第135話 思い出の25階層


 24階層で地獄の思いをした俺は、カボチャ爆弾を投げ、マナポーションを飲むという戦法で、敵に遭遇することなく、24階層を突破した。


 そして、25階層にやってきた。


 25階層は、かつて、スタンピードの発生源であり、クイーンスパイダー(特異種)がいた階層だ。

 あれから、まだ2ヶ月程度だが、だいぶ前のように感じる。


「ちーちゃん、近くに小部屋ない?」


 俺は25階層に来るなり、ちーちゃんに聞く。


「小部屋? あるけど、会議でもすんの?」

「ちょっと花を摘んでくる」

「あー……あっちだよ」


 俺達はちーちゃん指示で近くの小部屋の前まで来た。


「お前らはここで待ってろ…………覗くなよ」


 俺はじとーっと仲間達を見る。


「誰が覗くんだよ。いいから行きな。あ、これ、あげる」


 俺はちーちゃんからティッシュを受け取った。


「どうも、どうも。ちなみに、大きい方じゃないからな」

「いいから行け」


 俺は急かされたので、中に入り、隅っこに行く。


「犬のマーキングみたいだな」

「ここで泊まったり、休憩するエクスプローラが気の毒だぜ」


 シロが俺の独り言に反応する。


 そういえば、こいつがいたな。

 まあ、別にいいか。


「まあなー。よっこらせっと……」


 俺は下を脱ぐと、しゃがんだ。


「携帯トイレとか持ってないのか?」

「あるぞー。忘れてきたけど」


 しゃーない。


 俺はお花を摘み終えると、ちーちゃんに貰ったティッシュで拭いた。


「毛がないと楽だな」

「どうしたん?」

「剃った。えっちな下着だと、ちょっとね」

「ふーん。お前はやる事なす事、すげーなー」


 俺はオンリーワンだから……


「よいしょっと……さて、戻るか。早めに戻らないと、大きい方と思われるからな」


 俺はさっさと下を穿き、皆の所に戻った。


「おまたー」

「いいよ。別にモンスターも出なかったし」


 ちーちゃんは軽く手を上げ、言う。


「ついに25階層だなー」

「だね。前に来た時はスタンピードだったからキルスパイダーばっかりだったけど、ここは他にもデスワームが出る」


 ワーム?

 芋虫かな?


「強いん?」

「牙による噛みつきに注意だけど、遅いし、防御力もないね。でも、火魔法が効かないから、カナタは休み。代わりにあたしが魔法を使う」

「なるほどねー。瀬能、お前は下がって、後衛を守れ。俺とシズルでやるわ」


 防御力もスピードもないなら足止めはいらない。

 何かをされる前に倒せばいいだけだ。


「了解。この階層は楽そうだな」

「キルスパイダーの毒には注意だけどね。まあ、キルスパイダーは慣れたもんか……」


 ちーちゃんが言うように、キルスパイダーはスタンピードの時にいっぱい倒したから、今さら確認するまでもない。


「行くか……慣れてはいるけど、クモも嫌だわ。さっさと、虫とはおさらばしようぜ」


 仲間達は一斉に頷き、25階層の探索を開始した。


 探索を開始すると、前回と同じ感じで、キルスパイダーがよく出てきた。

 さすがに、あの時ほど数は多くないが、わしゃわしゃとクモが出てくる光景は嫌だ。


 キルスパイダーは毒持ちで、一度に数匹出てくるが、そんなに強くない。

 また、火魔法に弱いため、カナタが火魔法で援護し、前衛が攻撃するという形で危なげなく、倒していっている。

 たまに、瀬能やシズルが攻撃を受け、毒になることもあるが、アカネちゃんがヒールや毒などの状態異常を治すことができるクリアヒールで回復すればいい。


 そして、探索を続けていると、デスワームと遭遇した。


 デスワームは、サイズは人間と同じくらいだが、某UMAみたいなミミズだった。

 顔は口しか見えない。

 しかも、その口にはびっしりと鋭利な歯がついている。

 確かに、あの口で噛みつかれたらヤバそうだ。


 しかし、デスワームはのそのそと俺達に近づいてくるが、そんなに速くはない。


 俺はハルバードを取り出し、叩きつけた。

 手に嫌な感触が残るが、キングコックローチを踏みつぶした時よりかは、はるかにマシである。


 デスワームは一撃で煙となって消えていった。


「こんなもんか……」


 俺は手ごたえのなさに、首をかしげる。


「デスワームは単体だと、そんなもん。キルスパイダーと一緒に出た時に気を付けて。キルスパイダーの数の多さや毒に気を取られて、デスワームに接近されるケースが多いみたい」


 なるほど。


「見つけたら、優先して倒せばいいわけね」

「そういうこと」


 まあ、一撃だし大丈夫か。


 俺達はその後も探索を続け、デスワームやキルスパイダーを倒していった。

 正直、この階層は本当に楽だ。

 素早くて、宙を飛ぶヘルホーネットの方が強いくらいだ。


「24階層より、25階層の方が楽だな。バランスがおかしい気がする」

「まあね。厄介ではあるけど、24階層の虫エリアの方が強いし、精神的にも厳しすぎだよ」


 俺のつぶやきに、隣にいるシズルも同調する。


「ここはクイーンスパイダーありきの階層だからな。普段の難易度は高くない」


 俺達が疑問に思っていると、シロが説明してくれた。


 クイーンスパイダーが現れると、難易度が一気に上がるから、普段はバランスを取って、難易度を下げているのか……


「ってことは、明らかにモンスターが弱い階層があれば、スタンピードが起きるってことか?」

「そうとも限らん。罠が強烈とか、迷路のような構造をしているとか、色々だからな」

「ふーん」


 まあ、スタンピードは当分、起こらないみたいだし、気にする必要もないか。

 起きたら起きたで、止めればいいだけだし。


 俺は別に楽ならいいかと思い、探索を続ける。

 25階層の探索も大半を終え、見覚えのある大部屋に着いた。


「懐かしいな」


 俺は部屋に入ると、懐かしさのあまり、つぶやいた。


「あの時は大変だったなー。ボクは死んだし」


 瀬能は俺がクイーンスパイダーもろとも、特製カボチャ爆弾で吹き飛ばしてやったのだ。


「俺は糸で簀巻きにされた時に死んだと思ったわ」


 俺達はあの時の事を懐かしむ。


「ねえ、あそこに宝箱あるけど……」


 シズルが部屋の隅を指さすと、確かに、宝箱が置いてあった。

 俺はそれを見て、もう一つの思い出がよみがえった。


「あれは罠だな」

「なんで?」

「宝箱が置いてある位置は俺がワープで飛ばされた位置だわ。宝箱の所に行くと、引っかかるようになってる」


 いやらしいことをするなー。


「本当だね。ちょうどあそこみたい」


 ちーちゃんが地図を取り出し、宝箱の位置と地図を見比べる。


「えー! じゃあ、あの宝箱は取れないんですか?」


 強欲の塊であるアカネちゃんが文句を垂れる。


「欲しかったらお前が行け。運が良ければ、浅い層だ」

「嫌でーす」


 誰だって嫌だろう。


「宝箱の中身は何でしょうか? 最悪、帰還の結晶がありますけど」


 カナタは本当に賢いなー。


「だってさ。どうする? 俺はこんな性格の悪い配置をしておいて、中身が帰還の結晶より高価だとは思えんのだが」

「まあねー」


 シズルも同意見のようだ。


 帰還の結晶は貴重だ。

 俺達はスタンピードの際に、協会から提供され、そのままもらったので、人数分は持っている。

 しかし、命綱ともいえる帰還の結晶を良いものが入っているかもわからん宝箱のために使っていいものだろうか?


「博打したいヤツは好きにしろ。どうせ、もう帰るし」


 俺は個人の裁量に任せることにした。


「ボクはいいや。ギャンブルはしない主義」

「あたしもいい」

「僕もやめておきます」


 瀬能、ちーちゃん、カナタは降りた。

 あとはアカネちゃんだ。


「私はやりたいけどなー。誰もついてきてくれないんでしょ?」

「そらな。帰還の結晶を使いたくないなら、死に戻りしろよ」

「死にたくないです。うーん、一人は嫌だし、あきらめます」


 宝箱の中身は欲しいけど、一人は嫌みたいだ。

 実にアカネちゃんらしい。


「そうしな。こういうのはロクなことがないよ」


 ちーちゃんがそう言うが、俺も同意見。

 こんなガチャでうまくいくほど、ダンジョンは優しくない。


「帰ろっか。ここにいつまでもいると、アカネちゃんがやりそうだし」

「だなー」


 シズルがそう言ったため、今日は帰ることにした。

 この場にいる全員がアカネちゃんならやりそうだと思っているのだ。


 俺達は未練たっぷりなアカネちゃんを引っ張り、帰還の魔方陣で協会へと帰還した。




 ◆◇◆




 ダンジョンから帰還した俺達は未だに未練タラタラなアカネちゃんをなだめながら、受付に成果を報告した。

 そして、ロビーのソファーで本日の成果を確認している。


「この前よりかはマシだね」


 計算をし終えた電卓女ことちーちゃんが俺達に収支の結果を見せてくれる。


「本当にマシな程度だがな」

「仕方ないよ」

「こればっかりはな」

「地道にやるしかないですね」

「だから、宝箱を…………」


 まーだ、ぶつぶつ言ってるヤツがいるな。


「次の26階層からはなんだっけ?」

「ゴーレムらしい」


 俺がちーちゃんに聞くと、相も変わらず、即答で返ってきた。


「そういえば、≪Mr.ジャスティス≫がそんなことを言ってたな。まあ、虫じゃないならいいか」


 ゴーレムなんぞ、土人形だ。

 絶対にキモくはないだろう。


「ようやく、虫地獄から解放ですねー」


 虫を焼きまくっていたカナタが安堵する。

 虫系は基本的に火魔法が有効だからカナタはお疲れ&嫌気がさしているのだろう。


「まあ、最短ルートで行くとはいえ、30階層までいかないと、何度も行く羽目になるけどね」

「だよね……」


 ちーちゃんは水をさすなー。

 お前の弟のテンションが下がったじゃねーか。


 俺がダメな姉を呆れながら見ていると、ふいに俺の肩に手を置かれる。

 俺は何かなと振り向くと、そこにはキララがいた。


「よう、ルミナ様。元気か?」

「なんだ、キララか」


 ルミナ様って、呼ぶのやめてくれない?


「お前らもダンジョン帰りか?」

「まあなー。も、ってことはお前もか…………あきちゃんは?」

「用事があるってんで、速攻で帰っていった」


 どうせ、くだらん用事だろうな。


「ふーん」

「ねえ、ルミナちゃん、そいつって、ミレイさんの敵だったメルルじゃん。仲いいの?」


 ちーちゃんさんや、仮にも年上の人にそんな言い方はないんじゃないかね?

 人の事を言えませんけどね。


「こいつはアイドルを辞めたんだってさ。キララは貧乏で友達もいない憐れな田舎娘で、パーティーもロクに組めないらしいから、同期のあきちゃんを紹介してやったんだよ」

「大体合ってるけど、他に言いようはないのか?」


 ねーよ。


「んなことより、お前、あきちゃんと一緒に≪クロイツ≫とかいう2人組と勝負したんだって?」

「ああ、あれな。最悪だったぜ。私は絶対に勝てないからやめようって言ったのに聞きやしねー。だったら、一人でやってくれって言ったのに、向こうは2人だからこっちも2人だーとか意味わからんことを言うし、しまいにゃ、負けたのはお前のせいだって、責任を押しつけられ、レッドゴブリンに特攻させられるわ、雑魚呼ばわりされるわ、で最悪だった。あきちゃんがパーティーを組めない理由がわかったわ」


 めっちゃ早口で言われた。

 色々と溜まってるんだろうなー。


 しかし、想像通りだったな。


「まあ、頑張れ。あきちゃん号は泥船だが、立派な大砲がついてるぞ」

「それ、重みで沈むだろ」


 うん。


「そんなことを話しに来たのか? 愚痴をこぼしたいのはわかるが……」

「違う。今日な、あきちゃんと8階層でレベル上げしてたんだが、変なのにあった」

「変質者か? ユリコ?」


 あいつはもうこの東京本部に来ている。

 今日は来てないけどね。

 というか、あいつは滅多に来ない。

 普段、何をしているかというと、皆さんの想像通りの事をしている。


「いや、男3人組だったな。遠くから嫌な感じで私を見てた。私はそういうのには敏感なんだ」

「お前、そういうのに狙われやすそうだもんなー」


 元アイドルで気は強いが、友達ゼロ。

 エロ本とかによく出てきそうだ。


「昔からな。だから、女と組みたかったんだよ」


 まあ、わかる。


「協会には報告したか?」

「してない。何かをされたわけじゃないし、遠くから見られてましたって報告しても、自意識過剰と思われるだけだ。警察も協会も一緒」

「そいつらはどうした?」

「あきちゃんを見て、どっか行った。私の経験上、あれはやべーぞ。前に、ここで暴行事件があったんだろ? 気をつけな。お前らは半分以上が女だからな」


 どうやら忠告に来たらしい。

 口はヤンキーのくせに、律儀なヤツだ。


「わかった。サエコにも伝えておく」

「頼むわ。じゃあ、私は帰る」

「送ってってやろうかー?」

「タクシーで帰る。じゃあな」


 キララはそう言って、帰っていった。


「あいつ、絶対に前世で悪いことをしたな」

「なんか、何をやってもうまくいかない人っぽいです」


 アカネちゃんが核心をつく。


「だよなー」

「というか、前にあった時とイメージが違うんだけど」


 ちーちゃんが首を傾げる。


「片鱗は見えてたけどな」


 俺が名前をいじったら素が出てた。


「それよりも、キララさんの話が本当なら危ないよね」


 シズルはこの手の話に敏感だ。

 こいつもキララと同様に変なのに狙われやすい。


「俺達はパーティーで行動してるから大丈夫だろ。とはいえ、気をつけろよ」

「うん。ルミナ君はやりすぎないようにね…………デジャヴね」


 きぐー。

 俺もめっちゃデジャヴだわ。





攻略のヒント

 女性エクスプローラは必ず、携帯トイレなど準備しよう。

 また、そういう時に、どのような見張り体制をするかは事前に話し合いをしておくこと。


『ダンジョン指南書 事前準備 トイレ編』より

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