第003話 専属受付嬢と依頼


 俺は不思議な青い魔方陣から、地上の赤い魔法陣に戻ってきた。

 この魔法陣の仕組みも全くわかっていない。

 

 ただ、不思議な声の言う通りに使えば、ダンジョンから帰還できる。

 それ以上は気にしないことにしている。

 

 ダンジョン発生当初は、これらの不思議現象を研究者たちが検証しようとしていたが、不思議な道具、現象があまりにも多く、まったく検証できなかった。

 

 今となっては、多くの人々がそういうものだと割りきってしまっている。

 未だに、これを解き明かそうと頑張っている研究者もいるが、俺は無理だろうなと思っている。


 赤い魔法陣がある部屋を出ると、警備員が2人立っていた。

 1人は軽薄そうな男であり、もう1人は厳つい顔をした男である。

 

「おっ? お帰り。今日も無事に帰ってこれたようだな」

「今日は6階層までだからな」

「そんな低階層では、さすがにヘマはしないか」


 まだ、ここのダンジョンの攻略を開始してから1ヶ月も経ってないが、そこそこ顔馴染みとなった警備員と軽口を言い合う。

 こいつは初対面の時から馴れ馴れしいヤツで、聞いてもいないのに、自分は女にモテるだの、今は3人と付き合ってるだの、いちいち自慢してくるウザい野郎だ。

 

 ちょっと顔が良いからって調子になりやがって!

 俺も顔面偏差値なら負けてねーぞ。

 まあ、俺はモテないどころか、女に嫌われているが。


「今日で6日連続の出勤とは勤勉だな」


 もう1人の厳つい顔をした警備員からも声をかけられる。

 この厳つい男は、どう見ても40、50代のおっさんだが、実は24歳である。

 最初に年齢を聞いたときは、ギャグかと思ってツッコんだら運転免許証を見せられた。

 

 相変わらず、20代に見えねー。


「ちょっと金が入り用なんだよ」

「個人のプライベートに踏み込むつもりはないが、ソロは危険だぞ」

 

 そんなことわかってんだよ。

 でも、俺とパーティー組もうと思うヤツなんかいねーよ。

 

 あれ?

 俺って、女だけでなく、男にも嫌われてるじゃん。

 

「まあ、仲間に出来そうなヤツがいたらパーティーを組むよ」


 俺は警備員の2人が肩を竦めるのを見ながらその場を後にする。

 2人の目に憐れみの感情が見えたのは、勘違いではないと思う。


 警備員2人との会話でちょっと傷ついた俺は、通路を進んで行き、その先にある扉を開く。

 すると、扉の先は吹抜け構造の広い空間があり、多くの人で賑わっていた。

 正面にはガラスの扉があり、夕焼けでオレンジ色に染まっている。

 

 日が長くなったなー。

 最近は昼だったら暖かくなってきたし、もう春って感じだな。

 

「ダンジョンより生還、お疲れさまです。ランクと名前をお願いします」

 

 俺が季節の変わり目を感じていたら、ヒョロッとした背の高いメガネをかけた男が俺に話しかけてきた。


「……Cランクの神条ルミナだ」

「えーっと……はい……Cランクの神条さまですね……受付番号13番ですので、呼ばれるまで少々お待ちください」


 男は無表情のまま、歯切れが悪そうに言うと、さっさと去っていった。

 

 うぜぇ。

 なんだその対応?

 

 お前、この前の女エクスプローラの時は、にこやかに対応してたじゃねーか。

 この場に誰も居なかったら、教育的指導してるところだぞ。

 

 俺はちょっと憤慨しながら、近くのソファーに腰掛け、番号を呼ばれるのを待つ。

 

 今日は運が悪い気がする。

 受付番号も13番だし。

 

 こういう日は、美人と会話して、さっさと帰って、一杯飲んで寝よ。

 

 俺は番号を呼ばれるのを待ってる間、ソファーに座りながら周囲を観察する。

 

 先ほど入ってきた扉の右側には、受付がある。

 受付には綺麗目な格好をした女が座り、多くのエクスプローラ達の対応をしている。

 

 まるで役所や銀行のようであり、そこに長い列を作ったエクスプローラ達は、仲間と思わしき人と談笑している。

 俺もああやって仲間と、その日の戦果や打ち上げで盛り上がったものだ。

 

 俺は今でこそソロだが、少し前には仲間がいた。

 チンピラみたいな連中で、どうしようもないクズ共ではあったが、何故か善良なはずの俺と妙に気があった。

 

 その日々は楽しく、いい思い出が多く浮かんでくる。

 

 調子に乗っていた新人エクスプローラ共からアドバイス料や護衛代として金を巻き上げたり、カップルっぽいコンビにちょっかいかけたりと。

 

 そんなことばかりしていたら、協会から目をつけられてしまったのだ。

 俺は何とかしようと、色々と模索したのだが、パーティーは解散となってしまった。

 そして、俺は当時所属していたダンジョン学園川崎支部から、このダンジョン学園東京本部に移ってきたのだ。

 

 本来なら今でも川崎支部でエンジョイ出来てたんだがなー。

 やはり、支部長に心付けを渡したのがまずかったのかもしれん。

 

 まったく、あのアホ共め。

 誰か止めろよ……


『ピーンポーン。お待たせしました。受付番号13番の方、7番の窓口にお越しください』


 俺がかつての仲間たちをボロクソに思っていたら、無機質な機械音声が聞こえてきた。

 

 チッ!

 3分も待たせやがって。

 まあ、いいか。

 今日で目標としていた金額にも余裕で届くだろうからな。

 俺は機嫌が良いのだ。


 俺は多くのエクスプローラ達が並んで待っている横を堂々と歩き、7番の窓口へと進む。

 他のエクスプローラ達は、俺をチラリと見て、横入りするマナーのないヤツを見るかのような嫌な顔をしている。


 どけ! FやEの低ランク共!

 こちとらCランク様だぞ。

 

 俺はそんな低ランク共を睨み付け、7番の窓口へと行く。

 そこには髪を茶髪に染め、後ろで結んでいる妙齢の受付嬢がいた。

 俺はその受付嬢に、背のカバンを渡し、アイテムボックス内にあるアイテム一覧表を見せる。


「今日の成果です。査定をお願い」

「お疲れさま、ルミナ君。成果を預かるわね。ただ、もう少し大人しく来てくれない?」


 受付嬢は成果を受け取りながら、ニッコリと笑っているものの、目は全く笑っていない顔で俺を嗜めるように言ってくる。

 

「……別に普通に来ただろ。誰とも問題を起こしてないし」


 俺はそう言いながらちょっと反省する。

 

 はい。ごめんなさい。

 周りになめられないように威圧しました。


「いやいや。貴方、ひどかったわよ。どこぞのチンピラか昭和のヤンキーみたいだったし」

「いやあ、なんかイライラしちゃって」

「そんなことをするから周りは余計に貴方を煙たがるのよ。貴方がそんな感じだと、貴方の専属受付嬢の私まで変な目で見られるじゃない」


 受付嬢は俺に文句を言うと立ち上がり、成果を持って、奥の部屋に引っ込んで行く。

 俺は奥の部屋に行く受付嬢のスタイルの良い後ろ姿(尻)を凝視した。

 

 そんな良い尻を持つ彼女の名前は桂木マイ。

 あだ名はマイちん。

 今年で23歳になる。

 彼女は俺の専属受付嬢である。

 

 エクスプローラはCランク以上になると、専属受付嬢が付くことになっている。

 ランクがCランク以上にもなると、持って帰るアイテムの量も質も上がるため、他のエクスプローラ達と同列に並ばせると時間がかかってしまうからである。

 

 もっとも、色々と理由があり、マイちんは俺がCランクになる前から専属受付嬢である。

 ちなみに、良い意味の特別扱いではないことは断言しておく。


 もちろん、マイちんは俺の専属であるため、俺が川崎支部から東京本部に移動になったことで、マイちんも東京本部へ移動となった(ごめんね)。

 

 そんなマイちんと初めて会ったのは6年前になる。


 当時、まだ小学生だった俺は、ちょっとした問題を起こしたため、保護者兼監視役として、彼女が専属受付嬢となったのである。

 俺は美人なお姉さんが専属受付嬢になることを喜んだ。

 彼女も俺を可愛がってくれたし、良い関係であったと思う。

 ただ、俺が成長すると、あんなに優しかったマイちんがちょっと厳しくなってきた。

 

 まあ、多分、俺が悪いんだが。

 

 ちなみに、彼女は身体的にとある部分が若干、慎ましい。

 俺が小学生の時になんで小さいの? と聞いた時は、むちゃくちゃ怒られた。

 

 ちょー怖かった。

 別にエロい下心があって聞いた訳ではない。

 子供心に自分の姉(当時12歳)より小さかったので、疑問に思っただけなのだ。

 

 あの事件から、そこには触れてはならないのだと学習した。

 俺、えらい。


 そんな風に過去のいい思い出(?)に浸っていると、そのマイちんがトレイに紙を載せて、戻ってきた。


 うーん。やっぱり貧○だなー。

  

「お待たせ。こちらが今回の査定よ…………何よ?」


 そう言って、マイちんが目を細めながら明細のような紙を渡してくる。

 

 怖えーよ。

 何で美人って怒ると、こんなに怖いのだろうか?

 

「いや、何でもないです」


 俺はマイちんから目を逸らしながら明細を受け取り、内容を確認する。


「思ったより少ないな……結構稼げたと思っていたんだけど」

「まあ、この時期はエクスプローラが増えるからね、オーク肉は値崩れしやすいの」


 チッ!

 まあ、今は3月末だから仕方がないか。

 

 この時期は、ダンジョン学園への入学生や俺のように他所からの編入生がダンジョンに集まる時期である。

 よって、自然とドロップ品が値崩れを起こすのだ。

 

「わかった。その金額でいい。ハァ、この時期はルーキーが増えるから、俺みたいなベテランのソロにはつらいわ」

「ルミナ君はまだ16歳で、全然、若いじゃない。そりゃあ、エクスプローラ歴6年だから、ベテランと言えばベテランだけど……なんかおじさんみたいよ」


 マイちんはそう言って立ち上がると、再び、奥の部屋に向かって歩いて行った。

 俺がダンジョンに入る前に渡したカードに金を振込みに行ったのだろう。


 やっぱりいいケツしてんな。

 ぐへへ。


 俺はアホな事を思いながら、周りを観察する。

 周囲には新しい鎧やローブを身に纏った、若い連中が別の窓口で他の受付嬢から説明を受けている。

 

 おそらく、ルーキーだろうな。


 俺はそいつらの装備や緊張気味な表情から判断する。


 今日は説明と講習会を受けて、明日から冒険を始めるって感じかな?

 

 危なっかしさを感じないでもないが、パーティーを組んでいれば、余程の事は起きないだろう。


「お待たせー。どうかしたの?」


 声が聞こえきたので前を向くと、いつの間にかマイちんが戻って来ていた。

 

「いや、何か初々しいなと思って、見ていただけ」


 俺はそう言いながら提出していたカードを受け取る。

 受け取ったカードには、名前とランクが書かれている。

 そして、そのカードは、危険ですよとアピールしているかのように、真っ赤な色をしている。

 

 こんなに赤くなくてもいいのに。

 すげー目立つんだよな、これ。

 

 俺がその赤いカードを見ていると、マイちんが心配してそうな表情で声をかけてきた。


「気にしない方がいいよ。≪レッド≫でも分かってくれている人は、分かってくれているし」

「今さら気にしてない。まあ、しゃーないと思うしかないし」


 俺は赤いカードを財布に仕舞いながら答える。


 このカードはダンジョンなんたらカードと言うクレジットカード付きのダンジョン攻略の免許証である。

 通称≪Dカード≫と呼ばれており、身分証明書を兼ねている。

 ちなみに、正式名称は忘れた。

 

 ダンジョン攻略が民間人でも行える条件の1つが免許制である。

 この免許制は、ランク制度が採用されている。

 

 ランクはFからAまで設定されており、ダンジョンの攻略状況や協会への貢献度を評価し、F→E→D→C→B→Aと上がっていく。

 

 ランクが上がれば、様々な特典が受けられる。

 先ほど、俺がほとんど待たずに受付が対応してくれたのも、Cランクの特典である。

 

 噂で聞いた話では、Aランクになると、パスポートが不要となり、どの国でも自由に入国出来るとか。

 正直、俺みたいな庶民には、あまりメリットを感じないが、すごい事らしい。


 そして、ランク制度とは別に危険度判定制度がある。

 

 ダンジョン発生当時からスキルを使った犯罪が世界中で問題となっていた。

 何しろ、今まで不可能であった犯罪がスキルを使えば可能になるのだ。

 当然、協会や政府はこれを重く見ており、スキルの不正使用は厳罰となっていた。

 

 そして、今から5年前、とある事件が起きた。

 

 詳細は省くが、この事件を切っ掛けとして危険度判定制度が生まれたのである。

 危険度判定制度は、カードに色を付けることにより、スキルを悪用した危険人物などを分かりやすくしたのだ。

 色は危険度に応じて、白→青→緑→黄→黒→赤と変化していく。

 

 俺のカードの色は赤である。

 

 余程の事をしなければカードが赤くなることはない。

 何しろ、カードの色が白から黄の場合、奉仕活動などを行ったり、一定期間、違反行動をしなければ、白や青に戻れるのだ。

 

 だか、赤や黒は絶対に戻れない。

 だからこそ、普通は赤や黒にはならないし、なれない。

 

 赤や黒は≪レッド≫や≪ブラック≫と呼ばれ、他者から避けられる。

 俺が周りから嫌われている要因の1つが≪レッド≫だからである。

 

 まあ、それでもエクスプローラ歴も長いし、気にせず接してくれる人も、ある程度はいるが……


「ルミナ君は明日もダンジョン探索?」

「いや、さすがに6日連続でダンジョン入りしてるし、目標金額まで届いたんで明日は休むよ」

「そうなの? 何か買いたいものでもあるの?」

「実は親にエクスプローラを辞めるように言われてね。続ける条件として、ダンジョン学園に入学するお金は自分で用意することになったんだよ」


 支部長のせいだな。

 

「あー……ご両親はエクスプローラを辞めてほしいんだ」

「だね。気持ちは分かるけど、俺はまだやるつもりだし、ちょっとケンカになっちゃって。売り言葉に買い言葉で、金は自分で出すって言っちゃったんだ」


 支部長のせいだな。

 

「ご両親は心配してるんだよ。貴方は問題ばかり起こすから。ケンカしてるなら、ちゃんと仲直りしなよ?」

「分かってますよ。俺が悪いっていう自覚も少しはあるし」

「良かった。一応、自覚あるんだ。貴方はちょっと俺様なところがあるし、私も心配してたの」


 どうやら親だけでなく、マイちんも心配してたらしい。

 でも、俺様って……


「明日は休みとして、明後日は? 実はルミナ君にちょっとお願いがあるんだけど」

「明後日? 特に予定もないし、ダンジョンに入ろうかと思ってるけど、何?」


 マイちんが俺にお願いするのは珍しいことである。

 

「ちょっと新人の教育をお願いしたいの。その子は来月からこの東京本部の高等部に入学してくるんだけど、訳ありでね。学園のカリキュラムより前にダンジョン探索したいみたいなの」

「新人? 来月から高等部に入学ってことは、同学年か。何でそんなに急いでるだよ。ダンジョン攻略に焦りは禁物だぞ」


 俺はダンジョン攻略に関しては、真面目なのだ。

 何せ、Cランクだし。

 

「一応、理由も知ってるけど、内密なの。受けてくれるなら、明後日、彼女と一緒に説明するわ」

「彼女? 女かよ。自分で言うのも何だが、俺だとマズくね? マイちん、俺の評判知ってんじゃん」


 女だー!

 ぐへへ。

 

「そこはわたしからの信頼よ。それも含めて貴方の実力が必要なの。ちょっとCランク以上じゃないとキツい話なのよ。お願い。わたしの親戚の子なの」

「まあ、暇だし、良いけど。明後日、ここに来ればいいの?」


 マイちんの親戚なら、変なことは出来ないな。

 いや、元々、する気はなかったよ?

 俺はジェントルマンなのだ!

 

「うん。ありがと。じゃあ、朝の9時に私のところに来て。応接室で紹介するから」

 

 朝の9時? 早くね?

 寝てたいのに……

 でも、俺はマイちんには逆らわない!

 ……逆らえない。

 

「了解。明後日の9時ね」

「本当にありがと。お礼におねーさんが今度、ご飯を奢ってあげるね」

「そこはご飯を作ってあげるねって言えたほうが良いと思うよ。おねーさん」

「うるさい」


 俺は料理の出来ないマイちんの見送りを受けて、家に帰った。



 


攻略のヒント

 ダンジョンで得たアイテムは必ず協会に報告しなければならない。

 また、協会の許可なく他者に譲渡及び売却してはならない。

『ダンジョン法』より

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