第070話 本部長からの依頼(めんどくせ!)


 俺とアカネちゃんが2人で見張りをしながらダベっていると、朝の6時になった。


「結局、モンスターも人も来ませんでしたね」

「まあ、宝箱のない小部屋にはモンスターは現れにくいし、6階層で泊まるエクスプローラもいねーからな」


 モンスターはダンジョン内のどこかでポップすると言われているが、モンスターがポップした所を見た人間はいない。

 人がいると、ポップしないのではと予想されている。

 すなわち、この小部屋にモンスターがやって来るには、扉を開ける必要があるのだ。

 そして、モンスターはあまりそのような行動はしない。

 そのため、見張りをしてはいるが、モンスターが現れることは滅多にない。

 俺自身も1回しか経験がないし、その1回も雑魚モンスターが1匹現れただけで、ピンチにもならなかった。


「まあ、来ないに越したことはないですね」

「だな。時間だし、俺は男共を起こしてくるわ。お前は女共を頼む」

「は~い」


 俺とアカネちゃんは椅子から立ち上がり、それぞれ男子用と女子用のテントに行き、寝ているメンバーを起こすことにした。


「瀬能、カナタ、時間だぞ」


 俺は男子用のテントに近づき、テントを開ける前に声をかけた。


 まだ寝てるかな?


 俺はさすがに疲れているだろうし、起きねーかと思い、テントに入ろうとしたら、テントが開いた。


「おはようございます! もう時間なんですね!」


 カナタがテントから顔を出し、元気に挨拶してきた。


「ああ、おはよう。寝れたか?」

「いえ、あまり寝つけませんでしたね」


 カナタは首を横に振りながら答えた。


「そうか。瀬能は寝てるか? 時間だから起こしてくれ」

「はい! わかりました……瀬能さーん、時間ですよー」

 


 カナタはテントの中に戻り、瀬能に声をかけている。

 俺はそれを確認すると、見張り用のテーブルに戻り、椅子に座った。


 カナタは寝れなかったか……

 初めてのダンジョンで泊まるのは緊張や不安で、中々、寝つけないものなのだ。

 ちなみに、アカネちゃんはダンジョンアイテムである安眠枕を使っているからぐっすり寝たらしい。


「シズル先輩とチサト先輩を起こしてきましたよ。まだ、テントの中で準備してますけど」


 アカネちゃんも女共を起こしてきたらしく、こちらに戻ってきて、椅子に座った。


「カナタと瀬能もだろうな……まあ、女よりは早いだろうけど」


 俺とアカネちゃんは引き続き、ダベりながら待っていると、カナタと瀬能がやって来た。


「おはよう、2人共。ダンジョンでは、やはり寝つきが悪いな」

「あ、瀬能先輩、おはようございまーす」

「ういーす。そりゃあそうだろ。プロでもそんなヤツらばっかだ」


 瀬能の挨拶に俺とアカネちゃんが挨拶を返す。


「プロでもなのか?」

「誰だって、こんな所で寝たくねーよ」


 こんな洞窟みたいな所で寝れるのは相当図太いヤツだ。

 

「まあ、そうか。それにしても、君は熟睡だったけどな。昨日、何回も声をかけたんだぞ。それなのに、全然起きなかった」

「そうなのか?」


 俺はカナタの方を向き、確認する。

 

「はい。それで勝手にテントに入るのもどうかと思ったので、シロさんにお願いしたんですよ」


 昨日、シロが起こしてくれて目が覚めたのだが、その前に声をかけてくれていたらしい。


「俺はどこでも寝れるからな。授業中でも寝れる」

「雨宮さんに怒られろ」


 俺と瀬能の会話は実は茶番である。

 あまり寝つけなかったカナタへの配慮をしているのだ。

 少なくとも俺はしてる。

 多分、瀬能もわかっている……と思う。


「おはよ。眠いわー」

「おはようございます」


 俺と瀬能が話していると、眠そうなちーちゃんといつも通りのシズルがやってきた。


「おはよう。ちーちゃんは眠そうだな」

「ロクに寝られなかったよ……」


 ちーちゃんはぐったりしている。

 この人はカナタへの配慮ではないな。

 マジで眠そうだ。


「シズルは?」

「私は大丈夫。途中でアカネちゃんから安眠枕を譲ってもらったから」


 アカネちゃんはシズルが寝ている途中で見張りの順番になったから、そのタイミングで譲ったのだろう。


「安眠枕って、そんなにすごいのか?」

「うん。譲ってもらうまでは中々、寝られなかったのに、安眠枕で寝たらぐっすりだった」

「私は完全に寝てましたね」


 安眠枕を使用したシズルとアカネちゃんはよく眠れたらしい。

 安眠枕って、結構、便利なアイテムなんだな。


「ふーん、今思えば、一番辛い2番目の見張りに使わせれば良かったな」


 最初に3時間寝て、3時間見張りをし、また、3時間寝るという飛び石の見張りが一番辛いだろう。


「そうだね。カナタ君や瀬能さんに悪い気がするし」

「うーん、辛い時間を男共に任せたが、今度からは安眠枕の使いどころなんかも考える必要があるな」


 2番目の見張りを俺と安眠枕を使う誰かにするのが良いかもしれん。


「その辺はまたでいいよ。今日はどうするのさ? また、アカネを鍛えるの?」


 俺が考えていると、ちーちゃんが眠そうな目をしながら聞いてきた。


「今日は朝飯食ったら帰ることにする。俺基準で考えすぎてたわ」


 ちーちゃんがダメそうだ。

 この人がいなくなると、後衛を纏める人がいなくなる。

 それはマズい。


「いいの? 正直、あたしは辛いから帰りたい」


 だろうね。

 見ればわかる。

 

「もう何回か泊まりの練習をしよう。安眠枕や休む順番の最適解を探しつつ、慣れるしかないな。お前らもそれでいいか?」


 俺は他の4人にも確認を取る。


「まあ、仕方がないと思う。ボクも眠いし」

「僕も眠いです」

「この状態で戦闘は怖いし、賛成」

「賛成です。お風呂に入りたいです!」


 全員、帰るのには賛成のようだ。

 アカネちゃんの動機は微妙だけど。


「じゃあ、飯食って帰ろう」


 俺達は予定より早めに帰ることに決めた。

 その後、朝飯の不味い非常食を食べ、ダンジョンから帰還した。

 朝飯に関しては一部から不満が出たが、さすがにこの時期に弁当を1日置くわけにもいかないので仕方がないだろう。

 うるさい小動物だ。




 ◆◇◆



 

 ダンジョンから帰還した俺達は協会で解散し、帰ることにした。

 皆が各自、家に帰っていったので、俺も帰ろうとしたのだが、本部長が呼んでいるとのことで、マイちんに呼び止められた。

 昨日の話かなと思い、マイちんに聞いてみたが、どうやら本部長から依頼があるらしい。

 俺に依頼が来るなんて本当に珍しいことだ。


 俺はとりあえず、話だけでも聞いてみようと思い、マイちんに連れられて本部長室へと向かった。

 

 本部長室に入ると、俺の機嫌は一気に悪化した。

 

 本部長室には、クーフーリンと≪Mr.ジャスティス≫に加え、≪教授≫が居たからである。

 この3人と本部長は本部長室の中央にある対面式のソファーに座っていた。


「来たか……まあ、座れ」


 俺が部屋に入ると、本部長が空いているソファーに座るように促してくる。

 俺はそれに応じず、≪教授≫を睨む。


「その前に、何でこいつがいる。殺していいか!?」


 俺は本部長に怒気をはらんだ声で言った。


「落ち着け。≪教授≫も反省している……らしい」


 こいつが反省?

 ここで反省するヤツは最初からあんなこと言わねーよ!


「いや、すまんな≪陥陣営≫。女性に生理のことを聞くのはマナー違反だったようだ」


 ≪教授≫が皆の前で謝罪した。

 この場にいる全員が目を見開き、唖然とした表情で≪教授≫を見る。

 そして、ゆっくりと俺を見てきた。


 何故、他人がいる前でそれを言う!?


「殺す!!」


 俺は空間魔法でロングソードを取り出し、≪教授≫に近づく。


「おい! やめろ!」

「落ち着け!!」


 武器を取り出した俺に驚いた本部長が怒鳴ると、≪Mr.ジャスティス≫とクーフーリンが俺を慌てて止めてきた。


「どけ!! 殺す! こいつは殺す!!」

「ルミナ君、落ち着け!」

「≪レッド≫、すまん。本当にすまん!」


 2人は必死に俺の体を抑え、止めてくるが、こんなヤツらに抑えられる俺ではない。

 こいつらを振り払うまでもなく、ジリジリと≪教授≫に近づいていく。


「クソッ! なんて馬鹿力だ!」

「マイさん! ルミナ君を止めてくれ!! マジでヤル気だ!!」

「ルミナ君、落ち着いて。ね?」


 2人に止められている俺の元にマイちんが近づいてきて、俺を優しく止める。

 俺はマイちんの顔を見て、少し、落ち着いてきた。


「ハァハァ……クソが! お前ら、いつまで触ってんだ! 離れろ! ボケ!!」


 俺が力を抜くと、2人は俺から離れた。


「≪教授≫! 神条を挑発するな!」

「いや、すまん。私は黙っていたほうが良さそうだ」


 本部長が≪教授≫を怒鳴ると、≪教授≫は大人しく謝った。

 こいつは悪気はないのだ。

 だから、余計にタチが悪い。


 死ね!!


「神条、すまん。剣を納めて、座ってくれ」


 本部長が俺に謝罪し、改めて、ソファーに座るように促してきた。


「チッ!!」

 

 俺は舌打ちをしながら、ロングソードをアイテムボックスに仕舞い、ソファーにドカッと不機嫌に座った。

 本当は帰りたいのだが、このメンツを見て、帰るわけにはいかないと、スキル≪冷静≫により判断した。


「で? 依頼って、何だよ? ≪Mr.ジャスティス≫までいるじゃねーか」


 俺は≪Mr.ジャスティス≫を見ながら言った。

 こいつと会うのは立花の一件以来である。

 

「ああ、久しぶり。君は……元気そうだね」


 ≪Mr.ジャスティス≫が憔悴した様子で返してきた。

 

「嫌味か? ケンカなら買うぞ」

「神条、落ち着け。依頼については、これから説明する」


 俺と≪Mr.ジャスティス≫のやり取りに本部長が介入し、止めてきた。


「早く説明しろ」

「ハァ……お前は来月の合宿遠征で名古屋支部のニュウドウ迷宮に行くだろう? そこを調査してほしいのだ」

「俺が? 何で?」


 本部長の意図がわからない。

 どう考えても、俺は調査には向いていないと思う。


「調査をするのは≪教授≫だ。お前には護衛を頼みたいのだ」

「嫌」


 俺は食いぎみに即答した。


「そこをなんとか頼む。メンバーは≪教授≫とクーフーリン、≪Mr.ジャスティス≫、≪白百合の王子様≫、そして、お前の同級生の江崎なんだ」


 すげー濃いメンツだ。

 そこに何故かハヤト君が入っている。

 場違いにも程があるだろう。


「絶対に上手くいかないパーティーだな。しかし、そこに何でハヤト君がいるんだよ? あいつは才能があるかもしれんが、そのメンツでは足手まといもいいとこだぞ」


 ロクなのいないし、可哀想だわ。


「これは協会の意向で、決定事項だ。江崎の了承も得ている。しかし、さすがに、このメンバーでは気の毒だから、同級生で仲が良いお前にも参加してほしいのだ。それと、お前が使い魔にしている白蛇の知識も借りたい」


 協会はバカなのか?

 そんな焦らずとも、ハヤト君なら勝手に育つだろ。

 そんなことに俺を巻き込まないでほしいわ。


「嫌。そこのゴミと一緒に居たくないし、合宿は遊ぶ予定なんだ」


 俺は≪教授≫を睨みながら拒否する。


「報酬は払うし、受けてくれたら、お前の色を黄から白に変えてやる」

「いらない。金はあるし、色もそのうち、白に戻るから大丈夫」


 俺は断固拒否する!

 ≪教授≫と一緒の空気を吸いたくない。

 

「え? 無理だろ」

「ああん!?」


 横からツッコんできたクーフーリンを睨みつける。


「ほら、無理じゃん。お前はすぐにキレるから絶対に問題を起こす」

「悪いが、俺は変わったんだ。最近は問題も起こしていないし、協会や学園に貢献する真面目なエクスプローラで通っている。おかげで、これまでの悪い評判も、俺への嫉妬ややっかみからくるデマだと思っているヤツもいるくらいだ」


 特に中等部の連中は、ほとんどそう思っている。


「あれか? ダメなヤツがちょっと良いことをすると、一気に好感度が上がるやつ」

「それそれ」


 不良に子犬のやつ。

 

「きたねーな」

「言っておくが、お前も評判が悪いからな。だけど、勇者パーティーに入ったことで良くなってるんだぞ」


 こいつはこいつで、よくエクスプローラに絡み、ケンカを売るチンピラである。

 俺も絡まれたし。

 

「え? マジで?」

「マジマジ。一匹狼でチンピラのお前が学生のパーティーに入ったのは驚きだったからな。掲示板を見てみろよ」


 俺が見たときは、結構、見直された。

 まあ、すぐに悪口を書いておいたが……

 

「おー! やったぜ!」


 クーフーリンは喜んでいる。

 Aランクになれる実力があるのに、素行の悪さでBランク止まりのクーフーリンは嬉しいのだろう。

 単純なヤツだ。

 

「コホン! お前らの好感度なんてどうでもいい! いや、真面目にやってくれるのはありがたいが…………神条、何の報酬だったら受けてくれる? お前については、学園長からの推薦でもあるのだ。受けてくれないと困る」


 あー、学園長の推薦かよ……

 これは断れないやつだわ。


「依頼は何日だ? ほぼ遊びとはいえ、合宿は学校行事だぞ」

「わかっている。お前も江崎も合宿4日目の1日でいい」


 1日か……

 そのくらいなら別にいいが……

 

『シロ、お前はどうだ? こいつらはほぼお前の知識目当てだと思う』


 俺は念話でシロに確認を取ることにした。

 多分、俺はオマケでハヤト君の話し相手だろうからな。


『俺っちは別に行ってもいいぜ』


 シロは問題なさそうだな。


「行ってもいいが、報酬として安眠枕をくれ」

「安眠枕? そのくらいならなんとか用意できるが……いるのか?」

「ああ、さっき、ウチのパーティーでダンジョンに泊まってきたんだ。ウチは既に安眠枕を1つ持っているんだが、使ったメンバーと使ってないメンバーで体調に大きく差が出た」


 特にちーちゃんがひどかった。

 ちーちゃんは体力もないし、根気もない。

 そのくせ、ちーちゃんがいないと、ダンジョン探索が出来なくなってしまう。


「なるほどな。だったら、それを報酬にしてやる。いくつ欲しい?」


 ん?

 俺は1つのつもりだったんだが…………

 ラッキー!!


「3つくれ」


 俺達の分を合わせ、4つあればローテーションで全員が使える。


「3つか……桂木君、用意できるか?」


 本部長がマイちんに確認する。

 

 無理かな?

 欲張りすぎたかなー? 


「在庫があるので、2つなら確実に用意できます。もう1つは確約は出来ませんが、他を当たってみればあるかもしれません」

「そういうことだ。用意できたら、3つやる」


 おー!

 言ってみるもんだな!

 たった1日付き合うだけで、安眠枕を3つも貰えるなんてラッキーな依頼だぜ!


「ちなみに、何の調査だ?」

「ニュウドウ迷宮の深層でモンスターが増加傾向にあるらしい。その調査だ」

「それ、大丈夫なのか? ウチの学生が行くんだぜ?」


 危なくねーかな?


「そこまで大きい問題ではないと考えているが、この前の事があるので念のためだ。念のためでダンジョンを封鎖することはできん」


 それもそうか。

 モンスターが増えるなんて言われても、ダンジョンなんだから、当たり前と言えば、当たり前だ。

 しかし、この前のレッドオーガの件があるから協会も過敏なんだろう。


「まあいいや。じゃあ、4日目にお前らに合流すればいいんだな。了解した。ただし、そのゴミを黙らせろよ」

「わかっている。≪教授≫、頼むぞ」

「わかった、わかった」


 本部長が≪教授≫に念を押すと、≪教授≫は右手をあげ、軽く応えた。


 

 合宿4日目はこいつらとダンジョンか……

 めんどくせーけど、報酬もいいし、我慢しよう。

 

 しかし、このメンツにユリコも加わるって大丈夫か?

 俺はこいつらのリーダーは絶対にやりたくないな。

 ≪Mr.ジャスティス≫に任せよう。

 




攻略のヒント

 名古屋支部のニュウドウ迷宮は海に面した迷宮であり、魚やタコに似たモンスターが良く出没するダンジョンである。

 ドロップする魚肉は大変美味であり、高く売買される。

 そのため、ニュウドウ迷宮は人気のダンジョンであるが、水魔法を使ってくるモンスターが多いため、注意が必要である。


『ダンジョン案内 名古屋支部 ニュウドウ迷宮』より

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