第031話 野良犬と飼い犬


 シズルと今後の予定を決めた翌日、俺はアカネちゃんを協会に呼び出し、アカネちゃんが所属するクラン≪正義の剣≫のリーダーである≪Mr.ジャスティス≫こと木田セイギを訪ねることにした。


「相変わらず、物々しい雰囲気ね」


 本当に俺を監視するためについて来たシズルは、協会を見渡しながらつぶやく。

 

 確かに、エクスプローラで賑わってはいるのだが、所々にいる≪正義の剣≫や≪ヴァルキリーズ≫らしきエクスプローラは表情が固く、張りつめた空気を纏っている。


「あいつらもここまで長引くとは思ってなかったんだろうな。掲示板を見たが、かなり叩かれてたぜ」

「私も見た。誹謗中傷がすごかったわ。あと、皆、犯人探しで疑心暗鬼になってる感じ」


 俺が暴行犯っていう意見もあったが、俺は女だから違うだろっていう意見が主流だった。

 

 いつもなら間違いなく、俺が犯人と決めつけられるのだが、今回ばかりは女になって良かったと思ったね。


「東京本部はエクスプローラの数が日本で一番多いからな。ここをこんな長期間に渡って規制すると問題だろ。その内、暴動でも起きるんじゃね?」

「冗談でもやめてよ。掲示板を見た後だと、冗談に聞こえない」


 冗談ではないんだが。


「その辺も含めて≪Mr.ジャスティス≫に聞いてみようぜ。最悪、≪ヴァルキリーズ≫に聞けば、なんかわかるだろ」

「そうね。ショウコさんに聞けば、教えてくれるかも。あの人って、副リーダーなんでしょ?」


 あのジャージ女は口が軽いからなー。

 きっと喋るぞ。


「だな。とりあえず、アカネちゃんを探すか。あの小動物はまだ来てないのか? 先輩を待たすとはいい度胸だな」

「いえ、ずっと待ってましたよ」


 いきなり横から声が聞こえてきた。

 声が聞こえた方を見ると、そこにはアカネちゃんがいた。


 小さくて見えなかったわ。


「いたのか。いきなり声をかけんなよ。ビックリするだろ」

「最初からいたんですけど……センパイ、私に気付かないし、そちらの女子といちゃいちゃしてたから声をかけづらかったんです」


 いちゃいちゃしてたか?

 シリアスな感じだっただろ。


「悪い。まったく気付かなかったわ」

「呼び出しておいて、ひどいですね」


 アカネちゃんはちょっと拗ねている。

 いつもなら、甘い声でひどーいって言うのに、なんかテンションが低い。

 

 こいつもちーちゃんと同じく、かまってちゃんだからなー。


「悪い、悪い。アカネちゃん、こいつが俺のパーティーメンバーの雨宮シズルだ。俺と同じクラスで、お前の1つ上の先輩だ」

「知ってますよ。有名人ですし。しかし、センパイって、本当にRainさんとパーティーを組んでるんですねぇ。雨宮先輩、中等部3年の柊アカネです。よろしくお願いします」

「うん。よろしく。アカネちゃんって呼んでいい?」

「はい。雨宮先輩は本当に神条先輩で良いんですか? 私が言うのもなんですが、この人、本当にダメな人ですよ?」


 アカネちゃんのお漏らし事件をシズルにばらすことが決定した。


「だ、大丈夫だよ。ルミナ君にだって、良いところはあるよ」


 しどろもどろでフォローされてもねぇ……


「お前ら、本人を前にして、よくそこまで言えるな。これから同じパーティーとして活動する自信がなくなったわ」

「ま、まあ、冗談はさておき、木田さんに話をしに行こうよ」

「ですね。というか、木田さんは居るんですか?」


 こいつら、覚えておけよ。


「昨日、マイちんに確認を取った。今日は東京本部に来ているらしい」


 昨日、シズルが帰った後、マイちんに電話をし、≪Mr.ジャスティス≫に謝りたいから場所をセッティングしてくれと頼んだのだ。


 俺が用件を伝えるとマイちんは喜んでいた。


 まあ、シロの助言による反省アピールなんだけどね。


 今度は成功!


「じゃあ、受付に行きましょうか。センパイの専属の桂木さんでしたね」


 俺達はマイちんがいる受付に行こうと歩きだしたが、受付近くのソファーの前に、知っている人間が2人いることに気づいた。


「あれ? チサトさんとカナタ君がいる」


 シズルも気づいたようで、斎藤姉弟を指差し、立ち止まった。


「本当ですね。カナタ君がいます。え!? ということは、あの人がカナタ君のお姉さんですか!? なんというか、似てませんね」


 アカネちゃんは似てない斎藤姉弟にびっくりしている。


「俺達がいないのに、協会にいるなんて珍しいな」


 暴行犯の騒動が起きてからは、ちーちゃんは基本的に協会には来てないはずだ。


 俺達は無視するのも悪いので、2人に声をかけることにした。


「お疲れ、ちーちゃん」

「ん? ああ、ルミナちゃんか」

「あ! 神条さん、こんにちわ。昨日ぶりです!」


 テンションの低い姉。

 テンションの高い弟。

 

 本当に似てないな。

 

「カナタもお疲れさん」

「あんたら、今日はダンジョンに行くのかい? ……って、そっちの女子は?」


 ちーちゃんは俺の後ろにいるアカネちゃんに気づいたようだ。


 よく気づいたな。


「いや、今日はダンジョンには行かない。ダンジョンに行くなら、ちーちゃんも誘ってるよ。この子は、今度、ウチのパーティーに入ってくれるアカネちゃん。ちなみに、カナタのクラスメイト」


 俺はアカネちゃんの素性と経緯をちーちゃんに説明した。


「へー、よくあんたらのパーティーに入ってくれたね」


 なんか引っ掛かる言い方だな。

 

「あのさ、ウチのパーティーって、やっぱり敬遠されてる?」

「そらそうだろ。シズルはともかく、あんたは相当、評判が悪いよ」

「そんなに悪いのか? こっちに来てからは紳士に振る舞っているんだが」

「紳士!?」

「センパイ、紳士の意味、知ってます?」


 後ろの女共がうるさい。


「あんた、川崎支部の時に先輩をボコボコにしただろ。そいつの友達が東京本部に居て、あんたがこっちに来る時に噂になったんだよ。ヤベー奴が来るって」


 マジかよ。


「うーん、どいつの事だろう?」


 殴ったヤツなんていっぱいいたから、誰のことかわからない。


「ルミナ君……」

「センパイ……」


 後ろの女共は呆れて、うつむいてしまった。


「山瀬先輩ですよ。ほら、神条さんに彼女を取られたとか言って、殴りかかってきた人です」


 山瀬? 誰?


「まったく記憶にない。そもそも彼女を取ったということも記憶にない」

「いや、結局、勘違いみたいでしたよ。彼女さんがフッた言い訳に神条さんを使ったらしいです」

「俺、悪くねーじゃん!」


 悪いのは勘違い野郎と嘘つき女だろ。

 っていうか、詳しいな。

 お前、俺のファンなの?


  ……そういえば、ファンだったな。


「まあ、勘違いなのかはさておき、そんなことがあったから2年の間では、評判は最悪だね」

「ウチの姉は、かわいい弟を庇わなかったのか? ウチの弟はそんなことをする子じゃない、みたいな」


 お姉ちゃん、ひどーい。


「ミサキは苦笑いしか出来なかったようだよ。心当たりない?」


 あるねー。


「うーん、今後のパーティーメンバー集めは、2年はやめたほうが良さそうだな。俺の嘘な噂を信じているヤツが多そうだし」


 山瀬先輩とやらのせいで、ちーちゃん以外の2年は厳しそうだ。


「嘘かな? さっき、明らかに複数人をボコボコにしてたような発言してたよね?」

「言ってましたね~」

「神条さんは上級生相手にも平気で殴ってましたよ。すごく強かったですねー」


 うーん、後ろの女共は結託し、俺を陥れ始めた。

 あと、カナタは俺を誉めてるようで誉めてない。


「俺の話はいいんだよ! で? ちーちゃんとカナタは何してんの? ちーちゃんが協会にいるのは珍しいよな」

「ああ、カナタから一緒にダンジョンに行かないかって誘われたんだよ」

「です。僕がお世話になってる≪正義の剣≫の人がお姉さんも良ければって言うんで」


 ≪正義の剣≫も大変だねー。

 掲示板で叩かれ、ガキのお守りをしないといけないとは。


「あれ? ちーちゃんは前に断ったんじゃなかったっけ?」

「ああ、あたしはダンジョン攻略にそこまで熱心じゃないからね。ってか、あんたに言ったっけ? まあ、いいか。それで、今日も断ったよ。今日は調べもののために来たんだ。10階層以降のモンスターや罠についてだね」


 ツンデレなちーちゃんは俺達のパーティーに入らないと言いながら、俺達のために、10階層以降について調べるらしい。


 もう、ウチのパーティーに入っちゃいないよ。


「ふーん。前に断ったのに、もう一度、誘うなんて暇なヤツだな」


 きっと、ちーちゃんを狙っているな。

 カナタに恩を売り、ちーちゃんを釣るつもりだ。


「私も何回か誘われましたよ。どうやら女子学生に被害が出ないようにしてるみたいです」


 アカネちゃんも何度も誘われているらしい。

 成果が出てない分、≪正義の剣≫も必死なんだな。


「俺らは誘われてないぞ。なあ?」


 俺はシズルに問いかける。


「まあ、ルミナ君は狙われないだろうし、誘わないでしょ。私もダンジョンに行く時はルミナ君と一緒だし、誘われたことはないわね」


 差別だ!

 まあ、誘われたら誘われたで、鼻で笑うが。


「じゃあ、カナタ君はこれからダンジョンですか?」


 前から気になってたんだけど、アカネちゃんって、同級生にも敬語なの?

 キャラづくりも大変だな。


「そうだね。姉さんに断られちゃったけど、僕は神条さんみたいに強くなりたいから」


 実にいい心がけである。

 この騒動が終わったら、本当に弟子にしてやろう。

 そして、ウチのパーティーに入れてやろう。


「ルミナ君みたいになっちゃダメだけど、頑張ってね」

「気をつけて行くんだよ。あと、ルミナちゃんみたいになったらダメだよ」

「センパイみたいになったら終わりですよ」


 俺、この女共、嫌い。


「カナタ、強くなるには体だけでなく、心も強くならないといけない。頑張れよ」


 って、父さんが言ってた!


「はい! ありがとうございます! じゃあ、行ってきます」


 カナタは元気よく答えると走っていった。


 相変わらず元気なヤツだ。

 しつけられた飼い犬だな。

 本当に野良犬ちーちゃんと血が繋がっているのか?


「元気ですね~。センパイみたいにならないと良いけど」


 まだ言うか、こいつ。


「あいつは俺のようにはならねーよ。良くも悪くも素直すぎるわ」

「姉としては、そこが心配なところなんだけどね。どうして、あんたに憧れるんだろう。あたしだったら絶対に嫌だけど」

「そこまで言う? 男の子は強さに憧れる時があるの。まあ、安心しな。俺だって、東城さんに憧れたけど、東城さんみたいにはなれなかったから」


 理想は理想、現実は現実なのだ。


 カナタは情熱もあるし、良いエクスプローラにはなれるだろうが、メイジのあいつが俺のようにはなれないだろう。

 

「だといいけど。アカネだっけ? 学校でウチの弟は変なことしてない?」

「大丈夫ですよ~。カナタ君は元気ですし、ちゃんとしてますから」


 親と教師の会話か?


「ならいいけど。あんたらはこれから≪Mr.ジャスティス≫と話しに行くんだろ。この騒動がいつ終わるか聞いておいてよ」

「ああ、それについても聞くつもりだ。そうだ! ちーちゃんも来る?」

「いいの? あたしはあんたらのパーティーメンバーじゃないけど」


 また、そんなこと言ってー。

 どうせ、ここで別れたら、捨てられた子犬みたいにチラチラとこっちを見るんでしょ?

 もう、どうせ入るんだからさっさと素直になれよ、野良犬ちーちゃん。


「女4人で囲んで≪Mr.ジャスティス≫を修羅場っぽく追い込んでやろうぜ。あいつ、良い人だから、ポロっと内部情報を漏らすぞ」


 あいつ、プロの童貞だから、きっとパニックになるぞ。

 あ、俺は童貞じゃなくて処女な。


「面白そうだけど、そんなことしていいの? ≪Mr.ジャスティス≫って、Aランクだろ」

「大丈夫、大丈夫。あいつは女に免疫がないから、きっと許してくれる」

「ルミナ君、今日は謝りに来たんだよね?」


 あ、シズルがいるのを忘れてた。


「わ、わかってるよ。マイちんの所に行くぞ。ついてこい、女共!」

「この中で唯一、スカートを穿いている人が何か言ってますねぇ」


 うるせーわ!

 ……って、ホントにスカート穿いているの俺だけじゃん!

 俺、男なのに……


 



攻略のヒント

 日本にいるAランクエクスプローラは10人である。

 そして、10人のAランクエクスプローラはすべて第一世代である。


 これは第一世代が初期のエクスプローラであるため、協会への貢献度が高いという理由もあるが、第二世代にも問題もある。

 実力から見れば、第一世代よりも人数も多い第二世代の方が上なのだが、それ以上に問題児や変人が多く、第二世代は協会への貢献度が総じて低い傾向にある。


 協会としては、第二世代のエクスプローラに依頼を斡旋するなどの対策を講じているが、成果は芳しくない。


『エクスプローラ対策会議 第二世代の問題と対策について』

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