第6話 入校(2)脱柵警報

「え。辞める?」

 短い自由時間の時に、ピヨは知り合いの同期生から彼女の同室の子が辞めたいと言っているのだと聞いた。

「だって、入学したばっかりだよ?」

「でも、サギみたいに厳しくなったじゃない?それで、自信がないって」

 それに、春美がううんと唸って言う。

「この厳しいのこそが本当じゃないかなあ」

「でも、入ったばっかりだぞ。もうちょっとがんばれないのか」

 そう言う藤代に、藤代と仲のいい東堂が肩を竦めた。

「まあ、合わないとわかったなら、早いうちにやめるのも合理的だとも思うけど」

 そう言われてみるとそんな気もする。

「まあ、どっちみち、そう簡単には辞められないみたいだけど」

 彼女はそう言って、自習室の方へと歩いて行った。

 それがどういう事かは、対番の先輩に聞いてわかった。

「まあね。『まずは最初の給料までがんばってみないか』と言って、次は『ボーナスまでがんばってみないか』と引き留められ、『このまま様子を見てもいいんじゃないか』になって、『大丈夫そうだぞ』になるのよねえ。ははは」

 笑って、顔を引き締める。

「でも、その子、しばらく注意した方がいいわよ。脱柵なんてしたら大変だからね」

 声を潜めて言うのに、ピヨは首を傾けた。

「脱柵?ですか?」

 頭の中では、牧場の柵をピョーンと飛び越える羊がいた。

「脱走の事よ。

 過去にはいろんな人がいたって言うわよ。どうにか家に帰ったら、自宅に警務隊が迎えに来ていたとか。彼女に会いに必死の思いで行ったら彼女には新しい彼氏ができてて、呆然としてたら、彼女の事まで調べていた警務隊が来たとかね。

 大体、実家や交友関係とか身上書で掴まれてるんだから、立ち回り先は割れてるのよ。

 しかも、捜索でかかる費用は払わないといけないのよ?見つかるまでずっと、警務隊と隊の全員が探し続けるのよ。ね、逃げられるとは考えられないでしょう。どうせ見つかるんだから、無駄以外の何ものでもない」

「うわあ」

 言い切るのを聞き、ピヨは、自宅の玄関ドアを開けたら自衛官が待ち構えているのを想像し、嫌になった。

「どうしても辛くなったら、言うのよ。脱柵なんてチャレンジする前に。いいわね、ピヨ」

「はい」

 ピヨは、その辞めたがっている1年生が、脱柵なんて企てない事を祈った。


 その日から、同室同志の1年生が、ほぼ一緒にいる形になった。まあ、もともとそういう感じではあったが、意識して、だ。

 それで、辞めたいと洩らしていた1年生をそれとなく皆で注意する。

 なるべく楽しい話題を話しかけ、困っていたら手伝い、笑顔を忘れず、適当にグチって励まして終わる。

「何やってんだろう?」

 ピヨはちょっと、そう呟いて遠い目をした。

 そうしているうちに、その1年生にも少しずつ笑顔が出始め、皆、もう大丈夫なんじゃないかと思い出した。

 作業も授業も忙しく、厳しい。その上、いじめなんじゃないか、ただの言いがかりじゃないのかとしか思えないような上級生からの指導に、身も心もクタクタだ。

 他人に構っている暇はない。

 それが起こったのは、そんなある日だった。



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