閑話 閑話ではないねー


 私は朝の冷たさと隣に眠る人の温かさで目が覚めた。


 カーテンから零れる日の光りで朝なのはわかるが、何時かはわからない。

 私はいつものように時計を見ようとするが、掛け時計がないことに気付き、ここが寮の自分の部屋でないことに気付いた。


 そうだ、ここはルミナ君の家だ。

 昨日はここに泊まったのだった。


 私は隣の温かい人を見る。


 そこには長い金髪を纏め、目を閉じている可愛らしい女の子が寝ていた。

 寝ている姿は本当に可愛らしいと思う。

 ケンカを売ってきそうな目は閉じているし、ほぼ悪口な俺様口調の声も聞こえない。


 ただ、静かな眠り姫だ。

 悪い魔女だけど。


「ルミナ君、朝だよ。今日は早起きするんじゃないの?」


 私は隣で眠るルミナ君を揺する。

 すると、急にルミナ君の目が開いた。

 そして、ものすごく睨んでくる。


 こわ。


 しかし、すぐに目を閉じ、すやすやと寝だした。


 子供だ。


「ねえ、朝だよ」


 私は上半身を起こし、今度は強く揺さぶる。

 すると、またもや、急に眼を開き、睨んできた。


 目が殺すぞって言ってるみたい……


 私がちょっと怖がっていると、ルミナ君の手が伸び、私の腕を掴んだ。

 そして、そのまま引かれると、私の上半身は再び、ベッドに戻った。


 そのまま抱きつかれた。


「寒い」


 どうやら、私が起きたことで、掛け布団がめくれたのがお気に召さなかったようだ。


「いや、起きようよ」

「まだ、4時だよ。寒いし、眠いよ。お前は柔らかいなー」


 絶対に4時ではない。

 今は2月だし、4時ならこんなに明るいわけがない。


「気持ちはわかるけど、起きないとさ」

「あー、お前は暖かいなー。それに柔らかい…………抱き枕……」


 この人はそれしか言わないのだろうか?

 ルミナ君だって、十分に暖かいし、柔らかい。

 言ったら怒りそうだから言わないけど。

 あと、抱き枕って……


「カナタ君の誕生日を祝うんでしょ? ルミナ君の弟子じゃん」


 なんでカナタ君がルミナ君の弟子なんかになったのかはわからない。

 カナタ君はカナタ君で変な子だし。


「カナタ? あー、カナタ。そういえば、そうだったなー。ハァ……起きるか……今日は日曜なのに」


 ルミナ君はぐちぐち言いながらも私から離れ、上半身を起こした。


「さみ。シロ、暖房付けて」


 ルミナ君がそう言うと、ピッと音がして、暖房が付いた。


 え?

 付いた?

 ってか、シロはどこにいるの?

 昨日からまったく姿が見えないけど。


「あー、さみ。風呂に入ってこよ」


 この人は自由だなー。


 ルミナ君が風呂場の方に行き、しばらくすると、水の音が聞こえてくる。

 どうやら本当にお風呂に入るようだ。


「あー、さみ。ってか、まだ7時じゃん。はえーよ」


 携帯を確認したルミナ君が恨みがましく見てくる。


「いや、7時に起きようって言ったのはルミナ君じゃん」

「…………うん」


 ルミナ君は目を逸らした。


 この人はすぐに目を逸らす。

 そして、しょんぼりする。


「まあ、起きたし、いいか」


 そして、すぐに立ち直る。


 さすがは感情ジェットコースターと呼ばれるだけはある。


 ルミナ君は寝ぼけてぐだぐだしていたが、しばらくすると、風呂場に行った。

 そして、水の音が消えた。

 湯が溜まったのだろう。


「お前、入るか?」


 戻ってきたルミナ君が聞いてくる。


「あー、じゃあ入ろうかな」

「ん。じゃあ、先に入っていいぞ」


 ルミナ君はそう言って、ベッドに入っていく。


「ゆっくりでいいからなー」


 そして、寝た。


 ダメな人……

 いや、お風呂を入れてくれたことには感謝だけど。


 私は呆れながらも、着替えを持って、風呂場に行き、服を脱ぐ。

 そして、お風呂に入った。


 かつて、4月に私はこのお風呂に入った。

 入ったというより、放り投げられた。

 懐かしい話だ。


 あれから1年近くになる。

 1年前の今頃は絶望していた。

 お母さんの病気が発覚したからだ。

 そして、お母さんを助けるためにエクスプローラになった。

 

 しかし、間に合いそうになかった。


 でも、今、お母さんは元気だ。

 病院にはたまに行っているが、健康そのものであり、仕事も再開した。

 

 私は昨年と違い、幸せだ。

 昨年は歌手を辞め、お母さんは倒れ、希望がなかった。


 でも、今は違う。

 希望に溢れている。


 寝起きの悪い魔女に希望をもらったからだ。


 あとはそのルミナ君を男に戻すだけ。

 しかし、あの人はトランスバングルを手に入れても、本当に男に戻る気があるのだろうか?

 この家にある風呂場、洗面台、鏡台、そこには女子の物であふれている。

 化粧道具、小物、美容グッズの山だ。


 戻ってこれるのかな?


 私はお風呂から上がり、持ってきたドライヤーで髪を乾かす。

 そして、着替えて、部屋に戻った。


 部屋はすでに暖房が効いており、暖かかった。

 そして、家主はベッドで寝ていた。


「上がったよー。起きてー」


 私はベッドに行き、ルミナ君を揺さぶる。


「はえーよ」

「いや、ごめんだけど、30分は入ってたよ」

「チッ!」


 舌打ちされたよ。

 この人、本当に寝起きが最悪だな……


「1時間くらい入っとけよ。んー、あんま寒くねーな」


 ルミナ君は悪態をつきながら起きてきた。


「暖房が効いたんでしょ。お風呂に入っておいでよ」

「そうするか…………」


 ルミナ君はそう言って、立ち上がり、風呂場に行った。


 私が携帯を見ながら待っていると、ルミナ君が戻ってきた。

 もちろん、いつものようにバスタオル1枚だ。


 この人のこのスタイルだけはよくわからない。

 さっきまで、さみー、さみー、言ってたのに。


 ルミナ君はいつものように鏡台に座り、ケアをする。

 そして、ドライヤーで髪を乾かすと箪笥から服を取り出し、悩む。


 デート前の私のようだ。


 私は悩んでいるルミナ君をジーと見つめる。

 すると、どうやら服を決めたようで着替えだした。


「いや、人の着替え、見んなし」


 怒られた。


 じゃあ、ここで着替えるなよって言いたいが、家主がそう言っているので、携帯に目を落とした。


 しばらくすると、ルミナ君が着替え終えたので、一緒に朝ご飯を食べた。

 そして、ケーキを取りに行き、昼前に戻ってきたが、ルミナ君はコーヒーを買うのを忘れたと言って、再び、出ていった。


 そのまま家で待っていると、チャイムが鳴った。

 私は出ていいものかと悩んだが、出ることにした。


「こんちわ。なんかシズルが出てきたし」


 私が玄関の扉を開けると、チサトさんがいた。


「こんにちは。早いですねー」


 待ち合わせ時間は1時すぎだ。

 今はまだ、12時前であり、かなり早い。


「ちょっと学校に用があってね。ってか、あんたも早いじゃん……いや、あんたは昨日からか」


 泊まったことがわかったらしい。


「あ、どうぞ。ルミナ君はコーヒーを買いに行ってますけど」

「ふーん。お邪魔します」


 チサトさんは興味なさそうに家に入った。

 そして、家主がいないのに、勝手に冷蔵庫を開け、お茶を取り出し、コップに入れた。

 実に堂々とした振る舞いである。


「こいつの家の冷蔵庫は相変わらず、ダメなもんしか入ってないねー。あんたも飲んだの?」


 チサトさんはお茶を飲みながら聞いてくる。


「いえ、飲んでませんよ」


 先週は飲んだけど。


「ふーん。まあいいか。それより、カナタに渡すプレゼントを持ってきたよ。あんたに渡しておく」


 チサトさんはそう言って、アイテムボックスから紙袋を出した。


「いや、チサトさんから渡してくださいよ」

「嫌だよ。なんで、この年になって、弟に渡すのさ。あんたか、ルミナちゃんが渡して」

「そんなものですか?」


 私には兄弟姉妹がいないからわからない。


「ルミナちゃんの家が特殊なんだよ。あそこはシスコンとブラコンしかいない」


 まあ、確かにそんな感じだ。

 ルミナ君はもちろんだし、お姉さんもホノカちゃんもシスコン、ブラコンが怖いくらいに入っている。

 ルミナ君いわく、仲良し家族らしい。


 私はあとでルミナ君に渡そうと思い、プレゼントを受け取った。

 そして、チサトさんとしゃべりながら待っていると、ルミナ君が帰ってきた。


「よー。ちーちゃん、早いね」


 頭にシロを乗せ、買い物袋を持ったルミナ君はチサトさんを見ながら言った。


「ちょっと用事があってね。早いとは思ったけど、外、寒いし」

「そらそうだ」


 ルミナ君はそう言って、キッチンに荷物を置きに行った。


「あ、ルミナ君、これプレゼント。ルミナ君から渡してよ」


 私は戻ってきたルミナ君にプレゼントを渡す。


「俺? ちーちゃんが渡せよ。弟だろ」

「いや、なんで弟に渡すんだよ」

「姉からもらったら嬉しいじゃん」


 それはルミナ君の気持ちじゃない?


「それはあんただけ。あんた、リーダーだろ」


 しかも、師匠。


「うーん、じゃあ、俺が渡すか…………」


 ルミナ君は納得したのか、受け取ったプレゼントをアイテムボックスにしまった。


「あー、そろそろ期末だなー」


 ルミナ君はテーブルの前に座り、嫌そうな声を出す。


「だね。あんたはマジで赤点を回避した方がいいよ。停学を食らったんだし」


 あの停学から伊藤先生が若干、すさんでいる。

 気持ちはわかる。


「頑張るかー」


 ルミナ君が珍しくやる気になっている。

 なんでだろ?


「珍しいねー。いつもはやる気ないのに」


 私はやる気なルミナ君が気になって聞いてみた。


 すると、ルミナ君は何も言わずに、自分の頭の上に載っているシロを睨む。

 多分、シロが念話で茶化したのだろう。


「別に。1年最後だから補習なく終わろうと思っただけ」


 ルミナ君が目線を戻し、答えた。


 多分、嘘だな…………

 この人は平気で嘘をつく人間だ。


「まあ、なんでもいいけどさ。また、勉強を見てあげるよ。アカネもだけど」


 チサトさんが笑いながら言う。


「頼むわ。俺とアカネちゃんはお前と瀬能頼みだから」


 そんな気はする。

 主に過去問で。

 まあ、私も過去問を見せてもらうし、ありがたい。


 私達はその後も3人でおしゃべりをしていると、1時前には瀬能さんがやってきた。


「やあ、カナタ君はまだ?」


 部屋にやってきた瀬能さんは座りながら聞いてくる。


「まだだよ。ってか、まだ1時前だ」


 家主であるルミナ君はテーブルに肘を乗せたまま答えた。


「主役より遅れたらマズいだろ」

「お、アカネちゃん批判か? あいつは遅れてくると思うぞ。賭けるか?」

「いや、ボクもそう思うから賭けない」


 まあ、私もそう思う。

 一応、アカネちゃんをかばうと、あの子は寮生ではなく、通いなので、ここまで距離があるのだ。


 そして、しばらくすると、本日の主役であるカナタ君がやってきた。


「こんにちはー。今日はすみません」


 カナタ君は今日がどういう趣旨の集まりかわかっているようだ。


「気にすんなよ。こういうのはちゃんとしないと、ダメなんだぞー」


 ルミナ君はそう言って、カナタ君を上座に座らせた。


「ありがとうございます。なんか恐縮しちゃいますね」


 カナタ君は一番年下ということもあるのだろうが、謙虚だ。

 こう言ってはなんだが、師匠にも、姉にも似てない。


「ちょっと待ってろ。遅れているヤツがいるから」


 そして、しばらく待っていると、アカネちゃんがやってきた。

 時刻を見ると、1時半。

 うーん、まあ、ちょっと遅れたかもしれない。


「遅れちゃってごめんなさーい」


 アカネちゃんはあまり誠意がこもってなさそうに謝る。


「いいから、はよ座れ」

「はーい」


 アカネちゃんが座り、全員揃ったところで、誕生会が始まった。


 誕生会とはいっても、特に何かをするわけではない。

 ケーキを食べ、プレゼントを渡す。

 あとはおしゃべりだ。


 ダンジョンのこと、学校のこと、試験のこと、これからのこと。


 いつもの会話である。


 私達は学年が違うが、共にエクスプローラとして、頑張っていく仲間である。

 このメンバーでいつまでやっていくかはわからないが、長くやっていきたいと思う。


 長らく、話し込み、夕方となった。

 いい時間だし、翌日は月曜で学校があるため、解散となった。


 今日はさすがに泊まらない。

 ルミナ君が送っていってくれるということで、寮生であるチサトさん、カナタ君、そして、アカネちゃんの5人で寮に帰った。

 シロは残ったケーキを食べるのに夢中でついて来ない。

 

 寮に着くと、ルミナ君とアカネちゃんに別れを告げる。

 ルミナ君はこのまま駅までアカネちゃんを送っていくらしい。


 私は男子寮に行くカナタ君と学年の違うチサトさんにも別れを告げ、自分の部屋に帰る。


 途中、アヤちゃん、マヤちゃん姉妹に外泊の事で絡まれた。

 私は実家に帰ってたんだよーと言って、誤魔化した。(多分、誤魔化し切れてはいないと思う)


 私は部屋に戻ると、ベッドに転がった。


 ちょっと疲れたな。


 私はベッドに転がり、ぼーっと天井を見る。


 当たり前だけど、今朝起きた時に見た天井とは違う。


 あー、楽しかったなー。

 それに幸せだった。

 来週も泊まったらダメだろうか?

 うーん、でも、さすがに3週連続の外泊は寮長に何かを言われそうだ。


 私は去年、一人暮らしをするか、寮に入るかで悩んだ。

 結局は安全性などを考慮し、寮に決めたが、一人暮らしの方が良かったかもしれない。


 寮はきれいだし、友達もいるから楽しい。

 でも、一人暮らしだったら、門限もないし、外泊も自由だ。

 いつでもルミナ君の家に行ける。

 

 ルミナ君は珍しく、試験にやる気だったから、一緒に勉強も出来るだろうなー。


 ん? やる気?

 あー、なるほど。

 ルミナ君がやる気な理由も、シロを睨んだ理由もわかった。


 もうすぐで男に戻れるからだ。


 ホント、成長しない人だな。

 まあ、いいか。

 なりゆきに任せよう。


 私は起き上がり、食堂に向かった。

 そこで晩御飯を食べたのだが、やはりアヤちゃん、マヤちゃん姉妹に絡まれた。

 しかも、クラスメイトのみっちゃんにも絡まれた。


 私は食べ終えると、お風呂に入り、明日の準備をする。

 時刻を見ると、12時前であり、そろそろ寝ないといけない。


 私がそろそろ寝ようかと思っていると、携帯にメッセの着信があった。


 ルミナ君からだ。

 いや、多分、シロだろう。


 ルミナ君は基本、電話であり、滅多にメッセは送らない。

 そして、シロはよく送ってくる。


 私はこんな時間になんだろうと思い、メッセを開く。



『相棒が未だに帰ってこないんだけど、お前、知らない?』



 ん?

 ルミナ君はアカネちゃんを送っていったはずだ。

 そのまま家に帰っていれば、6時には家についているはずである。



『寮までは一緒だったけど、その後は知らないよ。アカネちゃんを送っていったみたいだからアカネちゃんに聞いてみたら?』

『うーん、そうする。悪い、おやすみ』

『うん。おやすみ』



 ルミナ君、どうしたんだろう?

 そのままアカネちゃんについていき、実家に帰ったか、誰かと会っているのか。

 気になるけど、まあ、ルミナ君なら大丈夫か…………


 私は少し心配になったが、大丈夫だろうと思い、休むことにした。


 明日からまた頑張ろう。


 翌日、私は学校に行った。


 でも、ルミナ君は学校に来なかった。

 遅刻かなと思ったが、放課後になっても学校に来なかった。


 伊藤先生に聞くと、無断欠席らしい。

 伊藤先生はちょっと怒ってた。

 でも、それ以上に心配しているようだった。


 ルミナ君は不真面目な人間だが、基本的に学校は休まないし、無断欠席などしない。

 無断欠席すれば、実家に連絡がいってしまうからだ。


 どうしたんだろう?


 私は心配が強くなってきた。


「先生、私、ルミナ君の家に行ってみます」


 私は放課後、職員室に行き、伊藤先生にそう言った。


「ああ…………頼む」


 伊藤先生も心配している。


「トラブルですかね?」


 他の先生達が集まってくる。

 皆、心配している。


「おそらくは…………」

「あの子のことだから、絶対に悪いことが起きますよ」

「間違いないですな」

「警察沙汰になる前に何とかしましょう」

「…………無理では?」

「…………あのクソガキ……」



 誰もルミナ君の心配をしていなかった。





攻略のヒント


『いつもヤル気満々だぞー。昨日の夜もお前が寝ている間に触ってたぞー』

『うっせーわ! 黙ってろ!』


『とある念話』より

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