第140話 クズしかいない


 俺達に散々、因縁をつけ、最後はユリコの餌食になった(と思われる)生贄先輩こと高橋先輩は憐れなことに、今度はかつての暴行犯である立花の残党に襲われているらしい。


 俺は正義の心でそれを食い止めるために、あきちゃん、クーフーリンを仲間に加え、高橋先輩を救出することになった。


 今、封鎖された静かな協会を抜け、あきちゃんとクーフーリンと共に1階層にきている。


「いいか、よく聞け。今回の敵は春にあった暴行事件の残党だ」


 俺はよくわかってなさそうな2人に今回の仕事の詳細を説明することにした。


「暴行事件?……ああ、あの噂になったやつか」


 事件当時、クーフーリンはまだ、川崎支部にいたため、詳細は詳しくないみたいだ。


「あの事件は面倒だったよね。あきちゃんは野良だったから、仲間が全然見つからないで苦労したよ」


 …………あきちゃんに関しては、俺が仲間に誘ったのに断ったじゃん。

 ちょっと名前を間違えただけなのに。


「あの事件の主犯の立花はガチのPK犯だ。PKして、ガチで殺したら経験値が入るんだとさ」

「ああ……知ってる。≪教授≫から聞いたな」

「私も聞いた。海外に行く時は気を付けろって。治安の悪い国だと、普通に襲ってくるらしいよ」


 ≪教授≫も知っていたらしい。

 あいつは調査や研究で海外に出張も多いからなー。

 しかし、協会には報告してなかったわけか……


 こいつらもだが、なぜ、報告しないんだ?

 俺は真面目に逐一報告してるというのに。


「まあ、知ってるのなら話は早い。あの時はサエコや≪Mr.ジャスティス≫と協力して倒したが、立花のレベルは53だった。今回の敵は立花の近しい仲間らしいからレベルはそのくらいだと思っとけ」

「53!? 俺でも40だぜ? どんだけ殺してんだよ」

「あきちゃんも38…………あれ? この依頼、ヤバくない?」


 ようやく、気付いたようだ。

 っていうか、依頼を受ける前に詳細を聞いとけよ。


「しかも、対人戦闘のスペシャリストだ」

「俺だって、対人戦闘の経験があるし、負けるつもりはないが、きついなー。依頼を断れないかな」

「…………あきちゃんも帰ろうかな」


 ここまで来て、依頼を断れるわけないじゃん。


「ここで帰ったら確実にランクダウンだぞ。協会の連中は進退がかかってるからな。逆に言えば、ここで恩を売っておけば、この先、何をしようが、ランクダウンはない。俺らはあいつらの弱みを握っているんだ」

「なるほど。さすがは≪レッド≫。悪いヤツ」

「なるほど。さすがはルミナ君。腹黒い」


 こいつらだけには言われたくない!


「というわけで、さっさと行くぞ。高橋先輩がエロ本みたいになっちゃうだろ」

「11階層だっけ? 何かルミナ君が運んでくれるって言ってたけど、どうすんの?」

「俺は転移魔法を手に入れた。これで一気に飛ぶ」

「転移魔法!? すげー! てか、ずる! 私とキララは地道に歩いているのに」


 ずるくねーわ!


「お前らに言っておくが、これは誰にもしゃべるなよ。特に≪教授≫にはな」


 こいつらは≪教授≫の教え子であるが、良いように使われている。

 いわゆる、パシリだ。

 

「まあ、本部長に厳命されてるからしゃべりはしねーよ。しかし、転移魔法か。いいな」


 妬め、妬め、無能共。


「というわけで、さっさと行くから俺に触れ。クーフーリン、変なところを触ったら殺すからな」


 俺はクーフーリンをキッと睨む。


「触んねーよ。お前って、本当に自意識が高いな」


 クーフーリンはそう言って、右肩に手を置く。

 あきちゃんも続いて、左腕に触ったので、俺はマジカルテレポートを使い、一気に11階層まで飛んだ。


 目の前が一瞬、暗くなったが、すぐに景色が遺跡系のダンジョンに変わった。


「さっきまで、洞窟だったのに遺跡に変わってる!」

「すげー! マジで11階層だ!」

「だるい…………帰りたい」


 あきちゃんとクーフーリンははしゃいでいるが、俺は精神力が尽きて、きつい。

 俺はすぐにアイテムボックスからマナポーションを取り出し、飲む。


「…………きっつい。ハァ……お前ら、襲撃犯か、高橋先輩は探知できるか?」


 こいつらは元ソロと元野良なため、こういった索敵系のスキルは当然、持っている。


「うーん、いないねー」

「俺も探知できない。ってか、まだ、この階層にいるのか?」

「俺が襲撃犯なら階段と帰還の魔方陣を塞ぐ」


 逃げられるのを防ぎ、追い込み漁のように捕まえる。


「帰還の魔方陣なら近くだが、誰もいねーぞ」


 襲撃犯がバカなのか、もう時すでに遅しか。

 どちらにせよ、急ぐか……


「10階層へ戻る階段の方へ行こう。≪隠密≫を使うぞ」

「はいよ」

「あいあいさー」


 俺達は≪隠密≫を使い、存在を希薄にし、コソコソと10階層へ戻る階段に向かう。


 階段に向けて、歩いているのだが、モンスターがいない。

 襲撃犯がやったのか、高橋先輩がやったのかはわからないが、俺達にとっては好都合である。

 戦って、存在がバレると面倒だからだ。


「この先の部屋に人間が4人固まってるな……」


 ふいにクーフーリンがつぶやいた。


 4人固まっている…………

 ありゃ?

 もうお楽しみが始まってる?


「え? ヤラれちゃってる?」

「いや、少し、距離がある。多分、違う」

「というか、私はそんなの見たくないよー」


 そりゃそうだ。


「もう少し、近づこう」


 俺達は引き続き、コソコソと歩いて行く。

 すると、俺の耳に話し声が聞こえてくる。

 とはいえ、距離があるせいで、何を言っているのかまではわからない。


「その角の先だ」


 クーフーリンが顎で指す。


「よし、まずは様子を見よう」


 何事も焦らずに情報収集が大事なのだ。


「ピンチになるまで待ってから助けよう。その方が恩を売れるじゃん」


 さすがはあきちゃん。

 真っ黒。


 俺達は曲がり角まで行き、こっそりと部屋の中の様子を窺う。


 部屋の中には高橋先輩と男3人がいる。

 高橋先輩は部屋の隅に追いやられており、完全に袋の鼠だ。


 どう見ても、これから始まりそうな雰囲気……

 とはいえ、一応、間に合いはしたようだ。


「いやー、良く逃げたなー」

「途中から追うのが楽しくなってきたわ」

「マジでそれな」


 もう初っ端の会話だけで、こいつらが悪党なのがわかる。


「こ、来ないで!」


 高橋先輩は気丈に振舞っているが、足ががくがくだし、涙声だ。

 まあ、しゃーない。


「おい、時間は?」

「まだだな。まあ、これからこいつで遊んでいれば、時間になると思う」

「じゃあ、そろそろ楽しむか」


 あ、始まりそう。

 しかし、時間って何だ?

 待ち合わせでもしてんのか?

 そうなると、きついな。

 人数が増えられると、ヤバい。


「わ、私の仲間がすでに帰還してるわ! すぐに応援が来るわよ」


 来たよー。


「こいつ、バカだなー」


 男の1人があざ笑う。


「俺らはあの彼氏君をわざと逃がしたんだよ」

「そうそう。獲物が増えるし」


 井上先輩はわざとか……

 ってか、獲物って、俺らじゃん。


「来るのは≪ヴァルキリーズ≫の連中だろうしな。≪戦姫≫が来てくれたら立花さんの仇も取れるしよ」


 ごめん。

 来たのは俺ら。


「あ、あなた達、自分が何をしているのか、わかっているの!? こんなことは許されない!」

「マジでウケるな、この女」

「こういうのが楽しいよなー」

「ダンジョン様様だわー」


 男3人は完全に頭のネジが飛んでいるみたいだ。


「あいつら、マジで殺したいんだけど……」


 あきちゃんが激怒している。

 男の俺でも、不快に感じるんだから、女のあきちゃんはその比ではないだろう。


「ちょっと待て。気になることがある」


 俺はあきちゃんを制した。

 そして、引き続き、様子を窺う。


「もうやっちまおうぜ」

「ヒッ」


 高橋先輩は恐怖のあまり、悲鳴をあげ、崩れ落ちてしまった。


「可愛い声を出すねー。興奮してきた」

「これだからやめられないよな」

「立花さんがいなくなった時はどうしようかと思ったが、この時期ならエクスプローラの数が減るからできるもんな―」


 常習犯なことは決定。


「協会や警察に言うわよ!」

「どうやって?」

「へ?」


 高橋先輩が最後の抵抗をするが、それをあっさりと返されたため、高橋先輩はマヌケな声をあげた。


「わ、私はあなた達の顔を見てる。たとえ、ここで何をされようが、私は絶対にあなた達を告発するわ!」


 俺が気になっているのはそこだ。

 こいつらは顔を隠していない。

 井上先輩が離脱しているから、高橋先輩は今からマワされるだろうが、生きて、協会に戻れる。

 そうすれば、こいつらは終わる。

 なのに、こいつらは井上先輩をわざと逃がしているし、顔を隠してもいない。

 意図がわからん。

 ただのバカならいいが、こいつらの余裕さが気になる。


「死人がどうやって告発するんだ?」

「え? だ、だって、ツバサは帰還して……」

「くくく」


 男の1人がほくそ笑む。


「ここからがお楽しみの絶頂だなー」

「好きだねー、お前ら」


 他の男もニヤニヤしている。


「な、なによ!」


 笑われたことが癇に障ったのか、高橋先輩は座りながらも、見上げて、睨む。


「お前、自分がこれまで上手く逃げたと思っているだろ? 違うぞ。俺らは時間を計って、お前をわざと捕まえなかったんだ」

「え?」

「ダンジョンではパーティーメンバーが生還すれば、他のパーティーメンバーも生き返る。その通りだ。でもな、それには制限時間があるんだよ」

「…………え」


 高橋先輩の顔が絶望に染まる。


「彼氏君が逃げてから随分と経った。もうお前はソロだ」

「え……え…………い、いや、来ないで!!」


 高橋先輩は必死に後ずさるが、後ろは壁だ。


「うひょー、いいねー。そのリアクション!」

「これ、これ。これだからやめらんねーわ!」


 男3人は高橋先輩と対称的に盛り上がっている。


「≪レッド≫、もういいだろ。早く殺そうぜ」

「殺す……」


 クーフーリンとあきちゃんは我慢の限界のようだ。

 気持ちはわかる。

 だが、ここまで耐えてよかった。

 俺はここからカボチャ爆弾で高橋先輩ごと一網打尽にするつもりだったのだ。

 そうしていたら、高橋先輩は死んでたかもしれない。


「お前ら、これからあいつらを始末する。だが、ヤツらは間違いなく、高橋先輩を人質に取るだろう。俺に考えがあるからお前らは何もしゃべるな」


 俺はそう言うと、≪隠密≫を解き、歩き出した。

 あきちゃんとクーフーリンもそれに続く。


 俺が歩き出すと、襲撃犯3人は俺達に気付き、慌てて、こちらに振り向いた。


「っ! もう来たか! 思ったより早いぞ!」

「≪陥陣営≫、クーフーリン、≪モンコン≫。第2世代のクズ共だ」


 お前らにクズ呼ばわりはされたくないな。


「こんにちは。奇遇だねー。もしかして、お楽しみでした?」


 俺は友好的に話しかける。

 もちろん、挑発だ。


「おい」


 真ん中にいるマッチョ男が指示を出すと、左にいるひょろ長い男が剣を取りだし、高橋先輩の髪を掴んだ。


「い、痛い! 離して!!」

「黙ってろ!」


 高橋先輩は暴れるが、ひょろ長い男に剣を喉元に突きつけられると、静かになった。


「動くなよ。動いたらこの女を殺す」


 チープだなー。


「いや、殺せよ」

「あん? 俺らがやらないとでも思ってるのか?」

「知らんし。俺は協会からお前らの捕縛と高橋先輩の救出を頼まれたが、別に高橋先輩はどうでもいい。そいつは散々、俺らにケンカを売ってきたんだぜ? むしろ、お前らごと始末しようかと思ってたわ」

「チッ! 第2世代の自己中共め!」


 だから、お前らに言われたくない。


「おい、その女を離せ」


 真ん中のマッチョ男は高橋先輩を人質に取っているひょろ長い男に指示を出す。


「いいのか?」

「そいつにはこれから楽しませてもらうんだ。殺したらもったいない。それよりも、こいつらが先だ。全員、二つ名持ちだぞ」


 ひょろ長い男は納得したのか、剣を引き、高橋先輩を乱暴に離した。


「俺らに勝てると思ってんの?」

「それはこちらのセリフだ。騒ぐだけしか能のないアホ共のくせに。立花さんを殺したのはお前だったな。ちょうどいい。仇を取らせてもらう」

「あいつは勝手に自害したんだが」


 俺のせいにすんな!


「あの人がそんなことをするもんか」

「おい、殺すのは待てよ。女が3人もいるんだ。楽しんでからにしよう」


 マッチョ男の隣に立っている中肉中背のスキンヘッドがマッチョ男を制す。


 3人?

 それって、俺も含んでたりする?


「俺も? 男だよ?」

「どう見ても女だろ。それとも生えてんのか?」

「生えてはないな」


 二つの意味で(笑)


「じゃあ、問題ない」


 そうかなー?

 まあ、見た目は超絶美人さんだからいいのか……


「じゃあ、せいぜい頑張ってくれ。俺に勝てたらサービスしてやろう」


 絶対にしないけど!


「チッ! おい、生かしたいからって油断はすんなよ」

「わかってるよ」


 しかし、悪党やなー。


「大丈夫、大丈夫。死ぬのはお前らだ!」


 俺は両手でハートマークを作る。

 それを合図に全員が構えた。


「死ねや! ラブラブファイヤー!!」


 俺が火炎放射器のような火魔法を放つと、男3人は散りぢりになって避けた。


「クーフーリン、抑えとけ!」

「了解!」


 俺はクーフーリンに指示を出すと、放っておかれている高橋先輩の元に走り、帰還の結晶を渡す。


「先輩。帰還の結晶だ。使え」

「え? あ、うん」


 高橋先輩は呆けていたが、すぐに我を取り戻し、帰還の結晶を握った。

 すると、高橋先輩の姿が消えた。


「て、てめー!!」


 クーフーリンに牽制されていた男3人が怒鳴るが、もう遅い。


「お楽しみ相手が1人減ったな。まあ、でも、クーフーリンを相手にしろよ」

「俺が嫌だよ」

「「「俺らもだよ!!」」」


 君達、仲いいね。


「まあ、どちらにせよ、お前らは終わりだ。降参するか?」


 絶対にしないに100万円!


「するわけねーだろ! お前は絶対に許さん!!」

「怖い、怖い。漏らしちゃいそう。クーフーリン、あきちゃん。お前らに連携なんか期待しないし、出来ないだろ。勝手に暴れて、勝手に倒せ」

「そうするわ」

「ぶっ殺す!」


 クーフーリンとあきちゃんはそれぞれ構える。

 男3人も怒りながら構えた。


 さて、負けたら最悪なバッドエンド。

 だが、こいつらはどう考えても強い。

 少なくともレベル30の俺よりかはレベルが上だろう。


 うーん、ピンチだ。

 でも、大丈夫!

 俺は強いから!

 きっと勝てる!


「おい、俺は≪モンコン≫をやる」


 スキンヘッドがマッチョに言う。


「あん? 何でだ?」

「このチビ、さっきから俺の頭を見て笑ってやがる」


 ハゲがそう言ったので、あきちゃんを見てみると、確かに笑っている。


「ふふ。笑ってないよ」

「殺す!!」


 あきちゃんが挑発するように笑って否定すると、ハゲは激怒した。


「じゃあ、俺は≪陥陣営≫をもらうわ」


 マッチョが俺をご指名してきた。


「ハァ!? じゃあ、俺はクーフーリンかよ。俺も女がいい」


 ひょろ長が文句を言う。


「クーフーリン。お前、人気ないな」

「全然、悔しくない」


 俺も嬉しくない。


「まあ、落ち着け。最初はお前に譲ってやるから」


 悪党のセリフだなー。


「俺の処女はあげないぞー」

「処女か……って、そりゃそうか。じゃあ、さっさとクーフーリンを始末するか」

「きゃー。エッチなパンツをはいているのがバレちゃうー」

「≪レッド≫、お前は何がしたいん?」


 ノリノリな俺にクーフーリンが呆れている。


「なんも。さっさとやれ。俺はマッチョ君を10秒で始末する」

 

 俺はそう言って、構えた。


「まあ、いいか。じゃあ、俺はこいつを5秒で殺すわ」

「私はこのハゲを3秒で潰す」


 対抗してくんな!


「こいつら、マジでなめてるわ」

「まあいいじゃねーか。こいつらは高レベル。良い経験値になる」

「そろそろ、ここも離れないとヤバいし、最後に稼いでおくか」


 我ら正義の第2世代と悪党3人の戦いが始まる。



 まあ、最悪、俺は帰還の結晶で逃げればいいんだけどね!





攻略のヒント

 モンスターを倒したりすると、レベルが上がる。

 レベルの上限は一律100である。


『はじまりの言葉』より

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