第030話 どうやら機嫌は直ったらしい


 カナタからちーちゃんの事情を聞いた俺は、家に帰った後、シズルの携帯に電話をした。


『もしもし、シズルか?』

『うん。どうしたの?』


 シズルに問いかけると、いつもの明るい声が聞こえてきた。

 どうやら機嫌は治っているようだ。

 ……多分。


『実はきっき、ちーちゃんの弟のカナタに話を聞いてきたんだ。報告と相談がしたいんだが、明日でもいいから空いてるか?』

『うん、空いてるけど、今からでもいい? 実は武具販売店で新しい短剣を買ったところなの』

 

 シズルはすでに寮に帰ったと思っていたが、どうやらまだ外にいるらしい。


『ああ、前に言ってたやつだな。じゃあ、今からウチに来てくれ。ちーちゃんの件以外にも報告がある』

『わかったわ。あと20分後位には着くと思う』

『了解』


「シズルは今から来るのか?」


 俺が電話を切ると、いつものようにベッドの上にいるシロが話しかけてきた。


「ああ、短剣を買ってたみたいで、まだ外にいるらしい」

「そうか。今日はアホな事を言うなよ」

「気を付ける」


 今日は発言に気を付けようと思いながら、シズルを待っていると玄関のチャイムが鳴った。

 俺は外にいたシズルを招き入れ、特製の紅茶とお茶菓子を出し、シズルのご機嫌を伺う。


「お待たせ。悪いな、急に来てもらって。短剣は良いのがあったか?」

「うん。ダンジョン産と悩んだけど、加工品の短剣を買ったわ」

「ダンジョン産は高いし、お前は伸び代があるから、とりあえずは加工品の方が良いわな」


 シズルはまだまだ伸びるだろうし、今の段階で高いダンジョン産を買うよりかは、加工品で様子見したほうが良いと思う。


「かなり悩んだけどね。ダンジョン産の性能を見ると、欲しくなっちゃうんだよねー」


 わかる。

 どうしても、加工品はダンジョン産と比べると見劣りしてしまう。

 

 命を預ける武器は良い物がいいし、武器の性能が上がれば、簡単に強くなれる。

 そのため、長期的に見れば加工品のほうが良いのは、頭ではわかるのだが、ダンジョン産が欲しくなる。


「だな。俺もサブウェポンで剣を使うが、どうしてもダンジョン産を買いたくなるわ」


 俺はシズルの気持ちが良くわかるため、同意した。

 

「あの武具を見てる時の誘惑はすごいもんね」

「今でも誘惑に負けそうになるなー」 

「ふふっ。ルミナ君はそんな感じよね。それで? カナタ君に話を聞いたんでしょ?」


 シズルは買い物の話はほどほどにして、本題に入った。

 

「ああ、やっぱり、ちーちゃんは過去にパーティーを組んでいて、揉めたみたいだ」


 俺はシズルにカナタから聞いたちーちゃんの過去を説明する。

 

 俺の説明を素直に聞いていたシズルだったが、次第に憤慨し始めた。


 ……怖い。


「何、その男? サイテーね。フラれたからって、捨てゼリフを吐いて、チサトさんを傷つけるなんて」

「まあな。話を聞く限り、その男はプライドが高いみたいだから、その辺りで思うところもあったんだろうよ」

「だとしても、ひどくない? チサトさんは何も悪くないじゃない」


 シズルは相当、怒っている。

 まあ、こいつも美人さんだし、おそらく、似たような経験をしているのだろう。


「落ち着け。正直、そんなアホは大して問題じゃない。お前だって、そんなアホにコクられて、捨てゼリフを吐かれたとしても、ムカつきはするが、いちいち気にしないだろう?」


 俺は興奮するシズルをたしなめる。

 

「……まあ、そうね。じゃあ、その前の煙たがられたのがイヤだったのかな?」

「それを含めた人間関係だろうな。≪学者≫は便利な存在ではあるが、基本的に弱い。その辺の立場やちーちゃんの性格からトラブルになるのに嫌気がさしたんだろうよ」

「でも、私達だったら大丈夫じゃない? 男女問題なんて起こりようがないし、私達もレアジョブじゃない?」

「お前、さりげに俺を女の枠に入れたな」

「ごめん、ごめん。でも、ルミナ君は男女関係で揉めることはなさそうじゃない?」


 …………良い意味で、だよな?


「…………まあ、いいや。今は俺達2人共レアジョブだし、問題は起きないかもしれないが、今後のパーティーメンバー次第で話は変わってくるだろう? それとちーちゃんは嫉妬されたくもないし、嫉妬したくもないんだろう」


 ぶっちゃけた話、同じレアジョブでもシズルはエクスプローラとしての才能がある。

 経験が長く、Cランクの俺はともかく、自分より後輩のシズルに嫉妬したくないだろう。

 

「うーん、それってどうしようもなくない?」

「まあ、そうなる。こればかりはちーちゃんの心持ちと信頼関係が重要だ。特効薬はないし、今まで通り、臨時メンバーで参加してもらって、ちーちゃんが大丈夫だと思うまで待つしかないな」


 もしくは、すっぱりとちーちゃんを諦めるかだ。


「私はチサトさんにパーティーに入って欲しいと思うけど、ルミナ君は早く男に戻りたいんでしょう? チサトさんを諦める?」

「うーん…………」


 ちーちゃんが優秀であることは間違いない。

 しかし、いつ正式にパーティーに入ってくれるかもわからない人間にそこまで時間をかけたくはないんだよな。

 

 他のパーティーメンバーを探すのに支障になるし、パーティー間の連携にも問題だろう。


「相棒。チサトは時間をかけてもいいから仲間に加えたほうがいいぞ」


 俺が悩んでいると、我が軍師が助言をくれる。


「何で?」

「俺っちが見る限り、チサトとお前らは上手く連携がとれているし、リーダーである相棒が前衛をやるのなら、パーティー全体を見て、判断できるヤツが必要だ。チサトはその辺は優秀だし、≪エネミー鑑定≫を持っている。深層に行けば、お前らが知らないモンスターも出てくるぞ。その時にチサトがいるのといないとでは雲泥の差だ」


 確かに、その通りだ。

 今後、その辺りをカバーできるエクスプローラが仲間に入ってくれる可能性は低いだろう。

 

 そもそも、そんな優秀なヤツはリーダーになる。

 そういう意味でも、年下である俺をリーダーとして認めてくれるちーちゃんは貴重か。


「やっぱり、ちーちゃんは要るか」

「だね。あの人以上のエクスプローラが入ってくれるとは思えないよ」


 この2ヶ月で優秀そうなエクスプローラを何人か誘ったが、空振りだったしな。


「わかった。ちーちゃんを何とかしてパーティーに加えよう。方法としては、さっき言った通り、臨時でもいいからパーティーに参加してもらって、信頼を築いていく。ちーちゃんは押しに弱いから、時間をかけて頼み込めば、いつか折れて、パーティーに入ってくれるはずだ」

「確かに、チサトは押しに弱いな」


 シロも同意する。

 

「……そんな事はないと思うけど…………」


 シズルもそう思っているのだろう。

 段々と声が小さくなっている。


「それと、もう1つ報告があったわ。パーティーに入ってくれるってヤツを1人見つけた」

「え!? そんな奇特な人が!?」


 ……奇特って。

 まあ、奇特な小動物だが。


「カナタを探している時に偶然見つけた。俺の後輩で、妹の友達の柊アカネちゃんっていう中等部の3年生だ。槍を使えるヒーラーだな」

「へー、良く入ってくれたね」

「そいつはお姉ちゃんやホノカのパーティー≪フロンティア≫のメンバーでな。こいつもちーちゃんと同じような悩みを持ってた」


 俺はシズルにアカネちゃんがパーティーに入ってくれた経緯を説明する。


「なるほどねぇ。どこのパーティーでも、そういう悩みがあるんだね」

「プロのエクスプローラはあっさりしてるんだが、学生のパーティーは学校の人間関係が絡むから複雑なんだよ」

「そうなんだ……ウチの学年は大丈夫かな?」


 ウチの学年はほとんどが先生達が決めたパーティーだからなー。

 間違いなく、揉めると思うよ。


「そこは俺達は考えないようにしよう。悪いが、他所のパーティーを気にかけるほどの余裕はない」

「……そうだね。ところで、そのアカネちゃんはウチのパーティーに入って大丈夫なの? ≪フロンティア≫のメンバーなんでしょ? ……揉めない?」


 言いにくいことを聞いてくるな。


「すまん、揉める。パーティーの引き抜きは暗黙の了解でダメなんだ。今回は中等部の学生だし、本人の意向もあるから大丈夫だとは思うが、遺恨は確実に残る」

「どうするの? ≪フロンティア≫って、お姉さんとホノカちゃんのパーティーなんでしょ? ルミナ君、大丈夫?」


 大丈夫じゃないです。


「先に≪Mr.ジャスティス≫に話を通して、≪フロンティア≫のパーティーリーダーを説得する。お姉ちゃんとホノカは…………家族愛でわかってくれるはずだ」

「…………ホントに大丈夫?」


 シズルがもう一度確認してくる。

 

「もし、お姉ちゃんとホノカに嫌われたら、慰めてくれ」


 死ぬかもしれん。


「だ、大丈夫よ。私がついてるから死なないで」


 おや? シズルにも念話のスキルが。


「そこは何とかする。まあ、そういうことだからアカネちゃんが正式にパーティーに入るのは後になる。今度、紹介だけはするわ」

「う、うん。お願いします」

「相棒、顔が白いぞ」


 お前は四六時中、白いぞ。


「それで、今後の方針はちーちゃんと信頼関係を築きながら、≪フロンティア≫を説得する、になるな」

「わかった。まあ、どっちみち、奥には行けないしね」

「うーん、この騒動はいつ終わるんだ? その辺も含めて、≪Mr.ジャスティス≫に話を聞いてみるかね」

「大丈夫なの? この前、揉めてたけど」


 おや? シズルの目が冷たくなってきたぞ。

 まずい。

 挽回せねば!


「謝罪もするか。あいつは人間が出来ているからきっと許してくれると思う」

「お願いね」


 俺は悪くないし、あのボケ共に頭を下げるのはイヤだが、このままではシズルとマイちんに許してもらえそうにない。

 ここは俺が大人な心であいつらを許してやるとするか。


「よし! 明日、アカネちゃんを連れて、協会に行って、≪Mr.ジャスティス≫に会ってくるわ」

「わかった。じゃあ、私も行くね」

「え!?」


 来るの?

 

「……何? 私がいると迷惑なの?」


 シズルは俺の反応がお気に召さないようだ。

 

「そんなことはないけど、ダンジョンには行かないぞ」


 お前が来ると、本当に≪Mr.ジャスティス≫に頭を下げないといけなくなるだろ!


「どうせ、ルミナ君のことだし、上から目線でいくつもりでしょ。アカネちゃんのこともあるから私も行って見張ってるわ。私、副リーダーだし」


 なんて優秀な副リーダーなんだ!

 感動するね。

 ハァ……


「じゃあ、一緒に行くか」


 俺はしぶしぶ、シズルの同行を承諾した。

 

「ちゃんと謝るのよ」


 シズルは段々とマイちんに似てきている。

 

 しかし、イヤだなー。

 あんなだせえ二つ名持ちに頭を下げたくねー。


 シズルは俺の性格を良くわかっているようで、俺が本当に謝る気がないことを見抜いたようだ。

 俺も昨日の事があるため、強く言えず、結局シズルも連れていくこととなった。




 

攻略のヒント

 エクスプローラ協会は、余程のことがない限り、パーティー内のトラブルには関与しない。

 ただし、パーティーメンバーの移籍に関しては、協会の職員の立ち会いの元、パーティーリーダー同士で話し合いを行わなければならない。

 この話し合いにおいて、協会職員の許可が得れば、別のパーティーへの移籍が可能である。

 

『エクスプローラ協会規則 パーティーの移籍について』

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