第124話 ≪陥陣営≫VS≪Mr.ジャスティス≫!


 ミレイさんからの依頼である指導は最終局面を迎えていた。

 ミレイさんが最後にレッドゴブリンにトドメを刺したら終わりだったのだが、ラストアタックをミレイさんとエクスプローラアイドルの覇権を争っていたキララに奪われたのだ。


 そして、その裏には≪正義の剣≫がいた。

 ヤツらは俺がほんのちょっと煽りすぎたことで、後に引けなくなり、こんなことをしでかしたらしい。


 この騒動の落としどころとして、ミレイさんとキララのアイドルの進退をかけ、対決することになった。


 もちろん、相手は俺の目の前に立っている≪正義の剣≫のリーダーである≪Mr.ジャスティス≫だ。


 ≪Mr.ジャスティス≫は豪華な鎧を身につけ、左手には大きな盾、そして、右手にこれまた高そうな剣を持っている。


 ≪Mr.ジャスティス≫は≪聖騎士≫というレアジョブである。

 春にあった暴行事件や夏のゾンビ地獄で一緒だったから実力は知っている。

 防御を重視したアタッカーであり、Aランクに相応しい能力を持っている。


 まさしく、みんなの憧れのエクスプローラの星だ。


 俺だって、始めはこいつに憧れた。

 小学生の時にテレビでこいつを見て、エクスプローラに興味を持ったのだ。

 ある意味、こいつのおかげで、エクスプローラの試験を受けて、今ここに立っているのである。


 俺はアイテムボックスにハルバードをしまい、素手で構えた。


「自慢のハルバードは使わないのかい?」


 ≪Mr.ジャスティス≫はそんな俺を見て、聞いてくる。


「立花の時を見てたろ。一定の実力者にはハルバードでは当たらんし、隙が多い」


 春の暴行事件の時、俺は立花のスピードに手も足も出なかった。

 そもそも、俺の攻撃力は群を抜いている。

 ハルバードなんか使わずとも殴れば、大抵の敵は一撃である。


「なあ、いくら俺の足が魅力的だからって、人の下半身ばかり見るなよ」


 ≪Mr.ジャスティス≫はさっきから人の顔を見ず、俺の下半身しか見ていない。

 さすがに失礼だ。


「君の魅了が怖いからねー。君とやる時は顔を見ないことは常識だよ」


 さすがに、俺の魅了魔法であるテンプテーションは使わせてもらえないらしい。


 あれを使えば、すぐに終わるのだが、俺の魅了魔法は有名になりすぎた。

 どこぞのチビが人の奥の手をブログに書いたからだ。


 ましてや、≪Mr.ジャスティス≫は俺の魅了を経験済み。

 対処をしてくるのは当然だ。


 だがな、そんな視界が狭まった状態でどこまでやれる?


 俺は足しか見ていない≪Mr.ジャスティス≫を見て、ニヤリと笑い、ジャンプした。


 視界を下にしか向けていない≪Mr.ジャスティス≫は慌てたであろう。

 なにせ、ヤツからしたら俺が消えたのだから。


「ルミナちゃん、キーック!」


 俺は得意の跳び蹴りを≪Mr.ジャスティス≫の顔面に放つ。


「――クッ!」


 ガーンという音がした。


 俺の跳び蹴りを≪Mr.ジャスティス≫は盾で受けたのだ。

 さすがに、≪Mr.ジャスティス≫が装備している盾ともなると、堅い。


「チッ! ひっさーつ、美少女パーンチ!」


 俺は跳び蹴りを受けられた後、すかさず体勢を整えると、食らうと俺の美貌に惑わされ、ゲボを吐くと定評のあるパンチを放った。


「フン!」


 しかし、その一撃も≪Mr.ジャスティス≫のシールドバッシュで防がれてしまった。


「やるな!」


 俺はそんな≪Mr.ジャスティス≫を賞賛する。


「君は相変わらず、とんでもないパワーだね。っていうか、真面目にやれよ。美少女パンチって、なんだよ」

「俺は真面目だが……」


 俺、美少女。

 事実だ。


「君達、第2世代はそうだったね……そんなんだから≪竜殺し≫が怒るんだよ」


 あんなムッツリ、知るか。


「俺らは自分のやりたいようにやる。バカみたいに世間体を気にして、ダンジョン病なんぞにかかるお前らとは違うんだよ。一度しかない人生、しかも、ダンジョンなんて最高の娯楽があるのに、楽しまなくてどうする?」

「……耳が痛いよ」


 勉強して、良い大学に行き、良い所に就職する。

 そして、美人な奥さんを見つけ、かわいい子供を持ち、死んでいく。


 なるほど、素晴らしい人生だ。


 だが、俺はもっと楽しみたい。

 仲間とダンジョンを攻略し、金を稼ぐ。

 ムカつくヤツを蹴散らし、強敵を命懸けで倒す。


 そして、その先にあるのは絶対的な栄光と幸福だ。


 これが目の前に見えているのに、何故、それを手にしようとない。

 ランク? 名誉?

 そんなものは後からついてくるものだ。


 俺はBランクに上がりたいが、自分の信念を曲げてまで上がりたいわけではない。


 俺にとって大事なのは、自分が楽しく生きることなのだ。


「食らえや! 美少女パーンチ!」


 俺はパンチと言いながらハイキックを放った。


「え? グッ!!」


 俺の足しか見ていない≪Mr.ジャスティス≫は見事に引っかかり、肩に俺の蹴りを受けた。


「ばーか! 死ねや!」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫をが体勢を崩したのを見ると、ジャンプし、跳び蹴りを放った。


 ≪Mr.ジャスティス≫はこれを躱せずに、まともに受け、後ろに飛んでいった。


「わはは。俺様の知恵の前に屈したまえ!」


 俺は倒れている≪Mr.ジャスティス≫を見て、高笑いをする。


「君に騙されると、こんなにも腹立つんだな」


 お前、絶対に俺をバカだと思ってるな。


「ふん! 俺様は知恵と勇気で戦う愛の戦士なんだよ」

「ああ……ようやく気付いた。君はその場のノリでしか、しゃべってないんだね。なーんにも考えてない」


 失礼な野郎だ。


「お前が考えすぎなんだよ」

「クランリーダーなんてやるもんじゃないねー。昔はもっと楽しかったよ」


 ≪Mr.ジャスティス≫はそう言うと、立ち上がる。

 そして、盾をアイテムボックスにしまった。


「お前、タンクのくせに、盾をしまってどうすんだよ」

「僕はタンクじゃないよ。パーティーの編成上、仕方なくタンクをやってるだけだ」


 ≪Mr.ジャスティス≫はそう言うと、剣をもう1つ取り出した。


「え? 二刀流?」

「カッコいいだろ?」


 悔しいが、めっちゃカッコいい!


「ふっふっふ。これからは本気でいこうかな。≪聖騎士≫の力を見せてあげよう!」


 ≪Mr.ジャスティス≫が急にカッコつけだした。


「おもしれー」


 俺はアイテムボックスから真っ赤な短剣を取り出した。

 俺の愛剣である≪血塗られた短剣≫である。


 俺は≪隠密≫のスキルを使い、自分の存在を希薄にする。

 そして、一気に≪Mr.ジャスティス≫に向けて、突っ込んだ。


 俺は巧みなステップで≪Mr.ジャスティス≫の横に回り、短剣で切りつける。

 しかし、≪Mr.ジャスティス≫はこれを左手に持つ剣で受け止めた。


「それは立花の時に見たよ」

「チッ!」


 ≪Mr.ジャスティス≫は俺の短剣を余裕綽々で受けると、もう一方の剣で袈裟斬りしてくる。

 俺はこれを間一髪でかわすと、距離を取った。


「強いじゃないか……」

「Aランクを舐めないでほしいね」


 何故だ?

 あの≪Mr.ジャスティス≫がカッコいいぞ。


 いや…………


「ああ……思い出した。お前、昔はそんなんだったな」

「ん? 知ってるの?」

「小学生の時にテレビで見た」

「ああ、なるほど」


 俺が憧れた≪Mr.ジャスティス≫が目の前にいる。


 優しくて、甘く、皆になめられている≪Mr.ジャスティス≫ではない。

 ダンジョン解放初期からダンジョンに入り、誰よりも早くレッドゴブリンを倒した双剣の戦士だ。


 最初は皆、不安だった。


 得体の知れないダンジョン。

 強いモンスター。

 危険な罠。


 そんな不安と恐怖をワクワクに変えたのが、この≪Mr.ジャスティス≫なのだ。


 俺達第2世代は、≪竜殺し≫でも≪教授≫でもなく、この男に憧れ、エクスプローラになった。

 自分達も≪Mr.ジャスティス≫のようになりたいと思ったのだ。


「ははは……」


 俺の口から思わず、笑い声が出た。


「お前、クランリーダーなんて辞めろよ」

「無理だねー。立場ってのは怖いよ。下の者や協会が辞めさせてくれないんだ」


 まあ、≪Mr.ジャスティス≫がリーダーを辞めると、困るヤツはいっぱいいるだろう。


「立場なんて捨てて、昔みたいにがむしゃらにやれば、彼女なんてよりどりみどりなのに」

「え? ほんと?」


 ≪Mr.ジャスティス≫は顔を上げ、嬉しそうな顔をした。


 揺らいじゃったよ……


「お前、若い時にモテてただろ」

「ダンジョン攻略に夢中でねー。当時は興味がなかった」


 だから、今でも童貞なのね……


「もったいね…………お前、カッコよかったのに」

「君に褒められると、勘ぐるね」


 信用ゼロ!


「お前はマジでモテてたよ。俺の同期達もお前に憧れてた。あのサエコですら、お前みたいになりたがってた。だから、あいつは剣を選んだのに」


 それほどまでに≪Mr.ジャスティス≫は有名だった。

 エクスプローラと言えば、こいつだ。


「あのサエコさんがねぇ。ハァ……どこで間違えたのか。僕はエクスプローラの楽しさを皆に伝えたかっただけなのに」


 お前は優しすぎたな。

 もっと、貪欲になればいいのに。


「伝えられたよ。少なくとも、俺はお前にテレビ越しで教えられた。当時、両親が再婚し、大好きなお姉ちゃんや可愛い妹ができた。最高に楽しかったあの思い出を超えるくらいにな」


 俺は目を閉じ、精神を集中させる。


「そっか。それは良かった…………ってか、君、あの姉妹と義理なの? なんかマズくない? 君のお姉さんを見る目が変じゃない?」

「変じゃない。俺は愛の戦士。ラブ&ピースの使者だ」

「……マジでヤバくない?」


 ヤバくない!


「ハアァーー、ハッ!!」


 俺が気合を入れると、俺の体から赤いオーラが出る。


「俺も本気でいこう。時代遅れの生贄共に、第2世代の力を見せてやる」

「やっぱりネットに僕達の悪口を書いたのは君か……」


 …………書いてないよ。


「行くぞ! ≪Mr.ジャスティス≫!!」

「絶対に君だね」

「うっせー!」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫の言葉をかき消すように突っ込んだ。

 すると、≪Mr.ジャスティス≫も双剣をクロスさせながら突っ込んできた。


 俺はアイテムボックスに血塗られた短剣をしまい、代わりにハルバードを取り出す。

 そして、重さ800キロはあるハルバードをおもいっきり振り下ろした。


 ギンッ――!!


 大きな金属音と共に火花が散った。


 ≪Mr.ジャスティス≫は俺のハルバードによる振り下ろしを躱すことなく、双剣で受け止めたのだ。


「チッ!」


 俺は思わず、舌打ちをする。

 まさか、≪Mr.ジャスティス≫が受けを選択するとは思わなかったし、ましてや、受け止められるとは思わなかった。


 俺はそのまま力任せに叩き潰そうとするが、≪Mr.ジャスティス≫の力も相当なもので、押しつぶすことが出来ない。


 直後、≪Mr.ジャスティス≫の姿が消えた。


 俺はすぐに右だと気付き、裏拳を放つが、≪Mr.ジャスティス≫は腰をおろし、躱した。

 そして、≪Mr.ジャスティス≫は俺の腹を蹴りぬいた。


 俺は思わず、後ろに下がるが、≪Mr.ジャスティス≫の拳が目の前に見えたため、しゃがんで躱す。

 しかし、今度は蹴りが目の前に見えたため、ハルバードを手放し、両腕でガードした。

 すぐに蹴りの衝撃が俺を襲うが、こんなもので怯む俺ではない。


 俺は俺を見下ろしている≪Mr.ジャスティス≫にしゃがんだ状態から思いっきり頭突きを食らわしてやった。

 頭突きは≪Mr.ジャスティス≫の胸に当たり、≪Mr.ジャスティス≫はよろめく。

 だが、≪Mr.ジャスティス≫はすぐに立ち直ると、双剣で切りつけてきた。


 俺は武器がないため、防御ができないと思ったが、おそらく勝利を確信しているだろう≪Mr.ジャスティス≫と目が合った。


 というか、結構前から目が合ってた気がする……

 しゃべってた時なんか、お互い、普通に目を見て話してた。


「テンプテーション!」


 俺はようやく自分の優位性に気付き、≪Mr.ジャスティス≫に魅了魔法をかけた。

 すると、俺に切りかかっていた双剣が俺の首手前で止まり、≪Mr.ジャスティス≫の目がぼんやりとしだした。


「ムーーン、サルト!!」


 俺はそんな≪Mr.ジャスティス≫に後方宙返りをしながら顎を蹴りぬいた。

 俺がそのまま華麗に着地すると、≪Mr.ジャスティス≫は仰向けで倒れる。

 そして、魅了魔法が解けると、目を覚ました。


「ああ……もしかしたら彼女が出来るかもと思ってたら忘れてた」


 なんか可哀想。

 

「結婚とかしたくないの?」

「…………したいよ。僕の同期の半分以上はもう結婚したんだぞ……クッソ!」


 悲しい。

 俺、シズルを大切にしよ!

 こんな大人になりたくない。


「が、頑張れ」

「ああ、君に言われると心が痛いよ。彼女持ちは死ねばいいのに」


 絶対にこんな大人にはなりたくない。


「お前ならすぐ出来るよ……」


 …………多分ね。


「気休めをありがとう。ハァ……僕の負けか。まさか、魔法なしのルミナ君に負けるとはね…………ふっ、これがリア充と非リア充の差か」


 そんな卑屈にならなくても…………ってか、お前、勝つ気あった?

 とても本気だったとは思えないぞ。

 というか、どう考えても、まだやれるだろ。

 立てー。


 俺はなんか自棄になって、続きをする気もない≪Mr.ジャスティス≫を見て、めんどくせーなと思った。





攻略のヒント

 日本におけるエクスプローラで初めてAランクになったのは、≪Mr.ジャスティス≫である。

 ≪Mr.ジャスティス≫はダンジョンでの攻略だけでなく、メディアへ積極的に露出し、エクスプローラ増加やダンジョンのイメージアップに多大な貢献をしていたからと言われている。


『とあるエクスプローラ研究家のブログ』より

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