第3話 着校(3)先輩からのアドバイス
部屋へ戻り、先輩達のおごりで冷たいジュースを飲んで、話をする。
「へえ。皆瀬は陸上部でハードルをしてたの」
「はい!だから体力はあるつもりですよ!」
春美はにこにことして言い、それに上級生たちもにこにことした笑顔を向けている。
「ピヨは?」
「あ、はい。吹奏楽部で、フルートを吹いてました」
ピヨはそう答える。
「フルートかあ。防大にも吹奏楽部があるよ」
「クラブに入る時期になったら、見学してみたらいい。入校式の後、校友会紹介行事もあるし」
にこにことして言われ、ピヨは楽しみになった。
「クラブ活動なんてあるんですか?」
「そう。校友会って言うんだけどね。1年生はどこかの運動部に所属しないといけない決まりでね。
ああ、運動部なんだけど、一部例外があってね。文化部の吹奏楽部と、委員会の短艇委員会、應援団リーダー部、儀仗隊は、運動部に含まれるの」
「へえ」
その意味を考えれば、運動部並みにきつい所なのだと察する事ができるのだが。
「あ、そうそう。これだけは言っておくからね。
この先、上級生がとんでもなくかっこよく見える日が必ず来るけど、恋愛感情なんて持ったらだめよ。それは一時の気の迷い、幻想だから」
「は?はい?」
「そのうちわかるわ、うん」
「ああ、明日も早いし、そろそろお開きにするよ」
「消灯時間だし、寝よう」
上級生たちに言われ、ピヨと春美は
「はあい」
と気の抜けた返事をし、全員がベッドに散る。
と、花守がピヨと春美に言った。
「ああ、そうだわ。寝る時もブラはしたままがいいわよ」
それにピヨも春美も首を傾けた。
「肩、凝りません?」
「ううんとね、朝起きたら素早く外に飛び出して、体操するのよ。短い時間に、ベッドメイクも着替えもってなかなかできないでしょ?時間がとにかくないの。
まあ、いいからここではそういう習慣にしときなさい」
ピヨは上級生を見たが、全員、生暖かいような目で薄く笑い、頷いている。
「はあ、じゃあ、そうします」
素直にそう言い、ピヨと春美は、ベッドに入った。
そのアドバイスのありがたさがわかるのは翌日ではあったが、心の底からわかる日は、まだ先である。
叩き起こす。その言葉がふさわしい朝だった。
「はい、起きて。おはよう。さあ、早くね」
言いながら、上級生たちは素早く起き、毛布をプロのホテルの人みたいにきっちりと畳んで行く。
朝には比較的強いピヨも、その、「目が覚めた瞬間に小テストができそう」という覚醒具合には驚いた。そして、教えられるまま、毛布をできるだけきっちりと角を揃えて畳む。
が、重箱の隅をつつくどころではない正確さで畳んで、ホッとする間もなく足早に外へと連れて行かれる。寝癖を気にしている暇もないが、短すぎて寝癖がほぼつかない。
びっしりと学生たちが並んでいる。それも、男子は上半身裸だ。女子は上半身にTシャツを着ている。
「乾布摩擦と体操よ。ここに並んで。はい、ここ」
言われたとおりに、列に入る。
新1年生の男子が、小声でボソリと言った。
「何だ。女は上、裸じゃないのか」
それに目を吊り上げる前に、その男子の隣の上級生が、笑って頭を軽く叩く。
「こーら。当然だろ?セクハラ親父か、まったく」
ピヨもしかたなく、あわせてはははと笑っておいた。
これが冬には、とんでもないアドバンテージになる事をまだピヨ達は知らない……。
ともかく、乾布摩擦と体操が始まる。
新1年生は、周囲のする事をちらちらと見ながら、どうにかこうにかついて行く。
しかし、これで終わりかと思えば、まだ続きがあった。
「腕立て、用意!」
ザッと音を立てて、一糸乱れぬ動きで素早く上級生たちが腕立て伏せの姿勢をとる。
「腕立て!?何かにつけてするものなの!?」
軽い悲鳴が上がる中、おたおたする新1年生に親切なアドバイスがかかる。
「できない者は、姿勢だけでも取るように」
それならと、新1年生達も急いで同じように腕立て伏せの姿勢をとった。
「いーち!」
「いち!」
「にーい!」
「に!」
軽々と、上級生たちが腕立て伏せを始める。肘を軽く曲げるとか、背中をたるませて誤魔化すとか、そんな人はいない。
そして、ほんの数回でほとんどの新1年生達が脱落していく。女子など、できない者すらいる。
ピヨは、
(昨日の歓迎の腕立て伏せの時に、嫌な予感はしてたんだった……)
と、肘を曲げたまま持ち上がらないでぐぬぬと唸りながら、膨らむ不安を感じていたのだった。
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