第137話 欲望と絶望
俺は一人寂しく映画を見ようと思って、映画館に行ったら、ユリコに捕まった。
そして、仲間や友人、家族を守るため、ゲスユリコを手伝うことにした。
ショッピングモールのコーヒー店でコーヒーを飲んだ後、俺とユリコは協会へと向かう。
協会に着くと、ソファーに座り、待ち合わせしている≪クロイツ≫の2人を待っていた。
俺とユリコが協会にいると、さすがに目立つ。
周りにいるエクスプローラ達は決して目を合わせはしないが、明らかにこちらを注視しているのがわかる。
まあ、掲示板で大人気のクズとゲスが一緒にいるからであろう。
とはいえ、うざい。
ナイーブな俺の心が傷ついちゃうぜ!
「そこのお前」
俺はソファーで足を組み、ふんぞり返りながら、目の前にいる比較的若そうなエクスプローラに声をかけ、指で来い来いと手招きした。
その男は驚いたように自分を指差したので、舌打ちをしてやる。
すると、そいつは急いで、俺達の元にやってきた。
「な、なんだ?」
男はきょどりながら用件を聞く。
「お前、さっきからこっちを見てるだろ?」
「い、いや、見てないが」
「お前は見てないふりをしてるんだろうが、こっちは丸わかりだぞ」
「い、いや、本当に……」
男は次第に声が小さくなり、最後は何を言ってるか、わからなかった。
「あん? 聞こえねーよ。はっきりしゃべれや。死にたいん?」
「み、見てません」
「俺が嘘ついたって言いてえのか!」
人を嘘つき呼ばわりするとは最低だな。
殴っちゃえー。
「お前、めんどくさいから他人に絡むなよ」
「うっせー。さっきから周りがうぜーんだよ。人をチラチラ見やがって」
俺が周囲を睨むと、俺達を見ていた周囲は一斉に目線を逸らした。
「お前って、あの受付嬢がいないと、本当に強気になるよな」
今日はマイちんはお休みでいないのだ。
「で? お前、俺を見てたな? 正直に言えば、許してやるぞ」
「……絶対に嘘だぞー」
お前は黙ってろ!
「あ、いや、噂より美人だなーと思いまして……」
男は明らかなおべっかを使ってくる。
こいつ、俺をバカにしてない?
そんなんで騙せると思ってんの?
「ふん! くだらんことを言いやがって…………まあいいや、あっち行け。いくら美人さんがいるとはいえ、あんま見るな。ケンカを売ってると思っちゃうだろ」
「すみません」
男は謝罪し、どっかに行った。
「お前、マジでちょろいな」
「別にちょっと注意するつもりだっただけだ」
「そんな嬉しそうな顔して、何を言ってんだ?」
「ちょっと黙れ」
人聞きの悪いことを言うんじゃないよ。
バカだと思われちゃうだろ。
「おい、チンピラ。何でここにいる?」
俺が憤慨していると、後ろからふいに声が聞こえてきた。
俺が振り向くと、そこには嫌そうな顔をしている井上先輩とただでさえ痩せているのに、げっそりとした高橋先輩が立っていた。
「あ、井上先輩にいけに……高橋先輩。こんにちは」
「今、生贄って言ったー!」
高橋先輩が過剰に反応する。
「言ってませんよ。先輩、ご飯食べてます? ダイエットは良くないですよ?」
「あんたのせいで……!」
生贄先輩はギリッと俺を睨む。
「無視すんな。お前が何でここいるんだよ。二度と面を見せるなって言っただろ」
「そんなこと言われてもしゃーないでしょ。先輩がどこにいるか知りませんし」
「…………それもそうか」
井上先輩って、かなりおバカさんだな。
「ダンジョンに行くのにソロは危ないから、念のため、こいつに頼んだんだよ」
ユリコが俺がここにいる理由を説明する。
「よりにもよって、こいつか」
井上先輩は非常に嫌そうだ。
この前、煽りすぎたかもしれんな。
「まあ、俺は付き添いで何もしませんので」
めんどいし。
「この際、まとめて勝ってしまうか……」
井上先輩は面白いなー。
俺らに勝ったからってどうなるん?
「タイムアタックでしたっけ? 何階層まで行くんです?」
「10階層だ。それ以上は危ないからな」
11階層以降を危ないという実力か……
「時間をかけても仕方がないし、そんなもんですかね」
「じゃあ、さっさとやろう。私とサヤカちゃんはこの後、ご飯に行くんだから」
「ヒッ!」
ユリコが笑顔で言うと、生贄先輩が悲鳴をあげる。
「あ、あのー、やっぱりやめません?」
高橋先輩は必死だ。
「何を言ってるんだ。サヤカ。俺達がどんな実力をつけようと、こいつらがいる限り、上には行けないと言ったのはお前だろ。そのために、わざわざ親父に頭を下げてまで、記事を書いてもらったのに」
どうやら井上先輩のパパが記者らしい。
「で、でも、皆、仲良くやった方が良いと思うし……」
「仲良くしようよー」
「ヒッ!」
高橋先輩の言葉に反応したユリコにおびえる高橋先輩。
笑える。
「サヤカ、意見が180°変わってるじゃないか……」
「だ、だって」
「まあまあ。時間もないし、早くやりましょうよ」
俺は井上先輩を急かすことで、高橋先輩を黙らせる。
「それもそうだな」
「≪陥陣営≫……!!」
笑えるから睨むなや。
俺達は高橋先輩を無視し、勝負をするためにダンジョンへと向かった。
なお、高橋先輩はずっと下を向いている。
多分だが、こいつ、負けたら逃げるな。
ユリコから逃げられるかどうかは知らない。
「じゃあ、俺がスタートの合図をしたらスタートしよう。当たり前だが、妨害はなしな」
ダンジョンに入ると、井上先輩がルールを説明する。
「わかりました。ユリコ、俺は何もせずについていくから、お前が適当にやれ」
「まあ、10階層程度なら問題ないな」
俺とユリコは井上先輩が提案するルールに納得した。
「よし、始めよう。3、2、1、スタート――っておい、サヤカ!!」
井上先輩がカウントダウンをし、スタートの合図をした直後に、高橋先輩は井上先輩を置いていき、猛ダッシュで駆けていった。
「ま、待てよ!」
井上先輩はもう見えなくなった高橋先輩を追って、走っていった。
「じゃあ、私らも行くか」
それをのんきに見ていたユリコがゆっくり走り出した。
「そんなゆっくりでいいのか?」
俺もユリコに合わせて走り出す。
「まあ、最初はな。5階層から一気に行く」
「最初から一気に行けばいいじゃん」
「それが出来るのはお前くらいだ。普通は途中で疲れる。浅い層の方がモンスターは弱いし、ゆっくり行って、5階層から全力でモンスターを避け、走る。そのつもりでな」
「ふーん」
まあ、勝手にすればいい。
俺はどっちが勝とうが、興味はない。
俺とユリコはそのまま走り、1階層、2階層を突破したのだが、モンスターには一度も遭遇しなかった。
「全然、モンスターがいねーな」
「そりゃあ、あの子達が倒しているからだろ。どうせ、向こうも最短距離のルートを走ってんだから」
なるほど。
あいつらを先に行かせたのは、モンスターのつゆ払いをさせるためか。
そして、後半で一気にまくるわけだ。
こいつ、天才か?
俺はユリコの頭の良さというか、卑劣さに感心した。
俺達はその後もモンスターと遭遇することなく、進み続ける。
そうしていると、ユリコの指示で足を止めた。
どうやら先で先輩方が戦っているらしく、立ち止まり、待つ。
そして、また、走り出した。
「お前、よく先に2人がいることがわかるな」
俺の≪索敵≫には反応がないため、結構、距離が離れていることになる。
「私のレアスキルだ。対象は人間だけだが、広範囲に探知できる。スタートからずっとマーキングしてるよ」
…………ストーカーじゃん。
「お前、そのスキルを外で使ってないか?」
基本的にダンジョン外でスキルを使うことは禁止されている。
とはいえ、俺の≪怪力≫などはパッシブスキルなため、禁止されてもどうしようもないし、協会や警察も取り締まることはない。
だから、どこまでがダメで、どこまでが大丈夫なのかの線引きは具体的には決まっていない。
まあ、エクスプローラ達は犯罪に使わなければ大丈夫という認識である。
「たまにな。言うなよ」
絶対にアウトなことに使ってるな。
ってか、映画館で俺と会ったのも、そのレアスキルだろ!
「はよ、捕まれ」
「いや、皆、外で使ってるだろ」
「まあなー」
俺も気にせずに使っているし。
「それよりも、向こうはペースがだいぶ落ちてきたな」
「まあ、最初にあんなに飛ばせばな」
必死すぎて、裏目に出たな。
「次の5階層で一気に抜く。絶望するサヤカちゃんの顔が楽しみだ」
ゲスい……ゲスすぎる……
「嫌われんぞ」
「大丈夫。ああいうのの落とし方もあるんだ」
こいつ、サエコの言う通り、ここで殺しておいた方がいいじゃないだろうか?
あ、ダメだ。
こいつとパーティー組んでた……
「お前が捕まるのは勝手だが、俺を巻き込むなよ」
「お前も混ざればいいのに……まとめて、かわいがってやるぞ」
あー……頭が痛てー。
帰りたいわー。
俺はこめかみを抑え、頭痛を和らげようとする。
「もういいから……はよ、この勝負を終わらせようぜ」
「はいはい。もうすぐで5階層への階段があるからな…………よし、あの2人が階段を降りて行ったぞ」
俺達はユリコのスキルで2人の動向を確認すると、走るスピードを速める。
そして、俺達も階段に到達し、5階層に着くと、俺の≪索敵≫でも2人を感知した。
俺達はそのまま走り、ついには肉眼でも視認できる距離まで近づいた。
高橋先輩は壁に手を着き、うなだれている。
井上先輩はそんな高橋先輩の背中をさすっていた。
どうやら、高橋先輩はかなり無茶をして走ったようだ。
俺達はそんな2人の横を走り、抜いていく。
「な!?」
「……え? そんな……」
俺達に抜かれたことで、井上先輩が驚き、高橋先輩は顔を上げる。
そして、絶望した。
まあ、しゃーない。
今の高橋先輩の状態では、ここで抜かれたら、もう追いつくことはできないだろうし。
井上先輩は知らないが、少なくとも、高橋先輩は悟ったのだろう。
自分の敗北とゲスで有名な女の手に落ちる自分の将来に。
さよならー。
「サヤカちゃんの顔を見たか? 良かったなー」
2人を追い抜くと、ユリコが満面の笑顔で話しかけてきた。
「憐れすぎて、まったく笑えなかったわ」
「大丈夫、大丈夫。彼女もすぐに笑顔になるよ。私は経験が豊富なんだ」
神様、どうして、こんなヤツを生んだんでしょうか?
試練ですかね?
いりません。
「今度会ったら、優しくしてやろう」
「私も優しくするぞ」
頼むから黙れや!
俺は高橋先輩に合掌しつつ、先を急いだ。
俺達は5、6,7、8階層を突破し、ついにラストの9階層まで到達した。
「あの2人は?」
「だいぶ前から探知できなくなった。かなり差がついてる。あとはゆっくり行こう」
俺達は走るのをやめ、歩いて、10階層を目指す。
そして、ついに10階層に到達した。
「レッドゴブリンは倒すのか?」
俺はボス部屋への扉を見ながら聞く。
「いや、ボスの手前の通路までって話だった」
そっか。
もう着いてるね。
「お前の勝ち?」
「まあ、勝ちだな」
クーフーリン、あきちゃん。お前らの仇はユリコが討ったぞー。
しかし、Dランクに勝っても嬉しくねーな。
まあ、ユリコもDランクだけど。
「待つか……」
「だなー」
俺はせっかくの日曜に何してんだろうなーと思いながら、≪クロイツ≫の2人を待つ。
そして、数十分経った後に、2人はようやく到着した。
「ハァハァ……クソッ!」
「そんな……」
井上先輩は息を切らせながら悪態をつき、高橋先輩は四つん這いで崩れ落ちた。
「クソ! クソッ!! こんなやつらに負けるなんて! おい、サヤカ!!……って、大丈夫か?」
井上先輩は最初からペースを乱した高橋先輩を責めたいのだろうが、高橋先輩は涙を流しながら沈んでいる。
「……食事に行くのは今度にしてください。今日は行けそうにないので……」
高橋先輩は四つん這いのまま、顔も上げずに言う。
「まあ、いいよ」
ユリコは余裕の笑みだ。
「すみません。帰ります」
「お、おい、サヤカ」
「じゃあ、私も帰る。じゃあな」
高橋先輩は立ち上がり、ゾンビの様な足取りで帰っていく。
ユリコは対照的にルンルンで帰っていった。
この場には俺と井上先輩だけが取り残されてしまった。
「チッ! たかが、食事に行くだけなのに。なんだ、あいつ?」
この人、ユリコの事を知らないのかな?
「先輩。先輩たちって、付き合ってんですか?」
「ん? あー……元な。学生時代に付き合ってたんだが、別れた」
寝取られは避けられそうだ。
「別れたのにパーティーを組み続けたんですか……解散とかは?」
「俺達は元々6人パーティーだったんだけどな。卒業前に方向性の違いで解散した。まあ、よくあることだ」
高橋先輩とは、恋愛面では別れたけど、エクスプローラとしての方向性は一緒だったんだ。
それで、ソロは嫌だから、2人なのね。
「気まずくないっすか?」
「最初は気まずかったが、もう慣れた。今はパートナーだよ」
ほーん。
そんなもんかねー。
俺がシズルと別れたらパーティー解散すんのかねー?
いや、別れないからいいか。
絶対に逃がさんし。
「ユリコに負けたことで、高橋先輩を責めたらダメですよ? 絶対に優しくしてあげてください」
「いや、あいつのせいで、負けたし」
「先輩。帰ったら、ユリコについて、調べてみるといいですよ。じゃあ、俺も帰ります」
俺はそう言って、帰った。
これにて、第2世代VS≪クロイツ≫のよくわからない対決は終了した。
結局、何だったんだ、これ?
攻略のヒント
ダンジョン以外でのスキルの使用を原則禁止する。
ただし、緊急時や協会の許可を得られていた場合はこの限りではない。
『ダンジョン法 スキルの使用』より
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