第123話 ハイエナ


 ミレイさんはタイマンでレッドゴブリンと戦った。

 その戦闘はミレイさんが実力の差を見せつけ、終始優勢に進めた。

 そして、トドメの一撃を食らわそうとしたのだが、その瞬間、後ろで見ていた俺達の背後からの魔法により、レッドゴブリンは倒されてしまった。


「あ、あんたら、何するんだよ! ふざけん――」


 いち早く我に返ったちーちゃんが文句を言うが、俺はそんなちーちゃんを手で制した。


「何すんのさ!」

「ちょっと黙ってろ」


 ちーちゃんは止めてきた俺にも文句を言うが、俺は低い声でちーちゃんを黙らせた。


「近藤さん! 何をしている!?」


 俺がちーちゃんを黙らせていると、≪Mr.ジャスティス≫が怒鳴り声をあげた。


 やはり≪Mr.ジャスティス≫は知らなかったようだ。


「セイギ、すまんが、お前はちょっと黙っててくれ」

「何を言ってる! こんなことをしたら――」

「頼む」


 ≪正義の剣≫のおっさんAは真剣な顔をして≪Mr.ジャスティス≫を黙らせる。


 俺はそんなヤツらに近づいた。


「よう。お前らもボス戦か?」


 俺は陽気に声をかける。


「ええ、そうです。バッティングしちゃいましたね」


 俺の問いかけにキララが笑顔で答えた。


 バッティング?

 意味わかってんの?


「一応、聞くけど、どういうつもりだ?」

「ミレイさんが苦戦しているようなので、援護をと思ったんです。倒しちゃいましたけどね」


 なるほど。

 そういうことね。


「お前らの入れ知恵か?」


 俺はおっさんAに話を振る。


「入れ知恵? 他のエクスプローラが危険な場合は助けに入ることもあるって教えただけだ」

「ふーん、それでミレイさんが危険に見えたと?」

「一応、念のためにな。何かがあってからでは遅い」


 ほうほう。


「宝石と魔石のドロップはどうする?」

「当然、倒したキララさんに譲るよ」


 もういいや。


「ミレイさん、さっき、もう一つ教えることがあるって、言ったのを覚えてる?」


 俺はミレイさんを見る。


「う、うん。それがこれ?」

「そう。協会はエクスプローラ同士の争いを禁じている。でも、実際に、それは守られてはいない。だって、人間同士だもん。絶対にどこかしらで揉めるし、争いにはなるよ」


 今みたいに。


「…………だよね」

「シズル、前に授業で護身術の実習があっただろ」


 俺はシズルにも話をする。


「あったね。先生もエクスプローラ同士で争うことはあるって言ってた」

「先生達は元エクスプローラだから知ってんだよ。争いがあることを」

「うん。そんな感じはしてた。わざわざ専門の先生を呼んでまでやってるもんね」


 あの爺さんな。


「ミレイさんもお前らも、あとついでにキララも。覚えておけ。これがハイエナと呼ばれる行為で、一番争いが起きる原因だ」


 多分、何も知らないであろう新人のキララにも教えておいてやろう。


「ハイエナ?」

「人の獲物を横取りする行為だな。これが厄介で、さっき、こいつらが言ったみたいに助けに入ったって言われたら正当性は向こうだろ」

「でも、ミレイさんは苦戦なんかしてないし、ましてや、パーティーが全員生きているのに危険なんてないだろ」


 瀬能が至極まっとうなことを言っている。


「だな。それがこっちの意見。でも、向こうはそれを認めない。ほら、揉める。たとえ、協会が仲裁しても、一生、水掛け論だ」

「これはよくあるのか?」

「あるよ。カナタは知ってるだろ? 治安の悪い川崎支部にいたんだから」


 俺はカナタを見る。


「ええ。他のダンジョンでは深層に行かないと、こういうことはめったに起きないんですが、あそこは日常茶飯事でしたね」


 クズとゴミばっかだからなー。


「で……だ。こいつらはさっきレッドゴブリンを倒したから、経験値はこいつらというか、キララのもの。そして、ドロップ品まで持っていくんだってさ」

「つまり、どういうことさ?」


 ちーちゃんが結論を聞いてくる。


「こいつらはケンカを売ってんの。死にたいらしい」


 俺は≪正義の剣≫を睨む。


「ちょっと待ってくれ! こっちはそんなつもりはない!」


 さすがに≪Mr.ジャスティス≫はもう黙っていることは出来ないようだ。


「そんなつもりがないのはお前だけだろ」


 俺は冷たく≪Mr.ジャスティス≫に言う。


「お前ら、どういうつもりだ!? ハイエナは禁止したはずだし、ましてや、新人を巻き込むなんて、ありえないだろ!!」


 さすがは≪Mr.ジャスティス≫。

 正義の名前は伊達じゃない。


「セイギ、このクソガキは一度、シメないといけない。俺達だって、我慢してきた。生贄と呼ばれようが、バカにされようが、こいつはまだ高校生のガキだ。いちいち、怒るのは大人げないってな」


 君達、我慢してたの?

 お前らはお前らで、俺にめっちゃ絡んでませんでしたっけ?

 あと、生贄って言ったのはクーフーリンな。


「ああ、そうだ。だから、ルミナ君のことなんて気にするなよ。どうせ、すぐにマイさんに怒られて、泣くんだから」


 やっぱ≪Mr.ジャスティス≫って、俺の事をバカにしてるよな。


「ああ。いつもの事だ。だがな、この前のスタンピードは我慢ならん。こいつが東京本部のスタンピードを止めたのは素晴らしいことだし、留守にしていた俺達も助かった。しかし、俺達だって、長野支部のスタンピードを止めたんだぞ! なのに、こいつは俺達を役立たず呼ばわりするし、周囲もそれに同調した! 知ってるか、セイギ。ネットでは俺達の事を時代遅れの落ち目クランって呼んでいるんだぞ!」


 …………掲示板かな?

 …………それ書いたの、俺だったりする。


『……黙っときな』


 うん。


「それがどうした? 有名になれば、アンチは沸くもんだ。そんなことを気にするなよ。僕達は≪正義の剣≫だぞ。たかが学生のCランクにケンカを売ってどうする!?」

「セイギ……こう思ってるのは俺達だけじゃないんだ。クランの、他のメンバーも思っていることだ。このままではいつか爆発する。だから、そうなる前に俺達でやる」


 おっさん5人が女の子を寄ってたかって、やるんだってさ。

 事案どころか、ガチやんけ。


「話は終わったか? だったら、キララは下がってな。お前が死んだら全滅になっちゃうだろ」


 いいかげん、目の前で揉めているのを見るのに飽きてきた。

 俺にケンカを売っておいて、内輪で揉めんなや。


「ちょっと待ってくれ!」


 ≪Mr.ジャスティス≫が再び、俺を止めてくる。


「お前、状況をわかってないだろ」

「すまん。こちらが悪かった! ドロップ品はそっちに譲る」

「セイギ!!」


 ほら、わかってない。


「経験値はどうすんだよ。それにお前ら、たかが10階層のボスだと思ってんだろ。お前らにとっては些細なことだろうが、ミレイさんは違うぞ。この人がどんな思いで挑んだのかをわかってんの?」

「そ、それは…………」

「人の依頼をめちゃくちゃにしておいて、タダで済むと思ってんのか? 俺とやりたいなら俺に言えばいいだろ。でも、お前らは私闘を禁ずるって、法があるから、わざわざこんなことをしてきたんだ。ペナルティーを怖れた自己保身だろ。こういう状況になれば、どっちが正しいかは水掛け論、っていうか、信頼されてるお前達と欠片も信頼されていない俺とじゃあ、結果は見えてるもんな」


 こいつらの考えが透けて見える。


「セイギ、もう避けられない。すまんがな……」

「……………………」


 おっさんAが≪Mr.ジャスティス≫を下がらせ、前に出てきた。


「俺にハイエナしてきた時点でお前らがどんな言い訳をしようが、結果は同じだ。ここで、はいそうですかって引き下がるようなら、俺は川崎支部を追い出されてねーよ」


 川崎支部追放の直接的な原因は賄賂だったが、そもそもの原因はどこぞのアホ共が俺にハイエナをしてきたことだ。

 俺がそいつらを過剰に制裁したことが問題となったのだ。


「…………やるの?」


 ミレイさんがわかりきったことを俺に聞いてくる。


「教えるって言っただろ。あんたが上を目指すなら、必ず、こういうことが起きる。低階層は報酬がしょぼいからめったに起きないが、奥の階層にでもなれば、経験値もドロップ品も破格だからな」

「…………そう、だよね」


 ミレイさんは肩を落とした。


「さてと、キララ、お前はさっさと下がりな」


 俺は未だにおっさん達と共に前に出ているキララに警告する。


「えっと……」


 おそらくキララはこうなるとは思っていなかったのだろう。


「直接ハイエナをしたのはお前だ。でも、お前はこのおっさん達とは思ってることが違うだろ。お前は俺というより、ミレイさんに対抗したかったってことはわかってる。新人だし、許してやるよ。だから、消えな」

「――ッ!」


 キララは何も言わず、悔しそうに下がっていく。


「てめーらは10秒で協会に送ってやるよ!」


 俺はおっさん達を始末するためにアイテムボックスからハルバードを取り出した。

 もちろん、おっさん達もそれぞれ武器を取り出し、構えた。


「待て!!」


 ≪Mr.ジャスティス≫が前に出てきて、俺達の間に入った。


「何だよ」

「ルミナ君、決闘をしようか」

「いいぞ」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫の提案に即答した。

 というか、こうなるのはわかっていた。


 警備員の榊が言っていたが、これまでに≪Mr.ジャスティス≫が新人指導に付き添ったことは一度もない。

 なのに、今日はいる。


 理由は簡単。

 おっさん共が連れてきたのだ。

 おっさん共は自分達では俺に勝てないことを知っている。

 だから、唯一、勝てそうな自分達のリーダーを連れてきたのだ。


「決闘って何?」


 ≪Mr.ジャスティス≫の提案に疑問を持ったシズルが聞いてくる。

 まあ、知らんわな。


「こんな感じで揉めた時の解決策。パーティー同士で全員が争ったら危ないだろ。モンスターもいるし、全滅の危険性もある。だから、パーティーの代表者で決闘すんの。勝った方が正しい」

「それって良いの?」

「良いわけない。でも、協会は黙認してる。まあ、演習って言えば、追及されないし」

「でもさ、それでも揉めない?」

「これはエクスプローラが独自に決めたルールだ。これを反故にするヤツは、エクスプローラが結託して、そいつを協会につきだす」


 たとえ、そいつがどんなに正しかろうと、反故にするようなヤツを誰も助けないし、むしろ、悪い方の証言をする。


「そんなのがあるんだ…………」

「こいつら第1世代が考えたやつだな」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫に話を振った。


「昔は協会が頼りなくてねー。大変だったよ」


 ≪Mr.ジャスティス≫は懐かしそうに言う。


「あ、あの、本当にルミナ君とやるんですか?」

「やるよ。君らアマの学生やミレイさんは下がっててくれるかな? 君達を傷つけたら、さすがに僕達でも終わるよ」


 アマチュアの学生を傷つけたら、協会も政府も黙ってはいない。

 ミレイさんを傷つけたら、事務所やファンが黙ってはいない。


「俺も学生。しかも、女の子」


 キャピ!


「いや、無理」


 ひで。


「セイギ、すまん……本当にすまん」


 おっさんAが≪Mr.ジャスティス≫に謝る。


「もういいよ。僕もお前らとルミナ君の確執には気付いていた」

「うそつけ」


 蚊帳の外でニブちんのくせに。


「本当だよ。だから、何とかしようとして、君に話を振ったのに、君は自分の要件が終わると、無視して、さっさと電話を切っただろ」


 そ、そんなこともあったかなー。


「いや、俺も悪いと思ってたんだよ。だから、直接謝ろうと思ったわけだ。電話越しは失礼だろ」


 オレ、レイギ、シッテル。


「じゃあ、今、謝れよ」

「お前を倒したらな。負けたら謝んねー」

「…………ほら、こんなヤツに目くじらを立てるな。どうせ、自爆するんだから放っておけばいいんだよ」

「セイギ、すまん」


 お前ら、俺を三枚目の悪役認定すんな!


「ハァ……まさか、また、ルミナ君と戦わないといけない日が来るとはねー」

「また、ボコボコにしてやるよ」

「勝ったのは僕らだけどね」

「いや、東城さんだから。お前は俺の魅了で寝てただけ」


 決して、俺は負けてない!


「いや、すぐに起きたし。それよりも、ルールはどうする?」

「なんでもいいぞ」

「出来たら手加減してほしいね。最近、歳のせいか、疲れが取れなくて」


 おっさんは嫌だねー。


「飛び道具はなしにしよう」

「君の魔法も? メイジだろ」

「ギャラリーがいるのに、カボチャ爆弾なんか使えんわ」

「そりゃそうだ。じゃあ、僕もそうしよう」


 こいつにはダサいことで有名な≪ジャスティス・ブレイバー≫がある。

 活躍したところを見たことはないが、危ないことに変わりはない。


「で? 何を賭けるんだ?」

「そもそも、この争いは何? 僕はイマイチ理解してないんだけど」


 ≪Mr.ジャスティス≫はミレイさんとキララを交互に見る。


「アイドルの覇権争い。それを俺とおっさん共がややこしくした」

「ふーん。じゃあ、それを賭けよう」


 どういうこと?


「どうすんの?」

「負けた方がこの東京本部でアイドル活動をするのを禁じよう」

「だってさ」


 俺はミレイさんを見る。


「私は構いません」


 ミレイさんははっきりと肯定した。


「いいの? リンゴ園継ぐ?」

「別に協会はここだけじゃないし、あの≪陥陣営≫が負けるとは思えない」


 そうだね!

 俺、強いし。


「近藤さんは?」


 ≪Mr.ジャスティス≫もキララに確認する。


「私も構いません。そもそも、私はまだ何も成していないので、失うものはありません。先に手を出したのは私ですし、結果に任せます」


 キララも承諾した。


「じゃあ、僕からも。僕が勝ったら謝れよ」

「はいはい。土下座している俺をおっさんが寄ってたかって見てろよ。涙もおまけしてやる」

「そこまでしなくていい。ってか、僕達が社会的に死ぬ絵面だ」

「俺が勝ったら、お前らとのいざこざはなくなったって、マイちんに言え。ルミナ君は真面目な人間に生まれ変わってたってな」

「いいけど、どうせ、バレると思うよ」


 こういう嘘は積み重ねが大事なんだよ。

 この前、ユリコが言ってたから間違いない。


「よし、では、やろうかね」

「嫌だなー。皆、危ないから下がってて」


 ≪Mr.ジャスティス≫がキララとおっさん共を下がらせた。


「シズル、シロを持ってて」


 俺はシロをシズルに渡す。


「うん。大丈夫なの?」


 シズルはシロを受け取ると、心配そうな表情で、俺の手を握り、指を絡ませる。

 シロは空気を読み、すぐにシズルの頭に移動した。


「ガチの争いじゃない。お互いの落としどころがこれってだけだ」


 俺はシズルを安心させるために肩に手を置く。


「やりすぎないようにね」


 そっちかい……


「大丈夫、大丈夫」


 ボコボコにしてやるぜ!


 俺は心配そうな表情を続けるシズルを下がらせ、≪Mr.ジャスティス≫に相対する。


「一つ、言ってもいい? 皆が思ってること」


 ≪Mr.ジャスティス≫は戦いの前にまだ言いたいことがあるらしい。


「なんだよ」

「君ら、いっつもイチャイチャしずぎ。すげーむかつく」


 嫉妬すんな、童貞。


「お前には俺の葛藤がわかんねーよ」

「どうせ、エロいことだろ」


 正解。


「ふん。ラブ&ピースの力を見せてやるぜ」

「ださいよ」


 正義づくしなお前にだけは言われたくないわ!





攻略のヒント

 エクスプローラとして活動するうえで、忌み嫌われる行為がある。

 他人をおとりにし、危険をさらす行為や俗に言うハイエナ行為などである。

 これらをすると、協会だけではなく、他のエクスプローラからも嫌われ、ロクなことがない。

 そういったマナーや暗黙の了解は協会ごとに違ったりもするので、先輩エクスプローラに聞くなどし、情報を集めておこう。


『週刊エクスプローラ マナーを守ろう』より

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