第161話 ここはどこ? 私は誰?


 昨日の目覚めは最高だった。


 程よく肌寒い気温。

 それを温めてくれる抱き枕。

 かわいい顔。


 幸せとはこういうことを言うのだなと思った。

 わがままを言えば、服が邪魔だったがね。


 まあ、それを願うのは贅沢というものだ。

 謙虚に、あくまでも謙虚にいかないといけない。


 がっつきすぎると、大抵、上手くいかないものである。

 それはクリスマスで学習している。


 だから、俺は3月のテスト終わりらへんのXデーまでは紳士(淑女)でいこうと思う。


 俺は昨日の目覚めの良さと幸せを噛みしめている。

 だって、今日の目覚めは最悪と言っていいからだ。


「やっと、起きたか? よく寝る女だ」


 俺の目の前に外人っぽい男が3人立っている。

 その後ろには女がパイプ椅子に腰を下ろしていた。


「寒い」

「それはすまない。実は我々も寒いんだ」


 だろうね。


 俺は状況を整理する。


 俺は先ほど目が覚めた。

 目の前には男3人と女1人いる。

 4人とも、日本人ではないだろう。


 場所はそこそこ広い廃工場みたいだ。

 むき出しの電球が微妙な明かりを灯している。

 とはいえ、たくさんの窓から太陽の光が差し込んでいるため、そこまで暗くない。


 時刻はわからないが、明るさから見て、朝か、昼間だろう。


 そして、最も重要なことは、俺が椅子に縛られていることだ。


 俺は椅子に座っているのだが、俺の足を椅子の脚に縛っているため、立つことは出来そうにない。

 腕は後ろに回され、手錠をはめられている。

 胴体は麻縄で腕ごと縛られている。

 しかも、ご丁寧に胸の上下を縛っているため、胸が突き出している形だ。


 いい趣味してるわ。

 これが俺じゃなかったらいいのに。

 ってか、なんで俺は縛られているんだ?


「ほどけ」

「それは無理だ。暴れるからな」

「暴れねーよ」

「散々、人を殴る蹴るの暴力をふるっておいて、何を言ってる!」


 男をよく見ると、顔に痣がある。


 ってか、他の男2人もだ。

 俺がやったの?

 そんなまさか……

 俺は紳士なんだぜ?


「記憶にねーよ。んー、あれ? ホントに昨日の記憶がない」


 ってか、ホントに昨日でいいのか?

 今日って、何曜?


 カナタの誕生会をやって、シズル達を寮まで送り、アカネちゃんを駅まで送った記憶はある。

 その時にアカネちゃんにシズルが泊まったことがバレて、めっちゃ、からかわれた記憶が残っている。

 しかし、その後の記憶がない。


「記憶の混濁が見られるわね。ちょっと薬が強すぎたみたい……」


 奥でパイプ椅子に座ってる女が言う。


「は? 薬? シャブ?」


 縛られたうえに、シャブ?

 やっばいじゃん!


「シャブって……映画の見過ぎじゃない? ただの鎮静剤よ」


 鎮静剤で記憶があやふやになるの?

 なんなくない?

 絶対に変な薬だろ。


「今日は何曜?」

「月曜よ」


 んー、じゃあ、記憶がないのは昨日の夜からか。


「学校がー。こいつらのせいで学校に行けなーい」


 やったぜ。

 合法的な休みだ!


「何でこの状況で嬉しそうなの? この子、やっぱりバカじゃない?」


 女は俺を指さし、男達に同意を求める。


「だと思う」


 こんなクレイジーなことをしているヤツらにバカ呼ばわりされちゃったぜ。


「帰っていい?」


 俺は手錠や縄を引きちぎろうと、力を入れる。

 しかし、ビクともしなかった。


 あれ?

 俺の力で引きちぎれないの?


「無理よ。その縄と手錠はダンジョン産なの」


 ダンジョン産の縄と手錠って何だよ!

 そんなもん、いらねーだろ。


「何それ?」

「私達の国のダンジョンにはプリズナースケルトンていうモンスターが出るの。そいつらのドロップアイテムよ。犯罪を犯したエクスプローラを拘束するのに使えるから重宝しているのよ」


 ほえー。

 そんなんいるんだ。


「お前らの国って、治安が悪いんだな」

「治安が良いのはこの日本くらいよ。あなた達は本当にすごいわ。ダンジョンやエクスプローラを娯楽と捉えるんだもの」


 だって、おもしろいじゃん。


「お前らの国では違うん?」

「残念ながらね。娯楽として楽しんでいる人もいるけど、それ以上に犯罪だらけよ」


 怖いねー。


「どこの国かは知らんが、大変だなー」


 日本でよかった。


「どこの国か知らないって…………え?」

「え? じゃねーよ。知るわけねーじゃん」


 世界に国が何個あると思ってんだよ。

 知らねーけど。


「いや、アメリカなんだけど」

「ほーん。はろー」

「……ハロー」

「マザーファッ〇ー!」

「マザ――それ、絶対にウチの国では言わないでね!? 殴られるわよ!」

「ボッコボコにしてやんよ」

「絶対にウチの国に来ないでね!」


 行かねーわ。


「アメリカ人が何でいんの?」

「えーっと、この子、察しが悪すぎじゃない?」

「俺達はアメリカのエクスプローラだ」


 女が呆れていると、見かねた男が教えてくれる。


 アメリカのエクスプローラ?

 今、協会に来ている連中かな?

 知るわけねーじゃん。

 見たことないのに………………あ。


「お前、ユリコに捕まったヤツか!」


 思い出した。

 俺に聞きたいことがあるとか言ってた女だ。

 俺がユリコにあげた女!


「ええそうよ!! あなたのせいで、私がどんな目にあったか!!」


 あー……

 餌食になったっぽいな。

 ご愁傷様。

 ちょーウケる。


「わかったぞ! それで女に走ったんだ! これから俺にエッチなことをするんだ!」


 だから、こんな縛り方をしているんだろう。


「違うわよ!!」

「おちつけ、マリリンの生まれ変わり」


 マリリンの……は?

 何を言ってんだ、こいつ?


「わかってるわよ! そもそもお肉魔人達が失敗したせいでしょ!」


 お肉魔人?

 こいつら、マジで何を言ってるんだ?

 ふざけてる?


「いや、お前も失敗しただろ……すまん、なんでもない」


 うーん、変な人達だなー。


「よくわからんが、お前ら、俺に用なん? なんでこんな淑女代表を縛ってんの? 誘拐? 身代金?」

「淑女? 人の5千円を奪っておいて、何を言ってる?」


 5千円……

 わかった。

 この男と2人の内、どちらかは俺を襲った強姦魔だ。


「めっちゃ言いがかりなんですけどー。お前ら、あの時の強姦魔だろー」

「ご、強姦…………うわっ」


 女がドン引きし、立ち上がって、男達から距離を取る。


「い、いやいや! してない! してないから!」


 男は慌てて否定する。


「真っ暗な神社で襲ってきたじゃん。強姦魔じゃなかったら何なんだよ」

「うわー……こわ」


 女がさらに距離を取った。


「いや! 話をしたかっただけだ! なあ!?」

「そう。俺達は、話が、したかった」


 ふむふむ。

 聞いたことがある喋り方だ。

 あまり日本語がうまくないのだろう。


「話? 人がいない真っ暗な神社で? 男2人が? 女1人に? しかも、道を塞ぎ、逃げようとした俺の肩を掴んだよね?」

「あなた達、クズね。これは上に報告させてもらうわ」


 女は軽蔑しきった目で男2人を見た。


「ちょっと待ってくれ! 誤解だ! 俺達はむしろこいつに金とパスポートを奪われたんだぞ!?」

「記憶にございませーん」

「嘘つけ!!」

「証拠あんの?」

「え? いや、お前しかありえんだろ!?」


 まあ、俺だけど。


「ないのね……強姦未遂に加え、逆に被害者を責める……っと。降格で済めばいいわね」


 女は冷静にメモを取っている。


「やめろ! そんなことより、さっさと仕事を済ませるぞ!!」


 苦しい誤魔化しだ。


「あなた達と仕事するのはこれが最後になりそうね…………ふぅ。私達はあなたに聞きたいことがあるのよ」


 女は一息つき、俺に話しかける。


「いや、ほどいてからにしろよ」


 失礼だぞ。


「申し訳ないけど、それは無理。あなた、絶対に暴れるもの」

「いや、しないから。俺は大人しい人間だから」


 泣くまで殴ってやるわ!


「私達はあなたのことを調べたのよ? とても大人しい人間とは思えないわね」

「誰に聞いたんだ?」

「あなたのお友達…………あのサイコ女じゃないわよ。春田さんて人。夕食をごちそうしたら、べらべらとしゃべってくれたわ」


 あきちゃん…………

 さすがはクズだ。

 人の情報を簡単に売る。


「チッ! 何を聞きたいんだ?」

「あなたは魔女かしら?」


 ん?

 だから何?


「いいえ、聖女です」

「ふざけないで」

「てめーがふざけんな! 人を縛っておいて! 殺すぞ!」

「やっぱり縛っておいて正解ね。あなたがやった紳士代表とハンバーガー大佐は本国でもAランクのエリートなのよ。それを簡単にのしちゃって」


 エリート?

 変な名前のくせに。


「ただの雑魚だろ。いいからほどけ! さもないと、天罰が下るぞ!」


 俺に逆らったヤツらは皆、天罰が下ってきたぞ!


「やれるものならどうぞ」


 よく言ったな!

 よーし!


 俺は全力を込めて、縄と手錠を引きちぎろうとする。


 ふぬぬ!

 ぐぎぎ!

 このー!


「ふぅ……」


 無理だね。

 手首が痛いわ。


「あきらめた? じゃあ、もう一度、聞くわね。あなたは魔女?」

「それ聞いて何になるの? ってか、他の連中に聞いてないん?」


 あきちゃんがしゃべっただろ。

 俺は悪い魔女で有名なんだぞ。

 

「噂でしかないもの。本当かどうかを確認したい」


 よーわからんなー。


「じゃあ、魔女でいいでーす」

「軽いわね。まあいいわ。じゃあ、次ね。魔女になって変わったことはある?」


 なんかこの前の定期検診みたいだ。


「性別が変わった」

「あー、まあそうね。確認なんだけど、あなたは本当に男だったの?」

「男だぞ。調べればわかるだろ」

「もちろん調べたわ。でも、あなたは本当に神条ルミナ? 別人じゃない? 面影はあるけど、変わりすぎじゃない? 髪とか」


 まあ、黒髪が金髪に変わっている。

 しかも、染めた感じではない。

 完全な地毛だ。


「そんなこと言われても知らねーよ。俺は哲学者じゃねーんだ」

「パスカルかしら? 意外と勉強してるのね」


 パスカルなんて知らん。

 天気予報か?


「そもそも、あなたは本当に女性? 女装してるだけじゃない?」

「女装? てめーより立派な山が見えねーのか?」


 女はそこそこなものを持っているが、俺の方が立派だ。

 フフン!


「ケンカ売ってる?」

「この状況でお前が言うか?」


 ケンカもクソも明らかに敵対行動をしているのはそっちだ。


「…………まあいいわ。あなた、魔女になって、心に変化はない? イラつくことが多くなったとか、人が嫌いになったとか」

「今まさにイラついてるし、お前らが嫌いだわ」

「こっちは真剣なのよ」


 何を言ってんの?

 こいつら、マジで状況をわかってる?


「こっちも真剣にイラついてますけど! 寒いわ、腕が痛いわ、クソみてーな質問してくるわで、イラつきがマックスだわ!」


 せめて、暖房があるところで尋問しろよ!

 今、2月だぞ!


「うーん、どう思う? やはり心に影響があると思う?」


 女は俺を無視し、お肉魔人に聞く。


「正直、わからん。この女の噂がひどすぎて……な。善人が悪人になれば、すぐにわかるが、悪人が悪人になったところでわからん」


 誰が悪人だ!

 こいつも状況をわかってねーな。

 どう見たって、俺はピー〇姫だ。

 悪人じゃなくてヒロインだろ。

 正義の王子様、助けてー。


「どうする? このまま、本国に、連れて帰るか?」


 わーお。

 怖いことを言ってるー。


「無理よ。そもそも、どうやって連れて行くの? それに本国に爆弾を持って帰りたくないわ」


 誰が爆弾じゃい!


「もう帰っていいか? いい加減、寒いんだけど」


 俺は話し合いを続けている誘拐犯共に言う。


「ダメよ」

「いつになったら帰してくれるん?」

「え? いつ? えーっと、どうしよう?」


 女は男たちを見る。


「え、マリリンの生まれ変わりに考えがあったんじゃないのか?」

「いや、ないけど」

「…………は?」


 女があっけらかんと答えると、お肉魔人がマヌケな顔で口を開けた。


 俺はこんなヤツらにバカにされたの?

 アメリカのエクスプローラって、無計画なの?


「なあ、なあ、もう帰っていいだろー」

「だ、ダメよ。あなたには聞きたいことがまだあるの」

「なんだよ」

「えーっと、なんだっけ?」


 死ね!

 国に帰って死ね!


「とりあえず、本当に女なのか。調べたらどうだ? 調査項目にもあっただろ」


 はい?

 お肉魔人さんは何を言ってるの?


「それもそうね! あ! あなた達は後ろを向いてなさい。私が調べるから」


 女がそう言うと、男たちはそっぽを向いた。

 そして、女が俺に近づいてくる。


「変態だー! ユリコと寝て、レズに目覚めた女が近づいてくるー!!」

「黙りなさい!!」


 女が怒鳴る。

 その後ろでは男達が驚いたように顔を見合わせている。


 ひえー。

 ルミナちゃん、大ぴーんち!





攻略のヒント

 

 今朝、ダンジョン学園東京本部から連絡があり、神条ルミナが昨晩から連絡が取れていないことが判明した。

 また、協会においても、昨晩からアメリカのエクスプローラ達を確認できていない。


 至急、神条ルミナの捜索とアメリカのエクスプローラ達の動向を探ってほしい。


『東京本部本部長からダンジョン省への要請』より

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