第5話 入校(1)お客様の時間は終わりです、は本当だった

 そうして上級生に教わりながら生活にも馴染んで行って、とうとう、入校式である。日本全国から学生の家族が出席し、いわゆる入学式を執り行う。

 普通の学校の式典とは流石に違い、長い話でもフラフラする学生はいない。ピシッと立っている。

 1年生にはそれがどうにもまだ辛いが、上級生は涼しい顔でピクリともせずに立っている。それを家族達は見て、

「うちの子にあんなことができるのかしら」

「心配だ」

となるのだが、その後に行われる懇親会という、家族とのしばしの最後の別れを経て、僅かながらも自覚と希望を持って真の防大生となる。

「次に会えるのは随分先ねえ」

 ポツンと誰かが言った。

 どの子も大抵は、どこか甘い、子供の顔をしている。

 その中で、顔を強張らせている1年生がいた。

「どうしたんだ。不安になったか?」

 からかうように言う学生に、その男子学生はキッと目を向けた。

「お前ら、知らないのか?『お客様の時間は終わりだ』ってやつ」

 ピヨたちはキョトンとし、別の数人は中途半端な笑いを見合わせた。

「あれってフィクションだろ?」

 入校式を終えるまでは新1年生はまだお客様で、それが済むと、地獄のような訓練の日々が始まる──というものらしい。

「まさか。だって、みんな優しいよ?」

「ある程度はそりゃあ厳しくなるだろうけど……なあ?」

 懐疑的な声が多い。

 ピヨ達1年生は、やや不安を抱えながら、部屋へ戻った。

「へ?」

 上級生たちが、おかしい。

 笑顔がない。あっても何か怖い。

「最近はマンガとかでも知られてるけど、敢えて言う。『お客様の時間は終わり』」

 ピヨも春美も、驚きに声も出ない。

 その先で、そんなピヨ達の反応に満足したらしい香田が、笑顔を浮べずに命令した。

「作業着に着替えてすぐに廊下に整列!急げ!」

「──!?」

「返事!!」

「は、はい!」

 どこの部屋も、同じやり取りがなされているのが聞こえる。

 ピヨと春美は、大慌てで着替えを始めたのだった。

 あたふたと着替えてどうにか廊下に出る。

 ちらりと窺う上級生の顔は、部屋の上級生も対番の上級生も厳しく、皆が知らない人のように見える。そして1年生は、戸惑い、ビクビクとしていた。

「日夕点呼!」

 その声に、素早く反応して上級生たちが

「1!」

「2!」

と始めるのに対し、1年生はショックから立ち直れないまま、遅れてしまうものが出る。

「ろ、ろくぅ」

 それを、これまでは笑って

「だめじゃない、気を付けないと」

と指導してくれた優しい先輩はもういない。

「腕立て伏せ、よおーい!」

「へ!?」

 突っ立っているのは1年生で、上級生たちは、即、腕立て伏せの姿勢になっている。

 ピヨと春美は反射で腕立て伏せの姿勢をとったが、隣の1年生が突っ立っており、

(あ、まずい)

と思って早くしろと囁くよりも早く、肩を掴んでむりやり這わされて半泣きになった。

「な、なんですか!?」

 講義に顔色を変える事も無く、上級生が答える。

「腕立て用意と言った」

 反論も抗議も受け付けない。そう全身が言っている。

「いーち!」

「1!」

 揃って腕立て伏せを始めながら、

(これは何?サギじゃないの?)

とピヨは思い、これからの生活に大きな不安を抱いた。

 しかし、学生生活は、やっと始まろうとしたところである。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る