第007話 小生意気な妹


 姉の相談を終え、適当な雑誌を読んでいたら、昼飯が出来たらしく、母親が呼びに来た。


「ルミナ君、ご飯が出来たわよ。ホノカを起こしてちょうだい」


 あいつ、まだ寝てるのかよ。

 よく寝る賢者さまだな。

 

 俺は自室を出ると、隣の部屋に向かう。

 

 部屋の前に来ると、目の前の扉には、ホノカと書かれた可愛いらしいクマのネームプレートが見える。


「おーい、起きろ。もう昼飯だぞ」


 俺は扉をノックしながら部屋の主に声をかける。

 

 ……返事がない。

 しょうがねーな。


「入るぞー」


 俺は返事がないため、妹の部屋に入り、ベッドの方を見た。

 そこには、ぬいぐるみに囲まれ、スースーと寝息を立てている妹がいた。


「ホノカー、起きろー」


 俺はそんな眠り姫に近づきながら声をかけるが、一向に起きてこない。


 ハァ、相変わらず、よく寝るヤツだな。


 俺は小さい頃から変わらない妹を見ながら、ため息をつく。


「ホノカー、ホノカちゃーん、いつまでも寝てると、昼御飯なくなるぞー」


 ……起きない。

 死んでんのか?


 俺はホノカの枕元にあったイルカのぬいぐるみを掴み、妹の顔の上に乗せ、押さえつける。


「………………ん?…………むー?……ぷっは!」


 ホノカは息が出来ずに暴れると、イルカのぬいぐるみを払いのけて飛び起きた。


「え!? 何!? あれ、お兄ちゃん?」

「おはよう」


 俺は未だに、状況をわかっていない妹に挨拶をする。

 

「う、うん、おはよう、じゃなくて、何すんのよ!」

「どうした? 何かあったか?」


 ホノカは目を吊り上げ、怒りの表情で抗議してくるが、俺は惚けてみせる。


「死ぬかと思ったじゃない!」

「昼飯が出来たから起こして来いって母さんに言われたから起こしに来ただけだよ」


 俺は部屋の隅に転がっていったイルカのぬいぐるみを拾い、ホノカに渡しながら用件を伝える。


「だったら、普通に起こしてよ!」


 ホノカは渡されたイルカのぬいぐるみを抱き、文句を言う。


 寝癖がすげーな。

 メデューサみたいだ。


 俺はホノカの乱れたショートカットの髪を見ながら化物みたいだなと思った。


「普通に起こしたけど、起きなかったんだから仕方ないだろ。いいから、さっさと着替えろ」


 俺は急かすように答え、ベッドの横にある学習机に座り、何故か置いてあった姉の中学の卒業アルバムを見ながら着替えるのを待つことにした。


「いや、着替えるから出て行ってよ。何で落ち着いて座ってるのよ」


 妹がドアの方向を指差しながら言った。


 えーと、お姉ちゃんはどこかな?

 お、この子、かわいい。


 俺は妹を無視し、アルバム内の姉(中学生)を探していたが、かわいい子を見つけると、他にも、かわいい子がいないかとページを捲っていく。

 

 俺に何を言ってもムダだと判断した妹は、俺が部屋の中にいるにもかかわらず、着替え始めた。

 妹はパジャマにしているジャージを脱ぎ、下着姿になると、クローゼットから服を取り出す。


 お、お姉ちゃん発見!

 やっぱりかわええー。

 む、誰だこいつ!!

 お姉ちゃんに触ってんじゃねーよ!!


 俺は姉の肩に手を置いている男子に憤りを覚えると、このクソ野郎の名前を探す。


 佐々木ハジメ?

 こいつか!


「おいホノカ、佐々木ハジメって知ってるか?」

「え? ハジメ先輩? 知ってるも何も、私達のパーティーリーダーだよ」


 ホノカは右手にミニなスカート、左手にロングスカートを持ち、首を傾げていたが、俺の声を聞いて、こちらを振り向くと、俺の質問に答える。


「そうか、こいつが≪フロンティア≫のリーダーか。どんなヤツだ?」

「えっと、頼りになる先輩だよ。あと女子に人気。よく友達から紹介してって言われるし」


 ほう……こいつは俺の敵だな。

 もし、今度会ったら、病院送りにして、エクスプローラを強制引退させてやろう。


「わかった。ありがとう。次のリーダーを決めておけよ」

「ちょっと待って! ハジメ先輩に何するつもり!?」


 妹は下着姿のまま、俺の方に近づいてくる。


 近けーよ。

 あと、何で上下で下着の色が違うんだよ。俺はその辺を気にするタイプなんだぞ。

 そんなんだから、お前は彼氏が出来ないんだ。


 俺は妹の貧相な胸と尻を見ながら、失礼なことを思った。

 ちなみに、お姉ちゃんは貧相ではなく、豊かである。


「この写真を見ろ。こいつ、ゴミ野郎の癖に、お姉ちゃんの肩に手を置いているぞ」


 俺は卒業アルバムの写真の1枚を指差す。

 

「あ、ほんとだ……って、別に良いじゃん」

「良くない。こいつ、絶対にお姉ちゃんに気があるな。触り方がいやらしい」

「そ、そうかな? あー、でも気はあると思うな。お姉ちゃんにだけ優しいというか、ちらほら独占欲みたいな言動があるし」


 ホノカは思い出すように視線を上に向け、とんでもないことを告げた。

 

「ハイ、死刑確定!! こいつの住所教えろ」

「やめなよ。それに大丈夫だよ。お姉ちゃんは、まったくその気がないから」


 そうなのか?

 まあ、確かにお姉ちゃんは幼い子が好みだから、ストライクゾーンから外れているか。


「チッ! おい、ホノカ、こいつがお姉ちゃんに変なことしないか、ちゃんと見張ってろよ」

「大丈夫だよ。本当に……ね。ちょっとハジメ先輩が可哀想なくらいに脈なしだから」


 ホノカはやれやれといった感じで、首を振る。

 

「ふーん。ならいいか。あとホノカ、早く着替えろ。いつまで下着姿を俺に見せつけてるんだ? 見てほしいなら、もうちょっと育ってからにしろ」

「ハァ!? どういう意味!?」

「お前は母さんの子で、お姉ちゃんの妹なんだからもうちょっと頑張れるだろ。何で遺伝子にケンカ売ってんだよ」

「死ね」


 ホノカは俺を絶対零度な目で見ると、クローゼットの前まで戻り、再び、悩みだす。


 早くしろや。


「スカートはミニの方にしろ。お前は活発的だし、そっちのほうが合ってる。大人な女を目指すより若さで勝負しろ」


 俺は妹を急かすために、適当にアドバイスする。

 

 まあ、本当はロングが似合わないからなんですけどね。

 ものは言いようである。


「うーん」


 妹はしばらく悩んでいたが、俺のアドバイス通り、ミニなスカートを穿き、シャツと上着を着る。


「おまたせー。どう?」


 ホノカはどこぞのモデルのようにポーズを決める。

 

「うん。良い感じ。さっさと降りるぞ。腹減ったわ」


 俺は妹のどうでもいいファッションショーを流す。


「よーし! ってか、お兄ちゃん、エクスプローラ続けられるようになったの?」


 ホノカは、今さらそんなことを聞いてくる。


 もうちょっと早く聞いてこい。バカ。


 俺は両親から許可を得たことを説明しながら1階の居間に降りていった。



 ホノカと居間に降りると、他の3人は既にイスに座り、俺たちを待っていた。

 

「あ、やっと降りてきた。遅いよー」


 お姉ちゃんは俺達を見ると、頬を膨らませながら言う。


 今時、頬を膨らませるか?

 あんた、高校生だろ。

 あざとかわええー。


「ごめんね。昨日、寝るのが遅かったんだ」


 ホノカは手を合わせ、片目をつぶりながら謝罪する。

 あざとかわいくない。


「いいから、早く座りなさい」


 俺達は母さんに促され、イスに座る。

 お姉ちゃんの隣にホノカが座り、その隣に俺が座る。

 対面には両親が座っている。

 昔から決まった位置である。


「いただきます」


 俺達家族は久しぶりに全員揃って食事を取る。

 料理は昼食にしては、気合いが入っており、豪華だ。


「お兄ちゃんはいつ帰るの?」


 俺が久しぶりの母の料理に舌鼓みを打っているとホノカが聞いてきた。


 ん?

 早く帰れってか。


「あん? 飯食ったら帰るぞ。明日はマイちんから新人指導の依頼を受けてるし、その準備のために、武具販売店で買い物をしないといけないからな」

「武具販売店って、東京本部の? ねえ、お兄ちゃん、私も連れていってよ。私も防具を新調しようかと思ってるんだ」


 ダンジョン内は危険と恋がいっぱいか?

 ホノカもこの夏に攻めてみちゃうのだろうか?

 

 俺は先ほど読んだ妹の偏差値の低い雑誌を思い出した。


「いいぞ。じゃあ、飯食ったら行くか」

「ありがと」


 ホノカは礼を言って笑うと食事を続ける。

 

「お姉ちゃんは? 一緒に来る?」


 俺は姉をデートに誘った。

 

「私はいいや。ちょっとパーティーの打ち合わせがあるし」


 フラれた……しょぼーん……

 打ち合わせってクランの件かな?

 じゃあ、仕方がないな。

 ってか、ホノカはいいのか?


「打ち合わせって言ってるけど、お前、行かなくて良いの?」

「お姉ちゃんに任せてるから大丈夫」


 いいのか? それで?


 俺はちょっと妹が心配になりつつ、食事を再開した。

 

 その後、食事を終えた俺は、ホノカを連れて、東京本部のある千葉へ戻っていった。




 ◆◇◆


 


 ホノカと共に東京本部のある千葉に戻ってきた俺は、協会の隣にある武具販売店に来ていた。

 

 武具販売店はダンジョン探索に必要な武器や防具を売っており、エクスプローラがダンジョンから持ち帰った武具や素材を、協会の許可を受けた企業が買い取り、販売している。

 

 なお、購入できるのは、エクスプローラのみである。

 当たり前だが、免許を持っていない一般人は購入できない(銃刀法違反)。

 

 売っている武器や防具は、ダンジョン産と呼ばれる宝箱から出てきた武具や、加工品と呼ばれるモンスターがドロップする素材を加工して作成された武具である。

 

 基本的には、加工品よりダンジョン産のほうが性能が良く、高価である。

 しかし、ダンジョン産の武具には適性があるため、装備出来ないダンジョン産の武具は高価で売り、性能は落ちるが、装備可能で安価な加工品を買うのが主流である。

 

「防具って言ってたけど、何を買うんだ?」


 俺は今さらながら、ホノカの買うものを確認する。

 

「ダンジョン産のローブにしようと思ってる」

「ダンジョン産? 高いぞ。買えるのか?」

「安いのがあるんだよー。この前、見つけたんだよね」


 ホノカがそう言うと、俺達は2階にある防具のダンジョン産コーナーに向かった。

 ここの武具販売店は、3階建てであり、1階が相談窓口、2階が防具屋、3階が武器屋になっている。

 

 俺達は防具屋のダンジョン産コーナーに着くと、ホノカはこれこれと、ショーケースに入っているローブを指差す。




----------------------

 水のローブ

 物理防御 +20

 魔法防御 +40

 特性 火炎耐性

 

 神聖な水の力が織り込まれた不思議なローブ。

 水の力により、火属性に耐性がある。

----------------------




 ……性能は悪くないな。

 いくらだ?

 えーと、50万か。

 確かに、ダンジョン産って考えると安いが、高くね?

 

「良いものだと思うけど、払えるのか?」

「えへへー、実はお兄ちゃんにちょっとお願いがあるんだけど」


 ホノカは俺の腕を取り、甘えた声を出した。


「一応、聞くが、何だ?」

「あのねー、私、結構お金貯めてるんだけど、ちょっと足りないんだー。貸してくれると嬉しいーなー」

「……いくらだよ?」

「10万」


 こいつ、40万も持ってんの?

 まあ、10万位なら余裕で貸せるが、どうしようかね?


「まあ、その位なら貸してもいいか」

 

 俺は、ちょっと悩みつつ、まあいいかと、財布から万札を10枚ほど取り出し、ホノカに渡す。


「ありがとう、お兄ちゃん! 愛してるー」


 ホノカはお礼を言いつつ、俺に抱きついてくる。


 現金なヤツだな。

 かわい……く、ないかな?


 ホノカはお金を受け取ると、歩いていた店員を捕まえ、購入の意思を伝える。


 俺は別の防具を見ようかと思ったが、店員がショーケースから≪水のローブ≫を取り出し、ホノカと共にレジに行くのを見て、ついて行くことにした。


「別料金になりますが、鑑定書はいかがなさいますか?」


 レジに着くと店員が商品を梱包しつつ、聞いてきた。


「鑑定書?」


 妹は鑑定書を知らないらしく、俺に聞いてくる。


「後で困ることになるからもらっておけ。いくらだ?」

「はい。鑑定書は1万円になります」


 俺は値段を聞くと、財布を出し、万札を店員に渡す。

 隣にいるホノカは、よくわかってなさそうだったので説明することにした。


「鑑定書は、協会お抱えの鑑定士が発行する証明書だ。≪武具鑑定≫のスキルで鑑定した防具の性能の他に、いつどこで手に入れたかが書いてある。ダンジョン産の武具の場合、鑑定書がないと、いらなくなった時に売却できなくなるぞ」

「ほえー、そうなんだ。知らなかった」

「協会の規約に書いてあるぞ。まあ、FやEランクでダンジョン産を買うヤツは、あまりいないから知らないヤツが多いが」


 ちなみに、俺も知らなかった。

 俺のメインウェポンである≪破壊の戦斧≫っていうハルバードは鑑定書がないので売却できない。

 売るつもりはないから別にいいけど。


「はい、こちらが商品と鑑定書になります。鑑定書は再発行はできませんので、大切に保管してくださいね」


 店員は梱包した≪水のローブ≫と鑑定書をホノカに渡す。

 ホノカはそれを大事そうに抱え、満面の笑みで、俺に礼を言ってくる。


「お兄ちゃん、ありがとー」


 俺はそんな妹を見ていると、10万ぐらい返って来なくてもいいかなと思った。





攻略のヒント

 現在、確認されている鑑定スキルは、武具鑑定、薬品鑑定、アイテム鑑定、エネミー鑑定である。

 武具鑑定のスキルを使用すると、防具に物理防御などのステータスが数字で表記されていることから、人間のステータスにも数字があると予想されている。

 現在、人間のステータスを鑑定出来るスキルを捜索中である。もし、人間を鑑定するスキルが見つかれば、エクスプローラを効率的に育成し、これまで以上にダンジョンの攻略が進むと思われる。

 

『エクスプローラ協会 国際会議』より

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