第003話 200年ぶりの仕事に行こう


「うん?」


 頬にザラザラとした感触がする。


「ハルカ、起きろ」

「うーん、眠い」


 あと5分……


「起きろ、ハルカ・エターナル・ゼロ」

「私を本名で呼ぶな!!」


 私は聞き捨てならない言葉を聞いて、飛び起きた。


「あれ? ここは?」


 私は周囲を見渡す。


「寝ぼけておるのか? おぬしの家じゃろう」


 そうか……私は帰ってきたのだ。

 ここは誰もいない豪華な城でもなければ、高級宿屋でもない。


 狭い6畳の部屋……

 この部屋にはテレビ、タンス、鏡台、布団がある。

 貧困というわけではないが、豪華には程遠い。


 偉大なる王の中の王にて、夜の支配者である王級吸血鬼、ハルカ・エターナル・ゼロ……もとい、≪少女喰らい≫のはるるん様が住むには到底、相応しくない。


 ここは地球の、日本の懐かしき我が家だ。


「もう……今、何時だと思ってんのよ……って、げ!? まだ7時じゃん。朝じゃん。寝よー、寝よー」


 吸血鬼は夜行性なのだ。

 何が悲しくて、朝に目覚めないといけないのよ。


「いや、会社に行くから起こせって言ったのはおぬしじゃろう? まだ寝ぼけてるのか?」


 あー、会社……会社?


 は?


「貴様、我を誰だと思っている!? 偉大なる王の中の王にて、真祖である王級吸血鬼、ハルカ・エターナル・ゼロぞ!! すべての生物の頂点だぞ!!」

「そういうのはいいから、早く準備しろ。遅刻するぞ?」


 うえーん、嫌だー。

 仕事なんかしたくないよぅ。

 布団から出たくないよぅ。


「めんどくさいのう……仕事なんぞ辞めればいいじゃろ? 今日はそのための調べものに行くんじゃろ? おぬしが昨夜、そう言っておったではないか?」


 そういえば、そうだった。

 起きるか……


 私はノロノロと布団から這い出ると、ゆっくりと準備を始める。


「相変わらず、トロいのう……着替えなんか、おぬしの魔法ですぐじゃろうに……」


 私は魔力をドレスに変える魔法がある。

 吸血鬼が最初に覚える魔法だ。


 何故なら、吸血鬼は基本的に不死だから。

 吸血鬼は首を飛ばしても死なないし、炎に焼かれても死なない。


 だが、服は斬れるし、燃える。

 素っ裸のまま戦うのは、恥ずかしいよね?


 だから、高貴な吸血鬼はまず最初にこの魔法を覚えるのだ。


「ドレスで行くわけないでしょ。制服があんの」


 私は事務っぽい制服に着替え始める。


「しかし、遅いのう…………おぬしがノロノロしている間にもう8時じゃぞ? 始業は8時半からと言っておったが、ここから近いのか?」


 白猫はブツブツと言いながら、私を急かしてくる。


「うんにゃ、電車と徒歩で1時間はかかるよ」


 私の職場はちょっと遠いのだ。


「は? 間に合わんではないか?」

「そうね」

「遅刻は良くないのでは?」

「別にいいでしょ。まあ、課長がうるさいけどね」


 遅刻くらいいいでしょ。

 眠いんだから仕方がないもん。

 それなのに、あのハゲはぐちぐちと…………

 ホント、ブラックだわー。


「…………まあ、好きにせい」


 してまーす。



 私はその後、朝食を食べ終え、優雅にコーヒーを楽しむと、家を出た。

 時間はすでに9時を回っている。


「なあ、さっきからおぬしの携帯がめっちゃ鳴っているんじゃが?」


 私の影の中から白猫の声が聞こえてきた。

 さすがに職場に猫は連れて行けないため、影に潜んでもらっているのだ。


 魔法って便利!


『無視よ、無視。ってか、会話は念話でお願い。私の影から声が聞こえたらヤバいでしょ?』

『わかった。いや、電話は無視でよいのか?』


 いいの!


 私は徒歩で駅まで行くと、電車に乗り込む。

 なお、200年経っているが、電車の乗り方は忘れていなかった。


 電車はガラガラというわけではないが、座る場所があるくらいには空いていた。

 

 ほら、座れた!

 これが1時間前だと全然、座れないのよ!


『飛んでいけよ。存在を希薄にする魔法と併用すれば、気付かれんじゃろ?』

『いや、それは危険よ。昨日のニュースを見たでしょ?』

『ダンジョンか?』

『それ! まだ詳しく調べてないけど、私のいた時はダンジョンなんてなかった。もし、本当にダンジョンがあり、ダンジョンを攻略する人間がいるのならば、バレる可能性があるわ』

 

 私の魔法は強力なため、滅多に看破は出来ない。

 だが、相手の実力がわからないうちは下手に動きたくはないのだ。


『たかが、人間じゃろ?』

『そのたかが人間に敗れたのはどこの誰よ?』


 魔王白猫は先々代の勇者に討伐された。


 討伐されたのに生きてるけど……

 しかも、猫。


『うーむ……勇者がおるのか?』

『それを調べるのよ。私は慎重なの』

『さすがは200年も逃げ続けた卑怯者……』


 私から言わせたら相手の実力も知らないのに挑む方がバカなのよ!


 私は昨日のニュースを思い出しながら電車に揺られている。

 昨日、ニュースを見終えた後、ダンジョンについて、調べようと思ったのだが、すでに遅い時間になっていたため、休むことにしたのである。


 だから、今日はそのダンジョンについて、会社で調べる予定なのだ。


『ハルカ。確認なんじゃが、本当におぬしのいた時はダンジョンなんてなかったのか?』

『ええ、間違いなく、なかったわ。ダンジョンだけでなく、魔法もすべて、物語の中の世界よ』

『ふーむ。昨日のニュースを見る限り、ダンジョンが出来たのは昨日今日の話ではなさそうだし、妙じゃな』


 私もそう思う。


『長らく停滞していた渋谷ダンジョンの40階層が突破されました!』


 これが昨日のニュースだ。

 どう考えても、ダンジョンが出来てから時間が経っている。


『会社に着いたら調べるわ』

『仕事は?』


 なにそれ?



 その後、電車が目的の駅に着いたため、私は電車を降り、駅から出ると、会社に向かう。

 そして、私が会社に着くころには10時を回っていた。


 私は会社に着くと、タイムカードを切り、自分の部署に向かう。


「おはよーございまーす」


 私は軽快に挨拶をし、自分の席に座る。


 さて、ダンジョンについて、調べよう。


「沢口君、ちょっと……」


 課長の声が聞こえたので課長を見ると、不機嫌な顔をした課長が手招きをして、私を呼んでいた。

 ちなみに、沢口というのは人間の時の私の苗字だ。

 

 沢口ハルカ。

 これが私の名前だった。


 転生(転移?)し、真祖の吸血鬼となった今はハルカ・エターナル・ゼロ、もとい、はるるんだけどね。


 私は渋々、立ち上がり、課長のところに行く。


 もう、邪魔しないでよ…


「なんですかー……」


 私は思わず、嫌そうな声が出てしまった。


「君、今、何時だと思う?」


 課長は椅子に座ったまま机に肘をつき、両手を顎の下に置きながら見上げている。


「10時でーす」

「10時12分だ」


 うっぜー……


「始業時間が何時か知っているかね?」

「8時半でーす」

「…………は?」


 あり?


「8時15分だよ」


 げ! ミスった。

 これは長くなりそうだなー。


「沢口君、君ねー、ちょっと遅刻が多すぎるよ。というか、私はこのことを先週も言わなかったかね?」


 200年前の事なんか、覚えてねーよ。


「すみませーん。以後、気をつけまーす」


 私は頭を下げる。


「その言葉は先週も聞いたよ。先々週も、その前の週も! それにその頭と目は何かね? 別に禁じられた行為ではないが、限度ってもんがあると思わないかね?」


 もうまぢ、ブラックって感じだなー。


 その後も、課長の嫌味は続く。


 仕事してよねー。


「沢口君、聞いているのか!?」


 課長は私の態度が気に入らなかったらしく、ドンっと、自らの机を叩き、怒鳴った。


 イラッ…………


「は?」


 私は課長を睨む。


「ヒッ…………い、いや、すまない。ちょっと言いすぎたかもしれん。ふぅ……もう仕事に戻りなさい。明日からはちゃんと来るように」


 急にどうした?

 そんなにビビったのかな?


『魔力が少し漏れておったぞ。いくら少しとはいえ、王級吸血鬼に魔力を込めて睨まれたら、人間ごときでは、ああなる』


 あー、ミスった。

 つい、向こうの世界の癖が出たんだ。

 失敗、失敗。

 でも、長い説教が終わったので、よしとしよう。


『慎重に行くと言っておったくせに…………というか、課長は悪くないじゃろ? ごく真っ当な説教だったと思う』


 うるさいなー。

 世の中は理不尽なものなのよ。

 そんなことより、さっさと調べよう。


 私は自席に戻り、パソコンを起動させる。


「ねえ、沢口ちゃん、その髪、どうしたの?」


 隣に座る名前も覚えていない同期の同僚が話しかけてきた。


「気分でーす」


 私は顔も向けずに答える。


「き、気分? 綺麗だとは思うけど、派手じゃないかな?」


 うるせーなー。

 ババアは黙れ。

 10年遅いんだよ!


『おぬしはもっとババアじゃろ』


 あんたは私より2倍以上のババアでしょ。


「綺麗ならいいでしょー。問題ありませーん」

「そ、そう? ならいいけど」


 同期はおずおずと引き下がっていった。


 ふん、邪魔すんな。


『おぬし、完全に厄介者扱いされてないか? ブラックなのは会社ではなく、おぬしじゃろ』


 無視、無視。

 そんなことより、調べるか……


 私はインターネットでダンジョンについて調べることにした。


『なあ、なあ、仕事はー?』


 うるさい魔王だな。

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