第008話 武器は飾りです。ファッションアイテムです。
探索者になるために残された試験は実技試験のみとなった。
もっとも、あの受付嬢…………そういえば、名前を聞いてなかったな……
後で聞こう。
コホン……あの受付嬢が言うには、実技試験は名前だけであり、実質、初心者講習らしい。
たまに、それで落ちる人もいるらしいが、私は大丈夫だろう。
そう思っていた。
「ハルカよ…………」
「てへ☆」
私達はギルドにいない。
「おぬし、試験は11時からと言ってなかったか?」
「10時からだったー」
今は9時45分。
今から向かっても間に合わない。
「おぬしに任せた妾がバカだった」
バカだったね!
「来週の金曜まで待つかのう」
「お金がやばいねー」
マジでやっべ…………
「どうする?」
ウィズが可哀想な人を見る目で見てくる。
「魔法を使うわ」
「霧になるのか……」
「そうする」
吸血鬼である私にはブラッドマジックという吸血鬼にしか使えない魔法がある。
その一つが自分の身体を霧にする霧々舞である(命名:私)。
「妾も頼むぞ」
「わかってるよー」
私はウィズを抱っこすると、魔法を使う。
「とこしえの――」
「いいから、早くせい」
かっこいい詠唱があるのにー。
私は渋々、無詠唱で魔法を使う。
すると、私達の身体は霧となり、宙にふわふわと浮いた。
そして、開けた窓から外に出ると、一気に100メートルくらいまで上昇し、目的地のギルドに向かう。
ギルドに到着すると、霧のままドアの隙間をすり抜け、女子トイレに入り、魔法を解いた。
「セーフ!」
時間は9時55分。
うん、5分前行動!
素晴らしい!
「おぬし、そのドレスで行くのか?」
腕の中にいるウィズが聞いてくる。
あ、着替えてなかった……
「まあいいじゃん」
「それで人前に出るのか……はしたないのう」
吸血鬼のファッションは肌の露出が多い。
何故なら、夜にしか活動をしないからである。
私はドレスを好み、一生懸命、胸を寄せて上げ、谷間を作って露出している。
こっちの世界ではそれほど珍しくもない格好だと思うが、あっちの世界では、かなりヤバい格好であるらしい。
「気にしない! これが吸血鬼クォリティー! さあ、行くわよ」
「妾はどうする?」
うーん、もう別に影にいなくてもいいかな。
「このまま行くわ。でも、喋らないでね」
「了解にゃー」
本当にわかってる?
私はまあいいかと思い、女子トイレから出る。
そして、受付に向かって、高貴な吸血鬼の王らしく、優雅に歩いた。
最初は仲間と話していたり、携帯を見ていた人間どもは私が1歩また1歩と受付に近づくたびに私を注目し始める。
ふっふっふ。
我の美しさと高貴な気品に感動したのかえ?
『高貴じゃなくて好奇じゃな』
やかましーわい!
「偉大! そして、究極なる王! ハルカ・エターナル・ゼロ、見参!」
私は受付に来ると、先日の受付嬢に向かって、高らかに宣言する。
『さすがじゃ! キレッキレ!!』
だろう?
尊敬したまへ。
「こんにちは……………すみません。大人しく来てほしいということを言っておくべきでした」
受付嬢は何とも形容しがたい表情で言う。
「人はミスをするものよ! 仕方がない」
「ですね…………ミスしますよね…………」
反省が大事だよ!
『妾はおぬしが好きだわー…………ぷぷ』
私もウィズのことが好きだよ!
「えーっと、それで、どこに行けばいいの?」
私は冗談はこのあたりにしておくことにして、素に戻った。
「はい。ご案内いたしますので、ついてきてください」
受付嬢はそう言って、受付の前に来ると、一昨日の部屋に向かっていく。
「あ、そういえば、あなたの名前を聞いてなかったわね」
歩いて部屋に向かっている途中、私は受付嬢に名前を聞いてみることにした。
「そういえば、名乗っていませんでしたね。私は青野キミドリと言います」
変な名前……
青なのか、黄色なのか、緑なのかわかんない。
「ふむ、キミドリちゃんね。覚えたわ」
「偉大なるハルカ・エターナル・ゼロ様に覚えていただき、光栄です…………ハァ」
ため息は良くない。
ため息は幸せが逃げるんだよ。
『あー、妾は幸せじゃー…………ふひひ』
あなたが笑っているのはキミドリちゃんの名前?
それとも周囲の人間が皆、下を向いているこの状況?
『後者じゃ。おぬしは絶対に人気者になれるぞ』
ロリからの人気が欲しいわー。
「一昨日も来ましたが、こちらですね。中でお待ちください」
受付嬢は一昨日、筆記試験と面接を行った部屋の前に来ると、中に入るように促す。
私が部屋の中に入ると、すでに複数の人間が椅子に座って待っていた。
若そうな4人組。
ハゲ、チビ、デブではないが、ガラの悪そうな3人組。
大学生っぽい女子3人組。
この3グループは固まって座っていることから知り合いか仲間か何かだろう。
あと、数人いるが、ぽつぽつと離れて座っている。
『どこに座る?』
ウィズが念話で聞いてくる。
『一番前に決まっているじゃない』
『決まっておるのか……』
私は席に着こうと思い、扉を閉める。
すると、扉越しにロビーから笑い声が聞こえてきた。
私はもう一度、扉を開き、ロビーを見る。
しかし、笑っている者はいない。
あれ?
私はまあいいかと思い、扉を閉めた。
すると、またもや扉越しにロビーから笑い声が聞こえてきた。
我を笑うものは誰だ!?
私はもう一度、扉を開き、ロビーを見た。
やはり誰も笑っていない。
私は扉を閉める…………と、思いきや、フェイントで閉めずにロビーを見た。
すると、大声で笑っている人間が何人もいた。
私はイラつく顔で笑っている一人に絞り、近づく。
そいつはベテランっぽく、ひげを生やしたおっさんである。
くたくたの鎧を装備しており、見た目は情けなさそうだ。
「貴様。何が可笑しい?」
私はそのおっさんを見下ろし、睨みつける。
私の方が圧倒的に背は低いだろうが、おっさんは座っているので、見下ろせるのだ。
「へっへっへ。悪いな。ちょっと嬢ちゃんが偉大すぎたもんで、笑みがこぼれたんだよ」
おっさんは舐めた口調で言い訳をしてきた。
「ほーう……死にたいのか?」
「おいおい、物騒だなー。あんた、ルーキーだろ。大人しくしておきな」
「ふむ、どうやらこの愚か者に我の偉大さを分からせる必要があるようだ」
見せてやろう、我が力!
『やれ、やれー! ぶっ殺せ♪ ぶっ殺せ♪』
観客(猫)もそれを望んでいるようだ。
「あのー、ハルカさん。もう始まるんですけど。時間通りに参加してもらえないと、さすがに、落とさないといけなくなるんですけど」
いつのまにか、近くまで来ていたキミドリちゃんが忠告してくる。
落ちるのはマズいな。
もうお金がないのだ。
「フッ…………命拾いをしたな、人間」
私はそう言って、部屋に向かう。
『いやー、面白い。あいかわらず、おぬしは弱い相手にだけ強気じゃのう。大公級悪魔のベリアルの前では、小便垂らして、泣いて土下座したとか言っておったではないか』
念話なのに、ひー、ひー、笑い声が聞こえるのは何故かな?
『あれは演技よ。あれのおかげで命が助かったの』
私がまだ、向こうに転生して、10年くらいしか経っていなかった時に出会ったのが大公級悪魔のベリアルだ。
ベリアルは歩いていた私とバッタリ遭遇し、戦闘となったのだが、私の演技を見ると、お菓子をくれて、謝りながら立ち去っていった。
中々、良いヤツだった。
私はこの処世術のおかげで200年も生き延びたのである。
『ベリアルぐらいなら勝てるじゃろ。たかが大公級じゃぞ?』
『無理無理。あんたはその時の私の雑魚さ加減を知らないのよ!」
『…………まあ、好きにせい』
ウィズは私を買いかぶっている気がする。
確かに、私の吸血鬼としての格は高い。
まさしく王の中の王である。
でも、王が強いとは限らない。
私が強いのは、弱い者に対してだけなのだ。
私はもう少しの間は大人しくしておこうと思い、部屋に入り、一番前の席に座る。
私が席に着くと、一人の男が部屋に入り、部屋の前方にあるホワイトボードの前に立った。
その男は30代半ばくらいであり、西部劇に出てきそうなガンマンの格好をしている。
「1、2、3…………うん。全員いるなー。じゃあ、今から実技試験を始めるぞー。まず自己紹介だが、俺はロビンソンと言う」
ロビンソン?
あー……探索者ネームか。
『Bランク4位の≪早打ち≫のロビンソンじゃな。だらしなく見えるが、相当の実力者じゃ』
ウィズさんはすっかり探索者にハマったらしい。
「さて、説明なんかはかったるいし、どうせ聞きやしねーだろうから早速、ダンジョンに行こうぜ。その前に武器を見繕う。ついてきな」
ロビンソンは映画俳優みたいな芝居がかったジェスチャーをしながら私達を促した。
うーむ、キャラを仕上げているなー。
ロビンソンが部屋を出ていくと、皆がついていったので、私もウィズを抱え、それに倣うことにした。
ロビンソンは部屋を出ると、近くにある階段を降りる。
階段を降りると、その先は真っすぐの通路になっており、扉がいくつか見えた。
ロビンソンは一番手前の扉を開け、入っていたので、皆も部屋に入った。
室内は先ほどの会議室よりも広く、棚だらけである。
そして、棚には武器や防具が所狭しと置いてある。
ロビンソンは入口近くにいるお爺さんに何かを告げると、私達の方を向いた。
「ここは武器や防具を買ったり、レンタル出来るところだ。今日は武器のレンタルとなるが、金はとらねー。そういう決まりだからな。とはいえ、失くすなよー。おーし、おめーら、好きに選べー」
ふむふむ、ここはやはり日本刀だろう。
向こうの世界でも、私の武器は“はるるんソード”と名付けたパチモンの日本刀だった。
「あのー、武器って何を選んだ方がいいですかね? アドバイスとかないんですか?」
大学生っぽい女子3人組の内の1人が手を挙げて聞く。
「最初はレンタルで色んな武器を試して、自分に合っている得物を探せ。最初からこだわりがあるんだったらそれでもいい。とにかく試せ。以上」
間違ったことは言っていないが、どうやらあまり熱心な人じゃないな。
私はこだわりがあるタイプなので、刀を探す。
武器は両刃の西洋剣や槍が多いようだ。
とはいえ、刀もちゃんとあった。
私はいくつかの刀の中から一番短いやつを選び、ロビンソンの下に戻る。
「んー、早いな。こだわりがある方か…………一応、言っておくが、刀はすぐに折れるぞ」
一応だが、アドバイスはくれるようだ。
「大丈夫ー」
「まあいいか……」
「嬢ちゃん、規則だから貸すが、折るんじゃねーぞ」
ロビンソンの隣で椅子に座ってるお爺さんが睨みながら言ってくる。
「大丈夫ー。ちなみに、これは買うといくらになるの?」
「あー、そいつは小太刀だし、そんなに品質のいいものではないから安いぞ。購入なら5万でいい。レンタルの場合はその1割だな」
うーん、高い。
いや、武器が5万円と考えれば、安いのだろうが、私には高い。
何故なら、所持金が10万を切っているから。
とはいえ、レンタルも高いな……
ダンジョンに行くたびに5千円はちょっと厳しい。
『先行投資でいいのでは? というか、どうせ魔法じゃろ』
『まあねー』
「これ、買うわ」
私はお爺さんに購入の意思を伝える。
「購入か? せっかく、今日はレンタル料が無料だから試してからの方が良くないか?」
さっきまでは仏頂面のお爺さんだったが、心配そうに聞いてくる。
急にどうした?
「あー、最初に刀を選ぶヤツは多いんだよ。かっこいいからな。でも、すぐに変える。切れ味はいいが、すぐにダメになるうえ、高いからなー」
見かねたロビンソンが説明してくれる。
だが、私には関係ないな。
「別に構わない。私の体に合う刀はこれしかなかったし、今後もこれを借りるなら買ったほうがいい」
というか、武器は飾りでほぼ使わないし……
「爺さん、こだわりがあるヤツには何を言っても無駄だ。ソースは俺」
ロビンソンもこだわりがあるらしい。
いや、恰好を見ればわかるか……
きっと子供の頃から西部劇が好きだったんだろう。
「まあ、そういうことなら仕方がない。本当は5万じゃが、3万でいいぞ」
めっちゃ安くなったし!
「はぁ?」
私はこの小太刀が大丈夫なのかと不安になる。
「嬢ちゃんがちいせぇから不安なんだろうよ。完全に孫を見る目だし」
ロビンソンが腰を屈め、耳打ちしてくる。
まあ、安くなるんだったらいいか。
「じゃあ、3万」
私は財布から1万円札を3枚取り出し、渡す。
「確かに……じゃあ、その刀は嬢ちゃんの物だ。とはいえ、ギルドの外に持ち出すのは禁止されている。もし、別のダンジョンに行くなら申請が必要だから気を付けな」
外には持ち出せないのか……
まあ、危ないし、当然と言えば、当然かな……
「武器はどこに置いておけばいいの?」
「ワシが預かる。面倒だが、ダンジョンに行く前と、行った後は寄れ。武器を持ち出すのは重罪だから本当に気を付けろ。たまにアイテムボックスに入れたままのヤツがいて、表のゲートで引っかかるが、問答無用でランクダウンと罰金だからな」
なるほど。
こっちの世界でもアイテムボックスはあるようだ。
そして、そこに入れていてもゲートに引っかかると……
仕組みはわからないけど、これは用心ね。
「わかった。気を付ける」
ランクダウンはともかく、罰金は嫌だな……
私は刀を購入していると、他のルーキーも武器を選んだようだ。
「おーし、皆、選んだなー。じゃあ、いよいよお待ちかねのダンジョンだ!」
ようやく来たか……
さあ、この“はるるんソードⅡ”で稼ぐぞー!
『日本刀じゃし、和風の名が良かろう。“吸血丸”にしようぞ』
それ、絶対に妖刀じゃん!
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