第138話 皆も一人暮らしする時はダブルにしな


 我が栄光のクリスマス計画。


 それは俺とシズルが初めて過ごすクリスマスのことである。


 俺は当初、今回は誠実でピュア(笑)な感じでいこうかと思っていた。

 それは俺が男に戻れる時間が90分しかないからだ。


 90分もあれば余裕だろ!


 俺はトランスリングを手に入れた時にそう思っていた。

 だが、考えれば考えるほどに、調べれば調べるほどに90分の厳しさと限界を理解した。


 俺達は高校生。

 そして、付き合っているが、仮。


 よし、ヤろうぜ!

 とはならない。


 雰囲気づくりが大事なのだ。

 そうなると、90分は短すぎる。


 そう思った俺は諦めたのだ。

 そして、清らかで誠実な学生らしいクリスマスを過ごすことに決めた。


 だが!

 だが、である!


 俺はこの前の誕生日でそのナヨナヨしい考えを改めた。


 12月12日。

 先々週の金曜日に俺は仲間に誕生日を祝ってもらった。

 そして、やつらが帰った後もシズルは残り、俺に個人で誕生日プレゼントをくれた。

 その時の雰囲気は良かった。

 非常に良かった。


 自分が女であることを忘れていたくらいに良い雰囲気だった。


 俺はその時に思ったのだ。


 あれ、ヤれね?

 今、押せばイケんじゃね?


 人間にはパーソナルスペースというものがある。

 それは人が他人を受け入れるかどうかの空間であり、距離だ。


 例えば、俺はお姉ちゃんやホノカ、もしくはアカネちゃんならば、どれだけ近づいてこようが、拒否反応はない。

 だが、ちーちゃんや瀬能がめっちゃ近づいてくるとちょっと嫌だ。


 もちろん、ちーちゃんや瀬能が嫌いなわけではない。

 むしろ、信頼してるし、好きな方だ。


 これはその人を受け入れるかどうかの問題なのだ。


 お姉ちゃんとホノカは家族だし、アカネちゃんはどうでもいいから問題はない。

 しかし、ちーちゃんや瀬能は違う。

 信頼しようが、信用しようが、言い方は悪いが、他人だ。


 じゃあ、シズルに対してはどうだろうか?

 まあ、当たり前だが、距離はゼロだ。

 好きな女にパーソナルスペースを持つ男はいない。


 では、俺に対するシズルのパーソナルスペースはどうだろうか?

 10月に告白をする前と後では、明らかにパーソナルスペースは縮まっている。

 それは並んで座った時の距離や、手を繋いだ時の体の距離でわかる。


 そして、この間の誕生日プレゼントであるマフラーを巻いてもらった時に確信した。


 あ、こいつも俺に対するパーソナルスペースがゼロになっている、と。


 パーソナルスペースは信頼度や信用度もあるが、それだけではない。

 当然、愛情度も関係する。

 そして、それが家族じゃない男女の場合、ましてや、恋人同士の場合はパーソナルスペースがゼロというのは、身体を許せるかどうかということになるのだ。


 だから、マフラー巻いてもらい、ほぼ抱き合っている距離になった時のシズルの表情からイケると思った。


 だが、ダメだった……

 まだ、トランスリングの充電期間が終わっていなかったからだ。


 しかし、その充電期間はたった今、終わった。


 つまり、明後日のクリスマスでいけるわ!


 これこそが俺が寝ずに考えた我が栄光のクリスマス計画(ver.2)なのだ!!


 俺は来たるXデーに向けて、入念に準備をした。

 部屋を掃除し、シロをお姉ちゃんに預ける約束をし、サエコやショウコからもらったジュースを冷蔵庫に入れた。


 もちろん、プレゼントも買った。

 今回はアカネちゃんを頼らない。

 すでに自分でちゃんとシズルのことを考えて買うように言われているからだ。


 そして、先週の学園祭の打ち上げの帰りにシズルを誘った。


 どこかに出かけようではない。

 家においでと誘ったのだ。


 わかる?

 多少、匂わせてるわけだ。


 シズルだって、その日がクリスマスなこと百も承知だろう。

 そんな日に一人暮らしの彼氏の家に呼ばれるんだよ?

 高校生にでもなれば、当然、それの意味することがわかるだろう。


 そして、シズルは俺の誘いに迷うことなく頷いた。


 お膳立ては完了している。

 あとは当日に失敗しなければいいだけだ。


 幸い、これまでに考える時間も準備をする時間もあった。


 なぜなら、先週からダンジョンに行っていないのだ。


 言っておくが、謹慎ではない。

 謹慎になったのはユリコだ。


 俺とユリコは先週の日曜日に学園のOBでもある≪クロイツ≫と勝負をした。


 俺は特に何もしていないが、ユリコの勝利に終わった。

 そして、負けた≪クロイツ≫の高橋先輩はユリコと食事に行くことが決定した。

 かつて、サエコと食事に行き、薬を盛り、お持ち帰りしたところを捕まったあのユリコとだ。


 高橋先輩は泣いていた。

 だが、その日はさすがに行かないようだった。


 俺はその日、トボトボと帰る高橋先輩とルンルンなユリコを見送った。


 ここで終われば良かった。

 でも、終わらなかった。


 ユリコは自分の目の前でトボトボと帰る高橋先輩に目を付けたのだ。


 ユリコはトボトボと歩く高橋先輩に話しかけた。

 悲しそうな顔をしながら、そんなに嫌われているとは思わなかった、食事はなしでいいよ、と。


 高橋先輩は自分の態度がめちゃくちゃ失礼だったと思ったらしい。

 高橋先輩が謝罪をすると、ユリコは食事はいいからお茶にでも付き合ってよと言った。

 バカな高橋先輩はこれが罠だとも知らずに頷いた。

 そして、そのまま喫茶店に行ったらしい。


 高橋先輩は喫茶店で薬を盛られ、お持ち帰りされてしまった。


 だが、ここでヒーローが現れる。


 井上先輩である。

 井上先輩は俺の忠告を聞き、戻ったら本当にユリコについて、調べたらしい。

 そして、ようやく、自分の仲間であり、パートナーが大ピンチであることに気付いたのだ。


 そこから先は大騒ぎだ。

 井上先輩はすぐに協会に報告し、協会の職員とともにユリコの家に向かった。


 後のことは知らない。

 これらは全部、マイちんから聞いた話であり、俺はまったく関与していないのだ。

 ただ、ユリコは謹慎となった。

 まあ、未遂かどうかは知らないが、薬を盛った時点でアウトだ。


 俺はその翌日に協会に呼び出されて、この話を聞かされたのだった。


「というわけで、ルミナ君もちょっとの間だけ、協会に来ないで」

「なんで俺もなん? 関係なくね?」

「もちろん、貴方は悪くないわ。ツバサ君もサヤカちゃんもユリコさんもそう証言してる。でも、貴方も当事者なのよ。ユリコさんは謹慎処分を発表するけど、あなたはしない。でも、来ないで」

「えー……ダンジョンに行きたいんだけど」

「あの日、貴方がユリコさん達と一緒にいる所を他の人達も見てるのよ。本当に悪いとは思うけど、ちょっとの間だけ、来ないで」

「ハァ……あいつら、マジで疫病神だな」

「ごめんね。すでに掲示板では大騒ぎなの」


 以上がマイちんとの回想。


 その後、家に帰って、掲示板を見ると、確かに大騒ぎだった。

 俺らにケンカを売っている≪クロイツ≫はすでに有名人だったようだし、東京本部に復帰して、1週間も経たずに問題を起こしたユリコだ。

 そりゃあ、盛り上がる。


 ちなみに、俺は他のエクスプローラに絡んでたと書かれてたが、ちょっと燃料としては弱かったようだ。


 とにかく、この騒ぎがあったため、俺はダンジョンどころか、協会にすら行っていない。

 仲間には悪いことをしたと思っていたが、ユリコとの約束を説明すると、女性陣はよくやったとほめてくれた。


 ユリコって、マジで恐怖の対象なんだなーと思った。


 俺はこの謹慎(?)を利用し、準備に準備を重ねた。

 例のアレも買ったし、クリスマスプレゼントも買った。

 明日で2学期を終え、夜に最後の掃除をする。

 そして、翌日、シロを預け、ケーキを取りに行き、シズルを迎えに行く。


 後はその時の俺に任せる。

 きっと、最高のクリスマスだろう。

 楽しみだなー。


 俺はユリコや≪クロイツ≫なぞ、すでに頭にはない。

 ただただ、明後日が楽しみであり、ドキドキしている。


 俺は立ち上がり、自分のベッドに座った。

 このベッドはダブルの大きさがあり、一人では大きい。


 しかし、春に、ここに引っ越してきた時に新調したのだ。

 いつか、彼女をここに呼ぼうと夢見て。

 それが明後日、叶う。


「夢は叶うんだなー」

「お前って、本当に幸せ者だよ。よくもまあ、そんなことをグダグダと語れるな」


 口に出してはいない。

 お前が人の心を読んだだけだろ。


「シロ、本来、クリスマスは25日だ」

「まあ、そうだな。24日はイブ」

「25日は2人でお祝いしよう。いくらでもチキンを買ってやる」

「あんがとよ。俺っちはお前やシズルが幸せならそれでいいけどな。間違っても焦って、変なことになるなよ」

「ならない。俺の計画は完璧だ」

「もう何も言わないから頑張ってくれ」


 フッ……良いヤツ。

 俺は多分、人生の絶頂期にいる。


「神様って、いるんだなー」

「浮かれてんなー……しかし、デジャヴだな」


 それ、流行ってんの?




攻略のヒント

 以下のエクスプローラを謹慎処分とする。


 Dランク 安達ユリコ


『エクスプローラ協会東京本部HP お知らせ』より

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