第075話 お魚天国


 朝、目覚めると、目の前にはお姉ちゃんがいた。

 お姉ちゃんはかわいい顔でスヤスヤと寝ている。


 俺とお姉ちゃんは高校生にもなって一緒の布団で寝たのだ。

 さすがに、少し恥ずかしい。


「お姉ちゃん、朝だよ」


 俺は隣で寝ているお姉ちゃんを揺り起こす。


「うん、あと5分……」

「起きないとチューするよ?」

「うわっ……ついに言った」


 俺が冗談を言うと、寝ているお姉ちゃんの向こうからちーちゃんの声が聞こえてきた。

 俺は上半身を起こして、声が聞こえた方を見ると、布団で横になっているちーちゃんがドン引きしていた。


「何、見てんだよ!」

「あんたら、ヤバくない? 姉弟の域を越えてない?」

「越えてねーよ。お前は何を言っているんだ?」


 頭、おかしいんじゃね?


「だって、ウチと違うし」

「お前の所とウチを一緒にするな。ウチは仲良し一家なの」

「いや、別にウチだって、仲が悪いわけじゃ……」


 知ってる。

 カナタもちーちゃんもマイペースなだけで、仲が悪いとかではない。


「んー……どうしたの?」


 俺とちーちゃんが姉弟の仲について、話していると、お姉ちゃんが起きてきた。


「お姉ちゃん、朝だよ」

「もう? 早いね」


 昨日は4時くらいまで、3人でおしゃべりしていたため、4時間しか寝てない状態だ。


「ほら、朝飯、行くよ」

「待ってー、髪を整えるからー」


 そういえば、俺も髪くらいは整えないと。


 俺とお姉ちゃんは仲良く鏡の前で髪を整えると、朝飯を食べに行った。

 朝飯の場所は、昨日の晩飯と同様に2年のお姉ちゃん達とは別の場所だった。


 朝食を食べた後は部屋に戻り、ダンジョン探索の準備をすると、ちーちゃんと一緒に待ち合わせ場所である旅館のロビーに向かう。

 ロビーに着くと、他の4人はすでに来ていた。


「悪い、遅くなった」

「ううん、まだ時間じゃないよ」


 俺が謝ると、シズルが大丈夫と首を振った。

 

「じゃあ、ニュウドウ迷宮に行くか」


 俺は全員を見渡しながら言う。


「だね。ルミナ君は大丈夫? チサトさんは眠そうだけど……」


 シズルに言われてちーちゃんを見ると、確かに眠そうな目をしている。


「大丈夫だよ。ちょっと眠いけど」

「昨日、何時に寝たんです?」

「何時だっけ?」


 シズルに聞かれたちーちゃんは同室の俺に聞いてきた。


「4時くらいだったな」

「また遅くまで起きてたね」

「まあ、3人で盛り上がったからなー」


 3人でずっとおしゃべりをしたり、カードゲームで遊んでた。

 だって、修学旅行(合宿)の初日だよ?

 寝ないだろ。


「アカネちゃんも寝るのが遅かったみたいだし、大丈夫かな?」


 よく見ると、アカネちゃんも眠そうだ。

 どうせ、ホノカや友人と遊んでたんだろう。


「まあ、大丈夫だろ」


 どうせ奥まで行かないし。


 俺は楽観的に考えつつも、低階層なら問題ないと判断し、ダンジョンがある名古屋支部の協会へと向かうことにした。




 ◆◇◆




 名古屋支部の協会は俺達が宿泊している旅館からバスで10分程度の所にある。

 俺達はバスに乗り、協会前のバス停に到着すると、なるべく炎天下の下にいたくないため、さっさと協会の中に入った。


「ここが名古屋支部の協会かー。東京本部と変わらないね?」


 シズルが名古屋支部の協会内を見渡しながら聞いてきた。


「協会の作りはどこも一緒らしいぞ」


 昔、そう聞いたことがある。

 少なくとも、川崎支部はまったく同じ構造だった。


「おはようございます。ダンジョン学園東京本部の学生さんでしょうか?」

 

 俺達が協会の入口で見学をしていると、協会の女性職員が話しかけてきた。

 

「あ、はい。ダンジョンに行きたいんですけど」


 俺はちょっとかわいい職員さんに敬語で答える。


「東京本部の学生さんの受付はあちらになります。なお、当ダンジョンでは、学生は10階層以降は立ち入りが禁止されていますのでご承知ください」

「はーい」


 まあ、そんな所まで行く気はないので問題ない。


 俺達は女性職員さんの案内を受け、受付でダンジョン探索の申請をすると、ダンジョンの入口へと向かった。

 このニュウドウ迷宮の入口は、東京本部のロクロ迷宮と同様に、大きな縦穴の様な入口である。

 ただし、このニュウドウ迷宮は入口の周りが城の堀のように水で囲まれており、入口の正面には橋がかかっている。


「なんか水モンスターが出ますって感じだな」

「実際、そうだよ。そっち系統ばっか。このダンジョンでは、あんたら前衛が頑張るんだよ」


 俺のつぶやきにちーちゃんが反応した。


「ハァ……仕方がない。瀬能、シズル、聞いていると思うが、このダンジョンでは、カナタやちーちゃんの魔法があまり効果的ではない。奥には行かないから大丈夫だと思うが、頼むぞ」

「任せて」

「よーし!」


 瀬能はクールに答え、シズルはやる気に満ちている。


「それとルミナちゃんに言っておくことがある」


 シズルと瀬能に確認し、ダンジョンに入ろうすると、ちーちゃんが止めてきた。

 

「何?」

「このニュウドウ迷宮は10階層までは水系統の魚なんかがメインなんだ。でも、11階層以降はガラッと変わる。11階層以降はゾンビがメインになるんだ。あたし達は行かないけど、あんたは4日目に依頼で行くんだろ? 注意しておいて」


 ちーちゃんの言葉を聞いた俺は固まってしまう。

 

「ぞ、ゾンビ? あの動く死体か?」

「そう。腐った死体」


 えー……

 嫌だー……

 行きたくない……


「マジで? 変わりすぎじゃね?」


 魚からゾンビってなんだよ!

 あ、学生が11階層以降は立入禁止な理由はそれか!


「マジで。一応、伝えておくけど、ゾンビは火魔法に弱いから頑張って」

「嫌だわ! 他のヤツらに任せることにしよう」


 ハヤト君、大丈夫かな?

 トラウマにならないといいけど。


「ルミナ君、頑張って!」

「センパイ、御愁傷様です」

「ボクらの安眠のために頑張ってくれ」

「応援してます!」


 他の連中が励ましのような声をかけてくれた。

 自分達は行かないからって、気楽なもんだ。


「ハァ……まあいいや。行くぞ……」


 俺はちーちゃんの情報にテンションがガタ落ちしつつも、ダンジョンの中に入っていった。


 俺達はダンジョンに入ると、通路を歩いてた。

 このニュウドウ迷宮の構造は広さ的には東京本部のロクロ迷宮と変わらないが、通路の端には水路が通っている。


「いかにもこの水路から魚が出てきそうだなー」

「いや、魚モンスターは普通に宙に浮いているらしいよ」


 何だ、それ?

 色々とおかしいぞ。

 まあ、モンスターの生態なんておかしいことばっかだし、気にしても無駄か。


「1階層から魚が出てくんの?」

「魚は3階層からだね。1、2階層は東京本部と同じでスライムとゴブリンしか出ない」


 どこも一緒なのかね?

 川崎支部のダイダラ迷宮も同様だった。


「3階層まで一気に行くか。ゴブリンとスライムなんか相手にしても、時間の無駄だし」

「それがいいと思うよ。せっかく他のダンジョンに来ているんだし」


 俺の提案にタンクの瀬能が同意したため、3階まで進むことにした。


 3階層まで一気に来ると、早速、魚モンスターが現れた。

 魚モンスターはこちらに気づいておらず、ゆらゆらと宙を泳いでいる。


「あれはいわしかな?」


 瀬能が魚を指差し、聞いてくるが、魚の種類なんて知らない。


「あれはあじだね。ここの魚モンスターは色んな種類が出てくるけど、名前は全部デスフィッシュだよ」


 ≪エネミー鑑定≫のスキルを持っているちーちゃんが魚の種類を教えてくれる。


 しかし、あじとやらはでかい。

 体長1メートルはある。


「よーし、まずは俺が殴ってこよう!」


 俺はパーティーを代表し、試しに戦ってみることにした。

 俺が先頭にいる瀬能を押し退け、デスフィッシュ(あじ)に近づくと、デスフィッシュ(あじ)はこちらに気づき、真っ直ぐ、体当たりをしてきた。


 俺はそんなデスフィッシュ(あじ)を殴ると、デスフィッシュ(あじ)は吹き飛び、一撃で倒れた。


「よえー……全然、力を入れてなかったのに……」

「まあ、あじだし」


 デスフィッシュ(あじ)を倒した俺は後ろを振り向き、感想を言うと、シズルが答えた。

 

 確かに、あじが強いとは思わんな。

 まだ3階層だし、こんなもんか。


 俺達はその後、ダンジョンを探索しながらデスフィッシュを倒していく。


「あれはあゆ

「今度こそいわしだよ」

きすじゃないの?」

「サヨリですよー」

「僕もきすだと思います」

「あれはきすだよ。シズルとカナタが正解」


 俺達はすでに6階層まで来ているが、ダンジョン探索そっちのけで魚当てクイズをしていた。


「わかんねー」

「次こそは!」


 さっきからきすひらめたいなんかが出てきているが、全部、弱かった。

 どうも、このニュウドウ迷宮の難易度は、東京本部のロクロ迷宮より低いみたいだ。

 少なくとも、10階層までは。


 俺達はその後も探索を進めていき、まだ3時間しか経っていないが、6階層までやってきている。


「カナタ、詳しいな」

「はい! お父さんとよく魚釣りに行きますので魚は好きなんです!」


 俺の父親も魚釣りが趣味だ。

 俺が子供のころによく一緒に行っていたが、俺は魚に詳しくない。

 

 何故だ?

 あ、釣れないからだ!


 俺の父親は下手くそなのだ。


「シズルもよく当たってるな」


 魚当てクイズはちーちゃんを審判にして行われているが、カナタとシズルは正解率が高い。

 他はお察しである。

 瀬能に至っては、いわしにこだわりすぎて、1回も正解してない。


「私は料理するし、ある程度はわかるよ。ってか、ルミナ君はあんなに料理が上手なのに、なんで魚がわからないの?」

「いや、魚、食わねーし」


 肉しか食わない。


「おいしいのに」


 肉のほうが美味いよ。


「そろそろ良い時間だけど、どうする?」


 1回も正解していない男が時計を見ながら言った。


「今日は午前中だけの予定だし、帰るか……俺はもうお前らとは来ないけど」

「4日目は私達だけで、10階層まで目指すよ。ルミナ君はゾンビ相手に頑張ってね!」


 シズルがかわいい笑顔で薄情なことを言う。

 

 このパーティーにいると、たまに疎外感を感じることがある。

 

「誰か一緒に行かない?」

「私は嫌」

「私もでーす!」

「あたしも」

「頑張れ!」

「僕もちょっと……」


 ほらね。

 絶対に断られると思った。


 俺をハブにした≪魔女の森≫はダンジョンから帰還し、今日の探索を終えた。


 

 探索を終えた後、旅館に戻って解散した。

 解散後、俺は午後からシズルと再び、海に行く約束をしたので、先に旅館のロビーで待っていると、クラスメイトの女子や他のクラスの知らない女子達に囲まれてしまった。


「ねえ? 神条、お願いがあるんだけど」


 クラスメイトの篠山が女子を代表して俺に詰め寄る。


「なんだよ? 逆ナンならお断りだぞ。俺はシズルと海に行くから」

「あんたを逆ナンするヤツはいない。日焼け止めの魔法をかけてよ」


 女子に囲まれて、モテモテだなーと密かに思っていたのだが、欲しいのは俺の魔法ね……


「この人数をかけろと?」

 

 40人はいるぞ。

 無理言うな。


「あんた、魔女でしょ? 余裕、余裕」


 意味がわからん。


「えー……ちょっと午前中、ダンジョンに行ってたから精神力がなくてー」


 面倒くさいので嘘をつこう!

 

「そうなの?」


 そうそう!


「あ、ルミナ君! いたいた」


 俺が女子に囲まれていると、お姉ちゃんとちーちゃんが友達を連れてやってきた。


 非常に嫌な予感がする……


「お姉ちゃん、なあに?」

「日焼け止めの魔法をかけて」


 やっぱり……

 

「えー……ちょっと午前中、ダンジョンに行ったから精神力がー」


 お姉ちゃん、ごめんね。

 この人数は面倒くさいんだ。


「あんた、魔法を使ってなかったじゃん」


 ちーちゃん……

 君はパーティーリーダーを労る気持ちはないのか?

 ないよね……


「そうなの? じゃあ、お願い!」

「うん……プリティガード……」


 俺はボソボソと呪文を唱えた。


「ありがとう。あ、この子達は私の友達なんだけど、お願いできる」

「う、うん、やるよ」


 俺はちーちゃんを始め、2年の先輩方に魔法をかけた。


「ありがとう。ルミナ君も海に行くの? じゃあ、また後でね」

「うん」


 お姉ちゃんが可愛く手を振りながら去って行った。


「じゃあ、次は私達をお願い」


 2年女子が去って行くと、次は1年女子である。


「えー……ちょっと、今ので精神力がー……」

「ん? このシスコン、何を言っているのかな?」


 あ、断ったら女子全員に嫌われるやつだ!

 総スカンを食らうやつだ!

 山崎のやつだ!


「大丈夫かな! よーし、かけるぞー!」

「よろしく」


 全員にかけ終えると、ドッと疲れがやってきた。

 ダンジョンに行くよりも疲れる……


「お待たせー。どうしたの?」


 シズルがやってきた。


「女子に囲まれてハーレムしてた」

「何を言っているの?」

「日焼け止めの魔法をかけろと脅されてた」

「あー……昨日、ルミナ君が私達にかけてたのを誰かが見てたらしくて、あっという間に女子全体に広まったみたい」


 えー……

 もしかしなくても、明日からもかけるんだろうか?

 逃げようかな?


 俺は便利な魔法も考えものだなーと思った。





攻略のヒント

 名古屋支部のニュウドウ迷宮は10階層までは魚系モンスターであるデスフィッシュが多く出現する。

 しかも、ドロップアイテムの魚肉は大変人気であることから、10階層まではお魚天国と呼ばれている。

 しかし、11階層以降はゾンビばかりなため、ゾンビ地獄とも呼ばれ、11階層以降に行くエクスプローラは非常に少ない。


『ダンジョン案内 名古屋支部 ニュウドウ迷宮』より

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