閑話 吸血鬼はるるんの異世界転生ものがたり


 ここはどこだ? 私は誰だ?

 何もわからない

 何も思い出せない。


 だが、わかっていることが一つある。


 それは私が吸血鬼であることだ。


 漆黒の髪、漆黒の瞳。

 幼いながらも成熟した雰囲気を持つ美貌。

 夜の住人にして、夜の支配者。


 真祖の吸血鬼だ。


 神は死んだ。

 私がこの世に生まれたからだ。


 真祖の吸血鬼の誕生はこの世界の終わりを意味する。


 手始めに近くにある村を潰すとしよう。


 血を、血を捧げよ……

 愚かで脆弱な人間はそれしか使い道がないであろう。




 ◆◇◆




 うえーん。

 痛いよぅ……


 あのクソガキども、石を投げてきやがった!

 いったい親はどういう教育をしとるんだ!!


 まったく嘆かわしい……って、ぎゃー!!

 あのガキ共、追ってきやがった!!

 しかも、棒を持ってるぅー!!




 ◆◇◆




 ハァハァ……色々と思い出してきた。

 私は……私は……家にいたんじゃなかったっけ?

 

 ってか、真祖の吸血鬼って何?

 何かできるの?

 ってか、ここどこよ!?


 見渡す限りの平原。

 絶対に日本ではない。


 やっべーじゃん!




 ◆◇◆




「ふむ、なるほどね」


 色々と動揺したが、大まかには理解した。

 私は警察に捕まりそうになり、階段で足を滑らせ、後頭部を強打。

 そして、死亡し、異世界で真祖の吸血鬼として転生したわけだな。


 そんでもって、吸血鬼はめっちゃ強い。

 その中でも真祖の吸血鬼はちょーめっちゃ強い。

 でも、生まれたばかりの私はめっちゃ弱い。


 強くなるためには血を吸う必要があるようだ。


 何故かわかる。

 きっとこれが吸血鬼の本能なのだろう。


 そのうち、強くなることはわかった。

 だが、今は雑魚中の雑魚だから村のガキどもにすら勝てない。


 って、なんじゃそりゃー!!

 詰んでんじゃん!!




 ◆◇◆




 私は考えた。

 どうすれば血を吸えるか。


 私には力はないが、頭脳がある。

 その天才的な頭脳がはじき出した解決策がある。


 そうだ! 娼館にいこう!


 娼館ならエッチできるし、密着できるからその隙をついて血を吸えるのだ!!

 しかも、異世界だからロリもきっといる!


 わはは! てんさーい!




 ◆◇◆




 娼館に行った。

 追い出された。


 女は無理だって……

 性差別だ……




 ◆◇◆




 娼館で血を吸っちゃえ作戦は失敗に終わった……

 それどころか危うく捕まって奴隷にさせられるところだった……


 娼館の主人にお菓子をあげると言われ、食べたら薬が盛ってあった。

 私は真祖の吸血鬼であるため、毒も薬も効かない。

 というか、不老不死だし。


 だが、もし、捕まっていたらどうなっていたのだろう……

 いや、止めよう。

 早くこの町から逃げよう。


 あー、血を吸いたいなー。

 異世界転生も楽じゃないねー。




 ◆◇◆




 町から逃げ、隣町に行く途中、スライムに襲われた。


 私はスライムにすら勝てんのか……

 不老不死だから死にはしないが、ボコボコにされた……




 ◆◇◆




 私がこの世界に転生してどれくらいが経ったのだろうか……

 10年、いや20年は経った。


 私は廃墟となった町を歩いている。

 不老不死だから何も食べなくても死なないし、血を吸わなくても死にはしない。

 だが、それだけだ。


 この世界は弱者に厳しすぎる。


 この20年間、旅を続けた。


 町に行き、冒険者になった。

 だが、スライムも倒せないし、薬草も知らないから採取できない。

 一週間もせずにクビになった。


 レストランや宿屋でバイトをしようと思った。

 店の親父に襲われた。

 逃げた。


 途方に暮れて、歩いていると、奴隷狩りに捕まった。

 必死に逃げた。


 なけなしのお金で買い物をしていると、変態貴族にイチャモンをつけられ、捕まった。

 死ぬ気で逃げた。


 私は町を出た。


 道中、村に行っても、捕まる。

 女不足だそうだ。


 道を外れて歩いていると、盗賊に襲われる。

 散々、遊んだあとに売り飛ばすそうだ。


 森の中に逃げた。

 スライムにも勝てない私にはどうしようもなかった。

 

 町では人間の変態に襲われ、町の外では魔物に襲われる。


 この20年間、ロクなことがなかった。

 必死に生きてきた。

 だが、生きることになんの意味がある?


 最初は異世界転生で美少女ハーレムだと意気込んだ。

 結果、私は吸血鬼なのに、一度も血を吸えていない。


 童貞だ。

 吸血童貞だ。

 そして、処女だ。

 いや、これはいいことか……


 私は途方もない旅の途中、誰もいない廃墟の町を見つけた。

 廃墟はグールやスケルトンが大勢いた。

 だが、私はどうでも良かった。


 襲うなら襲え。

 殺すなら殺せ。


 しかし、私は襲われなかった。

 グールやスケルトンは私に見向きもしないのだ。


 同じ夜の住人だからだろうか?

 まあ、どうでもいい。

 私はもう何もかも諦めたのだ。


 私はとある廃墟の家に背を預け、崩れ落ちた。


 無理だ……

 もうこのまま朽ち果てよう……


 不老不死がゆえ、死ねない。

 歳も取らない。

 そして、弱い。


 詰んでいる。

 このまま、この廃墟の町と共に朽ち果てよう……


 ふっ……私って詩人だな。

 かっこよすぎて…………情けなさすぎて……………………涙が出そうだよ。


「もし、そこの同胞」


 誰かの声が聞こえた。




 ◆◇◆




 私は立ち上がり、呼び声が聞こえた方に歩く。

 そこは廃墟の家であり、その中にはボロボロのベッドの上で横たわる痩せ細った金髪の女がいた。

 

「呼んだ?」

「ああ、同胞よ。吸血鬼には何度か会ったが、我と同じ真祖に会うのは初めてだな」


 じゃあ、このぼろ雑巾みたいな女も真祖か……


「ふーん。私は吸血鬼に会ったこと自体が初めてだわ」

「まあ、そなたは生まれたばかりだからな。ところで、そなた、死ぬつもりか?」


 吸血鬼になって、20年も経っているのに、若いのか……


「ええ。死ぬしかないでしょ。力もない、何もない、どうしようもない。このままだと、変態に捕まって、性奴隷よ。あはは、不老不死だし、永遠かもね」


 私は歳を取らないし、死なない。

 そんな私は永遠に客を取らされるか、鬼畜なご主人様に虐待されるか……

 どちらにせよ、死んだ方がマシだ。


「真祖の宿命だな。その辺におる下等吸血鬼は真祖から血を分けられた吸血鬼だから最初から強い。だが、我たちは誰からも力を授からんから最初は弱いのだ」

「ふーん。最悪ね。真祖がどれくらい偉いか知らないけど、最初から詰んでんじゃん。私はさっさと死んで、元の異世界に転生しなおすわ」


 地球に帰ろう。


 日本に……日本に帰りたい……

 もう…………いやだ……


「泣くな…………そうか、そなたは異世界の住人だったか……それはさぞかし辛かろう」


 私は涙が止まらない。

 これまでどんなに辛くても泣くことはなかった。

 希望を持って生きてきた。

 だけど、もうダメだ。


 心が折れてしまった。


「帰りたい……もう……嫌だ」


 一度流れた涙は止まらない。

 決壊したダムのように止まらない。


「我は1000年の時を生きた偉大なる王の中の王、王級吸血鬼だ。だが、そなたを元の世界に戻すことは出来ん」


 いや、自分で偉大とか言う?


「そなた、名は?」


 名前……


「ハルカ……苗字は沢口……」

「ハルカ、そなたに我の力をやろう」

「はぁ? 力って何? そもそも、何でそんなことしてくれんの? 騙されないぞ」


 私がこの20年、どれだけ騙されてきたと思ってるんだ!


 お小遣いをくれると言うからついていった。

 ご飯を食べさせてくれると言うからついていった。

 泊めてくれると言うからついていった。


 男は死ね!!

 みーんな、死ね!!

 地獄に落ちろ!!


「何で、か…………簡単だ。我はもう死ぬからだ。そして、どうせ死ぬなら同胞であるそなたに力を与えたい」

「え? 死ぬの?」


 確かに、ボロボロだし、痩せ細っているけど……


「我は十分に生きた。生きすぎた。もう疲れたのだ……我は偉大で強かったが、誰かを愛することが出来なかった…………だが、一人で1000年はきつい……もう限界なのだ。だから、ここで朽ち果てようとしていた。そなたと同じようにな」


 私は昨日からここにいるが、どうやらこの同胞は先客だったようだ。


「何で一人なの? 辛いなら誰かといればいいじゃん」


 力があるなら美少女ハーレムを作ればいいじゃん。


「我もそなたと同じで最初は弱かった。そして、散々、食い物にされてきた。だが、徐々に強くなり、ついには絶対的な強者となった。しかし、その時にはもう誰も信用できなくなったのだ。部下がいたこともある。友人がいたこともある。だが、信用できなかった。だから、皆殺しにしてきた。そうして、我は一人になった」


 いや、殺すなよ……

 一人が嫌なくせに仲間を殺したの?

 バカじゃね?


「バカじゃね?」


 あ、口に出ちゃった。


「そうだ。我はバカだった。そんなことはわかっていた。だが、どうしても信用できんのだ。仲間と一緒におって、ふと、思い出すのだ。我を裏切り、我を捨て、我を人間に売った下僕の顔がな!!」


 こっわ……


 恐ろしい憎悪だ。

 それ、絶対に下僕じゃないよね?

 その裏切者は多分、この人の…………


「死ねるの?」


 私もだけど、真祖の吸血鬼は不老不死じゃん。


「死ねんな……我を殺せるのは勇者だ。我はここで100年近く勇者を待っておる。だが、一向に勇者が現れん」

「ダメじゃん……」

「他にも死ぬ方法がある。そなた、我の血を吸え。一滴残らずな。それで我は死ぬし、そなたは力を得る」


 え?


「血を吸う?」


 私があんたの?


「そうだ、我の血を吸え。そして、力を得よ。そなたの人生はここから始めよ」

「いいの?」

「よい。というか、我が頼んでおるのだ。我は死にたいが、そこら辺の雑魚共にやられては王級吸血鬼の名が泣く。我の真祖としてのプライドが許さん」


 そのプライドを捨てれば、こんなところで100年も経たなくて済むのに。


「いや、私はスライムにも負ける雑魚だけど」

「これからは違う。そなたは我と同じ真祖だ。夜を支配する王の中の王だ。我の力を踏み台に自らの覇道を進め。そして、楽しめ。そなたはしたいことはないのか?」


 私がしたいこと…………


「血を吸いたい…………少女の血が吸いたい…………3歳から16歳までの少女の血が吸いたい。エッチもしたい」

「………………そなた、そのなりで同性愛者なうえにペドか?」


 めっちゃドン引いてるし。


「男は嫌い……」

「さっき言ってた変態って自分のことか?」


 うっさい!

 どうせ、ロリコンだよ!!

 淫行で捕まりかけたペドだよ!!

 常習だよ!!


「……まあよい。ならば、我の血を吸い、力を得よ。そして、その望みを叶えるがいい」

「どうすればいいの? 私は血を吸ったことがないんだけど」


 結局、20年間、誰の血を吸うこともできなかった。


「首を噛め。あとは本能でわかる」


 私はそう言われて、ぼろ雑巾のような女に近づく。


「すまんのう。こんな姿で。本来の我はもうちょっと綺麗だし、絶世の美女なのだが」


 それはわかる。

 ぼろ雑巾のようだし、やせ細ってはいるが、顔立ちは整っているし、髪も黄金色に輝いている。


「関係ない。どのみち、あんたは好みじゃない。990年遅い」

「ペドだなぁ……まあよいわ。最後に言っておく。我のようには決してなるな。一人は本当に辛い」


 偉大なる吸血鬼は一筋の涙を流した。


「私はそうならない。何故なら、これからロリハーレムを作るのだから。絶対に1000年以上は生きてみせる」

「せいぜい生きてみせよ。我はそなたになる。そなたは我になる。我らは真祖にして偉大なる吸血鬼だ」

「最後に教えて。あなたの名は?」

「これは失礼。我はエターナル・ゼロ。王の中の王、王級吸血鬼、≪冷徹≫のエターナル・ゼロだ」


 だっせぇ……


「そう…………」

「おい! 何か言いたいことがあるのか!?」

「ガブッ」

「こらーー!!」




 ◆◇◆




 今、この時をもって、神は死んだ。

 今度こそ、死んだ。


 もはや世界には絶望しか残らない。

 人はおののき、恐怖し、魔物は逃げ出すだろう。


「フハハハハハ!! 我こそは王の中の王にて、夜の支配者!! 王級吸血鬼、ハルカ・エターナル・ゼロなり!! ああ……実に楽しい。実に悲しい。今、この時をもって、世界は変わる!! 我こそが究極にして、絶対の王者だ!!」


 少女は誰もいない廃墟の町で高らかに笑う。

 少し前の絶望した表情は欠片も残っていない。


 漆黒の黒髪は黄金色に輝き、漆黒の瞳は真っ赤に染まる。


 大地も空も海も何もかもが震えた。


 世界中の魔物、吸血鬼、悪魔…………多くの強者達は理解した。


 500年もの間、夜の世界を支配した王級吸血鬼エターナル・ゼロが死んだことを。

 そして、新たなる支配者の誕生を。


 ここに、絶対の強者にて、新たなる吸血鬼の頂点が誕生したのだ。


「くだらない、くだらない、実にくだらないっ! 弱さに絶望する真祖も、恋人に捨てられ嘆く真祖も何もかもくだらない!! もはや、この世の、この世界の、すべてのものは我のものだ! さあ、ロリを探しに行こう!! 目指せ!! ロリっ娘ランドの設立!! アー、ハッハッハッハッハ――ゲホッゲホ!」




 そして、その絶対の強者はすぐにはるるんと名前を変える。


 強くなったが、臆病な性格は変えられなかったのである。

 襲ってくる強者達とロクに戦えなかった彼女は逃げに逃げた。

 だが、その臆病さが幸いし、彼女は長らく生き延び、吸血鬼の頂点を保った。


 そして、今日も夜の闇に紛れ、少女を襲う。

 襲われた少女はケガもしないし、吸血鬼になることもない。

 だが、そのほとんどは彼女の虜となってしまう。


 快楽を与えられた少女たちは彼女を崇拝し、彼女を求めるようになるのだ。


 何度も討伐隊が出た。

 悪魔も吸血鬼もドラゴンも、ありとあらゆる種族が彼女の首を狙った。


 しかし、彼女を殺すことは出来ない。

 彼女の無限に等しい魔力と絶対的な不死、そして、完璧な逃走の前に、何人たりとも彼女を倒すことは出来なかったのだ。


 人々は、魔物は、悪魔は、吸血鬼は、その恐ろしい彼女をこう呼んだ。



 雑魚で臆病な最強の王、≪少女喰らい≫と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る