第17話 自覚(3)立ち回り
防大の制服に、似合っているとも言い切れないベリーショートの2人は、目立つ。やや気恥ずかしい気はするが、皆瀬と走り回っているうちにピヨも気にならなくなってきた。
映画を見てパンフレットを買い、移動。この1ヶ月ですっかり早食いの大食らいに慣れて来ているので、昼食も素早い。そそくさと済ませて次へ向かう。
「指令外出というのを実際にするのは初めてだけど、楽しくなってきたね!」
皆瀬が笑い、ピヨも笑って頷いた。
「そうね。部屋長のお金で遊ばせてもらってるようなもんだしね」
呑気ではあるが、背筋も伸びている。
指定の場所を回り、写真を撮ったり買い物をしたりと忙しいが、どうにか指定の店で書いてあるケーキを手に入れた時には、これであとは帰るだけというのが、惜しい気がしたほどだ。
まあ、もっと無茶な指令外出が存在するという話は聞くが、この調子だと眉唾だと2人は思っている。真実を知るのは、まだ先の話である。
「美味しそうね、これ」
「流石に高かったのに、部屋の人数分で本当に良かったのかな?」
ピヨはビクビクしていた。
「いいんじゃないの?そう言ってたし、部屋長が」
「そうねえ。値段も知ってるしね」
高校生のお小遣いの感覚が抜けきれない1年生は、ビクビクするか、反対に散財しようとするかだ。
急いで駅に向かっていると、その騒ぎに気付いた。何人かが、もめているらしい男女の様子を窺って、足を止めていた。
「どうかしたのかな?」
首を傾げながら近付いて行くと、2人の声が聞こえて来た。
「来いって言ってるだろ」
男が言うのに、怯えながら女が言う。
「い、嫌。もう、別れたじゃない。関係ないじゃない!」
「黙れ!認めないって言ってんだろ!?」
「ヒッ!」
素早く目を見交わす。
(警察を呼んだ方がいいんじゃない?)
(交番は──)
ターミナルの周囲を目で探す。
が、悲鳴が聞こえて、男女に目を戻した。男がナイフを抜いていた。
「言う事を大人しく聴いてればいいって言ってんだろ。何でわからないんだ?ああ?話し合いをしよう。来い」
女は助けを求めるような目を周囲に向けた。
周囲の野次馬も、「誰が行く?」という目を向ける。
それらの目が、ピヨと皆瀬で止まった。
「駅員さん?警備員さん?」
防大の制服だとは知らない人も少なくはないが、対抗できそうな何かの人だとはわかるものらしい。
助けてという声にならない声が、ピヨと皆瀬に届く。
(ど、どうしょう!?そんな訓練はしてないけど!?)
(でも、ここで逃げるわけにはいかないでしょ、皆瀬!)
(だからってどうすんのよピヨ!?)
ピヨと皆瀬は、勢いだけで飛び出した。
「おお、おとなしくしなさい!」
男はギョッとしたようにピヨと皆瀬を見た。何かわからないが、ヤバイのではないかと思ったようだ。
が、若い女の子2人だという事に気付くと、冷静になった。
「関係ない人間は引っ込んでてくださいよね。あんたたち何。警察でもないでしょ」
「ぼ、防大女子よ!」
「助けを求めている人を守るのが仕事です!」
一応は、体術の授業も受けてはいる。
「てやああ!」
皆瀬がパンフレットを丸めたもので攻撃にかかった。ピヨは女を背後に庇うように前に立とうと動く。
「女が!」
男はナイフを振りかぶった。それをパンフレットで奇蹟的に弾く。
それが今の自分達では精一杯だと、皆瀬にもピヨにも自覚はあった。
が、ピヨは加勢しようとし、ずるりと足元が滑った。
「あ」
が、奇蹟が起こる。男のむこうずねにピヨのキックが入る形になったのだ。
「ぎゃ!」
上体が無防備に泳ぐのを見て、皆瀬はすかさず攻撃に転じた。ナイフを叩き落し、ピヨと2人で、圧し掛かるようにして抑えつける。
「け、警察を呼んでください!早く!」
言った時には、誰かが交番に知らせたらしく、制服警官が走って来るのが見えた。
警官にまだ喚く男を引き渡し、ホッとすると、周囲から拍手が起こった。
「ありがとうございました!」
女が泣きながら頭を下げるのに、
「い、いえ!そんな!」
「ケガがなくてよかったです!」
と言いつつ、今の無様な立ち回りが恥ずかしくなる。
「防大の学生さんですね」
警官が言うのに、反射的に気を付けで敬礼し、所属と名前を述べる。
「制服を見て、助かったって。ありがとうございました。本当に」
女はしゃくりあげながら笑う。
ピヨは笑い、
「いえ。無事で何よりでし……無事?あ!?」
「ケーキ!」
ケーキの入った箱は足元で横倒しになり、パンフレットはざっくりと切れ目が入っていた。
「指令外出のケーキ!パンフレット!」
「部屋長に怒られる!?」
ピヨと皆瀬の声が上がる。
これを上級生に見られていたら、「防大生は常に紳士、淑女たれ。常に恥ずかしくない行動を」という理念に反したとして、腕立て伏せを命じられるに違いなかった。
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