第38話「お祭りデート①」
なんとか隠れた突起物を確認して、俺は涼音の手を引っ張った。
何か子供の服装を見極める母親になった気分だが、実際のところ涼音は涼音で少しばかり抜けている所もあるし、実際にそうなのかもしれない。
「——あの、先輩? 大学祭って実のところ、どんな出し物が他にあるんですかね?」
ひとまず外に出て屋台通りを歩いていると彼女がそう訊いてきた。
「他に、か。まぁ色々とあると思うぞ?」
「えと、見た感じですけど食べ物系が多いんですかね……」
「いーや、そんなこともないと思うけどな」
「そうなんですか? てっきり、サークルのがそうだったので……」
「まぁ伝統的な部分もあるからなぁ。一応、去年ならお化け屋敷とか、謎解き迷路とか——それこそ型抜き屋とか的当てとか、なんなら射的だってあるぞ?」
「そうなんですねっ。少しびっくりです。私、高校の学校祭みたいだと思っていたので……」
説明すると涼音は少し驚いたようにあごに指をあてながら微笑んだ。うん、涼音のいい所はこういう時に見せる笑顔だな。こうしてみると改めていい気分になる。
って、見惚れている場合じゃないな。
「高校のやつとは規模が違うからなぁ……それに、勝負とかじゃないけど利益とかその辺もかかってるし、みんなの経験でより良くなっていくものだし」
「それなら、楽しみですね。明日の花火大会とかもすごく良さそうな気がしてきましたよ」
「あぁ、この辺の家だったら家からでも見えるくらいだし、外の人も集まるし、警察も動員するくらいだからな。街のちょっとしたイベントって感じかな」
「余計に楽しみですっ……あ、先輩?」
「なんだ?」
「明日って最初から浴衣の方がいいんですかね?」
「ん~~着替えてもいいだろうけど、きっと面倒だろ?」
「そうですね……じゃあ着てきます」
「あ、下着もちゃんと来て来いよ。あとラブホは行かないからな」
照れながら笑みを浮かべる彼女に少し不安になって言い返すとなぜだかジト目を向けられた。
「おい、なんでそんな目を向けるんだ」
「いやぁ……だって気にし過ぎと言いますかぁ? あ、それとも考えちゃうくらいに興味津々ってこともぉ……先輩って本当にエッチですねぇ」
「お、おい! そういうことじゃないってば! ただ、真面目に言ってるだけだからほんとに!」
「その否定も怪しぃ~~」
「や、やめろ……」
「っ————あははっ! じょーだんですよ、先輩?」
「っく……」
「可愛いですね、そういうところ。食べちゃってもいいですか?」
「だ、だめだ」
「ざんねんです~~」
いやはや、気を抜けないな。本当に。
さすがにこうやって揶揄われ続けるのはまだまだ慣れない。
そんな会話をしながら歩いていると涼音が反対側の屋台を指さした。
「あ、先輩! 私タピオカ飲みたいです!!」
「タピオカか、いいぞ」
「いきましょ!!」
楽しそうに笑う横顔を覗きながら、面白そうにスキップをする涼音の後ろを小走りでついて行った。
「んん~~うまぁ……っ」
「——った、確かに美味しいなぁ……もう流行りは過ぎたと思ってたけど」
二つで500円ほど。たまには先輩の顔を立ててもらうためにももちろん俺のおごりだ。
それにしても、美味しそうに頬を垂らしながら飲む姿はあまりに見ないしこっちの気分も良くなってくる。奢った甲斐も会ったっていうわけだ。
ほんと、なんていうか……可愛い。
っておかしいな、俺ってなんでかこんなこと思ってるんだ?
ふぅ、落ち着け。まさかだ。
別にまだ好きだと決まったわけじゃないだろ。
可愛いのは最初からだ。
あの日、あの4年前の事件で出会った頃から可愛かった。
いや、それじゃあ俺があの時から好きだったみたいじゃないかっ――――それはあり得ねぇ。そんなことないよな、そうだよな。
ふぅ、深呼吸しろ、深呼吸。
なぜだか横顔を見ているとおかしな考えに至ってしまった俺を見て、涼音が一言。
「~~っぷはぁ……あれ先輩、どうしたんですか? 頬っぺた真っ赤ですけど?」
「——え⁉ あぁ、いや。なんでもない」
「……へぇ、なんでもないと」
やばい、また拾われるっ。
「まぁ、いいですけどねぇ……」
どうやら見逃してくれるようだった。
にしても、俺もそろそろ学ばないとな。
涼音の前で変に気を許して会話するといじめられるから、もっと冷静に話さないといけない。
まぁ、いじめられるのも悪い気はしないないけど——————ってこういうのがダメなんだよ。どうせ「ドMなんですね、せーんぱいっ?」って言われるのがオチだ。
やめだ、やめだ。
「あ、あぁ……」
「とはいえ……っせーんぱい?」
「な、なんだよ……急にくっついてきて」
すると、途端に距離を縮めて腕をホールドする涼音。先ほどの感触が蘇ってきて視線をそっと逸らした。
「何照れてるんです? 私はありがとうを伝えたいだけですよ?」
「じゃ、じゃあくっつかなくていいだろっ」
「だって、こっちの方が伝わりやすそうじゃないですかぁ……それに嬉しそうですし?」
「……断じて違う」
「あ、逃げました……まぁいいです。それと、また奢ってくださいね?」
「ATMじゃないんだからな?」
「はい! たまにはってことです!」
にぱっと柄にもない天真爛漫な笑みを浮かべて、掴んだ腕を離した。
すっと数十センチほど距離を取り、大きな胸の上に置いたタピオカをチューチューと吸い始める。
「やっぱり先輩のお金で飲むタピオカは美味しいですねぇ~~えへへぇ」
「……それを言うなら焼肉な。まぁ、別に俺の気分と言うか、あんまりおごってやれてなかったからたまにはと思って」
「ありがとうございますぅ~~美味しいですぅ」
「あと、胸に置きながら飲むのはやめろよ? 視線が凄いからさ――」
「ん?」
ストローを口に付け、胸の谷間に挟まれたタピオカ。
パーカーのチャックが盛り上がって、一時期ピクシブで流行ったイラストのように上目遣いで首を傾げるのはとても興奮しかけた——————ってそうじゃなくて!
今の俺みたいな男子からの視線の雨あられがすごい。
「——いいじゃないですかぁ、別に減るものはありませんよ? それに、周りに男はいませんよ?」
いや、いるんだけど?
周りにたくさんさ。
しかし、彼女の周りを見る目はまさに——
「あんなノミ虫気にしないでいいじゃないですか? ほら、私と二人だけの世界作りましょ?」
——だったらしい。
「の、ノミって……おい、ノミ扱いはさすがにひどいぞ……」
「じゃあミジンコ?」
「なんかグレード下がってないか?」
「別にいいんですよぉ~~ほら、とにかく! あ、今度はりんご飴食べたいです!」
「うっ——おい!」
パーカーの下で暴れる柔らかい二つの果実。
そんな魅惑のものを揺らしながら涼音は楽しそうに走っていく。
やっぱり、おかしいよなこの後輩……。
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