第008話 無茶な依頼だなー


 ホノカの買い物に付き合った後、俺は3階の武器屋で短剣やショートソードなどを購入し、武具販売店を出た。

 その後、ホノカとちょっとお茶をした後、ホノカが東京に帰ったので、俺は自宅に戻ることにした。


 自宅に戻った俺は、少し休んだ後、早めに晩飯を食べた。

 晩飯後、倉庫代わりになっている部屋に行き、アイテム整理をしながら明日の準備を行う。


「えーと、新人だし、ポーションはいるな。あと、俺の武器はどうしようか? 普通だったら、ショートソードでいいんだが、訳ありって言ってたからなー。一応、ハルバードも持っていくか。しかし、新人ちゃんは武器や防具を持ってんのかな? 最悪、それらも持っていく必要があるな」


 俺は新人指導に必要なアイテムを見繕っていく。

 

「新人ちゃんの武具は何がいいかねー? 適性ジョブもわかんねーし、基本装備でいいか」


 新人のジョブが不明なので、武器は初心者用の短剣とショートソード、杖を持っていくことにした。

 防具は新人の体のサイズがわからないことに気がついたので、持っていくのはやめる。


「まず、適性を見て、ジョブとスキルを決める。その後、レクチャーしながら初めてのダンジョン探索とモンスター狩りかな。とりあえず、明日はそこまでやればいいだろ」


 俺は明日の指導の予定を決める。

 

 ここで重要なのは、モンスター狩りである。

 明日は低階層のスライムかゴブリンを倒させるつもりだが、ここで躓く新人は意外と多い。

 

 スライムやゴブリンは、どちらも弱いため、正直、ジョブやスキルのない一般人でも倒せる。

 しかし、生き物を殺すことに躊躇する人間は多く、ましてやスライムならともかく、ゴブリンはヒト型である。

 ここを乗り越えられるかが、エクスプローラの最初の関門なのだ。

 

「新人ちゃんは15、6歳の女だよな? 大丈夫か?」


 昔、新人指導した時、泣きながら無理です、と言っていた後輩女子を思い出す。


「うーん、まあ、悩んでも仕方がないか……後は会ったあと、その場で決めよう」


 俺は明日の準備を終わらせたので、風呂に入り、炭酸飲料を飲むと、今日は寝落ちせず、1人では広すぎるダブルベッドで寝ることにした。

 彼女ほしいー。




 ピピピピ……


 俺の耳にいつもの不快な機械音が聞こえてくる。

 俺はうるさく鳴っているスマホの目覚ましを切ると、上半身を起こし、腕を天井に向けて伸ばす。


「うーーん……今日は昨日と違い、爽快な気分だな」

 

 昨日の話し合いにより、胸のモヤモヤが取れ、スッキリした気持ちで朝を迎えることができた。

 カーテンを開けると、まるで自分の気持ちを表すかのような朝日が、部屋に飛び込んでくる。


「よし、昨日で不良エクスプローラは卒業した。今日から心機一転、ハーレムエクスプローラを目指すぞ!」


 俺は気合いを入れ、朝飯を食べると、身だしなみを整え、遅刻しないように早めに協会に向かった。




 ◆◇◆



 

 協会に着き、ガラス張りの自動ドアが開くと、ロビーには多くのエクスプローラ達がいた。

 受付に並んでいる者やソファーの前で集まって相談している者など、これからダンジョンに行く予定なのだろう。

 中には新人らしきエクスプローラも多数おり、緊張ぎみに装備の確認をしている。

 

 俺は近くに協会の職員がいることに気がついたので声をかける。


「おはようございます。Cランクの神条ですけど、桂木さんはいますか? 9時に約束してるんだけど」

「おはようございます。神条さまですね、桂木から聞いております。桂木は2階の応接室におりますのでご案内いたします」

「あ、お願いします」


 俺はちょっとかわいい女性職員に礼儀正しく尋ねると、職員さんは親切に応接室まで案内してくれる。

 

 職員さんと吹抜け構造の2階に上がると、吹抜け部を囲むように複数の部屋が見えた。

 

 協会は5階建てであり、2階は応接室と会議室がある。

 それらの部屋は申請すれば借りることが出来る。

 外部から依頼の時やパーティー内の話し合いの時などに使われるが、俺は初めて来た。

 

 職員さんは一番手前の部屋の前に立ち、扉をノックする。


「桂木さん、神条さまがお見えになりました」


 部屋の中からハーイと聞こえると、中からマイちんが出てきた。


「おはよう、ルミナ君。さあ、中に入って」

「おはよう……あ、案内、ありがとうございました」


 俺はマイちんに朝の挨拶をして、応接室に入ろうとしたが、その前に案内してくれた職員さんにお礼を伝えた。

 職員さんは、にこやかに頭を下げると、1階に戻っていく。


 良い人だ。

 かわいいし、用事がある時は、今度からあの人に声をかけよう。

 

 俺は、職員さんが階段を降りていくのを確認し、応接室に入った。

 応接室は真ん中にテーブルがあり、テーブルを挟むように高そうなソファーが置いてある。


「まあ、座ってちょうだい。コーヒーを入れるわ。ブラックで良かったかしら?」

「ああ、ブラックで」


 マイちんに促され、高そうなソファーに座ると、マイちんは部屋の隅に置かれているコーヒーメーカーを操作し始めた。

 

「あれ、新人は? まだ来てないの?」


 俺は部屋にマイちんしかいないことに気づき、周囲を見渡しながら尋ねる。


「ええ、あの子には10時に来るように言ってあるわ。紹介する前にちょっと貴方に説明しておこうと思って」


 マイちんはそう言いながらコーヒーを2つ両手に持ち、こちらにやって来た。

 コーヒーをテーブルの上に置くと、マイちんは俺の対面のソファーに座る。


「なんか訳ありって言ってたこと? 危ない話じゃないでしょうね? 昨日、両親と話して、エクスプローラを続けてもいいって言われたけど、問題行動を起こしたら、免許を取り上げられるんだけど」

「まあ、それについてはこれから話すわ。それより、ご両親との話し合いが上手くいったみたいね。良かったじゃない」


 マイちんはコーヒーを片手に足を組み、優雅なスタイルでコーヒーを飲み始めた。

 マイちんの着ている協会職員の制服は、スカートが膝上のため、足を組むとパンツが見えそうである。


 うーん、見えそうなんだが……見えない。


 俺はテーブルに置かれたコーヒーを取りながら、未知なる世界を覗こうとしている。


「なんとか上手くいったよ。実は免許取り上げ寸前だったみたい。危なかったわ」


 あのまま、親を無視していたらと思うとゾッとするな。


「良かったじゃない。これからは協会に貢献することね。手始めに私の依頼をお願い」

「だな。それで? 今日の新人指導について説明してくれるんでしょ?」


 ドヤ顔を浮かべるマイちんにちょっとイラッとしながら今日の指導について尋ねる。


「そうね、実はその新人は私の従妹なの」

「従妹? そういえば親戚の子って言ってたな」

「ええ。名前は雨宮シズル。貴方と同級生ね。訳ありっていうのは、シズルは芸能人なの」

「芸能人?」


 雨宮シズル?

 聞いたことねーな。

 アイドルか?


「ええ、と言っても、芸名で活動しているから本名は聞いたことないと思うわ。芸名はRainよ」

「Rain?」


 聞いたことあるような……ないような……うーん……

 あ! 歌手でいた気がする。


 俺は中学の時に、誰かがカラオケで歌っているのを思い出した。


「歌手だっけ? 結構、売れてるヤツじゃない?」

「ええ、そうよ。去年、レコード大賞の新人賞を取ったわ」

「へー、すげーな。そんなRainがマイちんの従妹とはね…………ん? そんなヤツが何でエクスプローラになるんだ? どこぞのアイドルユニットみたいに話題作りか?」


 ダンジョン攻略し隊。

 2年前に結成されたダンジョンを攻略しながら歌って踊るっていうよくわからないコンセプトの女性アイドルユニットである。

 

 まあ、実力もそこそこだし、何よりエクスプローラのイメージアップに繋がっているため、彼女達を嫌うエクスプローラはあまりいない。

 ちなみに、俺はサインを持ってる。


「そんなんじゃないわ。シズルがエクスプローラになる理由はお母さん、私にとって叔母さんが病気だからよ」


 病気?

 なんか重い理由っぽいな。

 重い話は苦手なんだけどなー。


「病院行けよ。まさか重病で治せないからポーションが欲しいって話じゃないだろうな?」

「…………その通りよ」


 マイちんが急に暗くなった。

 そして、唇を噛み、下を向く。


 あー、そのパターンかよ。

 ダメなやつだわ。


 ダンジョン資源で最も需要があるのはポーションだ。

 ポーションを飲めば、たちどころに病気や怪我が治るため、政府や企業がこぞって高値を出して集めている。


 ポーションにはレベルがあり、病気を治すことが出来るポーションはlv4以上である。

 値段は以前のオークションで、軽く億を越えていた。


 家族を治すためにポーションを求め、ダンジョンで帰らぬ人になるのは、よくある悲劇のひとつだ。

 

「マジかよ。マイちんだって、無謀だってわかってるでしょ? むしろ協会の人間が一番わかってることだろ」

「ええ、わかってるわ。シズルも最初は自分が稼いだお金で買おうとしたみたい。足りない分は借金してでもね。だけど、そもそも、売ってないの」

「lv4ポーションならアメリカに行けば、200万ドルで買えるぞ」

「必要なのは、lv5なの」


 …………lv5ポーション。

 川崎支部のダイダラ迷宮では20階層、このロクロ迷宮では、25階層以降じゃないと発見されていない。

 

 俺の最深攻略階層はダイダラ迷宮で23階層だ。

 ただし、パーティーを組んでいた時の話である。

 

 新人がロクロ迷宮の25階層に挑む……か。

 

 無理じゃね?


「一応、聞いておくけど、いつまでに要るの?」

「なるべく早く。具体的には1ヶ月もない」


 無理じゃね?


「この依頼って、新人を1ヶ月以内にロクロ迷宮25階層まで行ける実力をつけさせることか? それとも俺にlv5ポーションを取ってこいって言ってるの?」

「…………ごめん」


 マイちんはそう言ってうつむき、黙ってしまった。

 俺はそんなマイちんを見て、ため息を吐く。


「マイちん、わかってると思うけど、無理だと思うよ」


 マイちんはうつむいたまま動かない。


 どうしようか?

 

 マイちんの頼みだし、なんとかしたい気持ちはあるが、厳しい。

 それどころか自分の命すら危ないことになりそうだ。

 

 うーん、うーん、はぁ……

 しゃーねーなー。


「マイちん、この依頼受けるよ」

「…………いいの?」


 うつむいていたマイちんはこちらを見上げ、疑ってそうな表情で聞いてくる。


「ああ。まず、そのシズルさんとやらを1ヶ月以内に、ロクロ迷宮の25階層に行ける実力にするのは無理だ。だから、俺がそいつを鍛えつつ、ロクロ迷宮25階層を目指す。まあ、それでも可能性は低いけど」


 マイちんは俺の言葉を聞き、嬉しそうに俺の手を握ってくる。


「ありがとう、ありがとう、ルミナ君」

「ただし、ダンジョン攻略のスケジュールや方針は絶対に聞いてもらうぞ。マイちんには悪いが、そこまで無理は出来ない」


 よく知らない他人のために命なんて、かけられるか。


「うん。シズルにはよく言い聞かせるわ。私もバックアップするからお願いね」


 ハァ、今日からハーレムエクスプローラを目指す予定だったのに、正義のエクスプローラになってしまった。


 俺はこれからの苦難を想像しながら、冷めてしまったコーヒーに口をつける。


 それよりもこれって依頼料は出るのかね?




 

攻略のヒント

 ポーションにはレベルがある。

 

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 lv1ポーション

  すり傷、切り傷程度なら瞬時に治せる。

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 lv2ポーション

  骨折程度なら瞬時に治せる。

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 lv3ポーション

  毒などの状態異常も瞬時に治せる。

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 lv4ポーション

  病気を治すことも可能。

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 lv5ポーション

  重い病気も治せる。

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 lv6ポーション

  体の欠損も治せる。

----------------------

 lv7ポーション

  -unknown-

----------------------

 lv8ポーション

  -unknown-

----------------------

 lv9ポーション

  -unknown-

----------------------

 lv10ポーション

  -unknown-

----------------------

 

『はじまりの言葉』より

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