第002話 帰ってきたが……
24年間、日本で生きた。
親がおらず、施設で育った。
勉強も運動も苦手だった。
友達もロクにいなかった。
中学、高校、大学を卒業し、とある会社に就職した。
入社した会社は遅刻にうるさいうえに、休憩していると、上司が小言を言ってくる超絶ブラックだった。
学生時代のクラスメイトや会社の同僚は彼氏の話で盛り上がっていた。
だが、私は微塵も興味が持てなかった。
これだけ聞くと、不幸で可哀想な喪女だと思うだろう。
しかし、私は幸せだった…………
私には私の幸せがある。
あの日も私は幸せを満喫していた。
たった5千円で幸せになれた。
名前は確か、エリちゃんだった思う。
〇学生のくせに化粧をし、一生懸命おしゃれをしていたおませさんだ。
私はこの子とネットで知り合い、メル友になった。
そして、おしゃれのためにお金を欲しがっていたこの子を買っ…………援助した。
相手が男だと、悪いことだけど、女同士なら一緒に寝るだけだよと言って…………
しかし、翌朝、チャイムが鳴ったので玄関を開けると、そこには警官が立っていた。
私は逃げた。
そして…………
◆◇◆
目が覚めると、温もりとともに、見覚えのある天井が見えた。
天井には円形状の電灯が2つ付いている。
私は隣に違和感を覚え、頭だけを横に向けた。
そこには薄い茶色に染めた髪が見える。
ああ……この子はあの時のエリちゃんだ。
どうしてこの子がいるんだろう?
私はいつものようにお城で魔王である白猫と共におしゃべりに興じていたはずだ。
しかし、ここはどう見ても、私が日本で一人暮らしをしていたアパートだ。
そして、この子は私がゲットしたエリちゃんだろう。
もしかして、あの世界のことは夢だったのだろうか?
だって、異世界なんてありえない。
ましてや、吸血鬼に魔王、勇者なんて漫画やゲームの世界の事だ。
いや…………
私は夢説をすぐに否定した。
何故なら、私の体に張り付いている髪は黒髪ではないからだ。
日本人だった私は普通に黒髪だったし、吸血鬼になった当初も黒髪だった。
しかし、現在の私の頭から生えている髪はとある理由で変わった金髪なのである。
そうか……
白猫は成功したのだ。
時渡りの秘術により、私は日本に帰ってきたのだ。
しかし、何故、今なのだろう?
おそらく、今はこの少女を抱いた後だろう。
それはこの子と私の姿でわかる。
2人共、裸だもん。
せめて、抱く前に戻りたかった。
もう一回しようかな?
私はそーっと、隣で眠る少女に手を伸ばす。
「うーん……」
私が手を伸ばすと、向こうを向いていたエリちゃんがこちらを向き、目を開けた。
「おはよう……」
私はとっさに挨拶をする。
「……おはようございます…………え!?」
エリちゃんが目を見開き、驚く。
「ど、どうしたの?」
「え? え? お姉さん、さっきと髪の色が違いますけど…………しかも、目が赤い」
あ、まずい。
「き、気のせいよ! それよりも気分はどう?」
「はぁ……? あ! は、恥ずかしかったです……」
エリちゃんはそう言って、掛け布団に隠れる。
ふう……誤魔化せてないけど、誤魔化せた。
いや、それよりも、めっさかわいい!!
やっぱ少女は最高ね!!
「恥ずかしがることはないよ。こんなのは皆、やってるから」
間違いなくやっていない。
「そ、そうなんですか?」
「そういう本を見せてあげたでしょ? 男子とするのは将来好きな人のためにとっておくべきだけど、女同士なんて遊びよ遊び。スキンシップみたいなもん」
うそぴょん。
「そ、そうですかね……?」
「そうだよー。お姉さんが言うんだから間違いないよ」
「う、うん」
無垢な少女を騙し、食い物にする快感は最高だぜ!
女は男に対しては警戒心を持つ。
でも、世の中にはわるーい女だって、いっぱいいるんだよ?
いい勉強になったね。
「あ、私、もう帰らないと……」
エリちゃんはそう言って、布団から出て、服を着だした。
あー、思い出してきた。
そう言えば塾に行くんだったね。
残念……
200年ぶりにエリちゃんの体を堪能したかったのに……
白猫は本当に、何でこんな時間にタイムスリップさせたのよ。
私はせっせと服を着ているエリちゃんを見ながら、ちょっと不満に思っていた。
…………ん?
いや、待て!
この子を返してはいけない!!
この子はこの後、塾に行く。
そして、家に帰り、親に言うのだ。
ネットで知り合ったお姉さんと寝たと。
そして、明日、私は何故か警察に捕まりそうになり、階段で滑ったのだ。
やばい!
この子をこのまま返せば、私は捕まってしまう!
「エリちゃん、ちょっとおいで……」
私は服を着終え、髪を整えているエリちゃんを手招きで呼ぶ。
「ん? お姉さん、どうしたの?」
エリちゃんは素っ裸のままの私の所にやってきた。
私は近づいてきたエリちゃんにがばっと抱き着く。
「わ!? き、急にどうしたんですか?」
エリちゃんが驚いている。
私はエリちゃんを落ち着かせるために、抱きついたまま背中をさする。
「ねえ、エリちゃん……また、私に会いたい?」
「う、うん、お姉さん、優しいし、またお化粧やファッションを教えてもらいたいです」
そう?
だったら、何で親に言ったの?
まったく、これだから子供は……
「ありがとう。でも、ごめんね」
私はエリちゃんに謝り、エリちゃんの肩に噛みつく。
「え? 痛っ……たくない? あれ?」
「眠りなさい」
私はエリちゃんに睡眠魔法をかけた。
「あ……」
エリちゃんは私に抱き着いたまま眠る。
「いや、今、血を吸う意味はあったか?」
どこからともなく声が聞こえる。
「眠った相手から血を吸っても美味しくないのよ」
「そんなもんかのー」
麗らかな処女の血の美味しさを知らないとは……
これだから魔族は困る。
「で? 時渡りの秘術は成功したということでいいのね?」
私はそう言いながら後ろを振り向く。
そこには真っ白の猫がいた。
もちろん、時渡りの秘術を使った魔王だ。
「そのようじゃのう。ところで、ここはおぬしの家か?」
「ええ、そうよ。狭くて悪いわね」
この部屋は私が一人暮らしをしていた6畳1DKのアパートの一室である。
さっきまでいたお城とは広さも豪華さも天と地だ。
「ふむ。狭いのは確かじゃが、まったく知らない物が多いな」
白猫は部屋を見渡す。
まあ、ほぼ中世のようなあっちの世界とは似ても似つかぬ暮らしぶりだろう。
あっちの世界には魔法はあったが、電気はない。
「それよりも、何で今の時間に飛んだのよ。この子を抱く前に飛んでよ」
私は先ほどから思っていた不満を白猫にぶつける。
「いや、それは注文になかったし。おぬしがそこの小娘を抱いたせいで、明日、警察とやらに捕まるというのは、前に聞いておった。だから、この時間に飛んだんじゃ。少しは感謝しろ」
なーるほど!
私はそもそも時間も場所も指定していない。
だが、この白猫は私との会話を覚えており、気を使ってくれたのだ。
さすが魔王だ!
賢い!
「ナイス!」
私は白猫に向かって親指を立てる。
「うむうむ。で? その小娘はどうする? 殺すか?」
罪が重くなるわ!
「私が少女を殺すとでも?」
私は物騒な白猫を鼻で笑った。
「まあ、おぬしはそうじゃのう……では、どうする?」
「残念だけど、この子はここまでね。悪いけど、この子の記憶から私を消してもらえる?」
もったいないが、この子は危険だ。
悪意ではなく、純粋に親に報告するような子だろう。
リリースするしかない。
「ふむ。まあよいぞ」
私はエリちゃんを白猫に託し、エリちゃんの携帯から私の存在を消す作業に入る。
「日本に戻ってきて最初の作業が淫行の証拠隠滅とはねー」
しかも、私は素っ裸のまま……
情けないな……
「情けないのう……」
自覚してるんだから言うな!
私は情けなさを感じながらもエリちゃん携帯の履歴や写真などを消していった。
「こっちは終わったぞ」
白猫の記憶操作は終わったようだ。
「こっちも終わったわ。後はこの子を外に連れ出すだけね」
「まあ、そうじゃな。というか、いい加減、服を着ろ。おぬしの貧相な身体をいつまで妾に見せつけるのじゃ?」
「誰が貧相よ! Cは巨乳なの!!」
猫のくせに鼻で笑うな!
私はぶつぶつと不満を言いながら、布団の周囲に散乱している自分の服を着ていく。
200年経っているが、服の着方はさすがに忘れないようでスムーズに服を着ることができた。
私は服を着終えると、姿見の前に立つ。
鏡の向こうには、懐かしい服を着た私が立っていた。
しかし、髪は金色であり、瞳は真っ赤に染まっている。
「うーん、吸血鬼ねー」
私は鏡に映る自分の髪や瞳をまじまじと見る。
「この世界には吸血鬼がおらんのじゃろう? バレはせんだろ」
「まあ、そうね」
金髪は染めていることにすればいいし、赤い瞳もカラコンということにすればいい。
問題は会社でこれが認められるかどうかだろう。
「今、何時?」
「何時って、何じゃ?」
あー……そういえば、アトレイアには時計がなかったな。
「この世界は1日を24分割して、時間を正確に確認できるのよ」
「ほう……すごいのう」
私は仕方がないなと思い、テレビの横にある時計を見る。
時刻は夕方の5時だ。
塾って、何時からって言ってたっけ?
さすがに覚えてない…………
「まあいいわ。じゃあ、ちょっとエリちゃんをリリースしてくる」
「妾は寝る」
白猫はそう言うと、床に敷かれている私の布団に尻尾を振りながらダイブし、転がり始めた。
情けないのはあんただ……
猫に染まった魔王……
私は呆れながらエリちゃんを抱える。
小柄な私だが、力は人間のものではない。
エリちゃんを抱えても、まったく重さを感じなかった。
そして、存在を希薄にする魔法を使い、外に出た。
この魔法を使えば、魔力を持たない人間には、まず気付かれないのだ。
外に出ると、日差しが私を襲う。
時間は夕方の5時を過ぎているが、今は6月のため、まだ明るい。
チッ! 太陽がうざい。
吸血鬼は日光に弱い。
雑魚吸血鬼ならこの日光でも消滅するだろう。
だが、私は雑魚ではない。
日光程度は防げる。
嫌なものは嫌だが……
さっさとしよう。
エリちゃんも塾に行かないといけないだろうし。
私はエリちゃんを抱えたまま道路に出ると、周囲を見渡し、人がいないかを確認する。
今ね……
私は眠っているエリちゃんを日陰に置くと、睡眠魔法を解く。
「あなた、あなた」
そして、私は寝ているエリちゃんに声をかけながら揺すり起こす。
「…………え? あれ?」
エリちゃんが起きだした。
「あなた、こんなところで何をしているの? 危ないわよ」
「あれ? 私はここで何を……? お姉さんは誰?」
どうやら白猫の魔法は効いているようだ。
「知らないわよ。もう家に帰る時間でしょう? こんなところで寝てないで、早く帰りなさい」
「え? あ! 塾に行かないと! お姉さん、ありがとうございました。さようならー」
エリちゃんはそう言って、頭を下げ、走っていく。
さようなら、元気でね。
私は去っていくエリちゃんに未練たっぷりに見送っていたが、日光が不快だったので、すぐに家に戻った。
「あー、やっぱかわいかったわー。眷属にすれば良かったかしら?」
吸血鬼は血を吸った相手を眷属にすることが出来る。
あっちの世界に置いてきてしまったが、何人かの眷属がいた。(もちろん全員少女)
まあ、強い子達だし、自分で何とかするでしょう。
「まあ、その辺はおぬしの好きにすればいいが、あまり増やすなよ。前はそれでギスギスしとったろ」
白猫は布団の上で丸まりながら、忠告してくる。
「あー、サマンサね」
私がさっき勇者君に名乗ったリンガ王国のサマンサというのは私の眷属の1人である。
可愛くて良い子ではあったのだが、嫉妬と独占欲の塊のような子で、他の眷属の子にマウントを取り、牽制していた。
おかげで、私のロリっ子ハーレムが一時期ギスギスしていたのだ。
「今さら、おぬしの性癖に文句は言わんが、ほどほどにしておけよ」
「はいはい」
無理☆
「それよりもこれからどうするのじゃ?」
「そうねー…………どうしよ? ってか、明日、仕事じゃん」
まーた、あのブラック会社に行かないといけないの?
嫌だわー……
「仕事? おぬしが言っておったひどい待遇の職場か? 辞めればいいじゃろ」
「そうしたらお金がないのよねー」
いや、待て。
私の空間魔法の中には大量の金貨がある。
これを売れば、お金になるのでは?
私はわくわくしながらアイテムボックスの在庫を確認する。
しかし、アイテムボックスには、金貨どころか何も入っていなかった。
「あれ? アイテムボックスが空なんだけど……」
「すまんが、アイテムは持ってこれなかった。妾のアイテムボックスも空じゃ」
がーん……
ということは、私の愛刀である”はるるんソード”もないのか……
しかし、時空を越えることが出来る魔法だ。
下手にアイテムを持っていこうとして、失敗したら目も当てられない。
残念だが、諦めるしかないだろう。
「あー……これで会社を辞められなくなったわ……」
無念……
「おぬしは吸血鬼じゃろう? いくらでも稼げるのでは?」
「具体的には?」
「こっそり家に忍び込んで盗むとか」
「この偉大なる夜の王にて、王の中の王である真祖の吸血鬼、≪少女喰らい≫のはるるん様にそんなコソ泥をしろと?」
社畜な吸血鬼とどっちがマシかな?
「うーん、泣けるのう」
ハァ……まあ、適当に考えるか……
時間はあるし。
私は立ち上がると、冷蔵庫に行き、缶ビールと牛乳を取り出した。
そして、牛乳を皿に入れると、白猫の前に置く。
白猫は牛乳をペロリと舐めると、一気にがっついて飲んでいく。
私はそれを見ながら缶ビールを開け、ごくごくと飲み干す。
うっま……
あっちのマズいエールとは大違いだわ。
「それ、なんじゃ?」
白猫はもう牛乳を飲み干したようで、私の飲んでいる缶ビールに興味を示す。
「ビール。お酒ね」
「妾にもくれ」
ハァ……
私は再度立ち上がると、冷蔵庫からビールを2缶取り出し、新しい皿と共に持っていく。
そして、白猫の前に皿を置き、ビールを注いでいく。
「どうぞ」
「にゃん」
白猫はご機嫌にビールを飲んでいく。
「美味いのう、美味いのう」
安物の発泡酒だけどね。
私も2缶目に突入し、久しぶりのビールを堪能する。
「あー……やっぱり食べ物と飲み物は故郷のものに限るわー」
げっぷ。
「これはそういうレベルではないがな」
まあ、中世みたいなあっちの世界とは比べられないか。
「ハァ……本当に帰ってきたわ」
200年ぶりの我が家だ。
狭いけど。
「哀愁でも感じるか?」
「まあ、この200年、色々あったからね」
大変だったわ……
「ところで、あれは何じゃ?」
白猫はテレビに興味を示したようだ。
「あれが前に言ったテレビよ」
「ああ……遠くの情景を映し出すものじゃな。見たいのう」
「はいはい」
私は哀愁を感じながら静かに飲みたいのだが、異世界にやってきた魔王猫は異なる文化に興味が尽きないようだ。
「えーっと、リモコンはどこやったっけ? あー、あったあった」
私はテレビ台に置いてあるリモコンを見つけ、リモコンを操作し、テレビをつけた。
『――――これであなたの家の猫ちゃんも大満足! 嗜好のキャットフードです……』
どうやらCMをやっているらしく、高そうなキャットフードの宣伝をやっていた。
CMの中では、かわいらしい子猫がにゃんにゃん言いながら美味しそうにキャットフードを食べている映像が流れている。
「美味そうじゃのう……」
でしょうね。
「ちなみに、あの子猫は何て言ってるの?」
「美味いしか言っておらんのう」
どこの世界の猫も一緒か……
私がビールを飲みながらぼーっとテレビを見ていると、CMが終わり、ニュースに変わった。
時刻はちょうど6時だ。
夕方のニュースの時間帯なのだろう。
ニュースが始まると、綺麗な顔をした女子アナウンサーが真面目な顔をして、今日あった出来事を告げていく。
「なんじゃこの女は? 急に出てきたぞ?」
「ニュースよ。今日、何の事件が起きたか、教えてくれるの」
「ほう……親切じゃな。ということは、明日のニュースはおぬしが捕まった事件が流れるはずだったわけか」
うっさい。
『次のニュースです――――速報です! 何と! 長らく停滞していた渋谷ダンジョンの40階層が突破されました!』
ん?
『これにより、40階層までのワープが可能になり、さらなる攻略が進むと思われます。それでは現場に繋げてみましょう――』
あれ?
「なんじゃ……おぬしの世界にもダンジョンがあるではないか……」
ねーよ!
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