第004話 私は自由だー


 私は午前中、ダンジョンについて調べていると、昼休憩になったので、近くのコンビニに行き、適当にパンを買った。

 そして、会社の屋上で食べることにした。


 会社の屋上は立ち入り禁止である。

 だが、私は鍵を持っているので、好きに屋上に行けるのだ。


「その鍵はどうしたのじゃ?」


 屋上に来ると、白猫が姿を現し、聞いてくる。

 ここには私以外、誰もいないため、影から出てきたのだ。


「パクって、合鍵屋さんで作ってもらった」

「なあ、おぬし、会社で何をしているんだ? 仕事は? 同僚も上司も皆、忙しそうにしてたのに、おぬしだけ、ネットサーフィンをしていたろ。異様な光景だったぞ。誰もおぬしに話しかけんし」


 白猫は変な物を見る目で私を見る。


「あなたも随分とこの世界に染まってきたわね。ネットサーフィンて……」

「まあ、元々、おぬしから話を聞いていたし、妾はこういう新しいものが好きなのじゃ」


 ふーん。

 まあ、どうでもいいか。


 私はコンビニ袋から猫缶を出し、開けて地面に置く。

 コンビニに行った時に白猫が何故か置いてあった猫缶に異常な興味を示したため、一緒に買ってやることにしたのだ。


「やはり、妾の勘は当たった! めっちゃ美味いのう」


 白猫はがっついて、猫缶を食している。

 私も自分用に買ってきたパンを齧る。


 もぐもぐ。


 やっぱり美味いね。

 200年ぶりの味だ。

 当時は何も思わなかったが、200年も経てば、涙が出るくらいに美味しい。


「さて、ダンジョンについてじゃが……」


 白猫はもう食べ終えたらしい。

 早っ。


「そうね……まさか、ダンジョンが普通にある世界になっているとは…………」


 私は午前中、インターネットでダンジョンについて、調べた。


 ダンジョンは今より50年前、世界中に突如として現れたらしい。

 そのダンジョンの内部は物理法則を無視したモンスターがいっぱいいた。

 そして、そのダンジョンの中のモンスターを倒すと、アイテムをドロップしたそうだ。


 そのアイテムはどんな傷を治すポーション、切れ味抜群の剣など様々だ。

 それらのアイテムは高値で取引されるようになると、世界中の人々がダンジョンを受け入れ、今の世ではダンジョンに潜り、モンスターを狩り、アイテムを収集する≪探索者≫なるものが人気職業らしい。

 小学生のなりたい職業1位が探索者になっているほどだそうだ。


「どう思う?」


 私は白猫に尋ねる。


「多分、アトレイアのダンジョンと同種じゃろう」


 アトレイアとは、私や白猫がいた世界の名だ。

 アトレイアは私のような吸血鬼、白猫のような魔族など、様々な種族が生きている。

 当然、魔物と呼ばれるモンスターもいる。


 そして、アトレイアにもダンジョンがある。

 ダンジョンの最大の特徴としては、モンスターを倒すと、モンスターは消え、アイテムをドロップすることだ。


 普通はモンスターを倒すと、解体をして、素材や魔石を採取する。

 だが、ダンジョンはその必要性がない。

 そのため、向こうの世界の冒険者達がこぞって集まり、一攫千金を狙う場所なのだ。


「だよね。調べれば、調べるほど、あのダンジョンと同じ」

「しかし、50年前か……」


 白猫が悩み始める。


 当たり前だが、私がいた世界にはダンジョンなんかなかった。

 これはいったいどういうことだろう……


「一応、聞くけど、あんたのせい? あんたの時渡りの秘術のせいじゃないわよね?」

「おぬし…………さりげに、妾だけのせいにして、被害者アピールするなよ…………あの魔法はおぬしと妾の合作じゃろ? 確かに発動したのは妾じゃが、使えって言ったのはおぬしじゃろ」


 あ、バレた?


「冗談よ。そもそもこの世界がどうなろうと知ったことじゃないわ。私は15歳以下の少女がいれば、それでいいの」


 男?

 滅べ。


「まあ、妾達は関係ないと思うな。そもそも飛んだのは昨日なのだから50年前に干渉できんじゃろ」


 まあ、それもそうか……


「じゃあ、何でこんな世界になったのかしら?」

「知らん。調べようと思えば、調べられるが、時間を貰うぞ」


 白猫は魔族である。

 そして、魔族は魔法のスペシャリストだ。

 ましてや、王級悪魔である魔王白猫の魔法は世界を滅ぼせるレベルである。(って、聞いた)


「いや、どうでもいいわ。問題なのはそこじゃない。問題なのはダンジョンがお金になるってことよ」

「探索者とやらになるつもりか?」

「ええ。あんたも見たでしょ? 低級ポーションが5万円よ! 私が5日働いて得る収入なのよ!」


 アトレイアでは銅貨で買えた低級ポーションが5万円!

 私のアイテムボックスにあったエリクサーならば、いくらになるのだろうか?

 仕方がないことではあるが、惜しいことをした。


「ふむ……この世界の通貨の価値がわからんが、高いのか?」

「さっきの猫缶が100個以上も買えるわ」

「よし! 調査など不要じゃな! まずは軍資金じゃ!」


 予想通りの反応が返ってきた。

 あなた、あっちの世界を震撼させた魔王様ですよね?


「探索者は16歳以上でなれるみたいだから余裕ね」

「試験とかないのか?」


 私は白猫に言われたので、携帯で調べてみる。


「筆記と面接と実技試験ね」


 けっこうあるなー。


「実技はともかく、筆記と面接は無理では?」


 失礼な!


「あんた、私を何だと思ってんの?」

「だって、おぬし、バカじゃろ。しかも、今日の会社での光景を見ておったが、クズじゃろ」


 魔王にクズとか言われた……


「筆記は魔法でカンニングすればいいし、面接も魔法で誤魔化すわよ!!」


 私の魔法を舐めるな。

 どうとでもなるわ。


「うーん、クズじゃのう……まあ、か弱い少女ばかりを狙う≪少女喰らい≫がまともなわけないが……」

「世界中の人口を10%も減らした極悪魔王が何を言ってんの?」


 こいつは魔王らしく、人類の敵だった。

 結構な国を滅ぼしていたらしい。


「すごかろう?」


 何で自慢気なんだろう?

 魔族の価値観はわからないわー。


「まあ、いいわ。よし! 早速、課長の所に行って、辞めるように言ってくるわ!」

「いきなりじゃのう。試験に通ってからで良いではないか」

「もう仕事は嫌。朝起きるのも嫌」

「好きにせい…………」


 会社を辞めることに決めた私は白猫を自分の影に戻すと、屋上から自分の部署に戻った。


 うーん、しかし、何て言って辞めようかな。

 素直に探索者になるって言ったら止められるかもしれない。

 そうなったらめんどくさいなー。


 私は辞める理由を考えながら、課長の下に行く。


 うーん、思いつかないなー。

 まあ、どうとでもなるだろう。


「あのー、課長ー、ちょっといいですかー?」


 私は課長席の前に立ち、おずおずと話しかけた。


「何かね?」


 課長は眼鏡を拭きながら、聞いてくる。


「えーっと、私、この仕事に向いてないのでー、辞めようかと思ってるんですけどー」


 チラッ、チラッ。


「え? …………本当かね!? 辞めるのかね!! それは残念だ!!」


 あれ?


「はい。そう思っててー」

「そうか!! 残念だ!! 君は優秀なので引き止めたいが、それは無理だろう! きっと悩みに悩み抜いての決断なのだろう!! うんうん、わかるぞ!! じゃあ、手続きはこちらでしておくので明日から来なくていいぞ!!」


 えー……


「あのー、仕事の引継ぎはー?」


 そういうのが必要って聞いたことがある。


「え? 君、ウチの会社で何かしてたっけ?」

「えーっと、お茶くみとかー、買い出しとかー、掃除とかー」


 あとは資料のコピーとか……


「いや、大丈夫。その辺はこちらで上手くやるので問題ない。君は何も気にする必要はないぞ!」


 課長はうんうんと頷いている。


「そうですかー?」

「うむ。安心して辞めたまえ!!」


 うーん、厄介払いされてない?

 気のせいかな?


『確実にされてるぞ。課長の嬉しそうな顔を見ろ』


 いつも仏頂面の課長は見たことがないような笑顔だ。


 うーむ、そんなに嫌われてたのかなー?


『というか、今まで、よくクビにならんかったなと思うレベルだ。お茶くみって……』

『だって、皆が沢口さんは何もしなくていいよって言うから…………』


 私が可愛いからかな?


『絶対に違う。断言してやる』


 そんなに迷惑だったのか……

 知らんかった……


『というか、本来なら、おぬしはこの会社に最高の迷惑をかけていたと思うぞ。なにせ、淫行で捕まるし』


 あ、それはマズいね。



 私は昼休みを終えた後、課長に連れられ、あれよあれよと同じ部署の同僚、上司、社長に挨拶に行かされた。


 そして、誰一人、私を引き留める人間はおらず、皆、笑顔で送り出してくれた。


 あれー、送別会はー?


『おぬし、マジで会社を辞めて良かったと思うぞ……』


 えー、どういう意味?


『皆、はじけるような笑顔じゃったろ? それが答えだ』


 けっ!

 人間のゴミ共が!

 やっぱり大人は汚れている。

 少女以外は死ね。


 いでよ! 王級竜ルブルムドラゴン!!

 こいつらを殺せー!!


『あやつもどんだけ黄金を積まれても、そんな頼みは聞きたくないだろうよ』


 チッ!

 帰ろ、帰ろ!!

 こんな会社、潰れてしまえー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る