第002話 ダンジョンとエクスプローラ


 世界にはダンジョンが溢れている。

 

 2030年、人口増加や発展途上国であった国々が発展していった結果、地球の資源が底をつきかけ、各国が戦争により、資源を奪いあおうとしていた。

 

 誰しもが戦争は避けられず、第三次世界大戦が勃発するのではと予想した。

 それは平和ボケと呼ばれて久しい日本においても、その空気を感じ取れていた程である。

 

 しかし、戦争は起きなかった。

 

 今より10年前、世界中で地震が発生した。

 

 地震国である日本はもちろんのこと、本来なら地震が発生しない地域でも地震が起き、世界中がパニックになった。

 

 そして、地震発生後、世界中の至る所で、洞窟が発見されたのである。

 

 洞窟は山の中だけでなく、街中や観光名所といった、人々の生活圏でも多く発見され、人々は突如として現れた謎の洞窟に興味と恐れを抱いた。

 

 そんな興味を抱いた人間が、この謎の洞窟に入るのに、そう時間はかからなかった。

 

 洞窟内は世界の常識が変わるものであった。

 

 まず、洞窟内に入った瞬間に頭の中に声が聞こえたのである。


『ここはダンジョンである』


 洞窟に入った人はビックリしたであろう。

 そして、以下の言葉を伝えられたという。


・ここはダンジョンである

・ダンジョンは世界中に同時期に発生した

・ダンジョンにはランクがあり、ランクにより

 攻略難易度が異なる

・ダンジョン内にはモンスターがおり、モンスタ

 ーを倒すと魔石を落とし、稀にアイテムを落と

 す

・魔石はエネルギー源になる

・ダンジョンに入った人はジョブとスキルを得る

・モンスターを倒すとレベルが上がる

 等々

 


 まるで、説明文のようなこの言葉は、のちに≪はじまりの言葉≫と呼ばれるが、この言葉の意味を理解出来る人間は少なかった。

 しかし、ダンジョンを名乗る洞窟を探索していくと≪はじまりの言葉≫の意味を人々は理解していく。

 

 まず、≪はじまりの言葉≫が聞こえなくなった直後、目の前に文字が現れたのである。

 

 目の前に浮かぶ文字にはこう書かれていた。


『あなたのジョブを選択してください』


 ジョブとは何か?

 意味不明である。

 

 だが、最初にダンジョンに入った人間の中には、好奇心旺盛で勇気ある者がいたのである。

 

 その人間は、たまたま、昼休みにコンビニで昼食を買い、近くの公園で、買ったおにぎりを食べていた初老の男性である。

 彼は大学教授であり、地震直後に突如として現れた洞窟を見て、自らの好奇心を押さえることが出来ず、洞窟へと入ってしまった。

 

 彼は≪はじまりの言葉≫を聞き、目の前に現れたリストを眺め、少し迷ったのちに、≪魔法使い≫のジョブを選択した。

 ジョブを選択した後、また、別の文字が現れた。


 今度はこう書かれていた。


『あなたの現在のスキルポイントは7ポイントです。習得可能なスキルを選択してください』


 今度は迷わず、≪火魔法≫を選択した。

 

 直後、彼の頭の中に膨大な知識が流れ込んできたらしい。

 その時間はわずか、数秒であったという。


 彼は興奮を押さえきれない表情で手を前にかざし、叫んだ。


「ファイヤー!!」


 彼と共にダンジョンに入った人は、いきなり叫んだ彼を訝しげに見ていたが、直後に彼の手のひらから現れたバレーボール程の大きさの火の玉を見ると、驚きで目を見開いた。

 そして、手のひらに浮かんでいた火の玉は、彼が手をかざした方向に飛んでいくと、進行方向にあった壁にぶつかり、一気に燃え広がった。

 

 これが魔法が誕生し、世界の常識が変わった瞬間であった。

 

 彼は魔法を出した手のひらを見つめ、何度か頷くと、唖然としている周囲の人達を尻目にダンジョンの奥へと歩いていった。

 

 常識ではあり得ない光景に固まっていた人々は、すぐに我を取り戻し、ダンジョンを出ると、警察へと電話した。

 

 電話を受け、駆けつけた警官に人々は群がり、興奮した口調で説明するが、魔法だの、ダンジョンだの、言われても、一介の警官には理解出来ない。

 ただ、いきなり洞窟が現れ、一人の男性が奥に入っていき、まだ戻ってきていないことを理解すると、すぐに応援を呼んだ。

 応援を呼び、多くの警官が集まってきたものの、この洞窟内に毒ガスが充満している可能性もあったため、捜索することができない。

 

 しかも、突如現れた洞窟は、ここだけではなく、別の場所でも現れたことがわかったのである。

 

 各地で通報を受け、対応に追われる政府も警察もどうしていいかわからず、ただただ、時間だけが過ぎていった。


 そして、ダンジョンが発生した2日後、ダンジョンの奥から人が歩いてくるのを警官が発見した。

 ダンジョンの奥に行った人が帰ってきたのである。

 

 彼はすぐに保護され、病院へと搬送された。

 

 この知らせを聞き、警察も政府関係者もひとまずは安堵した。

 

 政府はすぐに彼から事情聴取を行おうとしたが、彼は搬送された病院から居なくなっていた。

 

 警察や政府関係者は大いに慌てた。

 何しろ、洞窟内の状況を知っているであろう彼は、重要な参考人であり、当然、護衛や監視がついていた。

 にもかかわらず、彼は病院から煙のように消えたのである。

 

 すぐに捜索を始めたが、見つからない。

 

 彼の情報を公開しようかと考えていた時、とある動画サイトに1本の動画が投稿された。


 その動画に写っていたのは、ダンジョンから生還し、病院から煙のように消えた大学教授であった。

 動画の最初は≪はじまりの言葉≫の説明であった。

 動画の中の彼は≪はじまりの言葉≫の意味をホワイトボードを用いて、丁寧に説明していく。

 

 それはまるで学校の授業のようであった。

 

 そして、動画の後半は、それを実演して見せたのである。

 

 彼はどこかの山の中であろう場所で、再び、火魔法を唱えて見せる。

 彼の手のひらから出た火の玉は、木にぶつかり燃え広がっていく。

 

 動画は終わらない。

 

 彼は次々と魔法を唱えていく。

 彼は自分の腕をナイフで切ると、回復魔法で治す。

 彼は車に触ると空間魔法で車を収納、さらに収納した車を別の場所に出す。

 

 他にも彼は常識では、あり得ないことを行っていく。

 

 彼が大木を殴ると、大木がへし折れる。

 彼がマントを装備すると、彼の姿が消える。

 彼が剣を取り出し、大きな岩を切ると、岩はまるで豆腐に包丁を入れるかのように切れる。


 この摩訶不思議な現象が撮影された動画は、世界中で配信され、この動画を見た人々は、すぐに各地のダンジョンに駆けつけた。

 

 そして、ダンジョンによる最初の悲劇が起きた。


 多くの人々がダンジョンに入り、ジョブを選択し、スキルを習得した。

 そして、彼のように、ダンジョンの奥へと向かった。


 大半の人は帰ってこなかった。


 ダンジョンに入り、夢の力を手に入れたが、ダンジョンは夢や希望だけではない。

 

 彼の動画で人気があったのは、スキルや特殊な道具を使っている後半部分であった。

 

 彼の授業のような動画前半部分は人気がなかったのである。

 彼は動画前半部分で、ちゃんとモンスターについても説明していたのに。


 ダンジョンから帰ってこられなかった人は、その動画前半部分を流し見ており、ダンジョンの危険性を把握していなかったのである。

 その数はわかっているだけで、数万人に上った。


 各国の政府は、すぐにダンジョンを封鎖し、立ち入り禁止とした。

 

 しかし、ダンジョンによる恩恵は計り知れないものがある。

 

 各国の政府関係者が、特に目につけたものは、モンスターを倒すことで得られる魔石である。

 大学教授が投稿した動画の前半部分で説明されているが、魔石は次世代エネルギー源になり得たのである。

 

 各国は、我先にと、自国のダンジョンに軍隊を派遣し、軍人にジョブやスキルを習得させ、新たなる資源である魔石の確保に夢中となった。


 また、ダンジョンによる恩恵は、次世代エネルギー源である魔石だけではなかった。

 

 モンスターを倒した後のドロップ品やダンジョン内の小部屋に無造作に置かれた宝箱の中から特殊なアイテムが発見されたのである。

 それは傷を一瞬にして治すポーション、未知なる宝石、炎を纏った剣、空に浮くことが出来る靴など、摩訶不思議なアイテムが続々と発見された。


 各国政府はこれらのアイテムを独占したが、民間企業や人々が猛反発した。

 

 各国でダンジョン解放のデモが起き、マスコミは、政府に批判的な記事を書き、ダンジョンについて、面白おかしく報道した。

 治安の悪い国では、武力衝突も発生したらしい。

 

 各国は幾度となく協議を行い、ついに、国際連合は新たなる機関を設置した。

 

 それは≪エクスプローラ協会≫である。


 設立された≪エクスプローラ協会≫は、ダンジョンを条件付きで解放することにした。

 

 以前の悲劇を繰り返さないように、一定の能力を持ち合わせていること、かつ犯罪などを抑制するために、ジョブやスキルの開示等を強制する免許制にしたのである。


 これにより、多くの人々がダンジョンに潜り、人類は、さらなる恩恵を得たのである。




 ◆◇◆



 

「今日はこんなものかな」


 俺は腰の鞘に剣を納めると、独り言をつぶやく。

 

 目の前に落ちている赤い石を拾い、背負っているカバンに赤い石を入れた。

 そして、一息つくと、トンネルのような洞窟を歩き出す。


 洞窟は幅7メートル程度、高さ5メートル程度であり、路面はレンガのようなものが敷き詰められている。

 そして、壁や天井は、岩肌が剥き出しとなっている。

 特出すべきは、たいまつや電灯が見当たらないにもかかわらず、洞窟内がボンヤリと明るいことだ。

 

 現代の技術では、あり得ない現象だが、それもそのはず、ここは常識がまったく通じない≪ダンジョン≫である。

 

 明るいが、ここには自分1人しかいない。

 

 これまで、幾度となく、ダンジョンに来ているが、この夜の病院や学校のような不気味さに慣れることはない。

 

「何度来ても、この雰囲気には慣れねーな」


 独り言をつぶやくことで、不安や目に見えない恐怖を払拭しようとする。


 俺はソロでダンジョンに来ていた。

 

 ダンジョン攻略は、3人以上のパーティーを推奨しており、ソロでの攻略は、かなり危険な行為である。

 俺も以前は、パーティーを組んでいたが、とある事情(支部長のせい)で今はソロだ。

 

 早めにパーティーメンバーを探さないと、と思う反面、俺とパーティー組むヤツっているかな? とネガティブなことも考えてしまう。

 

 いかん。

 帰り道とはいえ、ダンジョン探索中にネガティブになると、ミスの元だ。

 ただでさえ、ソロなのだから気を付けないと。

 

 俺は最後まで気を抜いてはいけないと思い、気合いを入れ直す。


「今回の探索は、結構ドロップ率が良かったな。これなら期待できそうだ……ん?」


 今回の成果の良さにちょっと機嫌が良くなりつつ、歩いていたが、俺は索敵スキルで何かに気づいたため、その足をピタリと止める。

 しばらく前方を注視していると、ふごふごと喋りながら3体のモンスターが走ってきた。


「オークか……」


 そうつぶやきながら、腰から両刃の洋剣を抜き、構える。


 オークは体長2メートル程度の巨豚であり、3体が列をなして、突っ込んできている。


 1体目のオークがその巨体を生かすように俺に体当たりをしてきた。

 

「よっと!」


 俺はヒラリと、横にステップし、最初の1体を躱すと、そのまま突っ込み、2体目のオークに剣を振るう。

 

「プギャーー!!」


 2体目のオークは、俺が軽く振った剣で真っ二つになると、煙と共に消え、そこには魔石のみが残された。

 俺の細腕では想像がつかないような威力だが、これがレベルやスキルの力である。

 

 2体目を倒し、さらに目の前の3体目に切りかかると、オークは慌てて、その丸太のような腕でガードしようとする。

 

 バカなヤツ。

 さっきの剣の威力を見てないのか?

 

 俺はそのガードごとオークを切り裂くと、オークの丸太のような腕が地面に落ちた。

 さらに踏み込み、腕を落とされたことで騒いでるオークを2体目と同様に真っ二つにする。

 今度は魔石と肉を残し、オークは煙と共に消えた。

 

 俺は剣を振った反動で反転すると、最初の1体目に狙いを定める。

 しかし、1体目のオークは、俺がオークの方を向くと同時に、俺に背を向け、脱兎のごとく逃げだした。


「チッ……豚のくせに逃げるなよ」


 俺は自分よりも、はるかに巨体なモンスターを恐れず、むしろ獲物が逃げたことに舌打ちをする。

 俺は剣を納めると、ドロップした魔石を拾い、背のカバンに入れた。そして、オーク肉に触ると、まるで手品のようにオーク肉が一瞬にして消えた。


「ふう……まだアイテムボックスに空きがあってよかった」


 少し安堵すると、再び、出口に向かって歩き出す。


 俺のスキルにはアイテムボックスというものがある。

 これは≪空間魔法≫のレベル1で習得出来る魔法であり、≪空間魔法≫のレベルに応じて、広さが変わるゲームのストレージのようなものだ。


 アイテムボックスは、容量内であれば、例え、自分が持てない重さのものでも、触るだけで収納出来る便利なスキルである。

 ただし、生きている物など、収納できないものもある。

 

 このスキルは当初、エクスプローラ必須のスキルであり、エクスプローラが最初に習得するスキルであった。


 ただし、それは3年前までの常識である。


 3年前、とあるモンスターが高確率で魔法袋というアイテムをドロップすることがわかったのだ。

 この魔法袋は、アイテムを袋に入れるという動作が必要であり、当然、自分が持てなければ魔法袋に入れることが出来ないというデメリットがあったが、貴重なスキルポイントを消費しないというメリットが大きかった。

 しかも、≪空間魔法≫のアイテムボックスには、魔石が入らないという欠点があったのだが、魔法袋は魔石の収納が可能であった。

 これにより、≪空間魔法≫は死にスキルとなってしまったのである。


 もっと言えば、≪空間魔法≫はレベルが上昇してもロクなスキルがないことがわかっている。

 

 ≪空間魔法≫という名前から転移などの夢スキルがあるかもと思い、≪空間魔法≫のレベルを最大値まで上げたチャレンジャーもいたが、最大値に上げても転移はなかった。

 

 現在のエクスプローラは、彼のようなチャレンジャー(生贄)達が調べてくれたおかげで効率的にスキルを習得している。


 魔法袋が主流になってきた当時は、魔法袋なんか邪道だと、自分に言い聞かせ、慰めたものだ。

 

「しかし、魔石は重いわ」


 俺は背のカバンを背負い直し、再び歩いて行く。

 それから5分ほど歩くと、中央に青く輝く不思議な六芒星の魔法陣がある広間に出た。


「ふう……ようやく帰れる」


 魔法陣の中央まで歩くと、不思議な声が聞こえてくる。


『現在はロクロ迷宮第6階層です。どこまで戻りますか?』

「地上まで」

『了解しました。では、地上に帰還します。お疲れさまでした』


 俺はもう当たり前になってしまったこの謎の声に答え、今回の俺のダンジョン探索は終わった。



 


攻略のヒント

 スキルは、レベルアップ時に獲得できるスキルポイントを使用することで、習得できる。

 スキル習得に必要なポイントは、個人やジョブによって異なる。

 ジョブは、基本職とは別に特別職があり、特別職でしか習得できないスキルもある。

 また、一度習得したスキルは、ジョブを変更しても引き継がれる。

 

『はじまりの言葉』より

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