第2話 着校(2)揺らぐ常識

 同じ部屋の新1年生が全員無事に着校し、部屋の上級生たちがにこにことしながら、新1年生達を迎えた。

「部屋長の香田です。わからない事、不安、何でも相談してね」

 上級生たちはにこにことしており、ピヨは、

(自衛隊って、何かもっと厳しくて上級生も厳しいんじゃないかと心配してたけど、よかったぁ)

と密かに安堵した。

 同室の新1年生である皆瀬春美も、どこかほっとしたような目をピヨに向け、お互いに微笑み合った。

「さあ、というわけで、まずは歓迎の腕立て伏せをします!」

 ピヨは訊き間違いかと思い、春美は何かの暗号かと思った。

 しかし上級生たちはにこにことしたまま、きびきびと腕立て伏せの姿勢をとる。

「え?何で?」

「歓迎の?え?」

 ピヨと春美を置き去りに、上級生たちはニコニコして、姿勢を微調整する。

「いや常識でしょう」

「切りよく100回!」

「おお!」

「いーち!にーい!」

 ピヨと春美は、あっけにとられ、そして恐ろしくも不安になった。

(そんな常識知らない!)

(とんでもない所に、来てしまったかも知れない……)

 戦慄する新1年生を置いて、上級生たちは楽々とペースを落とすことなく腕立て伏せを披露するのだった。


 気を取り直し、自己紹介をした。

 部屋長の香田恵里は4年生で、姐さんという感じで頼もしい。

 同じ4年生の松下礼子は、大人しい。自衛隊でも、広報とかが似合うのではないかとピヨは思った。

 3年生の花守千紘は、にこにことしていて面倒見がよく、お母さんみたいだった。

 同じ3年生の長谷川亜弓は、男嫌いを公言しており、負けず嫌いだという。

 寺門由布子は2年生で、長谷川とは違って男友達が多く、廊下であった男子学生と下ネタでゲラゲラと笑っている。

 同じ2年生の本条恭子は、皆との間に壁があるようで、少し空気が微妙だった。

 しかし、ピヨも春美も、いい人たちばかりで──ちょっと腕立て伏せとか心配はあったが──安心した。

「脱いだ服は決まった順番に重ねるのよ」

 一緒に風呂に来たのだが、花守が言うのに驚いた。

「ええ!?そんな事まで決まってるんですか!?」

「もし真っ暗だったとしても、順番通りになってたら、順番に着ていけば済むでしょ?」

「あ、なあるほど」

 春美が目を輝かせ、ピヨもへえと改めて周囲を見回した。

 皆、同じ順番にきっちりと畳んで重ねている。

「合理的なんですね」

 ピヨは感心し、春美と一緒に、教えられた通りに服を重ねて行った。

「さ、入りましょうか」

「はい!」

 浴場に入ると、一足先に入っていた香田がにっこりとして手招きした。

「ああ、来た。皆瀬、潮見」

 防大では、女子でも呼ぶ時には苗字を呼び捨てにするのが普通だ。間違っても、「ひなちゃん」とか「はるるん」などとは呼ばない。

 が、それで不都合が起こる事もある。

「はい!」

 と返事したのは、ピヨの他にも2人いた。どちらも新1年生のようだった。

「え、あ、潮見陽奈です」

「志尾見令子です」

「塩見有須です」

 香田のほか、別の上級生もそばに立った。

「え。シオミなの?3人?」

 ピヨ達はこっくりと頷き、上級生たちはお互いに顔を見合った。

「これは不便ね。よし。呼びかたを統一しよう」

 香田が言い、残りも頷いた。

 塩見有須は、

「アリスは嫌です。子供の頃から顔に合ってないっていじられて、この名前が嫌いなんです。もう、改名しようと考えているくらいですから」

と顔をしかめて言い、字面から

「じゃあ、ソルトね」

と決まった。

 優等生的な志尾見令子は、今まで志尾見さんとしか呼ばれた事が無いというので、

「シオミでいこう」

となった。

 そしてピヨは、陽奈からヒヨコ、ヒヨコからピヨと、これまでと同じ「ピヨ」になったのだった。

「ピヨか。何か気が抜けそうだけど、まあ、これで行こう」

 それで体を洗いながら、ピヨは

(田中とか加藤とか重なりやすい名前は苦労しそう)

とクスッと笑う。

 そして上級生たちの驚異的な速さの体を洗い方に、目を剥いたのだった。

「早っ!」

 食事も入浴も素早くというのは、まだ新1年生には早かった。

(お風呂なのに全然疲れが取れない気がする!リラックスする暇がない!)

 ピヨ達はあたふたとしながら、急いで体を洗って湯船に浸かろうとしたのだった。





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