第134話 地獄の24階層
昨日、誕生日だった俺とアカネちゃんは最高の1日を過ごした。
そして、その翌日。
今日は土曜日のため、学校は休みだ。
俺達は午後からダンジョンに行くことにし、協会に集合した。
「今日だけど、多分、早いうちに、23階層の探索を終えると思う」
俺は自分でも嫌な顔をしてるだろうなーと思いながらつぶやいた。
「だろうね……次は24階層」
シズルも嫌な顔をしながら答える。
24階層は虫エリアだ。
以前に来た時は23階層と同様に、俺の索敵からの奇襲爆撃で突破したため、ロクに戦っていない。
それどころか、モンスターの姿もほとんど見ていないのだ。
「……行く?」
「まあ、いつまでも、ここで会議しててもしゃーないしな。とりあえず、23階層の探索を終えよう」
「だね。じゃあ、行こうか」
俺達はどんよりとした空気の中、重い足取りでダンジョンへと向かった。
いつものように、俺のマジカルテレポートで20階層まで飛び、少し休憩した後に、21階層、22階層を最短距離で突破した俺達は残っている23階層の探索を始めた。
相変わらず、ヘルホーネットと食人蛾が出てきたが、攻略法もわかっているため、瀬能が引きつけ、俺達がその隙に倒していった。
そして、残っている区間も探索をし終えたところで、24階層への階段に向かった。
「さて、23階層も無事に探索を終えたな」
俺は24階層への階段の前に着くと、すぐには降りず、足を止めた。
俺が足を止めたので、皆の足も止まり、階段をジッと見る。
「だねー」
シズルが相槌を打ち、俺を見てきた。
「……どうしよっか?」
「まだ2時だよ。気持ちはすごくわかるけどね」
「なあ……この階をスルーしないか? 以前と同じ方法で突破したらどうだろう」
普段は志の高い瀬能が志の低いことを言っている。
でも、こいつはタンクだからしょうがない。
虫軍団に近接し、足止めをするのは瀬能だからだ。
まだ、23階層のスズメバチと蛾はいいだろう。
スズメバチはよく見ると、カッコよく見えないこともないし、蛾はかわいいかもしれない。
だが、24階層の鬼ムカデは名前からして、足とかがキモそうだし、そして、キングコックローチは論外だろう。
ゴキブリだもん。
どう考えたって、カッコよくないし、ましてや、かわいい訳がない。
「俺のカボチャ爆弾で一掃して進む、奇襲爆撃戦法か……」
俺さあ、20階層に来るまでにしこたまマナポーションを飲んでるんだよねー。
それなのに、ここでも飲むの?
スタンピードの時みたいな連戦じゃないから、漏らしはしないけど、どこでトイレをすればいいんだ?
携帯トイレを持ってきてないんだけど……
男の時ならその辺でするけど、今はどうすればいいんだ?
「とりあえず、戦ってみません? それから判断すればいいんじゃないでしょうか?」
俺が悩んでいると、カナタが至極まっとうな意見を言う。
「じゃあ、そうするか」
「まあ、そうだな」
俺と瀬能は顔を見合わせ、しぶしぶ24階層に降りていった。
24階層に着くと、ものすごく嫌な予感がしてくる。
俺のスキルである≪冷静≫ちゃんは『帰ろうよぅ……』と泣いている。
でも、とりあえず、戦ってみるという方針なので、いつも通り、奥へと歩いて行った。
少し歩いていると、シズルの足が止まった。
「何かがゆっくりと近づいているみたい。飛んでないところみると、ヘルホーネットや食人蛾じゃないと思う」
この24階層は虫エリアと言われるだけあって、ヘルホーネット、食人蛾、鬼ムカデ、キングコックローチの4種類が出現する。
通常の階層なら多くても3種類だが、たまに4種類以上のモンスターが出てくる階層もあるのだ。
それがよりにもよって、虫ばかりなのだから最悪なのである。
「ゆっくりってことはキングコックローチじゃなさそうだな。イメージだが、ゴキブリは速そう」
俺達は立ち止まり、モンスターの出現に備えている。
すると、奥から徐々にモンスターの姿が見え始めた。
そのモンスターは体長がゆうに1mを超える真っ赤なムカデだった。
赤いボディと大きさに目が行きがちだが、鋭い牙を持ち、角(触覚?)も鋭利だ。
確かに、鬼っぽい。
「どう見ても、鬼ムカデだな。よーし!」
俺は瀬能やシズルを制して、前に出た。
そして、ゆっくり俺の元に近づいてきている鬼ムカデに狙いを定めるようにショートソードを構える。
すると、鬼ムカデはさっきまでのゆっくりさが嘘のようなスピードで俺に襲い掛かってきた。
奇襲攻撃となったが、俺は持ち前の運動神経の良さで反応し、逆にカウンターで鬼ムカデの頭を袈裟切りした。
しかし、カーンと金属音がすると、鬼ムカデの顔が逸れただけに終わった。
弾かれた!?
なんて硬さだ!
俺の力を弾かれたことにショックを受けている間も鬼ムカデはスピードを緩めることなく、俺に接近した。
そして、口をガバッと開け、俺の顔面に食いつこうとしてきた。
「あぶね!」
俺はそれを剣で受け、なんとか躱したのだが、鬼ムカデの長い胴体が俺の身体に絡みついてきた。
ひえー!!
キモいーー!!
「くそっ」
俺があまりのキモさに泣きそうになっていると、俺に巻きついていた鬼ムカデが再度、噛みつこうとしているのが見えた。
「なめんな!!」
俺は鬼ムカデが絡みついたまま、ジャンプし、噛みついてきている鬼ムカデの顎の下を掴んだ。
そして、そのまま、持ち上げ、鬼ムカデの頭を天井にぶつけた。
多少、効いたようで、鬼ムカデの力が弱まり、キモい胴体が俺から離れていく。
俺は鬼ムカデの顎の下を持ったまま、天井を蹴り、思いっきり、地面に叩きつけた。
鬼ムカデの頭はぐしゃっと潰れ、そのまま息絶えた。
いくら鬼ムカデが硬かろうと、ダンジョンの壁はとてつもなく頑丈だ。
そこに俺の力で叩きつければ、さすがの鬼ムカデもひとたまりもない。
「ま、魔法を使わずに勝ったぞ」
俺は落としていたショートソードを拾い、立ち上がると、後ろにいた仲間の元に向かった。
「あれが出来る人ー?」
ちーちゃんが俺を見た後、仲間に挙手を求める。
当然、誰も手を挙げない。
「出来るわけないじゃないですか!? センパイは格ゲーのキャラですか!? 天井を蹴ってましたよ!」
すごかろう?
「映画みたいでカッコよかっただろ?」
「カッコよかったけど、鬼ムカデって強すぎない? ルミナ君の剣を弾いてたよ」
俺の素晴らしき戦闘に 尊敬の目を向けている(気がする)シズルが鬼ムカデの硬さに驚いている。
持っているショートソードの刃を見ると、刃こぼれしていた。
「普通の市販品とはいえ、安くなかったのに……これは近づく前に魔法だな」
基本的に虫系のモンスターはもろいことで有名だ。
だから、俺の剣でちょんぱしてやろうと思ったのだが、裏目に出たみたい。
「まあ、例によって、火魔法だから、あんたかカナタがお願い」
ちーちゃんって、虫相手だと、なんもしねーな。
いいなー。
「とりあえず、鬼ムカデはわかった。次に行くぞ」
俺達は鬼ムカデは魔法で倒すことに決め、探索を再開した。
探索をしていると、ヘルホーネットや食人蛾がよく出てきて、たまに鬼ムカデといった感じだ。
ヘルホーネットや食人蛾は前の階層と同様な方法で倒し、鬼ムカデは俺とカナタの火魔法で念入りに焼ききった。
俺がゴキブリ出ないなーと思っていると、俺の背中から汗がぶわっと出てきた。
俺の≪冷静≫が帰還の結晶で帰れと警告を発している。
「止まれ」
俺はまだモンスターの反応を探知していないが、全員に止まるように言う。
「どうしたの?」
シズルの反応から見て、シズルもまだモンスターは感知できていないようだ。
俺はシズルの問いを無視し、ジッと通路の奥を見続ける。
他の皆も俺につられて、通路の奥を見る。
「…………何かを感知したわ。ヘルホーネットでも、食人蛾でも、鬼ムカデでもないモンスター……」
それ以上は言わなくてもわかる。
もう残りは1種類だ。
俺はショートソードを構え、待ち続ける。
すると、奥から大きな影が見えてきた。
いや、違う!
影のように見えたのは体長1mはあるメスのカブトムシだ!
…………知ってる。
カブトムシはこんなペラペラじゃないし、不快感もない。
「ヒッ!!」
俺の後ろから誰かの声が聞こえた。
気持ちはわかる。
俺だって、泣きそうだ。
キングコックローチは王様の名に恥じない巨大さであり、長い触覚で何かを探すようにジッと動かない。
そして、その触覚が俺達の方を向くと、俺の背中から一気に汗が吹き出てきた。
焼け! 焼きまくれ! 汚物は焼却処分だー!!
俺の≪冷静≫ちゃんが壊れたように、俺の脳に警告を鳴らしている。
「ラブラブファイヤー!!」
俺はキングコックローチが動き出す前に、ショートソードから手を離し、両手でハートマークを作ると、得意の火炎放射器っぽい火魔法を放った。
それと同時に、キングコックローチはカサカサカサという音が聞こえそうな動きで俺の足元に近づいてきた。
「速い!!」
俺は恐怖でパニックになりそうな気がした。
そして、俺の後ろからはギャーという複数の悲鳴声が聞こえてくる。
俺の火魔法をものすごいスピードで躱したキングコックローチはそのままのスピードで俺の足元にやってきた。
ちーん…………
俺の精神は死にそうなる。
そして、足元にきたキングコックローチを見て、反射的に片足を上げ、避けた。
すると、キングコックローチはその場に止まると、またもや、触覚で周囲を探り出した。
いや、攻撃しないの?
だったら、この場から離れてくれないかな?
俺はキングコックローチの謎の行動に疑問を持ったが、片足を上げた状態であるし、精神が死んでいるため、キングコックローチに攻撃することが出来ない。
そうしていると、キングコックローチの触覚がシズルの方を向いて、止まった。
「ヒッ!!」
シズルが悲鳴声をあげ、固まった。
俺は良かったとか、早くそっちに行けと思っていた。
グシャ!!
俺の耳に何かが潰れた音が聞こえてくる。
そして、あげていた俺の左足は何かを挟んで、地面についていた。
「ヒエ!!」
誰かの声が聞こえる。
俺の左足には気持ちの悪い感触が消えずに、残っている。
俺は足元を見た。
見るんじゃなかった…………
俺は顔を上げ、しばらく、固まっていると、下から煙が出てきた。
しかし、左足に残る感触は消えない。
「皆、俺のこと嫌いになったろ?」
俺はそのままの格好で、皆に聞いてみる。
「……ならないよ」
そうか?
その割にはお前らと俺との間に距離があると思うが……
俺は皆の元に一歩近づくと、皆は一歩下がった。
もう一度、一歩前に行くも、皆は一歩下がった。
「…………アカネちゃん、こっちにおいで」
「そんな恐れ多い。センパイは偉大過ぎるので、これ以上は近づけません」
俺はアカネちゃんに照準を定め、一歩近づいた。
「来るな!!」
アカネちゃんが敬語キャラを忘れ、素で嫌そうな顔をする。
「こらこら、さっき恐れ多いとか言ってただろ。俺は寛容だから許して、ハグしてやろう」
「お願いですから来ないでください」
アカネちゃんは腰を90°に曲げ、懇願する。
「……この先は探索をやめ、俺のカボチャ爆弾で一掃しながら、最短距離で25階層を目指す」
最悪な思いをしたのに、仲間からは嫌われる。
俺は野ションの方がマシだと思い、瀬能の提案通り、奇襲爆撃戦法でいくことにした。
俺は皆を恨まない。
逆の立場なら、多分、というか、絶対に同じことをしただろうから。
「……頼む」
「……ここにいると、ダンジョン病になりそう」
「……助けてくれたのに、ごめん」
「……早く行きましょうよー」
「……何も出来ず、すみません」
俺はいいよと言って、先頭で歩き出した。
昨日とは打って変わって、最悪な日だなーと思いながら、25階層を目指した。
攻略のヒント
キングコックローチは巨大なゴキブリ型のモンスターであるが、特に攻撃はしてこないという謎のモンスターである。
しかし、なぜか、人間を見ると、寄って来るという習性がある。
一説によると、精神攻撃をしているらしいが、真偽はわからない。
また、異常に素早く、逃げることが困難であるため、発見したら、即座に遠距離から魔法で倒そう。
『週刊エクスプローラ 最悪なモンスター!?』より
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