第009話 黒耀の歌姫(命名:俺)


 マイちんからの依頼を受けることにした俺は、マイちんからロクロ迷宮の情報を聞きつつ、ダンジョン攻略のスケジュールや方針を考えていた。


 そうこうしていると、ノックの音と共に先ほどのいい感じの職員さんの声が聞こえてくる。


「桂木さん、雨宮さまがお見えになりました」


 その声を聞くと、マイちんは扉を開け、従妹さんを出迎える。


「おはよう、シズル。入ってちょうだい」

「はい。失礼します」


 マイちんの従妹らしい女が、律儀に礼をし、応接室に入ってきた。

 女は身長160センチ程度で、マイちんと並ぶとマイちんより少し背が高い。

 

 俺が彼女を見て、まず目についたのは髪の毛であった。

 彼女の髪は、腰まである黒髪でキラキラとつやめいていて、まるで宝石のようであった。

 俺は普段なら彼女のかわいらしい顔や立派な胸に目が行くと思うのだか、それよりも、その黒髪に目を奪われてしまった。


 うーん。歌手だっけ?

 グラビアアイドルのほうがいいんじゃない?

 そっちのほうが人気出そうだし。


 マイちんと彼女は、俺の対面に座ると、マイちんが彼女を紹介してくる。

 

「ルミナ君、この子が私の従妹のシズル。シズル、こちらがこの前話したCランクのルミナ君よ」

「雨宮シズルです。はじめまして。この度はよろしくお願いします」

「Cランクの神条ルミナだ。よろしく。Rainさんって呼んだほうがいいか?」

「いえ、名前でお願いします。Rainは歌手活動をする時の名前ですので」

「わかった。じゃあ、名前で呼ぶよ。それと敬語は不要だ。依頼人かもしれないが、来月から同じ学園に通う同級生だろ。なんかやだ」


 ダブったやつみたいになるしね。

 

「わかったわ。早速、依頼について、話したいんだけど」

「そのあたりはマイちんから聞いているから不要だ」

「マイちん…………」


 シズルは自分の従姉のアダ名を訝しげにつぶやく。


 そこにひっかかるな。

 小学生の時につけたアダ名なんだよ。


「とりあえず、今後の方針を伝えておく。まず、お前の依頼はかなり厳しいものだ。ご所望のポーションは、このロクロ迷宮の25階層まで行かないと手に入らない。俺とお前では、そこまで行くのは普通にやれば、無理だ」

「そう…………でも、依頼は受けてくれたんでしょ?」

「ああ、方法がある。ランダムワープを使う」

「ランダムワープ?」


 シズルは聞いたことないであろう単語を聞いて首を傾げる。


「ランダムワープっていうのは、ダンジョンの罠の名前だ。これは非常に厄介な罠で、それにひっかかると、その迷宮のどこかに飛ばされる。普通なら、やばいタイプの罠だが、今回はこれを利用する」

「どうやって利用するの?」

「まず、ランダムワープは11階層で確認されている。ロクロ迷宮は16階層までならマップがコンプリートされているから、11階層のランダムワープの位置もわかっている。俺達はこのランダムワープにわざとひっかかり、25階層以降を目指す。25階層以降に行ったら、モンスターを避けつつ、宝箱を探し、ポーションを手にいれる。ポーションを手にいれたら、俺が持っている帰還の結晶で帰還する」


 俺はシズルにポーション入手の流れを説明していく。


「なるほど。それなら出来そうな気がする。でも、この方法なら、他の人もポーションが簡単に手に入る気がするんだけど」

「いや、まず、ランダムワープはどこに行くかわからないことが問題だ。低階層ならいいが、最悪、未到達の深層に行ってしまうと、強力なモンスターに遭遇して全滅してしまう。だが、俺には帰還の結晶がある」


 俺はそう言って、アイテムボックスの中から黒い結晶石を取り出し、テーブルの上に置く。

 シズルは何もないところからいきなり出てきた結晶石に驚いていた。


 そこからかよ。

 マジでシロウトなのね……。


「あー、今のが≪空間魔法≫のアイテムボックスだ。お前って、講習とか受けてる?」

「一応、受けてるし、事前にもらったダンジョン指南書も目を通しているわ。ただ、実際に魔法を見たのは初めてね」


 ダンジョン学園はダンジョンについて学び、ダンジョンを攻略していくのだが、高等部からの入学生は中等部からのエスカレーター組とは違い、ダンジョンについての知識がない。

 そのため、事前に配布されるダンジョン指南書とかいうのを読んで、学んでおかないといけないのだ。


「ならいい。えっと……これが帰還の結晶と呼ばれるアイテムだ」


 俺は仕切り直し、テーブルの上の黒い結晶を指差す。


「帰還の結晶? なんかすごい黒いね。吸い込まれそう」


 お前の髪のほうが吸い込まれそうだぞ。

 あと、その無駄にデカいおっぱいにも。


「ああ、これは俺が川崎支部のダイダラ迷宮で手に入れたレアアイテムだ。こいつを使えば、迷宮のどこにいようと、即座に地上に帰還できる。これはお前に渡しておくから、俺が指示するか、俺が倒れたら使え。そうすれば全滅は避けられる」


 俺は心の中でセクハラをかましつつ、説明する。


「どうやって使うの?」


 シズルは帰還の結晶を手に取りながら聞いてくる。


「帰りたいと念じれば使える。使用できる回数は3回だ。逆に言えば、今回の作戦のチャンスは3回までになる。それでもポーションが手に入らない場合は、悪いが、俺にはどうしようもできない」

「そう、わかったわ」


 シズルは帰還の結晶を持っていたカバンの中に入れる。


「よし、これからダンジョンに行って、お前のジョブを決める。今後の予定は、お前のジョブを見てからだ。マイちん、ダンジョンへ行くから申請を頼む」

 

 俺はマイちんにDカードを提出すると、シズルも慌てて、カバンの中からDカードを取り出し、マイちんに渡す。


「了解よ。ちょっと待っててね」


 マイちんは俺たちのカードを受けとると、申請をするために部屋から出る。


「これからダンジョンへ行くが、何か装備品を持って来ているか?」

「ごめんなさい。防具は初心者用の服しかないわ。武器はナイフだけね」


 まあ、ジョブも決まってないんだからそうだろうな。


「わかった。今日は1階層にしか行かないからそれでいい。じゃあ、俺は外に出てるから着替えてくれ」


 俺はそう言って立ち上がると、部屋の外に出て、シズルが着替えるのを待つことにした。

 

 俺が外で待っていると、マイちんが戻ってきた。


「お待たせ。シズルは?」

「中で着替えているよ……覗いてないぞ」

「わかってるわよ。そう言うと、逆に怪しいわよ」


 マイちんがジト目で見てくる。


 本当に覗いてないぞ。

 俺に透視のスキルがあれば、覗いていたけどね。

 そんなスキルがあるかは知らないが。


 マイちんと話していると、部屋の中から着替え終えたシズルが出てきた。


「ごめん、待った?」

「ううん。今、来たところ」


 シズルとマイちんが待ち合わせのカップルみたいなことを言い合っている。


「似合うじゃん」

「ありがとう。じゃあ行こうか」


 俺はモテるための秘技『女の服を誉める』を使うと、シズルは嬉しそうに笑った。



 俺達は1階に降りると、マイちんと別れ、1階の奥にあるダンジョン入口へと向かう。

 

 ダンジョン入口へ向かう途中で、いつもの警備員2人が見えた。


「シズル、あそこに警備員がいるだろう? あそこの部屋にあるのが、帰還の魔方陣だ。知ってると思うが、ダンジョンは各階層に必ず帰還の魔方陣がある。そこからなら一瞬で、そこの部屋にある魔方陣に帰ってこれる」

「ええ、指南書に書いてあったわ。でも、不思議よね。親切というか何というか」

「ああ、もし、あれがなければ、ダンジョン攻略の進みはもっと停滞しているだろうな」


 ダンジョン内で最も避けなければならないのは、パーティーの全滅である。

 パーティー内の誰か1人でも生きて帰れさえすれば、死んでも復活出来るからだ。

 

 パーティーの被害が大きくなってきたら帰還の魔方陣で帰還する。

 これがダンジョン探索の基本である。

 もし、帰還の魔方陣がなければ、帰りを計算しなければならないため、ダンジョン探索の難易度は跳ね上がったであろう。


 俺達が歩いていると、警備員2人の内、軽薄な方が声をかけてくる。


「おー、ルミナじゃん。昨日は来なかったけど、今日は来たな。お疲れさん。で? となりのかわい娘ちゃんは?」


 軽薄警備員はシズルをジロジロ見ながら、俺の肩を馴れ馴れしく抱いてくる。


 ぜってー、声かけてくると思ったわ、この3股不誠実野郎。

 あと、シズルの胸を凝視するな。

 それは俺のだ。


「今日は新人の指導。これからダンジョンに行く」

「ほー、新人ちゃんかー、ってRainじゃん! あ、あのRainさんですよね!?」

「あ、はい、この来月からダンジョン学園に通いますので、よろしくお願いします」

「うひょー、マジっすか!?」


 うぜぇ。

 エクスプローラに絡む警備員って何だよ。

 誰かこいつをクビにしろ。


 シズルはちょっと困惑しており、俺がこの3股する最低野郎に内心うんざりしていると、もう1人の老け顔警備員が助け船をだす。


「榊、その辺にしておけ、困っているだろう。すまんな、Rainさん」

「あ、いえ、大丈夫です。でも、Rainはやめてください。そちらは歌手の時の芸名ですので。雨宮シズルといいます。よろしくお願いします」


 シズルはお辞儀をしながら名乗る。


「そうか、すまんな。俺はここで警備員をしている鈴村だ。こちらこそよろしく」

「ハイハーイ! 俺は榊っていいます。榊シンタロウ。よろしくね」


 シズルと警備員の2人が自己紹介をしている。


 ……お前ら、そんな名前だったの?

 初めて知ったわ。


 俺はよく考えたらこの2人の名前を知らなかったことに気付いた。

 まあ、どうでもいいか。


「新人の指導ということは、今日は1階層か?」

「ああ、今日はジョブを決めて、レクチャーしながら適当にモンスターを狩るくらいだな」

「そうか、お前に言うことでないだろうが、気を付けてな」

「ん? ああ、ありがとよ」


 老け顔警備員改め鈴村は俺が礼を言ったことにちょっと驚いていた。

 しかし、すぐにいつもの無表情に戻ると、シズルにも声をかける。


「雨宮、神条は優れたエクスプローラだ。こいつの言うことを聞いておけば、何も問題はない。安心してダンジョン探索してこい」

「はい。ありがとうございます」


 さりげなく、俺の評価を上げてくれる鈴村。

 

 こいつ、めっちゃイイヤツやんけー!


「おい、ルミナ。シズルちゃんに変なことするなよ~」


 お前は死ね、ゴミ野郎。


 

 俺達はゴミとナイスガイの2人に別れを告げ、奥へ歩いて行くと、ダンジョン入口に到着した。

 

 ダンジョンの入口は大きな縦穴となっており、穴の中には石の階段が見える。

 階段の先は真っ暗闇であり、その闇はダンジョンのお宝を狙ってきた獲物を捕らえる地獄の入口のような感じがする。

 

 シズルの方を見ると、この不気味な入口を見て、さすがに緊張している。


「ここがダンジョンの入口だ。不気味だろ? 俺はエクスプローラを何年もやってきたベテランだが、正直、この雰囲気にはいつまで経っても慣れないんだ」


 俺はシズルの緊張を解くため、ちょっと笑いながら言う。


「うん。ちょっと怖いね」

「だろ? 高ランクのエクスプローラでもこの雰囲気は嫌がるんだよ。まあ、中に入ってしまえば、そんなに恐怖は感じない」

「わかった……あと、ちょっと聞いていいかな? ルミナ君はその格好でダンジョンに行くの? 装備とかは?」


 シズルは俺の格好を見て、聞いてくる。

 

 まあ、パーカーにカーゴパンツだからな。


「ふっふっふ、見て驚けよ。はっ!!」


 俺が無駄に気合いを入れると、俺の格好が一瞬で私服から防具へと変わる。


「え!? すごい! 何それ!?」


 シズルが驚いた表情で聞いてくる。


「これは、スキル≪空間魔法lv2≫の早着替えだ。こいつを使えば、アイテムボックス内にある武具を一瞬で装備できるのだ」

「へー、いいなー。私もそれ欲しいな。私も≪空間魔法≫取れるかな?」


 ≪空間魔法≫取るの? 不人気スキルだよ?


「まあ、≪空間魔法≫は基本的に、どのジョブでも少ないポイントで取れると思うけど、そんなにいいもんじゃないぞ。魔法袋のほうが便利だし」

「えー? その早着替えって、絶対有用なスキルだと思うよ。敵に合わせて装備を変えられるわけだし。あと変身ヒーローみたいでかっこいいじゃん」


 うーん、そうかなー?

 まあ、全く使えないスキルではないから止めはしないけど。


「まあ、取れそうだったら取れよ。まずはジョブ決めとスキルチェックだから」

「ええ、そうするわ。じゃあ、行きましょう」


 シズルは緊張が解けたのか、少し嬉しそうにダンジョン入口の方を見た。


「ああ、行くか、パーティーの組み方は知っているな?」

「ええ、体の一部が触れていればいいのよね?」


 シズルはそう言うと俺に向かって手を伸ばしてくる。


「ああ、じゃあ、行くぞ」


 俺とシズルは手を繋ぐと、ダンジョンへと入って行った。


 これが俺とシズルの最初のダンジョン探索となる。


 ちなみに、シズルの手は、ちょー柔らかった。

 うひょー!




 

攻略のヒント

 ダンジョン内には、落とし穴やランダムワープなどの複数の罠が存在する。

 罠はローグ系のスキル≪罠回避≫などで回避出来る。

 罠は基本的に低階層にはないが、深層に行けば行くほど、罠の脅威度は上がって行くため、罠への対処は、とても重要である。

 

『はじまりの言葉』より

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