第7話 入校(3)退校

 起床ラッパに叩き起こされ、悲しい事に早くもそれに慣れてしまったので、反射ではっきりと目も醒めていないのに起き上がり、掴んだ毛布をその流れのままに畳む。

 畳んでいる途中で目が覚める。

 早さと丁寧さは上級生にはどうしても敵わないが、それでもやり直しにならないように、最悪の「窓から放り投げの刑」にならないように、神経を尖らせて畳み、所定の位置に重ねる。

 皆同じようなもので、タオル片手に廊下に並ぶ頃には全員シャキッとしている。

「1!」

「2!」

「3!」

 と、最初は聞き取れなかったような早さで点呼がなされ、集合場所へ駆け足で向かう。

 いつも通りに乾布摩擦。いつも通りに体操。いつも通りに走って掃除場所へ──となるはずだったが、それに気付いた。

「あれ?三原がいない?」

 いつもは斜め前方に顔が見えるはずの三原がいない。例の、辞めたがっていた1年生だ。

 そして三原と同室の片野の目が腫れぼったい。

「まさか……」

 嫌な予感がしたのは、ピヨだけではなかったらしい。気にはなるが訊く時間はなく、悶々としながら掃除をする。

「拭き残りだぞ。もっと丁寧に!」

「はい!」

 上級生に指摘され、床磨きに集中しなければと何度も自分に言い聞かせた。

 そして朝食へ行った時にすれ違い、ようやく言葉をかわす短い時間ができた。

「片野、どうしたの?それに三原は?」

 片野はやや俯いて、

「昨日の夜中に脱柵を企てて」

「!!」

「部屋の皆で探して明け方に見付けたんだけど、錯乱したように泣いて、医務室に。たぶん、退学するんじゃないかって」

 どよーんと空気が重くなる。

 しかしその思い空気を破って誰かの腹の虫が鳴る。

「く、空気を読まない虫!」

 強張った笑みながらも、吹き出す。

「ま、こうして私達が落ち込んでてもしかたないしね」

「うん」

「早くしないと食べる時間がなくなる!」

 それで別れてお互いのテーブルへ行った。


 それから数日して、本人と教官、家族との面談を経て、やっぱり彼女は退学する事にしたという話が広まった。

「三原、張り切ってたのにね。災害派遣でしてもらったように、困った人の味方でありたいって」

 1年生達の一部は、集まって話をしていた。

「俺達でどうにか支えてやる事はできなかったのかな」

 藤代がため息混じりに言うと、浦川は心なしか頬を染めた。

「藤代君……」

「でも、相談相手にはなれても、一生支える事はできない。結局は本人のやる気だろう」

 そう言うのは風祭だ。女子校出身の背の高い学生で、「お姉さま」と呼んで慕う同級生や後輩の多い、宝塚的ハンサム美女だ。

 皆と同じようにベリーショートにしてすらも、どこかカッコいい。女子学生の中の一部は、男子よりもこの風祭にこそ憧れを抱いており、そう言う意味では、避けるべき内恋を妨げるいい人材と言えなくもない。

「そうだけど……」

 ソルトが口を尖らせる。

「助け合いは大事だ。でも、それをいい事に甘えるのは論外だ。やる気、自覚があり、努力している仲間だからこそ助け合うんだろう?」

 東堂が眼鏡を光らせてそう言うと、反対意見を言っていた数人も黙った。

「まあ、そうだな。これからますます大変になっていくんだし、辞めた人の事でグジグジ悩むのはもうおしまいにしよう。ここに今残った俺達は、ここに残って努力する限り、助け合い、励まし合い、競い合って、立派な自衛官を目指そう」

 藤代がそう言い、それに皆が明るい顔で頷いた。

(流石、リーダーね!きれいに締めた!)

 ピヨはそう思って、落ち込んでいた皆が元気になっていくのにほっとした。

 が、新たな問題の芽が、出始めていたのだった。





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