閑話 とある体育


 時は少々、遡ったある夏の日。

 俺は朝から照りつける太陽に負けず、学校に行った。


「おはよう。今日も暑いね」


 俺が学校に着き、自分の席に座ると、シズルがやってきた。


「おはよ。マジで暑いな」


 俺は手で扇ぎながら、シズルに挨拶を返す。


「今日の1限目は体育に変更だってさ」

「体育? 実習じゃなかったっけ?」


 今日の1限目はロクロ迷宮で実習だったはずだ。


 それが体育?

 ダンジョン学園に体育の授業はない。

 とはいえ、部活動は行っているため、グラウンドもあるし、体育館もある。


「ロクロ迷宮が一時的に封鎖するんだってさ。例のやつのせい」


 例のやつとは、春の暴行事件に協会の職員が関わっていたことだ。

 先日、それが発表され、協会は問い合わせなどの対応でパニック状態になっている。


「まだ、騒いでんのか? いい加減うぜえな」


 俺はマイちんを助けるために出動したいのだが、マイちんから来るなと厳命されている。


「今週いっぱいまでは封鎖みたい。それで体育に変更だってさ。体操服に着替えて、体育館に集合らしいよ」


 ダンジョン学園にも指定の体操服がある。

 ダンジョンに行く実習は普段の装備だが、それ以外の実習は体操服を着ることが多い。

 

「ふーん、何すんのかね?」

「さあ? 早く着替えなよ。私も着替えてくるから」


 シズルはそう言って、他の女子達と教室を出ていった。

 おそらく更衣室に行ったのだろう。


「おーす、神条」


 俺がシズルと別れると、クラスメイトの男子が話しかけてきた。

 名前は山崎である。


「何だ?」

「いや、お前、どこで着替えるのかなと思って。女子更衣室か?」

「んなわけあるか。俺は先生が使っている更衣室だよ。まあ、使わねーけど」


 俺はそう言って、空間魔法の早着替えにより、体操服に着替えた。


「おー! 空間魔法って良いな。しかし、立派に育っちゃってんなー」


 山崎は俺の早着替えに感心していたが、すぐに感心が俺の胸に移った。

 体操服というのは、動きやすい構造となっているため、体のラインが出やすい。


「死にたいか?」


 俺は髪留めで長い金髪を纏めながら睨む。


「じょーだんだよ。それよか、お前、江崎のパーティーに加わったの?」


 俺は今、自分のパーティーである≪魔女の森≫ではなく、ハヤト君の≪勇者パーティー≫で活動している。


「いや、臨時。ってか、俺は≪魔女の森≫のリーダーだぞ。何でリーダーが移籍するんだよ」

「追い出されたのかと思ってたわ。なーんだ」


 最近、この手の質問を多く受ける。

 どうやら、俺が抜けた後釜を狙っているらしい。

 いや、抜けてねーけど。


「つーか、お前、自分のパーティーがあるだろ」

「いやー、最近、上手くいってなくてなー。解散も視野に入れてる感じ」


 俺の同級生である1年生の大半はパーティーを組んでいる。

 教師が実力やジョブで判断し、パーティーを斡旋したのだ。

 しかし、教師が決めたパーティーであるため、パーティーのバランスは良いのだろうが、人間性などは考慮していない。

 そのため、最近では、パーティー解散がちらほらと出てきている。


「お前の所も解散か? まあ、ジョブのバランスも大事だが、結局は気の合うヤツと組んだ方がいいぞ」


 俺だって、中学の時は気の合うクラスメイトと組んでいた。

 全員が前衛という最悪の編成だったが、上手くやれてたし、何より楽しかった。


「やっぱ、そうだよなー。女子と組みてー。なあ、同じパーティー内だとカップルが出来やすいって本当か?」


 山崎の口から欲望が漏れ出している。

 こいつはこんなんばっかだ。

 おかげで女子にはあまり好かれていない。


「俺はあまり女子と組んだことがないから知らん。あ、でも伊藤先生の旦那は同じパーティーのヤツだし、そういう出会いもあるんじゃね?」

「そっかー。やはり彼女を作るにはそれが一番か。ってか、お前、雨宮さんは?」

「聞くな。俺の姿を見て、察しろ」

「そ、そうだな」


 気まずくなった山崎は着替えるために教室を出て、更衣室へと向かった。

 一人になった俺は教室を出て、体育館へ行くことにした。


 

 体育館に着くと、担任の伊藤先生に加え、見覚えのあるガタイの良い男と白衣を着た保険医、そして、見たことがない爺さんがいた。

 すでに体育館に来ていたクラスメイトはその4人の前で座っていた。


 俺もクラスメイトに倣い、一番後ろに座って、他のクラスメイトが来るのを待つ。

 待っている間、爺さんと目があった。


 誰だ?

 ウチの学校の教師じゃねーよな?


 俺はこの学園に入って3ヶ月程度ではあるが、さすがに大半の教師は覚えている。


 ましてや、ダンジョン学園は元エクスプローラの比較的若い教師が多いため、年配の教師は目立つ。


「ルミナ君、早いね」


 俺が誰だろうと思っていると、隣にシズルが座ってきた。


「空間魔法ですぐだからな。教師用とはいえ、女子更衣室には入りたくない」


 入って、うひょーでも良いのだが、教師用の女子トイレで先生と鉢合わせる気まずさはハンパがないのだ。

 これ以上、何かを失いたくはない。


「ところで、あのお爺さん、誰?」


 シズルも見覚えがないらしい。


「知らん。ウチの教師じゃねーよな?」

「多分」

「よし、全員揃ったな。これより体育の授業を始める」


 俺とシズルが首を傾げていると、ガタイの良い男の教師、相沢先生がデカい声で言った。


「……うるせー」

「神条、何か言ったか?」

「いえ…………」


 俺は小声でつぶやいたのに、相沢先生には聞こえていたらしく、注意されてしまった。


「今日の授業はお前らに護身術を教える。エクスプローラはモンスターだけでなく、時にはエクスプローラ同士で争うこともある。もちろん禁止されている行為だが、世の中には色んなヤツがいるからな」


 先生がそう言うと、クラスメイトが一斉に俺を見てきた。


 てめーら、何、見てんだよ!


「こらこら、お前ら。クラスメイトをそんな目で見るんじゃない」


 伊藤先生がクラスメイトを笑いながらたしなめた。


 おい!!


「コホン! 話を続けるぞ。今日は講師として、新田さんに来てもらった。新田さんは現役のエクスプローラだが、護身術の先生もされておられる。新田先生、お願いします」


 相沢先生がそう言うと、新田先生とかいう爺さんが前に出てきた。


 エクスプローラ?

 こんな爺さんがやって大丈夫か?

 よく免許が下りたな。

 まあ、他人のことは言えねーけど。


「皆さん、初めまして。ご紹介にあずかりました新田です。今日は皆さんに簡単な護身術を教えます」


 無理じゃね?

 棺桶に片足を突っ込んでねーか?


 横にいるクラスメイト達を見ると、他のヤツらも微妙な顔をしている。


「皆さん、信じられないって顔ですねー。でしたら、神条君、前に出てきなさい」


 え?

 俺?

 何もしてないよ?


 俺はよくわからないが、ご指名なので、立ち上がり、前に出た。


「神条君、私を殴りなさい」


 はい?


「ちょ、新田先生!!」

「そいつは≪陥陣営≫ですよ!?」


 爺さんの言葉に相沢先生と伊藤先生が慌てて止める。


「大丈夫ですよー。さあ、神条君、殴ってきなさい」


 と、言われても……

 お年寄りは殴りにくいんだが。


「えーと……じゃあ、軽く」


 俺はそう言って、爺さんに殴りかかった。


「吹き飛べぇぇー!!」

「おい!!」

「バカか!?」


 相沢先生と伊藤先生が叫んでいる。


 しかし、俺の拳が、爺さんの顔にめり込む前に、爺さんは俺の腕を掴み、一本背負いをしてきた。

 俺の世界は一回転し、床に叩きつけられる。


「痛って!!」


 体育館の床は木材であるため、かなり痛い。


「とまあ、こんな感じです」

「おー!!」


 爺さんは軽く会釈をすると、クラスメイトから感嘆の声が漏れた。


「いてて」

「大丈夫かね? 思ったより速かったので、加減に失敗した。すまんな」


 爺さんは俺に謝罪しながら、俺の腕を掴み、立たせてくれた。


「大丈夫、大丈夫」


 俺は謝罪してくる爺さんに手を上げ、問題ないアピールをする。

 かなり痛かったが、さすがの俺もこんな爺さんにはキレることはない。


「おい、神条。少しは加減しろ!」

 

 いや、俺が責められるのかよ!?


「むっちゃ加減しましたよ」


 ヨボヨボのジジイを相手に本気を出すわけねーだろ。

 軽くだよ、軽く。

 ってか、俺の心配をしろよ!

 

 俺は内心で文句を言いつつ、自分がいた場所へと戻った。


「大丈夫? かなり痛そうだったけど」


 シズルが心配そうな表情を浮かべ、聞いてきた。


「いや、体育館の床はかなり痛いぞ。まさかこんな所でやんねーよな? 畳がある柔道場に移動するんだよな?」


 柔道場は体育館の隣にある。

 

「やっぱり痛いんだ。ずっと気になっていたんだけど、保険室の森本先生がいるよね? ということは……」


 ここでやる……と。

 

 保険医の森本先生は30代の女性である。

 元エクスプローラでヒーラーだったらしい。


「よーし、お前ら、二人組を組んでやってみろ。男子は俺についてこい。女子は伊藤先生についていけ」


 相沢先生が男女に別れるように指示した。

 

「あのー、先生、俺はどっちですかー?」


 俺は手を上げて、質問した。

 

「……神条、か…………伊藤先生、どうしましょう?」

「えーと…………」


 相沢先生と伊藤先生が気まずそうな顔でコソコソと話し合いを始めた。

 

 この護身術はお互いの身体が密着する。

 だから、男女に別れるように言ったのだろう。

 

 入学以来、先生達は俺の性について、ものすごく気を遣っている。

 気を遣いすぎて、逆に微妙な気分だ。


「神条、俺と組もうぜ」

「うわっ!」

「山崎、サイテー!」


 山崎がいやらしい顔で俺を誘うと、女子から非難の声が上がった。


「い、いや、そんなつもりじゃあ……」


 山崎君、誤魔化したい気持ちはわかるが、無理だ。

 さっきのお前は明らかに俺の身体を見ていたぞ。


「山崎、俺と組みたいなんて、度胸があるな。骨の2、3本は覚悟しておけよ」

「やっぱいいや」


 山崎は俺の言葉でスッと引き下がる。

 そして、俺の言葉を聞いた男子共は一斉に目を逸らした。


 チキン共め!!


「いいよ。俺は見学してるから」


 どうせ、俺に護身術など必要ない。

 そんなもの使う前に殴ればいいのだ。

 ふーんだ!


「ルミナ君、拗ねないで。私と組も?」


 優しいシズルが俺を誘ってくれるが、俺が嫌だ。

 いや、シズルと密着はしたいけど、シズルを投げるわけにはいかない。


「神条、お前は女子のグループに来い。私が相手をしてやる」


 俺は相沢先生との話し合いを終えた伊藤先生の言葉により、女子グループに入ることが決まった。


 また、教師とかよ……


「はーい……」


 俺はその後、女子グループと共に護身術の練習をした。


 練習中、伊藤先生を思いっ切り投げたら、伊藤先生は急に笑顔になり、思いっ切り投げ返された。

 

 こいつ、大人気ないわー。

 

 



攻略のヒント

 -伊藤-

 先日、ウチのクラスの神条が職員用の女子トイレの鏡の前で必死に髪型をいじっていました。

 私はどうすれば良かったのでしょうか?


 -森本-

 そっとしておきましょう。


『森本保険医への相談日誌』より

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