第015話 置いてけぼりのキミドリちゃん
私は高そうな車の助手席に乗っている。
いつものドレス姿でウィズを膝に乗せ、大人しく窓の外を見ていた。
「キミドリちゃん、速くない?」
時速何キロ出てるんだろう?
他の車をどんどん抜いていっている。
「何を言っているんです? この子の力はこんなもんじゃないですよ!」
キミドリちゃんはめっちゃ楽しそうだ。
捕まらないかなー。
多分、一発免停な速度だろう。
捕まったら面白いのに。
「これから会う人はどんな人? キミドリちゃんの枕相手でしょ?」
「…………さっきから言っていたのはそういうことですか…………違います。上司って言ったでしょう」
「でも、キミドリちゃんがギルマスなんでしょ?」
「誰から聞きました?」
「ダンジョンでタバコを吸っていたロビンソン」
「あのおっさん……! 吸うなって言ってんのに……!」
やはり常習か……
「確かに、私はギルマスをやっていますけど、これから会う人はもっと上の人です」
「その人が何の用? ギルマスじゃないならギルドに留まってくれってことではないでしょ」
「それは私の希望ですね。頼まれついでに、便乗しただけです」
「中堅で良いじゃん」
地道にコツコツと!
「私はこの子以外にも、あと5台ほど、持っているんです。維持費もかかるし、今度、7台目を迎える予定です」
ダメだこりゃ。
「キミドリちゃんは結婚できないねー」
「男なんていりません」
「わかるわー」
「あなたとは一緒にしないでください」
一緒だよ。
車が好きか、女の子が好きか。
「っていうか、ギルマスって儲かるの?」
車、7台って……
この車だって、めっちゃ高そうだし。
「私は元探索者です。自慢ですが、Aランクの上位ランカーでしたね」
マジ?
『ウィズ、知ってる?』
私は探索者に詳しいウィズに聞いてみる。
『過去の資料は見ておらんかったな。今度、調べるわ』
別に調べなくても……
これだからオタクは…………
「へー。それはすごいねー」
「もっとも、貯金は尽きました。ですので、頑張って貢献してください。ギルドの売り上げが私の給料に直結するので」
これだからオタクは…………
「また、探索者やれば? 稼げばいいじゃん」
「もう無理です…………心が折れたので」
「なんかあった? 仲間でも死んだ?」
「デリカシーもないのか…………いえ、挫折です。Aランク1位を目指していましたが、無理そうなので諦めました」
そんなんでやめちゃうの?
プライドが高いのかねー。
「キミドリちゃんは何位だったの?」
「2位です」
すごーい。
「1位の人が強かったのか…………」
「まあ、そんなところです。もっとも、その人も引退しましたけどね」
「そうなの?」
「一生遊んで暮らせるお金を手に入れたんです。今頃は海外で遊んでますよ」
じゃあ、復帰すればいいのに…………
今なら1位になれるよ。
『プライドが許さんのだろ』
ふーん。
車内に沈黙が流れた。
私は窓の外を見て、黄昏る。
「ハルカさん、あなたは1位を目指しますか?」
Aランク1位かな?
「逆に聞くけど、目指すと思う?」
「思いません。あなたは誰かと争うタイプには見えません」
「小心者だからねー。怖いよ」
「でも、あなたには余裕が見えます。争いが嫌なのに余裕があります」
おー、するどい。
さすがは元Aランク2位。
「何でか、聞きたい?」
「いえ、それはこれからわかることでしょう…………飛ばします」
まーだ飛ばすんかい……
うわ、めっちゃ笑顔だし。
◆◇◆
「到着です」
キミドリちゃんはとあるビルの地下駐車場に車を止めた。
「キミドリちゃんさー。そのうち捕まるよ」
「勝負しますか? あなたと私のどっちが先に捕まるか」
嫌な勝負……
『ホントにな…………のう、ハルカ、気付いておるか?』
そりゃね。
『こんだけ魔力があればねー』
私はこのビルに近づく前から気付いていた。
ものすごい魔力を持つ者がこのビルにいる。
『最低でも侯爵級はあるのう……いや、もっとか?』
『これは大公級はあるわね』
『おー! そんなにかー。すごいのう』
嬉しそうに言うな。
「行きましょう」
キミドリちゃんはそう言って、エレベーターに向かう。
きっとボスは最上階だろう。
「最上階だよね?」
私はエレベーターに乗り込むと、キミドリちゃんに聞く。
「いえ、1階の応接室です」
つまんね……
キミドリちゃんが言うように、エレベーターはすぐにチーンと鳴り、扉が開いた。
「こちらです」
今は夕方の6時を過ぎているからか、誰もいない。
誰もいないフロアにキミドリちゃんのヒールの音が響く。
私もヒールを穿いているが、ちょっと浮いているため、響かない。
キミドリちゃんはそれに気付いたのだろう。
こちらを振り向き、私の足元を見た。
「…………あなたは人間ですか?」
キミドリちゃんがポツリと聞いてくる。
「ううん。違うよ」
「ですか…………」
キミドリちゃんはそう言って、前を向き、再び、歩き出す。
「キミドリちゃーん、ここはツッコむか怖がるところだよー」
「怖がろうと思ったんですが、身体のサイズが…………それにペドだし」
キャラクター性能が悪かったか……
『ここは妾が急にしゃべるというのはどうじゃ?』
『よし、それでいこう! タイミングは任せた』
『任されよう』
私とウィズは悪だくみを考え、前を歩くキミドリちゃんについていく。
そして、キミドリちゃんがとある扉の前で止まった。
「こちらになります」
『魔力を隠すのが下手なのかな? めっちゃ出てるけど』
私は扉の向こうにいる魔力を垂れ流している何者かが気になった。
『いや、これはわざとじゃろ。人間には気づけんが、上位種は気付くようにしてある。牽制かな?』
『まあ、入ってから考えましょう』
ちょっと怖いが、まあ、大丈夫だろう。
最悪、ウィズがどうにかしてくれるだろうし、私は逃げるのは得意だ。
かなりの強者だと思うが、この程度の存在なら何回か死ぬだろうが、逃げきれる。
「長官、お連れしました」
キミドリちゃんは扉をノックすると、声をかける。
「入りたまえ」
おー、大物っぽいしゃべり方だ。
「失礼します」
キミドリちゃんが入っていったので、私とウィズも部屋に入る。
部屋に入ると、黒髪をオールバックにした背の高いダンディーなおじさんが立っていた。
なお、めっちゃ悪そうな顔立ちをしている。
私はこのおじさんを見た瞬間に強烈な違和感を覚えた。
この人は…………
「長官、こちらがウチのギルドに所属している沢口ハルカさんです」
キミドリちゃんが私を紹介する。
「わざわざご足労頂いて、すまない。ん?…………いや、すまない。どうぞ、座ってくれ」
男は私を見て、少し、首を傾げたが、すぐに正し、ソファーに座るように促した。
「じゃあ、お言葉に甘えてー」
私は素直にソファーに座った。
「何か飲むかね?」
私がソファーに座ると、男が聞いてくる。
「極上のワインを。わかってると思うけど、赤よ」
吸血鬼は赤ワインを好む。
理由は血っぽいから。
「わかった」
男は引き出しからワイングラスと赤ワインを取り出す。
どうやら準備していたようだ。
「ハルカさん、図々しいですよ」
ソファーの後ろに立っているキミドリちゃんが小声で文句を言ってくる。
「いいじゃん。めっちゃ高そうだし、こんな機会がないと飲めないのよ」
お金がないの!
男は4つのワイングラスとワインをソファーの前に置くと、対面のソファーに座った。
「君も座りたまえ」
男はキミドリちゃんにも座るように促す。
「はい!」
キミドリちゃんは上司に促されると、速攻で私の隣に座った。
普通、何度か断らない?
それで渋々、座るもんじゃないの?
こいつこそ図々しいな。
男はそんなキミドリちゃんを見て、苦笑したが、ワイングラスにワインを注いでいく。
「あ、一つはこれに入れて」
私はアイテムボックスからウィズ専用のお皿を取り出して、机に置いた。
「猫にワインって、大丈夫なんですか?」
キミドリちゃんがどうでもいいことを聞いてくる。
というか、いいわけないでしょ。
「大丈夫」
猫だけど、猫じゃないから。
男は3つのワイングラスと皿にワインを注ぎ終えると、一つのワイングラスを取った。
「どうぞ」
男が私達にワイングラスを勧めるので、私とキミドリちゃんはワイングラスを手に取った。
ウィズは私の膝から机に飛び乗る。
「実はまだ勤務中だが、客人を迎えるのにはしょうがないことだ。青野君、そう思わんかね?」
男はワインを片手にキミドリちゃんに言い訳の確認をする。
「おっしゃる通りだと思います、長官!」
ダメなヤツら…………
というか、あんた、車で来たでしょ。
帰りはどうするの?
歩きは嫌だぞ。
「では、乾杯」
長官とやらはそう言い、ワイングラスを傾ける。
私とキミドリちゃんもそれに倣い、ワイングラスを傾けた。
部屋にチーンという音が響きわたると、男がワインを飲んだ。
私はそれを見届ける。
まずホストが飲むのが、通例だろう。
私は長官が飲んだのを確認し、飲もうと思ったのだが、私がワインに口をつけようとした瞬間、隣の女は空になったワイングラスを机に置いた。
そして、ワインボトルを掴み、自分のグラスに注ぐ。
「キミドリちゃんはパーティーには行かない方がいいよ」
さすがにひどい。
「何でです?」
「ううん。いいや」
こいつに何を言っても無駄だ。
「まあ、無礼講で構わんよ」
長官とやらは人間が出来ているらしい。
でも、部下の躾けはしてほしいね。
「さて、妾達を呼んだ理由を教えろ」
ウィズがワインをペロペロと舐めながらしゃべった。
それを聞いたキミドリちゃんはワインを飲みながら固まる。
そして、身を乗り出し、ウィズを凝視した。
「すまない。その前に1つ聞きたいことがあるんだ。君の問いに答える前に聞きたい」
長官とやらはウィズがしゃべっても動じない。
一方、隣の女は目をこすったり、指で耳を掃除したりと忙しそうだ。
「なんじゃ?」
ウィズが再度、しゃべる。
隣の女はワインを一気飲みした。
「沢口ハルカさんと言ったね。君はエターナル・ゼロという吸血鬼を知っているか?」
長官が私の目を真っすぐ見て、聞いてくる。
私は答える前に隣を見た。
キミドリちゃんは『なに言ってんだ、こいつ』という目で長官を見ている。
「知ってるけど」
私がそう答えると、キミドリちゃんはものすごい勢いで私を見た。
こいつ、面白いな。
「そうか……君がそのエターナル・ゼロか?」
「私はハルカ・エターナル・ゼロ。あなたの言うエターナル・ゼロとは別人ね」
半分…………ね。
「そうなのか…………うーん」
長官は悩みだした。
隣の女は開き直って、ワインを飲みまくっている。
「エターナル・ゼロは死んだぞ」
ウィズが悩んでいる長官に言う。
「死んだ? エターナル・ゼロが? あの≪冷徹≫が? バカな! 勇者でも現れたのか!?」
長官が動揺し、驚いている。
「いや、その時に勇者はおらんかった。だが、死んだ。ある日、突然、あやつの魔力が消失した。何年も姿を現していなかったのだが、あの無限に等しい魔力だけはどこにいても感じられた。それがある日、突然消えた。理由は知らん。ハルカに聞け」
私はウィズとの付き合いが長いが、エターナル・ゼロの事は言っていない。
だって、あいつ、死にたい理由がダサいし。
「エターナル・ゼロは死んだのか?」
長官が私に聞いてくる。
「死んだ」
私は簡潔に答えた。
「理由を聞いても良いだろうか?」
「理由? 我を見て気づかんのか? あれは確かに強かったが、精神が脆かった。真祖の恥だ」
恋人に捨てられたことを何百年も引きずる真祖も己の弱さに絶望する真祖も恥でしかない。
あの日、エターナル・ゼロも沢口ハルカも死んだのだ。
そして、我が生まれた。
完全なる真祖たる我がな!
うーん、めっちゃかっこいい……
「君が殺したのか?」
「一つになったと言ってほしいね。名前で分かるでしょ」
「うーむ。なるほど。よくわからんが、わかった」
まあ、実際は沢口ハルカという私がエターナル・ゼロのすべてを継承しただけだから、別に沢口ハルカは死んでいない。
ただ、私はエターナル・ゼロの魔法、能力、知識、記憶、そのすべてを使えるだけだ。
もっとも、とても残念ながら知識と記憶は持て余している状態である。
すでに、そのほとんどはどっかに旅立ってしまった。
ごめんね。
実はあんまり頭が良くないんだ……
「で? 聞きたいことってそれ?」
私は長官に聞く。
「ああ。実は君の名前や容姿を聞いて、もしやと思ったのだ。もし、彼女がいるのならば、この世界がヤバいだろ」
そうかな?
拗ねて寝てるだけだと思うけど。
「まあ、滅ぶかもな」
ウィズが頷く。
そうかな?
あいつ、コソコソと町に行って、賭場で遊んでたよ。
こっちに来ても、多分、朝から晩までパチンコをやってるよ。
皆があいつを畏怖する。
皆があいつを孤独にする。
まあ、自ら、その道に進んでいったのだが……
「私がエターナル・ゼロじゃなくて良かったね。で? あんた、何者?」
「私か……私は魔族だよ。アトレイアの魔族だ」
男は苦笑しながらそう言った。
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