで、私にはまだ友人がいない。


『昨夜、話しかけようリスト作っておいたのになぁ』


 私は私の身分に合いそうなクラスメートをチェックしておいたのだ。


 辺境伯といえば侯爵ほどの身分と力があるというのは、戦争が多発していた遠い昔の話だ。今は山があるので、領地が広いだけの田舎伯爵である。


 体格なども逞しいわけではない。私のお父様などお母様よりも貧弱なほどだ。

 お母様は逞し過ぎるけど。

 お母様の見た目の体型は普通なんですけど、なぜか武力は凄まじいのだ。


 リストのご令嬢に朝のうちに話しかけ、ランチのお約束をするつもりだった。


『今日のところは一人飯でいっか……』


 私が立ち上がるといつの間にかダンティルが近くにいた。


「今朝のお詫びがしたいのだが、私とランチに付き合ってもらえないか?」


 唐突なお誘いに私はギョッとした。だが、淑女教育として、顔には出していない。

 だから、嫌がっていることは、ダンティルにバレていない。いないのだが、バレていないことがいいことであるとは言えない。


 私は困って固まった。


「ダンティル様。お立場をお考えくださいませ」


 ダンティルを叱ってくれたのはベティーネ様だった。ダンティルはベティーネ様を軽く睨む。


「俺に詫びもさせぬ気か?」


『へぇ。ベティーネ様には俺なんだ』


 私は変なところに感心した。しかし、こういう注意をしっかりとできるなんて、ベティーネ様は最高です!


「そうではありません。違う方法をお考えくださいと申し上げているのです」


 ベティーネ様は一歩も引かない。私は思わず声を出した。


「では、ベティーネ様もご一緒してくださいませ。わたくし、保健室までお付き添いいただいたベティーネ様にお礼をしたいですわ」


「まあ、よろしいですのに。元々は、ダンティル様に頼まれたことですし」


 こうなると『頼んだくせに礼もしない王子』となる。チラリとダンティルの様子を見る。


「わ、わかった……。二人の分は私が持つ。では、参ろう」


 三人で食堂室へ向かう。

 一生徒としてちゃんと並んだ。食事は数種類が小皿に小分けされ盛られているので、トレーに好きな物を乗せていくビュッフェのようなものだ。

 選び終わったら、用意された紙に生徒番号と皿の数を書いて会計係に渡し、会計係は生徒カードと皿の数を確認する。お金は各家に請求される。

 ちなみに子爵家男爵家は無料だそうだ。


 ダンティルは三人分の皿の数を書いた。


 それぞれのトレーを持って王子についていくと席が空けてあった。一つ離れて攻略キャラたちがいたので、彼らが用意してくれていたのだろう。私はそちらに軽く頭を下げてベティーネ様の隣に座った。


「会計係の方はね、二年生三年生のお顔とお名前を覚えていらっしゃるのですって。そうでなければ、この速さでは捌けませんものね。

どこにでも優秀な方はいらっしゃるのね」


 ベティーネ様は、身分などではなく個人の力を認められる方ようだ。そういうところも素敵な方だ。


「そんなものは慣れれば誰にでもできるだろう?」


 優秀であるがゆえに、他の者もそうであると勘違いする残念王子のダンティルだ。


「誰にでもできることではありませんわ」


 ベティーネ様が少しだけ悲しそうな顔をした。ダンティルが他を認めない王子であることが気になるのかもしれない。


「ベティーネ様はクラスメートのお顔と名前をすでに覚えていらっしゃるのですよね?」


 王子は片眉を上げて、私の話を訝しむ。だから、そんなに顔に出すなってば。

 言えないけど。いや、いつか言う!つもり……。


 ベティーネ様は私の真意がわからないのか一瞬キョトンとしたが、すぐに顔を笑顔に戻し答えてくれた。


「ええ。クラスに知らない者が入ってきたら、まずは確認せねばなりませんから。クラスメートのお顔を知らないとそれもできませんもの」


 ダンティルの二つ隣にいて今日は他人のフリをしている赤髪のエリアウスが肩を跳ねさせた。団長子息はあの席なのだから、王子の護衛込みだろう。それなのに、ベティーネ様のようには覚えていないのだと予想ができた。


「私はまだお二人のことしかわからないのです。やはり、得意なことと不得意なことはありますよね」


 私は強引に話を纏めた。ベティーネ様の口角が少しだけ上がって私はホッとした。


〰️ 


 ダンティルと顔見知りになり、尚且、なぜか引きつり笑いに顔を赤くされてしまったが、ベティーネ様ともお近づきになれたので、ダンティルと何かありそうになったらベティーネ様にご助力頂こうと思う。


 ということで、ダンティル王子殿下との恋愛など進まないようにできると思っている。


 しかし、私はあの馬に蹴られる恐怖を味わったのに、強制力について甘く見ていた。


〰️ 〰️


 入学式から三日目。

 私は恐怖の『昼休みの図書室』にいる。ここは、マジラウル・ノーザエム公爵子息、宰相様のご子息と出合い恋に発展する場所なのだ。


 わかっているのに、なぜここにいるか。本当になぜかわからないが、先生に手伝いを指名されたのだ。


 朝の登校時間であった。

 学園の玄関へ入ると、言語担当の先生が私を待っていた。授業初日である昨日、授業があったので言語担当の先生の顔をたまたま知っていた。


「アンナリセル君。昼休みに図書室の整理を手伝ってもらいたいんだ。図書室の整理室に昼食の用意はしておく。

頼んだよ」


 「もらいたい」なんて言い方したくせに、「頼んだよ」で言い逃げした。おいおいっ!

 なぜ私の名前と顔を知っているのだ? 私は昨日の授業で挙手も質問もしていない。

 縋るように手を伸ばしたが先生は颯爽と消えた。


 啞然としていた私に丁度登校して来たらしいベティーネ様がお優しく声をかけてくださった。


「わたくしもお手伝いしますわ」


 天使だと、思った!


 が、後ろから声がかかる。


「ベティ、今日は授業を午前で終わりにしてくれ。母上が午後にお茶に来いと申していた。学園の話をしたいそうだ。まだ三日目で何もわからないというのにな。

まあ、お前を気に入っているから会いたいだけだろう」


 ダンティルの母上はもちろん王妃陛下だ。私に勝てる相手ではない。がっかり。


「ダンティル様。かしこまりましたわ。

アンナリセル様。ごめんなさいね」


「あはは、大丈夫ですよ」


 私は乾いた笑いをするしかできなかった。

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