第040話 暴行事件の顛末


 寝込んだ翌日、俺はなんとか心を切り替えて、学校に行くことにした。


 そして、放課後、パーティーの登録と仲間の能力確認のために、シズルと共に待ち合わせ場所の協会へとやってきた。


「他の連中は来てるか?」

「…………まだみたいね」


 今日、朝からシズルは俺と目を合わせない。


 シズルだけではない。

 クラスメイトも先生も俺とは決して目を合わせなかった。


「ちーちゃんはともかく、後輩共は先輩を待たすとはな」

「前もそう言ってたけど、近くにいたよね。いない?」


 シズルはキョロキョロと周りを確認する。

 俺も周りを確認するが、まだ、来ていないようだ。


「いねーな。まあ、待ってるか」

「だね」


 俺とシズルは近くのソファーに腰掛け、他の3人を待つことにした。


「………………」

「………………」


 待ってる間、沈黙が流れる。

 別にケンカをしているわけではない。

 ただ、シズルは俺に何て声をかければいいか、わからないのだ。


 理由はわかっている。


 だが、俺もそこには触れてほしくないので黙っている。

 

「おまたせー。2人共、早いね」

「あ、お疲れさまです」

「お疲れー。俺達もさっき来たとこだわ」


 待っていると、ちーちゃんがやってきて、俺達に声をかけてきた。


「他の2人はまだみたいだ…………ね」


 ちーちゃんも俺から目を逸らす。


「………………」

「カナタ君とアカネちゃんはまだ来てないですね。学年も違うし、少し時間がかかるかもしれないです」

「そ、そうなんだ。じゃあ、あたしも座って、待ってるわ」


 ちーちゃんは俺と目を合わせないようにシズルの隣に座る。


「………………」

「………………」

「………………」


 再び、沈黙が流れる。


 何度も言うが、理由はわかっている。


 そして、しばらく、沈黙のまま待ってると、後輩2人が遅れてやってきた。


「すみません。遅れてしまって」

「センパイのパーティーに入るために、学校に申請してたん…………です」


 アカネちゃんは俺から目を逸らす。


「中等部だからな。許可は取れたか?」

「はい! 姉のパーティーですので、スムーズでしたね」


 中等部の学生がパーティーを組むのは学校の許可が必要である。

 本来なら厳正なチェックなどが必要であるが、身内のパーティーであることと、俺がCランクであることからスムーズに許可が下りたようだ。


 実は俺が≪レッド≫であることで少し難航するかもと思っていたのだが、俺は東京本部では後輩指導に熱心な優等生なため、先生の覚えが良いのだ。

 また、この前の暴行犯逮捕への褒美として、本部長が推薦してくれたらしい。


 良いことすると、自分に返ってくるものだね。


「よし! 全員来たし、マイちんの所に行くか」

「はい!」

 

 カナタは普通だ。

 こいつはマイペースだから気にしないのだろうな。

 

「う、うん」

「…………そうだね」

「あ、あのー、センパイ…………いえ、何でもないです」


 アカネちゃんは俺に言いたいことがあるみたいなので、アカネちゃんを見たのだが、再び目を逸らされた。


「行くぞ!」

「はい!」

「………………」

「………………」

「………………」


 ウチのパーティーはカナタしかいないらしい。


 俺は女共を放っておき、マイちんの所に向かうことにした。


「…………ねぇ、あれって」

「多分、昨日、泣いてたからです」

「一昨日も泣いてましたからね」

「あー……」


 後ろから小鳥のさえずりが聞こえる。


「何か言ったか?」

「「「いや」」」

「………………」


 ぴーぴー、うるせー女共だ。

 3人寄ればなんちゃらだな。


 俺はもう後ろの女共は無視することにし、マイちんの所に向かった。


「マイちん、こんにちわです」

「こんにちわ、ルミナ君。今日はカワイイね」

「ハハハ。いつもですよー」


 マイちんは上手だなー。


「で? この男は何でバッチリ化粧してるの? シズルがやってあげたの?」


 マイちんは俺の後ろにいるシズルに聞く。


「いえ、多分、本人がやってます」

「…………そう」


 マイちんが目を逸らす。


「マイちん、このメンバーでパーティーを組むから申請してくれ」

「…………ねえ、どうしたの?」

「パーティー名は≪魔女の森≫ね」

「ルミナ君?」

「あ、もちろんリーダーは俺ね」

「…………わかったわ」


 マイちんはパーティー申請書を書き始める。


「いやー、パーティーだなー」

「何を言ってるの?」

「こいつ、もうダメじゃない?」

「センパイ、ごめんなさい。私のせいで……」

「ところで、パーティー名は≪魔女の森≫なんですか?」


 カナタは本当に大物だな。

 この状況でまったく動じていない。


「そうだ。俺らで勝手に決めたが、ダメだったか?」

「いえ、良い名前だと思います。でも…………」


 なんだ?

 カナタにしては珍しく言い淀んでいる。


「どうした? 気になることがあるなら言え」

「えーっと……」

「あのー、センパイって、男に戻りたいんですよね? このパーティー名って、男に戻って、魔女をやめたらどうするんです?」


 言われてみればそうだ。


 ってか、男に戻れるアイテム≪トランスハングル≫で男に戻ったら俺のジョブはどうなるんだ?


 おい、シロ!


『前にも言ったが、魔女は女にしかなれない。だから、男に戻ったらまたジョブを決めないといけないぞ。まあ、お前はグラディエーターだろ? トランスハングルは男に戻れるが、好きな時に女になることもできる。グラディエーターになりたいなら男、魔女になりたいなら女になればいい。1人で2つのジョブになれるんだ。すごいだろ?』


 まあ、すごいな。

 再び、女になることはないだろうがな。


「どうやらトランスハングルは好きに性別を変えられるアイテムらしい。まあ、女になることはないから、男に戻ったらパーティー名を変えよう」

「えー! 女のままでいいじゃないですかー? 男になりたい時に男になればいいと思います!」

「ルミナちゃん、そんなに女を満喫してるんだから、男に戻る必要ある?」

「あん!? 何か言ったか!?」

「「……いえ、何も」」


 チッ! この凹凸コンビは。

 シズルを見習え!


「シズルは男の方がいいよな?」

「まあ……ね」

「おい!!」

「そりゃあ、男に戻ってほしいけど、男のあなたはちょっと怖いし」


 ガーン!

 

「どこが!?」

「そこが。女の子の時は凄んでもまだ可愛げがあるけど、男のあなたって、本当にチンピラそのものだったわよ」

「そんなことないと思うけどなー」


 まあ、気を付けるか。


「コホン。とにかく、パーティー名はまた考えるよ」

「あんたって、本当に人によって、態度が全然違うよね」

「うるせーな、ちーちゃんのくせに」

「そのへん、そのへん」


 だって、ちーちゃんだもん。


「それでパーティー名は≪魔女の森≫でいいの?」


 マイちんが聞いてくる。


「あ、うん。とりあえず、それでお願い」

「わかったわ。何で化粧してるの?」


 しつけーな。

 

「うん。ちょっと目の下が腫れちゃってね。病気かな?」

「泣いたからですよ」

「泣いてたから」

「姉と妹に嫌われたんだって」


 マジでこの女共、嫌い。

 あと、お姉ちゃんには嫌われてない。

 多分。


「そうなの? 早く仲直りしなさいよ? ちなみに、その化粧は自分でやったの?」

「当たり前だろ」

「当たり前、かな? ……上手だね」

「俺、手先が器用だから」


 実はちょっと自慢なのだ。

 ……化粧のことじゃねーぞ。


「へー。ルミナ君はどこに向かっているの?」

「それはもう聞き飽きた。これから男に向かっていくよ」

「頑張ってね……本当に」


 マイちんがドン引きしてるのがわかる。

 まあ、こいつらと違い、付き合いが長いからだろうな。


「頑張るわ。それで今日はこのままダンジョンに行く。パーティーを組んだし、スキル確認をしてくるよ」

「了解。気をつけてね」

「大丈夫。もうダンジョンも平和でしょ? 今日は低階層で確認するし」

「ええ。ダンジョンを平和と言えるかは微妙だけどね。それとあの事件の顛末を説明できるけど聞く?」


 暴行事件は緘口令が敷かれていた。

 俺のPK事件の時もそうだが、怖いのは摸倣犯の出現である。


 人間を殺せば、経験値になるのだ。

 やるヤツはやるだろうな。


「俺はどうでもいいな。ちーちゃん、聞く?」

「あたしは聞いておきたい」


 まあ、当事者だもんね。


「だってさ。教えて」

「わかったわ。まず、ウチの職員の加藤は立花と組んでいたことは認めたけど、過去の余罪は認めていないわ。罪の確定は長引きそうよ」

「証拠がないん?」

「いえ、たんまりあるわ。かなり重い罪は確定していると思っていいわよ。でも、本人は決して認めないと思うわ。時間稼ぎね」


 その辺はよくわからん。

 まあ、裁かれるならいいか。


「例の最低男君は?」

「…………」


 ちーちゃんは複雑な表情を浮かべている。

 知り合いだし、元パーティーメンバーだもんなー。


「村上ね。彼は全面的に罪を認めているわ」


 そういえば、名前を知らなかったわ。


「認めてんの? あんなに否定してたのに」

「貴方に殺されると思ったらしいわ。他の人をボコボコにしたらしいわね?」

「してねーよ。全員、一撃で瞬殺したわ」

「すごかったですよね! あのムーンサルトは良かったなー。すごい綺麗でしたよ!」


 カナタが俺を絶賛してきた。

 

「……ありがとよ」


 ありがたいが、嬉しくはない。


「それで、村上は罪を認めているから罪の確定は早そうね」

「死刑か?」

「…………」


 ちーちゃんが俯く。


 もしかして、ダメなこと聞いた?


 俺はシズルに確認すると、シズルは両腕でバッテンのポーズを取っている。


 ダメだったみたい。


「死刑はないと思うけど、実刑は免れないと思うわ」

「ふーん」


 よくわからん。

 まあ、どうでもいいか。


「立花の余罪はわかってるのか? あいつのレベルは53だった。かなり殺ってるぞ」


 俺は気まずいので、話を逸らすことにした。

 

「立花がいた福岡支部と協力して捜査してるわ。福岡支部では、行方不明者が何人もいたわ。でも、ダンジョン内のことだから……」


 立花に殺られたか、モンスターに殺られたか、判断がつかないんだろうな。

 証拠を残すヤツじゃなさそうだし、難しいか。


「まあ、本人が死んでるからな。立証は無理か……」

「そうだと思うわ。何とかしたいんだけどね」


 マイちんは悔しそうだ。

 

「協会は何て発表するの? 俺は隠ぺいしたほうがいいと思うけど」

「ちゃんと加藤の事も含めて発表するわ。貴方、本部長に隠ぺいするなら金寄越せって言ったらしいわね?」

「言い方に悪意があるな」


 もうちょっとオブラートに包んでいた気がする。


「さすが、賄賂を送って、川崎支部を追い出された人間の言うことは違うわって、誉めてたわよ。私は情けなくて、もう…………」


 マイちんは頭を抱えてしまった。


「いやいや、マジで隠ぺいしたほうが良くない? エクスプローラを守り、援助するはずの協会にそんなヤツがいたなんて、シャレにならんぞ」


 エクスプローラも命をかけて、ダンジョンに潜っているのだ。

 暴動でも起きないといいけど。


「わかっているわよ。おそらく私達は信頼を失うわ。政府は監査を厳しくすることで、お茶を濁したいみたいだけどね」

「ふーん、馬鹿正直だなー。マイちん、大丈夫? 本部長なんかはどうでもいいけど、マイちんがいなくなると困るんだけど」

「ありがとうって言っていいのかしら? 本部長は減俸ね。私達もボーナスは出ないかも……」


 本部長、クビじゃねーの?

 まあ、どうでもいいか。

 しかし、あのゴミ共のせいで、マイちんのボーナスが出ないかもしれないのは可哀想だ。


 もっと殴っておけばよかったな。


「いつ発表すんの?」

「来月には記者会見を開くそうよ。貴方たちはそれまで喋っちゃダメよ」


 後ろの4人は頷いている。


「記者会見が終わったあとに、受付にエクスプローラが殺到するな」

「言わないでよ。その日は絶対に休むなって、言われてるんだから」


 大変そうだな。

 俺も知らなかったら聞きに行くだろうし、当分は荒れそうだ。


「マイちん、暴言とか吐かれたら、そいつの名前を覚えておいてね。俺が処分するから」

「ありがとう。気持ちだけいただいておくわ。本当にやめてね」


 そうだ! その日は協会に行って、見張っていよう。

 そして、マイちんに暴言を吐いたヤツを演習場に誘おう。

 逆ナン、逆ナン。


「ルミナ君は当日、絶対に協会に来ないでね。シズル、この男を見張ってて」


 何かに感づいたマイちんがシズルに協力を要請した。

 

「はい、そうしておきます」

「センパイ、目が怖いですー」

「何を考えているか、すぐわかるね」

「久しぶりに神条さんの跳び蹴りが見たいなー」


 カナタって、何かズレてるな。

 そもそも、俺、そんな跳び蹴りしてたかな?


「俺はマイちんが心配なだけなのになー」

「私は貴方が心配よ。いいから早くダンジョンに行きなさい」


 マイちんに追い払われる。

 

「はーい。行くぞ!!」

「はい!!」

「何で、いつも行く時だけ、張り切るんだろう?」

「多分、センパイはリーダーぶりたいんですよー」

「別に誰もリーダー、やりたくないのにね」


 こいつら、ホント、うるせーわ。



 


攻略のヒント

 ダンジョンや協会内の犯罪は警察が介入できず、協会や監査の裁量に任されている。

 ただし、エクスプローラが協会外で罪を犯した場合は警察が介入する。

 エクスプローラの犯罪は一般人よりも罰が重い傾向にある。


 また、事件の規模によっては、警察と協会が協力して捜査することもある。


『ダンジョン指南書 エクスプローラの犯罪について』

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