第139話 俺はいつから正義の味方になったんだろう?
我が栄光のクリスマス計画(ver.2)は最終段階へと入った。
今日はいよいよクリスマスイブの前日であり、2学期の最終日である。
明日からは冬休みだが、当初の予定通り、あまりダンジョンには行かないだろう。
それは別に俺が謹慎っぽいものを食らっているからではない。
冬休みは寮が閉まるし、一人暮らしをしている俺も実家に帰らなければならない。
こればっかりは俺が一人暮らしをする条件であるため、仕方がない。
とはいえ、実家に帰るのは26日からだ。
親や姉妹には悪いが、クリスマスはこっちで過ごす。
後でプレゼントを渡せばいいだろう。
俺がそう伝えると、母親は珍しく何も言わず、許可をくれた。
26日に帰るとはいえ、元々、実家と今の家はそんなに遠くはない。
ダンジョンに行こうと思えば、いつでも行ける。
だが、まあ、年末というのはどこの家も忙しいものだ。
俺でさえ、予定がある。
とはいえ、その予定はたいしたものじゃない。
1日というか、半日だけ墓参りに行くだけである。
生母の命日があるのだ。
と言っても、俺を生んですぐに死んだため、ほぼ会ったこともないような母だ。
今さら、特に思うことはない。
まあ、生母だし、適当に手を合わせた後、父親と飯食って帰るだけ。
さすがに、現在の母親や姉妹はついてこない。
気まずいわな。
まあ、俺が行っても、墓にいる生母はびっくりするだろう。
息子が娘になってるし(笑)
各自、そういった予定が細々とあるため、上手く日程が合えば、ダンジョンに行くかもしれないが、行けたら行こうという話でまとまっている。
冬休みは2週間程度で長くはない。
しかし、休みは休みだし、久しぶりに家族団らんも良いものだろう。
まあ、高確率でホノカの引っ付き虫がいるだろうけど。
俺は明日のクリスマスと冬休みに想いを馳せながら、最後の学校に向かう。
学校に着いた後、クラスメイトと話すが、皆、すでに気分は冬休みだ。
寮に入っていて、帰省する者もいれば、冬休みに旅行に行く者もいる。
皆、楽しそうに冬休みの予定を話しており、学校全体が平和で幸せそうである。
俺も気分よく、まだか、まだか、と思いながら2学期最終日の授業を聞いていった。
そして、無事に授業は終わったのだが、2学期最後ということもあり、HRがある。
今、担任の伊藤先生が冬休みにはっちゃけるなよーという定型文を言っている。
今日は早く帰って最後の掃除をしないといけない。
誰も聞いてないし、はよ終われやーと思っていると、天井のスピーカーからお知らせのチャイムが鳴った。
俺はとっさに耳を塞ぎ、突っ伏した。
めちゃくちゃ嫌な予感がしたのだ。
俺の幸せを奪いにくる悪魔が呼んでいる。
俺のスキル≪冷静≫はそう言っている。
耳と視界を塞ぎ、しばらく意識を外界から閉ざしていると、肩を叩かれた。
「触んな。俺は何も聞いていないし、何も知らない。はよHR終われ」
「神条、学園長室に行け。本部長がお呼びだ」
「俺、用事があるからパス」
「いいから行け。至急だそうだ」
あいつ、マジで俺の邪魔ばかりするな!
俺は舌打ちし、立ち上がると、イラつきを隠さずに、教室を出た。
スタンピードか?
いや、そんな話は聞いていない。
俺はあらゆる可能性を考えるが、どれもピンとこない。
そうこうしているうちに、学園長室についた。
そして、ノックをし、入室する。
学園長室に入ると、そこには本部長だけがいた。
「あれ? 学園長は?」
俺はこの部屋の主がいないことに疑問を持った。
「学園長は不在だ。一番機密性のある部屋を貸してもらったのだ」
「ほーん。何の用?」
「お前に緊急の頼みがある」
だろうねー。
「何だよ。金なら貸さねーぞ」
「悪いが、お前との会話を楽しむ時間もないのだ」
「生き急いでんなー」
「神条、単刀直入に言う。お前の転移魔法を借りたい」
「嫌。じゃあな」
俺は部屋を出ていこうとする。
「神条……時間がないのだ」
「別に冗談を言っているわけでもないし、遊んでるわけじゃないぞ。明確に断っているんだ」
「……とりあえず、聞いてくれ」
「手短にどうぞ。俺は非常に忙しい」
「先ほど、≪クロイツ≫の井上が帰還し、報告と救助の要請があった。11階層で何者かに襲われたらしい」
「ふーん」
だから?
「戦闘になったが、相手があまりに強すぎたため、散りぢりになって逃げたらしい。井上は何とか帰還の魔方陣で離脱したそうだが、高橋は帰ってきてない」
高橋先輩は女だもんねー。
ヤラれてるわ。
「それで何?」
「お前の転移魔法で救援に行ってほしい」
「やだ」
「なぜ? 緊急事態だぞ」
「緊急事態? どこが? エクスプローラは自己責任って、お前らが言ってることじゃねーか。俺が高橋先輩を助けにいく理由はない。ましてや、井上先輩は帰還してんだろ? じゃあ、高橋先輩も死にはしねーよ」
死にはね……
「その襲撃者達はあの立花の残党だ」
「へー……ああ、キララが言ってた3人組か」
「そうだ」
詳しいねー。
キララは協会に報告していないというのに。
しかし、俺達エクスプローラは何も情報を貰ってませんよ?
「帰っていいか?」
「ダメだ。お前にはどうにか、高橋を救ってもらわないといけない」
「えらく≪クロイツ≫を優遇するねー」
「あいつらは期待の新星だ。何かがあっては困る」
笑える。
「なあ、会話を楽しむ時間はないんじゃないのか? 正直に言えよ」
「何がだ?」
ここまできて、本部長は惚ける。
「めんどくせーから当ててやろうか? お前らは別に≪クロイツ≫が惜しいわけじゃない。それに井上先輩は帰還したんだから高橋先輩がいくらなぶり殺しにあっても死にはしない。問題はお前らが襲撃犯に詳しすぎることだ。お前ら、そいつらの存在をだいぶ前から知ってただろ? 知ってて、俺らに教えなかっただろ? 立花の事件は、お前ら協会に大ダメージを与えたからな。秘密裏に処理したかったんだ。でも、そうなる前に事件が起きた。そして、それがよりにもよって、有名かつ親が記者なエクスプローラ。このまま行けば、情報をエクスプローラに教えなかったお前らは今度こそ終わるもんな」
春の事件は協会の職員が事件に関与していた。
そして、今度は立花の残党を把握しておきながら、情報を教えないどころか、警告や注意喚起すらなかった。
≪ヴァルキリーズ≫を中心に女エクスプローラが多いこの東京本部で。
こいつらの信用は今度こそ完全になくなる。
そうしたら、この東京本部は終わる。
「お前の言うとおりだ。だから、何としてでも被害を止めたい」
「いくら出すん? 11階層だからこっちの要求は1億だぜ」
「そんなに出せんし、緊急事態だから、報酬の額は後にしてもらいたい」
絶対にそう言うと思った。
「それで雀の涙の報酬とランクアップでお茶を濁すわけだ」
こいつら、めっちゃ俺をなめてるな。
「それを俺がうんって、頷くと思ってんの?」
「思ってないが、他に手がない」
「だろうねー。それとさ、もう一つ言ってないだろ。その立花の残党ってヤバいだろ。立花はレベル53だった。そこまではないだろうけど、そいつらのレベルも高いんだろ?」
協会がここまで隠すってことは、相手は雑魚じゃないし、立花に近しい人物だろう。
「…………ああ。そいつらは立花のパーティーメンバーだったと思われる。当時のPKの主犯だろう」
それが3人もいる。
「その情報すら自分で言えないの? 俺が女なことを知ってる?」
ヤられちゃうじゃん。
「お前の他に、クーフーリンと春田を出す。敵は強いが、お前らなら問題はないだろう」
クーフーリンとあきちゃんは戦闘の能力はピカイチだ。
「隠したいから、クランのサエコと≪Mr.ジャスティス≫は無理なのね」
「そうなる」
「ついでに言えば、失敗しても、邪魔な俺らを処分できるわけね」
「それはない。お前らを失うわけにはいかん。問題児だが、優秀であることに変わりはない」
本当かねー。
まったく信用できない。
「立花3人って、考えると厳しいなー」
「何も倒してくれって言ってるわけじゃない。高橋を救出してくれればいい」
「もうマワされてると思うけど」
「高橋は≪賢者≫だ。そう簡単には捕まらん」
「ユリコは出せないの?」
あいつがいれば安心。
「無理だ。あのバカは自宅謹慎って言ってるのに、無視して海外に遊びに行った」
マジでゴミだ。
しかし、これは俺が出ないといけないような気がする。
本部長や高橋先輩がどうなろうと知ったことじゃないが、俺自身が危ない予感がする。
立花を倒し、自死へ追いやったのは俺とサエコと≪Mr.ジャスティス≫だ。
サエコと≪Mr.ジャスティス≫はクランがある。
しかし、俺にはそういった盾もないうえに、一人暮らしである。
ここで襲撃犯を逃がせば、俺がやられるかもしれん。
いくら俺が強くても四六時中気を張っているわけでもないし、ましてや、向こうは手練れ3人。
下手に生かして、外に出すと、危険だ。
ここは自分の身を守るためにも、さっさと始末しておいた方がいいな。
「うーん。ちーちゃんと瀬能が受かるように手を回せられる?」
俺はタダ働きは嫌なので、見返りを要求しようとする。
「そいつらはもう合格が決まってる。発表はまだだが」
あらま。
さすがは優秀な先輩だぜ。
しかし、こりゃあ、報酬は見込めそうにないな。
「まあ、いっかー……先に言っておくが、俺はそいつらを殺すぜ? 多分、そいつらは俺を殺そうと思ってるだろうし」
「出来たら、生かして捕えてほしいが、襲撃犯の素性から見ても、そこまでは求めん」
「努力はするけどね。俺だって、殺しなんかしたくねーし」
捕まれば、どうせ死刑だろうが、自分の手をなるべく汚したくはない。
「これから協会にいく。協会を封鎖し、自衛隊を要請する。襲撃犯が外に出たところを捕える計画だ。お前らは何も知らずに3人でダンジョンに行っていたことにする。ダンジョン内での裁量はお前らに任すが、高橋だけはなんとしてでも、無事に確保しろ」
それって、大丈夫なん?
俺は学校に来てるんだけど……
「まあ、いっか。早く終わらせて、帰ろ。掃除しなくちゃいけないから」
「掃除? そんなものは明日にしろよ」
「明日は彼女が家に来るの! 若者の青春を奪うんじゃねーよ!」
「彼女……?」
本部長は俺の頭から足先までを流れるように見た。
「なんか文句あるか? 俺は明日、一時的に男に戻るの」
「何だそれ?…………お前、40階層のボスは何もドロップしなかったとか言ってなかったか?」
あかん。
「うるせーよ! 時間がないんだからさっさと行くぞ!」
「まあいい。聞かなかったことにする。下に車を用意してある。ついてこい」
俺達は急いで、部屋を退室し、校舎を出ると、車に乗り込み、協会へと向かった。
◆◇◆
協会に着き、中に入ると、そこは怖いくらいに静かだった。
いつもは賑わっている分、余計に静かに感じる。
俺が協会の静けさを不気味に思っていると、マイちんが近づいてきた。
「…………ルミナ君、ごめんね」
マイちんが謝ってくる。
「別にいいよ。ってかさ、俺に協会に来るなって言ったのはそいつらのせいなん?」
「うん。襲撃犯は貴方を狙う可能性が高かった。だから、貴方を謹慎にしたの」
俺が狙われるということは従妹のシズルもピンチだ。
俺がたいしたことをしてないのに、謹慎になったのはそう言う理由があったからだろう。
「変だと思った。いくらなんでも、あれで謹慎になる訳ないもん。職権乱用だねー」
「ごめんね。言えなかったし、貴方たちに何かあったらと思うと、この方法しかなかった。貴方を謹慎にして、その間に証拠を掴んで、捕まえてもらう予定だったのよ」
「その前にヤツらが動いたわけね。ダンジョンの中には他に人はいないの?」
「ええ。この時期はエクスプローラが減るからね。多分、襲撃犯もそれで動いたの」
人が減れば、目撃者が減るからか。
「まあ、さっさと潰すわ」
「ごめん。サヤカちゃんをお願い。でも、気を付けて。無理はせずに、危なくなったら逃げて」
「そうする」
俺は心配そうなマイちんに別れを告げ、ダンジョン入口まで向かう。
それまでの間も誰もおらず、マジで不気味だ。
夜の校舎みたい。
俺がダンジョン入口まで来ると、そこにはクーフーリン、あきちゃん、本部長がいた。
「よう」
「ルミナ君、やっほー」
クーフーリンとあきちゃんは吞気そうに挨拶してくる。
「よう。お前ら、よくこんな仕事を受けたな」
人助けなんて、絶対にしそうにない2人だ。
「よくわからんが、Aランクにしてくれるって言うから」
「よくわかんないけど、キララを狙ったヤツらでしょ? ぶっ飛ばす」
バカな2人。
「多分、敵はめっちゃ強いぞ」
「俺が負けるわけないじゃん」
「あきちゃんに勝てるわけないじゃん」
バカな2人。
「もういいわ」
こいつらを心配するだけ、無駄だ。
「神条、春田、クーフーリン。頼むぞ。敵は相当強いと思われるが、東京本部でお前らに勝るエクスプローラはおらん。絶対に高橋を救出しろ」
いや、多分、≪Mr.ジャスティス≫の方がすべての面で勝っているような……
「まかしとけ!」
「まかしとけー!」
そして、マジでバカな2人。
俺は本部長に乗せられ、上機嫌になっている2人に呆れながらも、この2人なら大丈夫かと思った。
それだけ、この2人は強いのだ。
こいつらと一緒なら安心だろう。
「じゃあ、さっさと行って、高橋先輩を助けに行きますか」
俺は2人に声をかける。
リーダーは俺。
「ところで、高橋って誰なの?」
「女か? 知り合い?」
お前達に勝負を挑み、お前達に勝った相手だよ……
俺はものすごく不安になってきた。
攻略のヒント
ダンジョンでは、パーティーを組むと、パーティー内の1人でもダンジョンから生還すれば、例え、他のパーティーメンバーが死んでも生き返ることができる。
ただし、生還して、一定以上の時間が経過すると、生還した人間はパーティーから外れる。
『???』より
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