第103話 事故が多いのは、行く時より帰る時なんだよねー


 瀬能がクイーンスパイダーを止め、その隙に俺のヘルパンプキンで瀬能ごとクイーンスパイダーを倒すことが出来た。


「仕留めたな」

「瀬能ごとね」


 変な格好で転けているちーちゃんが言う。


「瀬能が提案した生贄アタックだ」

「瀬能から聞いてる。≪ファイターズ≫の非人道的なやつ」


 仲間を殺したリーダーとして、責められるかと思っていたが、瀬能は説明していたらしい。

 

「ダンジョンの近くに実家がある瀬能は必死なんだろうよ」

「だろうね」


 俺達は立ち上がり、クイーンスパイダーと瀬能がいた部屋を見る。


「みなさーん、大丈夫ですー?」


 俺達が部屋の方を見ていると、後ろからアカネちゃんが声をかけてきた。


「なんとかね。しかし、あんた、速すぎだろ。あたしの隣にいると思って、振り向いたら、もう、いないんだもん」

「私もびっくりした。逃げようと思ったらアカネちゃんがはるか遠くにいたから」

「僕もです。最初は帰還の結晶で帰ったのかと思いましたよ」


 俺が思っていたことは皆も思っていたらしい。


「逃げるのが私の仕事ですのでー」


 なんだその仕事?

 まあ、いいけど。


「しかし、お前ら、よく俺の援護に来れたな」


 俺は頼もしい仲間達にお褒めの言葉を授ける。

 

「頑張って、キルスパイダーの数を減らしたからね。残ったキルスパイダーは雷迅で動けなくしたの」

「ああ。あの動いていないキルスパイダー達は痺れてたのか」


 俺はシズルの説明で納得した。


「まあね。でも、ルミナ君がぐるぐる巻きにされていたのを見て、びっくりしたよ」

「クイーンスパイダーは中々、巧妙なヤツだったんだ」


 けっして、俺がバカなわけではない!


「あ、神条さん、燃やしちゃって、すみませんでした」


 俺に火魔法を放ったカナタが謝罪をしてきた。


「いや、良い判断だったぞ。お前のおかげでクイーンスパイダーを倒せた」

「ありがとうございます! でも、一番の功労者は瀬能さんですよね」

「だなー。よし! 瀬能もいねーし、さっさと帰ろうぜ」

「だね。帰還の結晶を使う?」


 シズルの問いに俺はどうしようかと悩む。

 

 帰還の結晶は貴重だし、もったいない。

 とはいえ、タンクである瀬能がいないし、地図もないこの階層で帰還の魔法陣を探すのは危険だ。


「うーん……お前らは帰還の結晶で先に帰れ」

「ルミナ君は?」

「俺は大部屋に戻って、クイーンスパイダーのドロップ品や魔石を回収した後に帰還の魔法陣を探して帰る」


 帰還の結晶を少しでも節約したいが、こいつらを危険な目にはあわせられない。

 ただでさえ、危険な仕事に付き合わせているのに、これ以上は無理だ。


「一人で大丈夫?」

「まあ、この階層くらいなら問題ないし、ヤバそうだったら、俺も帰還の結晶を使う。俺だって、なるべく死にたくねーし」

「そう。じゃあ、私達は先に帰るね。協会で待ってるから」


 シズル達はそれぞれ帰還の結晶を取り出すと、すぐに消えた。



「よし、俺達もさっさと帰ろうぜ」

「お前もケチだなー」

「帰還の結晶はこれからのダンジョン攻略でも使うんだよ」


 俺はシロと二人っきりになると、大部屋に戻る。

 大部屋の中に戻ると、瀬能とクイーンスパイダーがいた位置に大きな赤い魔石が落ちている。

 それだけでなく、部屋の中にはキルスパイダーのものと思われる黒い魔石がいくつか落ちていた。


 俺は真っ先にクイーンスパイダーの魔石を拾うと、キルスパイダー達の魔石を拾っていく。


「このクイーンスパイダーの魔石は瀬能にやろう」

「それでいいんじゃね?」


 一番の功労者だしな!


 俺は次々と魔石を回収していくと、部屋の隅に残っている最後の魔石を拾おうと歩きだす。

 すると、歩いていた俺の足元が急に光りだした。


「え!?」

「あーあ、ワープじゃん。ドジ」


 俺の視界はすぐに光に包まれてしまった。




  ◆◇◆




 光に包まれた俺だったが、しばらくすると、光は消え、視界が開けてきた。


「ここは……」


 俺は周囲を見渡し、場所を確認する。

 といっても、この場所の情報は非常に少ない。


 両サイドを見ると、まるでコンクリートのような綺麗な壁がある。

 後ろを振り向けば、階段がある。

 そして、前方には扉があった。


 この配置を俺は知っている。


 ボス部屋の手前の通路である。


 おそらく、この扉の向こうにはボスがいる。

 しかも、10階層でもなく、20階層でもない。

 そして、30階層でもないだろう。

 何故なら、壁がこれまでの洞窟系ではなく、見たことのないコンクリートだからだ。


「チッ! 大分、奥まで飛ばされたな。死にたくねーし、帰還の結晶を使うか……」


 俺はアイテムボックスから帰還の結晶を取り出した。


「待て、相棒」


 俺は帰還の結晶を握りしめていると、肩にいるシロが止める。


「何だよ?」

「相棒、何も聞かずに、そこの扉を開けて中に入れ」

「ハァ?」


 俺はシロに聞き返したのだが、シロは黙ってしまった。


 中に入れって言われてもなー。

 しかも、何の説明もない。


 うーん、まあ、シズル達は先に帰還しているし、ここで俺が死んでも問題はない。

 いや、死ぬのは勘弁だけど。


「よくわからんが、わかった」


 俺はシロの言うとおり、中に入ることにした。

 

 シロの言うことに従っておけば、大抵のことは上手くいってきたし、たいしたリスクもない。


 俺は扉に近づくと、覚悟を決め、扉を開ける。

 そして、中に入っていった。


 俺は部屋の中に入ると、部屋を見渡す。

 部屋の中はコンクリートの壁に囲まれた広い空間だ。


 やっぱりボス部屋のようだな。

 しかし、ボスがいねーな。


「入ったぞ」


 俺はよくわからないので、シロに聞くことにした。


「ああ、すまんな。説明したかったんだが、ルールでな」

「ルール?」

「ほれ、昨日、学長室で教えただろう。まだ起きていない現象は説明できない。この部屋はまだ誰も立ち入っていないから説明できなかったんだよ」


 そうだったな。

 昨日のことだが、大分、前の気がするわ。

 

 それほどに今回のダンジョン探索はハードだった。

 肉体的にも精神的にも。

 ……俺の尊厳的にも。


「それで、ここはボス部屋でいいのか?」

「ああ、40階層だ」

「遠くまで来たなー」


 一気に10階層以上も飛んできている。

 

「まあ、ワープはどこに行くかわからないからな」

「しかし、ボスがいねーけど」


 この空間には俺とシロしかいない。


「ここのボスはな、ホワイトドラゴンなんだ」


 ドラゴンかよー!

 無理、無理、かたつむり。


「もうズメイみたいなのはゴメンだって言っただろ。帰ろうぜー」

「…………相棒、俺っちは何のモンスターだったっけ?」


 ん?

 えーと、蛇じゃない。

 あ……


「ホワイトドラゴン(笑)」

「すげームカつくな」

「何、何? ここのボスって、お前なん?」

「ハァ…………相棒がいっつも俺っちを黒幕にしようとするから、それに乗ってやったのに、お前は俺っちの種族を忘れてやがる」


 だってねー。

 お前はドラゴンに見えんし、そもそも、俗世に染まりすぎて、モンスターなのかも怪しいじゃん。

 どこの世界にバラエティ番組を見ながら頷くモンスターがいるんだよ。


「で? マジでお前なん?」

「ハァ……俺っちはな、ここで生まれたんだ。その時はボスだったな」


 弱そうなボスだこと。

 

「へー、今は違うのか?」

「お前に使役されたからな。俺っちはすでにダンジョンのモンスターですらねーよ」

「ふーん。お前って、特異種じゃなかったっけ?」

「そうだ。俺っちはここで生まれ、知能があった。そして、自分が特異種なことも理解した。だが、それと同時に自分が弱いこともすぐに理解した」

「まあ、小さいしな」

「ああ。俺っちの役割はここで人間を待ち、戦うことだ。だが、この40階層まで到達する人間に勝てると思うか?」

「思わない」


 シロは賢いし、念力を始め、様々な能力がある。

 しかし、本人いわく、ゴブリンには勝てるが、オークには負ける程度の強さだ。

 それが40階層に到達したエクスプローラに勝てるわけがない。


「だから、俺っちはここに居たくなかった。こんな何もない部屋で殺されるのを待つのなんて嫌すぎる」

「そりゃそうだ」


 誰だって、嫌だわ。


「そして、俺っちはこの部屋を出て、モンスターを回避しながら、何とかワープの罠に乗り、エクストラステージに行った。そこでお前とシズルに出会ったわけだ」


 シロも苦労したんだな。

 しかし、その苦労は報われ、俺という最高の宝物に出会ったわけだ。


「それで? その話をしたくて、ここに来たのか?」

「いや、この話はどうでもいい」


 どうでもよくはなくね?

 結構、大事だと思うけど。


「それじゃあ、何さ?」


 ちーちゃんの真似。

 似てないね。

 練習しよ。


「お前は知らないかもしれないが、ボスを倒すと、レアアイテムをドロップする」

「いや、知ってるよ。宝石だろ」


 高く売れるやつ。


「それじゃない。ボスには初回撃破ボーナスがあるんだ。最初にボスを倒すと、レアアイテムがもらえるんだよ」

「マジで!?」


 聞いたことねーわ。


「協会は知っていると思うぞ。何せ、アイテムの報告義務があるからな」


 ダンジョンで入手したアイテムはすべて協会に報告しないといけない。

 これはダンジョンで手に入る便利なアイテムで犯罪を犯してもすぐにわかるようにするためだ。


「ふーん。あいつら、隠してやがるのか」

「まあ、無茶するヤツを抑止するためだろ。金持ち連中が金を使ってエクスプローラを雇うことも出来るしな」


 なるほどー。

 世の中は俺みたいな聖人君子だけでなく、悪いヤツがいっぱいいるからな。

 金に糸目をかけず、レアアイテムを手に入れようとする金持ちや企業は多いのだ。


「ということは、ここのボスを倒せば、レアアイテムが手に入ると」


 それで帰還の結晶で帰るのを止めたわけだ。

 しかし、勝てるかね?

 40階層だぜ?

 しかも、笑えない方のホワイトドラゴン。


「そうだ。そして、俺っちはここのボスだったからドロップするレアアイテムを知っている。≪トランスリング≫だ」


 トランスリング!?

 俺が求めている男に戻れるやつじゃん!

 …………あれ?


「リングだっけ? バングルじゃなかった?」

「トランスリングはトランスバングルの劣化版だ。トランスバングルは制限がなく、自在に性別を変更できるが、トランスリングは制限がついている」

「制限? 一部だけ男に戻れるとか?」


 マニアックだぞ!

 これ以上、エロゲ野郎呼ばわりは嫌だ!


「ちげーよ! そんなアイテムあるわけねーだろ。いや、あるかもしれんが…………制限は時間だ」

「時間ねー。どんくらいなん?」

「100分だ。ただし、クールタイムは100000分」


 10万分!?

 えーと……


「約70日だ」

 

 うーん、微妙…………

 2ヶ月に1回ほど、1時間40分だけ戻ってもねぇ……


「制限キツいな。そんなアイテム、需要ねーだろ」

「世の中には色んな人間がいるからな。需要は間違いなくある。多分、オークションで売れば、10億は越えるぞ」

 

 マジで!?

 スゲー!!

 しかし、性癖はこえーなー。

 アブノーマルすぎるだろ。


「ちげーよ。いや、そういうヤツもいるだろうけど…………お前がそうであるように性別が変われば、見た目は大きく変わるんだ。犯罪や密偵には持ってこいなの」


 な、なるほどー。

 大人な意見だなー。


「ふむふむ」

「わかってないのに、わかったふりをしなくてもいい。とにかく、需要はある。そして、制限付きとはいえ、お前が求めているアイテムだ。だから、俺っちはお前をここに連れてきたんだよ」

「なるほどね。しかし、40階層のボスは無理だろ」

「ホワイトドラゴンは確かに強いが、お前だったら、絶対に勝てないほどじゃない。少なくとも、お前のパワーなら通じるし、プリティーガードでホワイトドラゴンの厄介なブレスも防げる」


 それだけ聞くと勝てそうだな。

 

「しかしなー、100分だけ男に戻っても………………」


 待てよ……

 100分か…………

 100分もあれば、できるじゃん!


「挑むか……苦難に立ち向かってこそ漢だって、田舎のじーちゃんが言ってたし」

「カッコつけんな、クズ野郎」

「まあまあ。負けても失うものはないし、やってみようと思っただけだよ」


 きっとシズルもそれを望んでいる!

 早く男に戻ってほしいって言ってたし!!

 

「もうお前の好きにしろよ…………嫌われても知らねーぞ」

「しかし、俺が死んだら、お前はどうすんだ?」


 一人で帰れる?


「そういえば、説明してなかったな。俺っちはお前が死んだ時点で消える。そして、お前が生き返ったら復活する。それが≪使役≫だ。実際、レッドオーガの時は俺っちも死に戻りしてる」

「マジで? じゃあ、俺がマジで死んだらお前も死ぬん?」

「そうなる」


 ひえー!

 よく人間に使役されようと思うな。


「嫌じゃないの?」

「ダンジョンの中で、つまらない人生を無駄に生きるよりも外の方がいい。それにお前が死ぬとは思えん。お前はきっと誰よりも長生きするぞ」


 憎まれっ子世にはばかる……

 うっせーわ!!


「フン! 俺様は200歳まで生きるんだよ!」

「魔女だし、マジで生きそう……」


 老後は森の中で毒でも作るかね。

 うーん、やっぱ嫌だわ。


「とにかく、ここで俺が負けても、お前は俺と一緒に死に戻りするだけなんだな?」

「そうなる。それを踏まえて、お前がどうするかを決めろ。勝ち目は低いが、挑む価値はあるだろ」


 シロがどうしてここに連れてきたのかをようやく理解した。


「わかった。じゃあ、戦ってみるか………しかし、ホワイトドラゴンはどこにいるんだ?」


 どこにもいませんよ?


「部屋の中央に行け。そしたら、出てくる」

「よし、行くぜ!」


 俺はホワイトドラゴンに挑むことに決め、

 部屋の中央に歩いていく。


「こうして歩いていると、ズメイの時を思い出すな」

「だな。今回もアドバイスをしてやるぜ」

「頼むわー」


 あの時はシズルの母親のためにズメイに挑んだ。

 しかし、本音はシズルを仲間にしたかったという自分のためだった。

 そして、今も完全に自分のためだ。


 俺は自分のために戦う。

 それでうまくいってきたし、この欲望こそが俺の原動力であり、強さなのだ!


「だから、カッコつけんな。ただの自己チューを良いように言うんじゃねーよ」


 うるさいな。

 人がせっかく勝利フラグを立てているのに。


 俺はシロにツッコまれながら歩き、部屋の中央へとやってきた。


「そろそろかな? ん?」

 

 前方に六芒星の魔法陣が現れ、光りだした。

 俺は足を止め、アイテムボックスからハルバードを取り出す。

 すると、光の魔法陣からホワイトドラゴンが現れた。


 ホワイトドラゴンはシロに似ていて、蛇のような姿だ。


「んーーー?」


 そして、俺は現れたホワイトドラゴンを見上げる。

 

 俺はホワイトドラゴンと聞いても、シロのイメージしかなかった。

 だから、大きくても数メートルくらいのニシキヘビ程度だと思っていた。


 しかし、俺の目の前にいるホワイトドラゴンの胴体は俺の身長くらいある。

 そして、体長は20メートル以上はありそうだ。

 

「でかくね?」


 俺は肩にいるちっこいホワイトドラゴンを見る。

 

「そりゃあ、ドラゴンだし。俺っちに似てるだろー」


 似てねーよ!!


「お前、二度とホワイトドラゴンを名乗るな」 


 勝てるかなー?

 




攻略のヒント

 モンスターは様々な攻撃手段を持っている。

 

 爪や牙による攻撃。

 武器を持っているもの。

 魔法を使ってくるもの。


 様々な種類が確認されているが、特に気をつけるべきは、ブレスである。


 ブレスは他の攻撃と違い、ほぼノーモーションで放ってくることが出来るため、非常に躱しにくい。

 しかも、強烈である。


 対策としては、口があるモンスターが息を吸ったら、すぐに逃げるか防御することだ。


『ダンジョン指南書 モンスターのブレス攻撃について』より

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る